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君の魔法 (1)

早くも長くなりそうな気配です…





ヒズリの対面に座ったレンのところに、ティーカップが運ばれてきた。
近衛兵についての話をするのに、なぜマリア姫がにこにこしながら同席しているのか?首をひねりながらもレンは話を聞くことにした。ヒズリが考えずに物事に当たるような男でないことは、レンはよく分かっているつもりだった。しかし、ヒズリが考えていることが、非常に迷惑であったり突拍子もないことであったりすることが少なくない、いや、すごく多いこともレンはよく分かっていた。心の準備をしておくに限るだろう。レンはマリアに対しては柔らかい笑みを浮かべながら、様々な考えを巡らせていた。

「新しいお前の部下には、マリア姫の側付きとして警護にあたってもらいたい」
ヒズリはそう切り出した。

レンが隊長を務めることになった小隊は、王族の警備が任務であるが、主に王太子の一人娘であるマリア姫の護衛担当になっている。この数カ月、マリアの身辺で不穏な動きが見られたことから警護を強化しているところであり、レンが国境警備から呼び戻されたのもその一環ともいえた。

「ヒズリ様のお目にかなう人物であれば私に異存はないのですが…他の者が納得するでしょうか?」
レンは慎重に発言した。近衛隊は王族の警護に当たるため、身元がはっきりした貴族の子息から選ばれる。そして当然ながら、腕に覚えのある者ばかりだ。いくらヒズリが推薦したからといって、前から隊にいる者にとっては新参者が姫の側付きになるのは面白くないはずであった。ましてや、レンはまだ小隊長になって2日で、隊員たちの人となりを把握しきれていない。着任早々のいざこざはできれば避けたかった。

「すでに他の者には紹介して馴染んでいるから大丈夫だろう」
ヒズリはこともなげに答える。レンは密かに (ではなぜ俺には知らされていないのか?) と思ったが、とりあえず口をつぐんだ。

「私からも、ぜひ、ヒズリ様のお考えを尊重していただきたいとお願いします」
マリアがレンの方に身を乗り出してきた。通常、警護の対象となる王族にとっては、身辺警護にあたる者がどんな人物であるかを気にすることはないはずだ。レンは意外なところからの要請に首をかしげた。
「なぜ、マリア様がそんなことをお気になさるのですか?」
「私も、守っていただいているのですから、意見を言える立場ではないのですが…」
申し訳なさそうにマリアが下を向く。
「でも、舞踏会やお花つみの時にもずっとそばに護衛の方に付かれていると、やっぱり気が休まらないんですの!」
それはそうかもしれないが、かといって、離れてしまっては警護にならない。
でも護衛に付かれるのが息苦しいのに、なぜ新任者の話になる?と疑問を感じた瞬間、それに答える形でマリアが続けた。
「だから、お姉さまに護衛をお願いしたいの!私、お姉さまだったらずっとそばにいてくださって構わないわ!」

"お姉さま"?

お姫様の警護の話をしているにはふさわしくない単語が当のお姫様の口から飛び出し、レンは絶句して固まってしまった。色々な事態を予想していたが、さすがにこれは想定外だ。
その反応を予想していたヒズリは、マリアの後を引き取って明るく続けた。
「お姉さま、という通り、女性兵士をマリア様の侍女兼護衛としてつけたいんだ。彼女はまだ若いしキュートだし、マリア姫にくっついて回っていても全く違和感もなければ威圧感もない。まさにうってつけの人材だな」
いい案だ、と言わんばかりに笑顔で一人、うなずいている。

…この人は、本気か?警護の人間を語るのに『キュート』はないだろう、『キュート』は。

「いや、ちょっと待ってください!」レンは頭を無理やり整理しながらあわてて反論した。
「姫を危険から守らなくちゃいけないのに、華奢な女性をつけてどうするんですか」
「お前、男女差別するのか? 姫の護衛に男女も体格も関係ないだろう」
「女性が男に比べて華奢で非力なのは差別でなく事実ですよ。屈強な大男が襲ってきたらどうするんですか」
「何も全て一人で立ち向かわなくてもよかろう。そもそも、俺が見た目だけで配置を考えると思うのか?実力はおれが保障しよう」

