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まどろみから覚めて(37)

こんばんは!ぞうはなです。
うーむ、今週はこれで打ち止めですね…続きはまた来週!



公園でのもどかしい緊張感は、高らかに鳴り響いたキョーコのお腹の虫によって打ち破られた。
キョーコは恥ずかしいことこの上なかったが、吹きだしてしまった蓮にとってはちょうどよかったようで、それから2人は公園を出て食事に行き、今はキョーコの下宿先に向かって並んで歩いている。

蓮と一緒に食事をするのは初めてではなかったのに、今日の景色は何もかも新鮮だった。蓮が笑いかけてくれるだけでドキドキと嬉しいし、たわいもない話でもとても楽しいし、蓮が自分のことを話してくれるともっと知りたくなる。
前回も楽しくなかった訳ではないのだが、同じ相手でも関係が違えば少し違うのだと改めて実感する。

キョーコと蓮はだるまやまであと1ブロック、というところで自然と立ち止まり向き合った。
「そういえば、今日はベンチで隣に座ってたのに寝なかったね」
冗談交じりに言われてキョーコはぶすりと口を尖らせた。
「あんな場で寝られる訳ありません」
「そう?居酒屋で皆がいる中で寝られるんだから、どんなところでも寝るのかと思ったよ」
「…お返事しないで寝た方がよかったですか?」
「ごめんごめん、それは勘弁して」
くすくすと笑う蓮は、今日は明らかに機嫌がいい。食事の最中もうっかり直視したら見ている方が赤面するほどの甘い微笑みをずっと浮かべていた。それはキョーコにとっては非常に恥ずかしくくすぐったいが嬉しいことでもある。

キョーコの表情を見つめていた蓮が、そっと両腕をキョーコの背中に回してきた。キョーコも心臓が高鳴るのを感じながら身を任せる。
「今日は帰るけど…週末うちに来てもらってもいいかな」
「え……い、いいですけど」
「ほんとに?よかった。それで、朝ごはんも一緒に食べられる?」

それは、泊まっていけということか。その提案には、やはり単純に体調が悪いときに泊まったのとは違う意味が含まれているのだろうか。キョーコはあれこれ考えてしまい咄嗟に返事が出来ない。
「大丈夫、最上さんと一緒に眠りたいだけだから…そう緊張しないで」
「は、はい…」
「あ、それだけじゃ不満?」
「なっ、それどういう意味ですか!!」
「そういう意味」
ぽつりと呟くと、蓮はキョーコの抗議を封じ込めるようにぎゅうとその体に巻きついた両腕に力を入れた。

「うん…この感触が夢じゃないって思えたら、今日はちゃんと寝られそうだ」
「やっぱり昨日は寝られなかったんですか?」
「やっぱりって?」
そっと体を離した蓮がキョーコの顔を覗き込みながら聞き返す。
「…今日受付で少し話したとき…いつもより疲れていたように見えたので」
「ああ、ばれてたか…そうだよ。告白するタイミングが悪かったかとか、色々考えたらね…でも最上さんも眠れてなかった?」
「…わかりますか?」
「いつもよりメイクがばっちりだったから、隠してたのかなってね。俺のことで眠れてないなら悪いかなって思ったけど、それがいい意味なのか悪い意味なのかは判断つかなくて」
「だって私…敦賀さんとお付き合いなんて恐れ多すぎて」
「どうして?恐れ多いだなんてこと…」

キョーコは少し悲しげな顔でため息をついた。
「だって私…こんなつまらない地味な女で色気もありませんし」
蓮は驚いてすぐさま反論した。
「なんでそんなことを言うのかな?俺はそんな風に思ったことないよ。一緒にいて楽しいし、幸せな気持ちになる。たとえに出すのは癪だけど、貴島君だって色気を感じない女性には声かけたりしないよ」
「でも貴島さんはコスメデマジックに惑わされてるだけで…」
「それだって、化粧したら誰でもってことじゃない。あんなに本気で攻める貴島君見るのも久しぶりだ」
「そうなんですか…?」
「そう」
蓮はにこりと笑うとキョーコの頬をなでる。
「だから…いつ君が貴島の提案に乗ってしまうかって考えたら気が気じゃなかった」
「つ…敦賀さん……」

恥ずかしくてドキドキするのは今日何回目だろうか。それなのに蓮は片腕をキョーコの体に回したまま離してくれる気配はない。もぞりと蓮の腕の中で身動きすると、頬をするするとなでていた親指の動きがふと止まり、蓮の手の平全体がキョーコの顔を上向きに持ち上げる。

強制的に顔を上げられて蓮を見れば、そこにはなんだか真剣な蓮の顔が見えてキョーコはまたどきりとした。
「君の事はどうしても誰にも譲れない…貴島君にだって君の幼馴染にだって」
「あ、あいつはそんなんじゃ…!」
「うん、頭では分かってるんだ」

