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君の魔法 (2)


パラレル話です。
ゆっくり進みます…





剣と剣がぶつかり合う音が鈍く響く。

広々とした稽古場では、朝から近衛隊の訓練が行われていた。隊の面々が練習相手を見つけてはあちらこちらで剣を合わせている。この日レンの小隊では、隊長が配置を考えるために稽古で力量を見る、と知らされていたため、警備の当番に当たっている数名を除いたほとんどの者が顔を出していた。別の小隊のものも、噂の新小隊長を見ようと集まっていたため、稽古場は普段よりも混み合っていた。

稽古に励む者の中にはキョーコの姿もあった。
昨日、初めて憧れの小隊長に会ったものの、いきなり怒りをあらわにされて夜も眠れないほど悩んだキョーコは、悩みを振り切るように剣を振るっていた。キョーコの剣に押された相手がたまらず後ずさる。
「ちょちょちょ、まいったまいった!」
「あ…」
夢中で剣を振っていたキョーコが我に返ったようにその動きを止める。額に浮かぶ汗を腕でぐいっと拭った。
「なんかキョーコちゃん、今日は気合が入ってるね」
「すみません…ありがとうございました」
キョーコは剣を逆手に持つと、ぺこりと頭を下げた。まだ息は上がっているが、体を動かしたせいか少し頭もすっきりした気がした。

(悩んでも仕方ないわよね!とにかく、根性と努力で認めてもらうしか…)
キョーコが握りこぶしを作りながらブツブツと言っていると、訓練相手が話しかけてきた。キョーコとさほど身長が変わらない、小柄な青年だ。爽やかな笑顔でキョーコを覗き込む。
「なんか悩んでるの?俺でよければ相談に乗るけど」
「あっ。ヒカルさん、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
にっこりと笑って答えるキョーコに、ヒカルは少し赤い顔で頭をかいた。
「そうなの?いつでも遠慮なく言ってね。…でも、キョーコちゃんはすごいなあ」
「なにがですか?」
キョーコはきょとんと問い返す。
「いやだって、あっという間に上達して、まだ正式配属前だってのに今じゃ小隊の中でもかなりの実力者だよ」
「そんな!私なんてまだまだですよ。もっともっと頑張らないと!」
あんまり頑張られると俺の立場が…とヒカルはぼやきながら視線を入り口に移した。
「あ、小隊長だ」
キョーコはその言葉に、思わずこっそりとヒカルの陰に隠れる。
「あれ、キョーコちゃんどうしたの?ツルガ様、憧れの人なんだろ?」
「は、はい、尊敬してます…」
「なのになんで隠れてるの?」
「いやちょっと心の準備が…」

稽古場の入り口では、扉をくぐるようにして入ってきたレンが、何気なく訓練の様子を見渡していた。レンの後ろからは、メガネをかけた青年が続いて入ってくる。
「おお、やってるやってる」
メガネの青年は声を上げた。告知があったせいか、皆いつもより力が入っているように見える。レンが青年を振り返った。
「ヤシロさんも直接稽古をつけてやってくださいよ」
「せっかくお前がいるのに俺はいいよ。お前が帰ってくるまでは俺、結構頑張ってたんだからな」
「それはありがとうございます」
レンは笑って青年にお礼を言った。

メガネの青年はヤシロと言い、レンの小隊の副官となっていた。切れ長の目とシャープな輪郭の涼しげな容貌を持つ美男子だが、見た目に反して人懐っこく温和な性格で、国軍に入った頃からのレンの友人だ。予算や備品の配分、情報収集に長けているため、レンは小隊長に任命されると同時にヤシロを右腕に選んだ。もっとも、前任の小隊長が大雑把な性格だったため、レンより先に近衛隊に在籍していたヤシロはすでにその立ち位置を確立していたのだが。
その剣の腕前もかなりのものだが、レンと並ぶと若干かすんでしまうため、本人も「俺はレンの補佐が一番性にあってるんだ」と好んでサポートに回るようになっていた。

「どれどれ…っと、あれ?ヒカルの後ろに隠れてるのはキョーコちゃんだな。何してんだろう?」
「……」
レンは無言でヤシロの目線を追った。確かに、少し小柄な青年の後ろに昨日の少女が懸命に隠れようとしている。だが、少女はちらりとこちらの様子を伺った途端レンと目が合ってしまい、びくりと体を震わせると、青い顔でそれでも礼儀正しく目礼をした。

「おいレン、なんでキョーコちゃん、あんなにおびえてるんだ?」
「…俺に聞かれても……」
「お前の顔見てあんなに真っ青になる女の子、俺は初めて見たんだけど」
「……」
「お前、昨日キョーコちゃんに会ったはずだよな。何したんだ?」
「……何をしたって事はありませんが…まあ、ちょっと……」
「そういえば昨日、マリア様のところから帰ってきたとき、お前すごい険しい顔してたな」
「……」
「…ほんとに何したんだよ?紳士なお前が女の子に怖がられるなんて、ありえないだろう。キョーコちゃん、お前のこと尊敬してるってそれはそれは目を輝かせてたんだぞ!」
「ああ、まあ、それについては後で話しますよ」
レンはため息をつくと話を打ち切り、稽古の様子を見るために歩き始めた。

レンは2日間で覚えた小隊の面々の情報に、稽古で見せる剣技や癖を追加情報として足していく。一人ひとりの稽古を見る時間はそれほど長くはないものの、レンの目には大体の実力が見えているらしい。声をかけてアドバイスをしながら歩いていくと、先ほどとは違う相手と稽古をしているキョーコの姿が見えた。レンは無言で二人の打ち合いを見守った。

キョーコは自分よりも大きく力も勝る相手との戦い方をよく心得ているように見えた。
正面からその力を受け止める事はせず、いなし、避け、隙を突いてすばやく打ち込む。相手が全力で剣を振れないよう、不規則なステップを踏んでいる様は舞っているようにも見える。

予想以上にできるな……ヒズリ氏の太鼓判は嘘ではないと言うことか…

しかしちょこまかとよく動く。丸く大きな瞳は輝きに満ち溢れ、楽しんでさえいそうなキョーコの様子にレンはふと疑問を抱いた。

結婚がいやだと言うだけで、ここまで打ち込めるものなのか?