ヒズリが実力を保証する女性、という言葉に、レンは再度驚愕し絶句した。
部下の育成にかなり厳しいヒズリの太鼓判は、訓練を積んだ実力のある男であってもなかなか得られない。ましてや現在、王国の軍隊に女性兵士などほとんどいないのだ。どんな屈強な女兵士が?そんな話、聞いたことも無かった。

「信じられない、という顔をしているな、レン」
「はあ・・・・」
「疑うなら、直接会ってみるのがいいだろう。ちょうど今日の訓練が終わったらここに来るよう伝えてあるところだ。時間的にそろそろだろう」
ヒズリは柱時計に目をやると、のんびりとティーカップに口をつけた。

「お姉さまはお強いだけではないんですのよ!とってもいろんなことを教えてくれるの!!」
マリア姫の瞳には、キラキラとした輝きが。なんだか"お姉さま"とやらは、すでにマリア姫の心まで掌握してしまっているらしい。
マリア姫は王太子の一人娘として育てられたため、しっかりと教育されている。王族たるものの心構えや立ち振る舞いまでも幼いうちから学んでいるために、反面他人に厳しくもある。自分や自分の父や祖父を基準とするため、要求水準がどうしても高くなってしまうのだ。そのマリア姫にこれだけ認めさせている人物とは一体どんな『お姉さま』なのか?

そしてレンは気がついた。
どうやらヒズリは、自分が認めた女性兵をどうしてもマリア姫の側付きにしたいらしい。最終的な配置決定は小隊長であるレンに権限があるのだが、女性と言うだけでレンが渋ることを予想していたのだろう。

だからといってマリア姫を懐柔に使うとは・・・!!

こうなると拒否するだけでマリア姫がどれだけしょげ返るか予想がつく。幼い頃から懐いてくれているマリア姫に対し、レンがどうしても甘くなるのを見越してのことだろう。それでも、実際に実力をこの目で見るまでは首を縦に振ることはできない、とレンはしっかり心を決めて、部下の到着を待つことにしたのだった。



レンがマリアに請われて国境警備の任務の話などを語っていると、ドアがノックされる音が響いた。すぐに、入り口で待機していた従者が外を確認してドアを開ける。
「失礼いたします!」
少し息を弾ませて部屋に入ってきたのは、華奢な体を頭からつま先までびしっと真っ直ぐに伸ばし『気をつけ』の姿勢をとった、まだあどけなさの残る少女だった。

……これ、が??

三度、レンは固まる。ちょっとのことでは動じない性格のレンにとっては、今日はよく固まる日だ。

「おお、キョーコ!待ってたぞ。きっちり稽古はこなしてきたか?」
「お姉さま!!お疲れでしょう、紅茶はいかが?」
レンの動揺をよそに、残り二人はにこにこと少女に話しかける。ヒズリなどは駆け寄ってきた少女を無理やり引き寄せ、ハグなどしている。

「遅くなりまして申し訳ありませんでした!」
少女は、ヒズリからのハグに頬を染め、それでも礼儀正しく謝罪の言葉を述べた。
「いやいや、構わん、稽古をきっちりこなす方が大切だからな」
少女はそのままレンの方に向くと、これまたピッシリと真っ直ぐ立ち、はきはきと挨拶をした。背中に棒でも入っていそうな真っ直ぐさだ。
「遅くなりまして大変申し訳ありません!ツルガ様!私、キョーコ・モガミと申します。この度、近衛の任を拝命いたしました!よろしくお願いいたします!!」

