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まどろみから覚めて(12)


こんばんは!
おおっと、また空いてしまいましたがー。
今日は無事に更新です!





貴島の心配は杞憂だったが、それは貴島にとって面白いことではなかった。

貴島は今度は逸美や傍に座っている奏江に話を振って会話を盛り上げていたのだが、ふと気になってちらりとキョーコの方へ視線を走らせた。すると驚くことに、先ほど自分からは一定の距離を置こうとしていたキョーコが、なんと自ら蓮の肩に頭をもたれかけさせているではないか。

何事??と思って二度見すると、同じ列にいるのでよくは見えないのだが、どうやらキョーコは目をつむっているようだ。
「キョーコちゃん寝てるの?」
貴島はこそりと周りに聞き、テーブルの全員が一斉にキョーコに注目した。

キョーコは正座のまま器用に首を横に倒して隣の蓮に頭をあずけている。少し下向き加減なので顔が良く見えないのだが、動きもなく明らかに眠ってしまっているようだ。いつの間に眠ってしまったのか気がついたものは少なく、前に座る社もあっという間だったと証言する。

「貴島君が飲ませすぎて酔っ払っちゃったんじゃないの?」
「そんなに飲ませてないって」
「すごいな、ついさっきまで普通に話してたのに」

周りがこそこそとキョーコのことを話題にする中、奏江が怪訝な顔で疑問を口にした。
「この子…こんな場で寝るような子じゃないのに…?それに前にも出勤の時に電車で敦賀さんの隣で寝ちゃって、あんなに謝ったばかりなのに」

社がその言葉を聞いて、そういえばそうだね、と同意した。
すると奏江の横に座っていた光が口を開く。
「それにしてもキョーコちゃん、気持ちよさそうに眠るよね。この間の合宿の時も…」
笑顔で言いかけて途中ではっと気づいて表情を変え、慌てて口を閉じて蓮の顔を見るが、その行動は逆効果だった。

「なに合宿の時って?」
「光、お前どこでキョーコちゃんの寝顔なんて見たんだよ!」

周りから総攻撃を受け、光は目で蓮に謝罪しながらペンションのロビーで早朝に目撃した光景を皆に白状することになったのだった。


話を聞いた周囲のざわつきをよそに、キョーコはすよすよと眠っている。蓮も身動きひとつせずにキョーコの頭を支え、少し困った表情ながらも優しい瞳でキョーコを見守っている。

「キョーコちゃんが敦賀君の隣で寝ちゃうのって偶然?」
「いやこれがキョーコちゃんの男を落とす手口かも…」
「キョーコはそんな子じゃないですよ」
「ごめん琴南さん、冗談だってば」

口々に言い合うメンバーたちをよそに蓮の表情をじっと見ていた貴島がすくりと立ち上がった。
「じゃあ実験してみよう、敦賀君」

「実験って何を?」
蓮は少し目を見開いて近づいてくる貴島に問いかける。
「ほんとにキョーコちゃんがお前の隣でだけ寝ちゃうのか、たまたまなのか、だよ」
「どうやって?」
「そっと交代するんだよ、俺と!」

要するに自分がキョーコにもたれかかられたいだけなのではないか、いやあわよくば膝枕をしたいのではないかと周りは全員思った。しかし、これまでに練習後何度かキョーコは皆で食事をしているのだが、隣に座って寝られた者は蓮以外一人もいないのだ。どうなるのか興味もある。

起きている状態から寝入るのと、すでに寝てる状態ではだいぶ違うという突っ込みも入ったのだが、貴島は酔いもあるのか強引で引かない。蓮もやんわりと貴島をたしなめたのだが、結局はキョーコを極力動かさないようにして貴島とその場所を交代した。

少し動かされたキョーコは軽く身じろぎしたが、うまく入れ代わった貴島の腕に再度頭をもたれかける。

また寝入ったキョーコを見て「ほら誰だって同じじゃん」と言おうと貴島が口を開いたところで、ぱちりとキョーコの目が開いた。
そしてがばっと頭を起こして隣の貴島の顔を見て、びっくりした表情になる。

「わあっ!あれ?貴島さん…って、私また!き、貴島さんにまでっ!も、もも、申し訳ありませんーーーーー!」
覚醒から状況把握、そして謝罪までの一連の行動が早く滑らかだったために、一同はキョーコの全身全霊をこめた土下座を唖然として見守る結果になったのだった。


「本当にもう大丈夫だよ。反省してるのはよく分かってるから」
しょぼりと肩を落とすキョーコを慰めたのは、柔らかい笑みを浮かべてキョーコを見おろす蓮だ。

キョーコは貴島の隣で目覚めて謝罪した後、周りから事の成り行きを聞かされていた。蓮にもたれて眠りこんだことをからかわれ、恥ずかしいやら情けないやらで泣きたい気分だったのだが、社や奏江のフォローもありようやくなんとか立ち直っていた。そして解散後、帰り道が蓮と一緒になって改めて謝罪を述べたところだったのだ。

2人は並んで電車に揺られていた。
とはいっても混雑する帰宅時間。電車内は混みあっていて座席に空きはなく、つり革につかまるキョーコは心底ほっとしている。

「それにしても、よほどの睡眠不足なんだね」
蓮はどちらかといえばそれを気にしていた。いくら自分の隣でだけと言っても、にぎやかで明るい場所で数分で熟睡に落ちるのは尋常ではない。夜に十分な睡眠時間が取れていればそんなことはあまり考えられないので、おそらく合宿の時のような眠れない状態が定常になっているのだろう。

「すみません…」
「いや、謝ることじゃないんだけど。でも、貴島君に替わったの、気がついたの?」
うーーん、とキョーコは考え込む。
「気がついた訳じゃないんですけど、なんだかふと目が覚めたんですよね」
「そうなのか…」
本当にキョーコは自分が隣の時だけ寝入るらしい。それがはっきりと認識できて、蓮は不思議に思いつつもなんとなくくすぐったい気分になった。

いやいや、喜んでどうする…って、俺は喜んでるのか?

