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まどろみから覚めて(17)


こんばんは!ぞうはなです。

早速つづきとまいります。





部屋と同様広い浴室にたっぷり溜められたお湯。
非常に魅力的だったが、自分が浸かったあとの湯に蓮を入らせるのもどうかと思うし、かといってこの量のお湯を入れ替えてしまうのも水道代とガス代がバカにならない。
そう考えてキョーコはあわててシャワーだけ浴びて浴室を飛び出した。

風呂から上がったことを伝えなければ、と思いリビングのドアまで来たところでキョーコは立ち止まる。

この格好……いいのかしら?

キョーコは蓮に借りたTシャツを着ている。着てみて自分で思わず笑ってしまったほど、それは大きい。肩の位置がずれていることもあって袖は肘まで来てしまっているし、同じく丈は膝上のワンピースを着ているくらいの長さだ。大したものではないと言っても化粧は落としてすっぴんだし、乾かす間もなく出てしまったので髪は濡れたまま。
露出をしている訳ではないのだが、風呂上りの素顔とこの格好を蓮に見られることが無性に恥ずかしくなってきてしまう。

大丈夫大丈夫、さっき敦賀さんも笑ってたじゃない、自意識過剰なのよ。
それよりほら、ちゃんとお礼を言って冷めないうちにお風呂に入ってもらわないと!

気を落ち着けるように息を吐くと、キョーコは一度Tシャツの裾をきゅうと下に引っ張ってからドアの取っ手に手をかけた。ゆっくりとドアを開けるとソファに座っている蓮の後頭部が見える。
「あのう…」
キョーコは恐る恐る、ややドアの陰に隠れるようにして蓮に声をかけたのだった。


短いやり取りの後、振り返って真顔でキョーコを見ていた蓮はほんの少しの沈黙の後、普段の笑みを浮かべてキッチンの方を指し示した。
「冷蔵庫に飲み物が入ってるから、どうぞ」
キョーコは何かまずいことをしたかと一瞬身を固くしたのだが、蓮の表情がすぐに戻ったのを見て肩の力を抜いた。
「は、はい、ありがとうございます!でもさっき買いましたから…!」
「そうか。…そんなところで立ってないで、こっちに座ったら?」
「ひぇ…あのはい、でも…」

「どうかした?」
蓮に不思議そうに尋ねられてキョーコは少し顔を赤くする。
「いえその、私こんな格好ですし失礼かと…」

ああそんなこと、と蓮は笑うと頭をかいた。
「失礼なんて事は無いけどね。気になるならもうそのまま寝ちゃってもいいよ。なんだかバタバタしているうちに結構な時間になっちゃったね」
「ほんとにあの…遅くまでご迷惑おかけして…」
頭を下げかけたキョーコを、蓮の声が押しとどめた。
「俺がこうしろって言ったんだから、最上さんが謝ることじゃないよ。いろいろあって疲れただろう。ゆっくりお休み」
「はい……ではあの、そうします…おやすみなさい」
キョーコはぺこりと頭を下げるとドアを閉めようとした。そこへ蓮がキョーコを呼び止める。
「ああ、最上さん」
「は、はい!なんでしょうか!」
飛び上がらんばかりにびしりと背筋を伸ばしたキョーコを見て、蓮はくすりと笑いをこぼした。
「髪が濡れてる…洗面所にドライヤーあるから使って」
「すみません、ありがとうございます!す、すぐに!!」
「ゆっくりでいいよ」
蓮が浮かべた柔らかい笑みを見てキョーコも笑顔を作り、「おやすみなさい」とそのままドアを閉めて廊下へと戻っていった。


蓮は閉まったドアをしばらく見つめてから、ゆっくりと姿勢を戻してばふんとソファにもたれかかった。
しばらく天井を見てから今度は膝に両肘をあずけて下を向く。

は~~~~~~~~~~

蓮は思いっきり長く息を吐きだした。

危なかった……
いや、何が危なかったって言うんだ?

今日は何やら自問自答が多い気がする。
無理もない。先ほどから思っていることと違うことを自分がし、考えているのとは違う感情が自分を支配する。

俺は今、見惚れてたのか…?

自分の大きすぎるTシャツを着ていかにも風呂上がりの様子で立っているキョーコ。その姿を見た瞬間、蓮は自分が動揺するのを感じてしまい、取り繕おうとして一瞬表情を消して動きを止めてしまった。

部屋に入ってこないでそのまま寝に行ってくれてよかったかもしれない。
いや、だからどうして。何を考えてる、俺は。

それは、今までさほど深く悩む事もなく恋愛を重ねてきた蓮にとって自分で信じられないような弱気な気持ちだが、それが本心だった。


眠れない………

キョーコはだだっ広いベッドの上でごろりと寝返りを打った。
寝室は暗く静かで、暗くても周りの様子がすべて見えるくらいの部屋に暮らしているキョーコとしては壁がうっすらとしか見えない広さはやや落ち着かない。

眠れる訳、ないか。

ベッドに横向きになり、投げ出された自分の手を眺めながらキョーコは考えた。

幼馴染に会った。

それだけでも体中の血液が沸騰しそうな出来事だったのに、なぜか蓮のベッドで一人寝ているという異常事態だ。普段の布団に寝てたってよくは寝られないのに、こう環境が変わったら寝付けるはずも無い。

でも…この香りがあれば寝られるかもって思ったのにな。

寝室には、蓮が普段まとっている香りがほんのりと漂っている。もう鼻が慣れてほとんど感じなくなってしまったが、電車で蓮と隣り合わせになったときのように眠れるかもしれない、とキョーコは少し期待したのだけれど。
考えてみれば合宿の時は蓮から香りが漂わなくても自分は深く眠ってしまった。ということはやはり、キョーコを眠りにいざなう原因はこの香りではなく蓮の存在自身なのだ。

その事実に気がついても、理由は全く分からない。蓮が隣にいれば眠れるのに、そのことを考え始めると眠れなくなる。
キョーコは蓮のことを考えているのか、幼馴染のことを考えているのか、頭が混乱してきて思わずベッドの上に起き上がった。
このまま横になっていても、静かで暗い分考えてしまってますます目がさえるだけかもしれない。けれど、ここは蓮の部屋なのであちこち歩きまわることも控えたい。そもそも、蓮は一体どこで寝ているのだろうか。
自分が寝室に戻ってから蓮が移動する気配は感じたのだが、さすがにどこの部屋にいるのかまでは分からない。

リビングのソファ?
それとも、もうひとつ部屋があったみたいだからそっちかな…
敦賀さん、もう寝てるのかしら?

考え込んでからキョーコは静かにベッドから抜け出した。
とりあえずトイレに行こう、と部屋のドアを開けたところで、ベッド脇に置いておいた自分のカバンの中からブブブブブブブというバイブ音が鳴り響く。
その音は静かな中にけたたましく響き渡り、キョーコは慌ててベッドへと歩み寄った。カバンの中から光る携帯を取り出してみれば、ディスプレイには「番号非通知」の文字。

誰かしら…?

キョーコに電話をかけてくる人物はかなり限られている。
しかもすでに時刻は午前2時を回っていて、一般的な常識を持つ人間であればよほどの非常事態でない限り人の電話を鳴らすような事はしないだろう。

でももしかしたら、そのよほどの非常事態ってことも…?

「もしもし?」
キョーコは受信ボタンを押すと、携帯を耳に当てておそるおそる小声を出した。しかし、受話器の向こうから聞こえてきたのはそんなキョーコの逡巡や気遣いを無にするような無遠慮な声だった。


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