でも、証しが欲しい。

囁きはキョーコの唇のすぐ先から聞こえた。
でもキョーコは返事をすることが出来なかった。唇は柔らかい感触にふさがれて、くらくらとめまいのような感覚の中、蓮の腕にすがっているのが精一杯だったから。



「おはよう」
「おはようございます…」
どうして蓮は必ず自分より先に起きているのだろうか。
キョーコは朝日に負けないくらい眩しい蓮の笑顔をぼうっと見ながら思った。

2人は蓮の希望通り、付き合い始めてから初めての土曜日の朝を蓮の部屋で迎えている。
「敦賀さん何時に起きたんですか?」
キョーコが布団から起き上がろうとすると、その肩は蓮の大きな手の平に押し戻されてキョーコの頭は再び枕に埋まった。
「俺もついさっき起きたところ。ほら、まだ割と早い時間だからもうちょっとゆっくりしよう」
「でも朝ごはんを…」
「そんなのまだいいよ」
「そうですか?」
「うん。それより折角の休みなんだし、ここで一緒にのんびりしてたい。よく眠れた?」
「それはもう…」
やはり蓮の隣は眠りに最適だ。幸せな気分で眠りに付き、すっきりした気分で目が覚める。本当にこのままクセになったら困るのではないかと思うくらいだ。
「でもまだ普段は眠れないの?」
「んー、前ほどではないですけど」
キョーコは少し眉間に皺を寄せた。確かに蓮と出会ったころに比べれば普段も少しは眠れるようになっている。けれど、夜中に飛び起きてしまうことがあるのは事実だ。そしてその後考えてしまって眠れないこともある。けれどその理由は前とは違って…

キョーコが考え込んでいると、その様子をじっと見ていた蓮が のそり、とキョーコの上に身を乗り出してきた。いや、大きさの対比から考えると"覆いかぶさってきた"という方が正確だ。

「ふぅん…まだあの幼馴染のこと考えてる?」
「ちちち、違います!そうじゃなくってですね…!」
蓮がにじり寄るにも訳がある。あろうことかキョーコは昨日の夜、待ち合わせ場所に蓮がたどり着いたとき、誰かと電話で激しい言い争いをしていたのだ。
電話の相手への言葉遣いや口調ですぐに相手を察知した蓮は、わざと向こうに聞こえるように至近距離からキョーコに声をかけたのだが、それが電話の向こうの男の興奮を煽る結果にもなっていた。
「電話が来たのは昨日だけじゃないんだろう?」
「う……」
キョーコは言葉に詰まった。ラケットを買いに行って遭遇して以来、たまに尚から電話がかかってきている事は、蓮には伝えられていなかった。
こちらは会社員だと言うのに昼間にかけてきたりもするから電話に出ない事の方が多いのだが、くだらない用事や人をこき使うような要件の伝言を平気で残すので、電話を取れた時はついついキョーコも怒鳴ったりして、結局は会話をしてしまうこともある。

「まったく…憎んでると言いつつも実は連絡取り続けたいと思ってる?」
「まさかそんな訳ありません!!」
「じゃあなんでまだ眠れなくなるくらい悩むの?」
「あいつの事で悩んでるんじゃなくて…!」
「だったら何?」
「いえ……」
キョーコの語尾はごにょごにょと濁る。少し泣きそうなキョーコの表情を見て、蓮はふう、と息をついて体を引く。それから目を閉じて気持ちを落ち着かせるとキョーコの鼻をつまんだ。

「ごめん…責めてるんじゃないんだ。ただ、あの彼も結局君に執着してるのかもって思ってね」
「執着?まさか!?」
「…彼への復讐の気持ちはまだなくならないの?」
「分かりません……前よりは…もういいかなって気もありますけど。でもまだ思い出すとイライラしちゃって」

まあそれも仕方ないか、と蓮はまたため息をつく。
確かにキョーコが幼馴染にされた仕打ちはそう簡単に許せるものではないだろう。だけど、どうも相手の男はキョーコに男の影がちらついている事に気がついてイライラしているように感じられる。

キョーコから引導を渡さない限りこんな状況は続くのか…それも面白くないな。

ふと蓮は、受付カウンターに座るキョーコの姿を思い出した。

そうか、そういう手もあるな…

考え込んだ蓮の顔を覗き見て、キョーコはぽつりと聞いた。
「でもどうして、敦賀さんは私が眠れてないって分かったんですか?」
そりゃ分るよ、と蓮は違う意味のため息をついた。
「せっかく一緒にベッドに入ったって言うのに5分で寝たじゃないか」
「えっ。でも前よりは起きてましたよ」
「前と比べればそうかもしれないけどね……」
「す、すみません」
「いいよ。だからその分、こうやって起きてからの時間が大事なんだよ」
「そうなんですか?」
キョーコは不思議に思いながらも頬に落ちてくる蓮の唇をくすぐったく受け入れ、2人は朝のひと時を、約一名は微妙な欲求不満を押し殺しながらも、それなりに満喫したのだった。


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