思わず心の中で展開してしまった感情の変遷を誤魔化すように、蓮は軽く頭を振るとキョーコに話しかけた。
「でも、本当に一度病院に行ってみたらどうかな?」
「いえ…あのでも病気ではないんです」
「なぜそう言い切れるの?」
口調は穏やかだが、すっぱりと聞かれてキョーコは言葉に詰まった。

「気がついていない体の不調が隠れているのかもしれないよ。それともそう言い切るってことは自分で原因が分かっている?」
言いながら蓮はちらりとキョーコの表情を伺う。キョーコはいつになく思いつめたような顔で正面を見つめていたが、やがて思い切ったように口を開いた。
「原因は…分かっています。それが、今さらどうにもならないことも」
「原因の解消は、できないの?」
キョーコはゆっくりと頭を上げて横に立つ蓮の顔を見上げた。その顔は何かを決意しているようでいて、どこか辛そうな、諦めも混ざっているように見える。
「私がくだらないことにとらわれ過ぎてるだけなんです。でも、大丈夫ですから」

言い切ると堅く口を結んでキョーコはまた視線を正面へと戻す。
電車のガラスに映ったその表情は自分自身に言い聞かせているようにも見えたが、蓮はそれ以上を聞いてはいけないような気持ちになる。そこから2人は特に言葉を交わすことなく、途中の駅で別れたのだった。


翌週の練習が終わり着替え終わった後、唐突に社がキョーコに言った。
「キョーコちゃん、そろそろ道具を揃えてみる?」
「あ、すみません、ラケットもずっとお借りしたままで」
「ううん、それは今使う人がいないから全然構わないんだけどさ」

社は簡単にキョーコに説明した。
キョーコがめきめきとうまくなってきているので、今使っている古いラケットよりも技術にあったラケットに替えた方がいい事。
ラリーでボールを追って走ることも増えてきたのでシューズもテニス用にした方がいい事。

「お金は少しかかっちゃうけど、それほど高いものを使う必要もないし自分の道具だと愛着もわくしね」
キョーコは社の言葉に納得して頷いた。お金がかかるのは少し痛いが、自分も社会人として給料をもらうようになっているのだ。これからも続けたいと思う趣味に投資するのは何やら初めての経験でワクワクする面もある。

ほんとはメイクの道具もお給料で買いたいなーなんて思うけど…
あっちはコンビニメイクで間に合うけど…うんそうね、ラケット、買おう!

しかし盛り上がったキョーコの気分をさらに盛り上げようとして、社は逆に水を差すような言葉を吐いた。
「よし、ってことで蓮!お前、キョーコちゃんのラケット選びにつきあってあげろよ」
「俺ですか?」
キョーコは緊張でびきっと固まった。
「ああ。ちょうどいいじゃん、椹さんのところお前らの通り道だろ?」
「まあそうですけどね」

蓮が了承してしまえばキョーコには断る術などない。おろおろと会話を続ける蓮と社を見守っていたが、やがて直接蓮が話しかけてきた。
「勝手に話が進んじゃってるけど、俺と一緒でも大丈夫かな?」
「は、はい!あの、ありがたいお話なんですけど、ご、ご迷惑では…?」
「ああいや、実はそろそろ練習用のボールを買わないといけないし、ちょうどいいから」
「はあ…」
「俺と最上さんの通勤経路にサークルOBの身内の店があるんだ。割引もしてもらえるから、少し安く買えると思うよ」

安く?それは魅力的だけど…でも……

少し迷ったキョーコだったが、最終的には深々と頭を下げた。
「ではあの…お手数をおかけいたしますが、お願いいたします」
「そんなかしこまることじゃないから。じゃあ、いつにしようか」

早速店に行く日取りを決め始めたキョーコと蓮の横で、奏江が渋い顔を作る。
「キョーコと一緒に行くの、なんで敦賀さんなんですか」
奏江の静かな怒りの迫力に社はギョッとするが、慌てて弁明した。
「いや、顔なじみの店がちょうど2人の通勤経路にあるし、練習用ボールも必要だし…!それに、貴島よりはいいと思わない?」
この日は貴島は練習が休みでその場にはいない。
「比較の対象が間違ってます」

まだ納得がいかない奏江の顔を見て、社は降参とばかりにため息をついた。
「いやほら、キョーコちゃん蓮の横だと寝ちゃうって事は、まあ嫌ってはいないだろうなと」
「だからって…私でもいいじゃないですか」
「ごめんね琴南さん。蓮の奴がちょっと普段と違うからさ、もしかしたら仲良くなれるかなって思ってさ…」
「変なことになってキョーコの居心地が悪くなるのも御免なんですけど?」
「そ、それはない!あいつ軽いタイプじゃないし!」
大丈夫、周りも温かく見守るよ!と付け加えた社の声を半分聞き流しながら、蓮がキョーコに向ける優しい笑みに奏江は大きな不安を抱いていた。

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