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まどろみから覚めて(16)


こんばんは!
ぞうはなです。

今朝、5時くらいに目が覚めてそのまま眠れませんでした。
隣に蓮さんがいたら…うーん、もっと眠れないか。

では続きです。





「ここは…?」
「うん、俺の家」

何の説明もなく促されるまま歩いて辿り着いた先。
小規模な低層マンションのエントランスを通り抜ける頃にはキョーコも少し躊躇したのだが、結局押し切られる形で部屋までついてきてしまっている。蓮は気にせずキョーコを部屋の中に通すと廊下の奥へと案内した。

キョーコが通された先は広々としたリビングダイニング。
小さいダイニングテーブルが置かれたその横には独立したキッチンがカウンター越しに見え、リビングには大きいテレビとゆったりとしたソファが置かれている。玄関からここまで来る間には他にもドアがあった気がする。

キョーコは激しく混乱していた。
蓮は通勤時、他の路線からキョーコが使う路線へと乗り換えてきていると聞いていたのだ。しかしここは乗り換え駅から徒歩で辿り着ける距離。それにこの部屋はどう考えても1人で使うには広すぎる。広さもさることながら、家賃を払うのだって大変な事だろう。ということは、ここは蓮の実家なのだろうか。それにしては物が少ない気がするが。

「ここ、敦賀さんの…ご実家ですか?」
「いや違うよ。ここには俺しか住んでない」
「へ…?」

うちの会社ってこんな広い部屋に住めるような給料を払ってくれるんだっけ?

いくら上場企業であっても、そして短大卒と大卒で差があるからと言って、入社数年でべらぼうな報酬をくれる会社ではない、とキョーコは認識していた。

「親戚がね、この部屋を買ってすぐ海外転勤になっちゃったんだ。それで、知らない人に貸すよりは身内に、ってことで破格の家賃で住まわせてもらってる」
キョーコの疑問を見透かして蓮は説明した。
「ああ、そういうことなんですね」
「いつ帰ってくるかも分からないからね。他人に貸すと来月出てくれ、とは言えないだろう?かといって空き家にしておくとそれはそれで心配だ」

蓮の説明にキョーコは深く納得して頷いた。ようやく落ち着いて、きょろきょろと部屋の中を見回している。
「ここで1人暮らしってすごいですね…」
「まあ広さだけは」
「立地もいいじゃないですか」
「そうだね、便利は便利だよ。…だから、俺がここに住んでるってのは内緒なんだ」
「内緒?」
キョーコは不思議そうに蓮を見た。蓮は苦笑気味に両手を広げる。
「そう。こんなところに住んでるなんて教えて、ここで飲もうだの泊めろだのって使われるのは困るから。何せ、俺のものじゃないからね」
ああー、とキョーコは頷いた。確かに中にはそんな図々しい事を言うような人もいるだろう。

「だから、ここの事は他の人には内緒にしてくれる?」
「も、もちろんです!誰にも言いません」
「サークルでも知ってるのは社さんだけだから、頼むね」
キョーコは力強く頷きながらふと思った。

内緒、と言われなくてもそんなこと…誰かに言う機会もないわよね。
大体そんなこと暴露したりしたら、なんでそんなことを私が知ってるんだって追及されて…うう、考えたくない。

キョーコが恐ろしい予想に思わず身震いしている間に蓮はテレビをつけた。
ちょうどニュースの時間帯の画面にはヘリコプターから撮ったと思われる線路の映像が映し出される。ぐにゃりと曲がった金属の板のようなものやガラスの破片が線路上に散らばり、そこには止まったままの電車車両があった。車両の先端部分はぶつかった衝撃でへこみ、大きな傷がついている。

「これはやっぱり、復旧は明日になりそうだね」
キョーコも口を開けて画面に見入っている。そして、困ったように蓮の顔に視線を移した。蓮は冷静にニュースから情報を得ているようだ。
「駅の混雑もまだ続いてる…他の駅でも混乱してるみたいだね」

蓮は視線を感じてキョーコを見る。
「ごめんね、ほんとはここから車で送って行くのが一番なんだけど…」
「いえいえ!」
キョーコは両手を思いっきり振った。キョーコと蓮は夕食時にワインを飲んでしまっている。量としてはそこそこだが、いくら酔っていないと思っていても飲酒運転をする訳にはいかない。
「本当に大丈夫です!少しして落ち着いたら、帰れますから…!すみません、お気遣いいただいて…」
「いや」
蓮はテレビを消すとキョーコに向き直った。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「今日はここに泊って行くといいよ。明日の朝、送って行ってあげるから」
「へ……?」


「俺のベッドで悪いんだけど、シーツは替えたから」
キョーコと蓮は寝室の入り口に立っている。

「敦賀さんがベッドで休んでください!私床でもどこでも大丈夫ですから!」
先ほどからキョーコはあたふたと蓮を説得しようと試みているが、まったく成果が出ていない。むしろ蓮の穏やかな強引さに引きずられ押し切られ、結局は近所のコンビニで化粧水などのこまごまとしたものを買い、パジャマ用のTシャツまで借りてしまっている。

「俺が泊って行けと言ったのにそんなことは出来ないよ」
蓮は笑うと、先に風呂を使って、と言い残して部屋から出て行った。

お風呂まで…?