至近距離で張りのいい声で元気よく挨拶され、耳が若干痛いくらいだ。
いやいや、最初が肝心と、少しのけぞってしまった態勢を整え、レンは上司として引き締めなければ、とやや硬く言葉を返した。
「こちらこそ、よろしく。レン・ツルガだ、キョーコ・モガミ殿。ヒズリ様の推薦ということだ、期待しているよ。」
「は、はい!!光栄です!」
レンが冷静に観察してみると、キョーコ・モガミなる女性はそれほど大柄でもなく細身の体だが、姿勢はよく、引き締まった体はなるほどよく鍛えられていそうだ。茶色の、女性にしては短い髪を一つにまとめ、化粧っ気のない顔は生気にあふれ、大きな瞳もしっかりとした意志の強さを示している。シンプルな白いシャツと、ゆったりとした紺のズボンを着た全身からは、少年のような溌剌さが感じられた。
しかしなんだか、ものすごく期待されるような目で見つめられている気がして、落ち着かない。少し上気した頬で、目をキラキラさせている。気持ちが高ぶっているのだろうか、口元がふよふよと緩みかけているようだ。レンを見つめる女性の目によく見られるような、熱っぽい色は全く見えないのだが。
レンは、リスとか小犬みたいな、なんだか丸っこい小動物を眺めているような、なんとも不思議な気分になっていた。

「最終的な配置はお前に任せるが、まあ、適材適所で頼むな」というヒズリの言葉と、すがるようなマリア姫の表情をあとに、レンはキョーコと揃って宮殿から辞去し、兵舎へ向かって歩き出した。
キョーコはやや控えるように、レンの斜め後ろをついてくる。

「君は、俺のことを知ってるのか?」
レンは唐突に声をかけた。先ほどの期待感満載の目が気になっていたのだ。
「はい!レン・ツルガ様と言ったら有名ですから!」
なぜかあらぬ方向を見あげてうっとりしている。本人はこっちにいるんだが。

「ツルガ様が国境警備に行かれる前に催された御前試合での圧倒的な剣技も素晴らしかったですし、国境でのご活躍も聞き及んでおります。いたずらに戦を仕掛けず、北の隣国の市民にも信頼されていたと伺いました。人を傷つけず、国境の守りを固めるなんて、すばらしいと感動しております!」

レンはちょっと意外だった。
女性から聞く賛辞と言えば、顔や姿が美しいとか、剣をふるう姿が色っぽいとか、剣士としての技術を磨くことに邁進しているレンにとっては正直どうでもいいことばかりだったからだ。

変わった女性だ…

レンは自分が今まで会ってきた女性と比較してみて、あまりに違いがありすぎる目の前の少女のことが理解できなかった。
そもそも、近衛隊に入れると言うことは、貴族の出に違いない。貴族の娘と言えば、レンの知っている限り着飾って優雅な遊びを楽しみ、年頃になればより良い嫁ぎ先を探しているのが普通だ。そんな環境にいる少女が何故わざわざ剣を取る…?

「…君は、なぜ、剣の道を選んだ?」
唐突に聞かれて、キョーコはハッと言葉につまった。
「貴族の家に生まれて、姫として育てられたのではないのか?こんな危険なことをしていては、嫁ぎ先が見つからなくなるのではないのか?」
「…嫁ぎ先…ですか?」
なぜかキョーコの表情が険しいものになっていく。そして、鼻息荒く言い切った。
「そんなもの、いりません…私は結婚なんてしたくないからここに来たんです!」
キョーコの言葉を聞いて、すぅっとレンの目が細められた。どこからか冷たい風が吹いてきて、気温が下がったようにキョーコには感じられる。レンの顔を見ると、そこには冷たく厳しい表情が浮かんでいた。
「ふぅん……なるほどね。結婚が嫌で兵士になろうと?」
豹変振りに驚いたキョーコが返事も出来ずにいると、レンは背中を向けて言い放つ。
「その根性で、どこまでやれるのか見せてもらおうじゃないか。怪我をしないように気をつけるんだな」
そして、立ち尽くしたままのキョーコを残して去っていった。

残されたキョーコはしばらく動くことが出来なかった。
「なんか、ものすごく、怒っていた気がする…」
レン・ツルガは非常に強い剣士だが、誰にでも優しく紳士的で『春風のような人』だと聞いていたのに。たった今見たレンは厳しい北風のようだった。
「な、何で・・・?」
キョーコはしばし突っ立ったまま、途方に暮れるのだった。


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