昨日はその一言で剣の道を侮辱されたような気分になり、つい怒りを露わにしてしまったが…
あとでヤシロさんに情報をもらおう、と考えながらレンは次の打ち合いへと視線を移していった。


「小隊長!」
大体の打ち合いを見終わった当たりで、レンの後ろから唐突に声がかけられた。
「なんだ?」
レンはゆっくりと振り返る。そこにはレンと同じくらいの年齢の1人の男が立っていた。ムラサメという男だ。その顔には挑戦的な笑みが浮かんでいるように見える。
「小隊長に直に稽古をつけてもらえませんかね。ああいや、北の国境で隣国との諍いは無かったと聞きますし、鈍ってなければでいいんですけど」

ああ、なるほど。とレンはその場で大体のムラサメの性格を把握して納得した。よほど腕に自信があるらしい。レンを認めたくないのか、自分の方が上だと言いたいのか?さらに言いながらちらりとキョーコの方を伺ったところを見ると、格好つけでもあるらしい。

「レン?」
ヤシロがぼそっとレンの横で問いかける。黙らせるのはいいが、ほどほどにしておけ、とヤシロの目が訴えかけてきた。
「わかってますよ」とレンは返事をすると、ムラサメだけではなく全体に聞こえるように返事を返した。

「そうだな。俺は帰ってきたばかりでいきなり小隊長に任じられたし、諸君らの中にも俺の実力がどんなものか知りたい気持ちがあるだろう。今日は気が済むまで相手になってもいいが、誰から来る?ムラサメ、君からか?」
「もちろん!」
ムラサメは言い切ると、1歩前へ進み出た。他のものは手を止め、ぐるりと二人を取り囲むように大きな円を作る。
「ツルガ様、剣は?」
ヒカルが声をかけた。訓練用の剣は刃が落としてあるが、レンの手には今それがなかった。レンは腰の剣をはずしてヤシロに預け、ムラサメと相対しながら答える。
「ああ、なんでもいい。手近なのをくれ」

(手近なの!)
(どんなのでも負けないってことか?)
一瞬場がざわついたが、ヒカルが小走りでレンに剣を手渡すと、一同の注意は二人に注がれ、静寂が満ちた。
稽古前の礼をして、レンは無造作に剣を一振りすると、これまた無造作に構える。
「さて、そちらからどうぞ?」
声をかけると、ムラサメは幾分むっとした様子で「おう!」と答え、剣を構えた。そして、間をおくことなくレンに切りかかる。

1回、2回。
ムラサメの振った剣をレンが受ける。激しい音が立つことから、ムラサメが本気で打ち込んでいることが伺えた。
3回目のムラサメの打ち込みを、レンは正面から受けると見せかけて微妙な力加減でその軌道をそらす。思わずムラサメの体勢が崩れ、人垣の中から「あっ」という声があがったときには、レンの剣はムラサメの胴の寸前で止まっていた。


ふわぁ~~~~~

時間が止まったかのようにその場が静止した数秒後。見守っていた全員の口から、ため息とも感嘆とも取れる音が漏れ出した。
「何だ今の、見えなかったぞ」という声が次第にざわざわと大きくなってくる。ムラサメは、まだ信じられないというようにレンの顔を凝視していた。
「もう少し緩急をつけた方がいい。すべて全力だとリズムが単純になって読まれやすい」
レンはそう助言すると、にっこりと笑って付け加えた。
「でも、その突っ込む勇気は俺はいいと思う。そうそう、北の国境警備に参加すれば、軍同士の戦いはないが、ほぼ毎日山賊と渡り合えるぞ。腕が上がること受けあいだ」
「は、はい…」
虚を突かれたムラサメは思わず返事を返したが、ハッと我に返って悔しさに身悶える。

レンはそんなムラサメを放ったまま、周りを取り囲む全員を見据えてよく通る低い声を発した。
「ああ、ちょうどいい。全員集まってくれたので、知らせておきたいことがある」
ざわつきがまた少し収まった。
「キョーコ・モガミ!出てきてくれ」
「は、はい!」
呼ばれると思っていなかったキョーコが慌てながらも返事をして人垣の中から出てくる。
「皆もすでに見知っているとは思うが、キョーコ・モガミは今日から正式に近衛隊の配属となる」
キョーコはレンの横でびしっと姿勢を正した。
「俺の小隊で、マリア姫の側仕えとなる予定だが…女性と思って侮らないように。今見てもこの中に本気の彼女に勝てるものはあまりいない」
キョーコはびっくりした顔で思わずレンを見上げた。
「ああ、ついでにもう一つ」
レンは思い出したように付け加えた。
「俺の事はレンと呼んでくれ。位が高いわけでも年がいってるわけでもないから、敬称もいらない。以上」

レンは訓練用の剣を掲げて、他に稽古するものはいるか?とにこやかに周りを見回している。目が合った男たちはとんでもない、と尻込みしながらも、レンにアドバイスを求めて人垣が出来ていた。
キョーコはレンの後姿を不思議そうに見つめていたが、他の男たちに「よろしくな」「よかったな」と声をかけられ、振り返って笑顔で返答する。

そして、男たちに囲まれて笑いながら親しげに話をしているキョーコを、レンは複雑な表情を浮かべてそっと見ていた。


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