キョーコは1人残された寝室で途方に暮れて立ちすくんだ。
あれほど固辞したつもりなのに、結局は蓮の言うとおり泊ることになってしまった。男の人の部屋に泊るなんて、という躊躇は瞬時に看破され、「何もしないよ」と呆れたように笑い飛ばされてまるで自分が自意識過剰なようでこれ以上言い張れない。
蓮は穏やかな物腰と紳士的な態度でそうは感じさせないが、実はかなり強引で人を誘導することに長けているのだろうか。さすが営業職、などと感心してもいられない。

でも…間違いなく迷惑よね、私…

買い物につきあってもらって食事をおごってもらっただけでも十分すぎるほどなのに、どうしてこんなことになったのか。しかし、こうなってしまうと振り切って出て行くのも逆に折角の好意を無にするようで難しい。お風呂までは、と考えもしたが、1日仕事をした後だし、蒸し蒸しした初夏の空気の中を歩き回ったためかなり汗をかいている。

汗臭い体のままでベッドを使う方が失礼かも…?

キョーコはとりあえず荷物を持ったまま広い部屋の中ほどまで進み、部屋の真ん中に置かれたベッドに目をやった。ベッドは1人で寝るには大きいと思われるキングサイズのもの。

大きいベッド…転勤になったって言う親戚の人が使ってたのかしら?
でも敦賀さん大きいからこれくらいでちょうどいいのかな。

キョーコは見上げるほどの蓮の長身を思い出してくすりと笑った。
しかしすぐに「先に風呂を使って」と言われた事を思い出す。自分が入らない限り蓮を待たせてしまうと思い当ってキョーコは慌てて準備をすると教えられたバスルームへと向かった。


蓮はニュースをつけっぱなしにしたままリビングのソファに座っていた。アルコールでも入れたい気分だが、明朝に車を運転すると思うとそれもできない。

俺は何を考えてるんだろうな…

送っていくのは無理、電車はすぐには動かない、という時点で選択肢がそれほどなかったのは確かだ。その場にキョーコを1人残す、ということだけはあり得なかったのは間違いない。けれど、恐縮するキョーコを強引に泊める理由も無いと言えば無い。自分で常に心がけている、周囲の女性に平等に接して特別な相手を作らない、という原則を明らかに捻じ曲げる自分の行動に、蓮は自分で戸惑っていた。

とはいえ…別に後悔してる訳でもないよな、俺は。

様子を見ているとどうやらキョーコは「先輩に迷惑をかけている」という点では非常に恐縮しているように見えるのだが、そして男の部屋に泊まったり入浴をすることに対して「はしたない事」という認識もあるようなのだが、蓮に何かされるかもしれないというその点に関しては一切これっぽっちも予想していないようだ。

不思議な子だ、と蓮は改めて思った。
普通はそれをまず一番に考えるのではないだろうか。その上で、熱っぽい目で自分を見るか、怯えて逃げ帰るか、どちらかではないのか。

「もしかして、俺は男として意識されてないのか?」

口に出してみるとなるほど納得がいくが、同時に蓮は少し落ち込んだ。
最近恋愛から遠ざかっているし、別に女性にちやほやされたいと思ってもいないが、偶然でも何でも、結果として特別扱いをしてしまっている相手になんとも思われていないというのもややプライドに傷がつく。

いやいや、勝手な言い草だろう、それは。

何も考える必要はない、と結論付けたところで「あのう…」という遠慮がちな声が後ろから聞こえた。
「ああ、お風呂上がった?」
「あの、お湯まで張っていただいちゃったんですけど、えと、シャワーだけお借りしました」
「浸かって良かったのに」
「いえシャワーで十分です…」

蓮が振り返るとそこには濡れ髪のキョーコが立っている。リビングの戸口から覗くような姿勢のキョーコはちょうど風呂から上がったところなのだろう、化粧っ気のない上気した素肌に、自分のTシャツをワンピースのように着ている。
少し恥ずかしそうに覗くその姿を見て、蓮はキョーコの全身を凝視しながら真顔で一瞬固まった。


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