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まどろみから覚めて(10)


こんばんは!ぞうはなです。
今の季節は冬~そろそろ春になろうと言う頃ですが、このお話は初夏の設定です。
が、なかなかそういう気持ちで書けない…





朝食後、コートで練習が開始された。
この日は帰る日なので練習は午前中のみ。少し練習をした後には部員同士の試合がいくつか組まれている。

午前中の練習では昨日とは入れ代わって社がキョーコと愛華の相手を買って出てくれた。
愛華はあからさまに不服そうだったが、キョーコは蓮が直接自分の前に立たないだけでかなり気が楽だ。いっそのこと、「だらしない子だ」と嫌われて蓮から距離を置かれた方がさっぱりするかもしれない、とまで思うくらいの心境にあった。

そして何事もなく練習が終わり、試合が始まる。
キョーコは社に指示されて、ボールガールとしてコートの後方に立っていた。
「どんなタイミングでボールを渡すのか」ということを簡単に教えられたが、間違えないか不安になる。しかし、試合が始まると不安よりも楽しさの方が勝って感じられるようになった。

ごく近くで見る上級者たちの試合は、キョーコにとってすごい迫力だった。単純なショットの技術だけでなく、徐々に人によって試合の組み立て方も考えられていることが理解できてくる。

特に圧巻は貴島と蓮によるシングルスの試合だった。
貴島は派手なショットが好きなのか常に鋭い球を打ち込むのだが、対する蓮はそれを鋭く打ち返したり柔らかく前に落としたり。素人目に見ても貴島が段々と走らされていくのが良く分かる。

すべての試合の終了後、感想を聞いた社に対してキョーコは少し興奮気味に語った。
「すごく勉強になりました!強い球が打てる人が強いのかと思ってたんですけど、打つ方向とか威力を変えるとか、組み立ても大事なんですね」
キョーコの言葉を聞いた社は少し目を見開くと、そばにいた蓮を呼んだ。
「おい蓮、聞いたか?キョーコちゃん今日初めて試合見ただけで組み立ての大切さまで気がついたぞ」
呼ばれた蓮は振り返るとにっこりと笑う。
「ああ、そこに気がつくとはなかなかですね。…最上さんも試合やってみたい?」
途端にキョーコはぴきりと背筋を伸ばすと、やや固い顔で言葉を返した。
「いえいえそんな、とんでもないです!まだ全然ひよっ子ですし、サーブも打てないですし…」

「それくらいはあっという間だと思うよ」
「そうだよ、キョーコちゃん上達早いし、うん、まずは試合が出来ることを目標にすればいいよ!」
社と蓮は笑顔でそれぞれキョーコを励ますような言葉を口にしたが、なぜかキョーコは固い顔のままだ。

「は、はあ…がんばります……」
キョーコはラケットを抱えたままずりずりと後ろに下がり、そのままペコペコとお辞儀をして奏江の方へと去っていった。

「あれ?ほめてるのになんで…?」
「さあ…」
首をひねる社に、蓮は曖昧に答えながらもキョーコにかなり怯えられて恐縮されているのは自分だけのような気がして頭をかいた。


合宿は終わり、月曜日からはまたいつも通りの仕事の日々が戻ってくる。
キョーコは研修と実務が混ざったような日々を忙しく送っていた。なにせ新人のため、知らないことも多いし覚えなければならないこともたくさんだ。大変だが、少しずつ仕事が身についていくような実感で毎日は充実している。

蓮とはたまにサークルの練習で顔を合わせたり、行きの電車で一緒になる事もあった。電車の中で隣同士に座る事はあれ以降なかったため、追加の失態を演じる事は避けられているし、蓮が本当にキョーコの振る舞いを気にしていないように接してくれるため、キョーコはようやく蓮に会っても必要以上に肩の力を入れずに済むようになっていた。


「さてじゃあ、早速行きましょうか」
ある日の朝、始業時間前にキョーコに声をかけたのは同じ総務部の先輩社員、大原愛理だ。緩やかにウェーブする長髪を持つこの美人社員は、見た目通り優しく面倒見がよくてキョーコのあこがれの存在だ。

声をかけた愛理とかけられたキョーコはこの日、同じ服装に身を包んでいた。普段は内勤のため私服勤務をしているのだがこの日は特別、ロビーの受付業務の実習のために着なれない制服を着ている。

愛理によると、本社であるこのオフィスの受付は専任の派遣社員が数名いるのだが、シフトの都合や急な休みに対応するため、総務部の若手女性社員は全員がその受付業務につけるようにしているという。

ロッカールームから制服に着替えて出てきたキョーコを少し下がって眺めると、愛理は「うーーん」と首をかしげた。

「どこかおかしいですか?」
不安になって尋ねたキョーコに愛理は慌てて首を振る。
「あ、ううん。おかしくはないんだけどね」
「はあ…」
今度は愛理は一歩キョーコに近づいてその顔を覗き込んだ。間近で見る愛理の顔は色っぽく、唇に乗せたルージュも艶めいていて女であるキョーコも見惚れてしまうほどだ。

「ああ、そっか。メイクがナチュラルなんだ」
「へ?」
思いがけない言葉にキョーコは間抜けな返事をしてしまった。
「うふふ、ごめんね。いつものキョーコちゃんのメイクだと、なんかちょっと制服と微妙にマッチしないかなって思って」
「あ、すみません、メイクが下手で顔も地味なので…」
「ううん、そう言う事じゃなくてね。ほらこの制服ってちょっとはっきりしてるでしょ?」
キョーコは思わず自分の体を見おろした。確かに自分のまとっている制服はシャープなシルエットのジャケットとタイトスカートで、ダークブルーに白い太めの縦ラインというはっきりした色合いだ。愛理が言っているのは、つまりはこの制服に自分の顔が負けているという事なのだろう。

そりゃ…大原さんみたいにメリハリあるスタイルではっきりしたお顔立ちの美人には似合う制服だけど…私じゃ着せられてる感満載よねえ。

自分でもロッカールームの鏡を見てなんだか少し違和感を感じていただけにキョーコは落ち込みつつも納得してしまう。
「ちょっと手を入れてみよっか?」
「は?」
やや自嘲気味の思考に囚われていたところにいきなり愛理の言葉が降ってきて、同時に背中を押されて促され、キョーコは焦った。しかし愛理は構わずキョーコが出てきたロッカールームに再びキョーコを連れて戻る。

「受付嬢は会社の顔だもの。ちょっと派手なくらいで行ってみようか♪」
愛理は自分のロッカーからメイクポーチを取り出すと、キョーコを振り返ってにっこりと楽しそうに笑った。


「はい、承っております。それではしばらくそちらでお待ちいただけますでしょうか」
キョーコはにっこりと来客に笑顔で返答をして片手でロビーのテーブルを指し示す。それから電話の受話器を取り上げるといくつかボタンをプッシュして社内の内線を呼び出した。
「お世話になっております、受付です。…はい。ハクセンコーポレーションの仲村様がお見えです。……はい。はい、お願いいたします。失礼いたします」

静かに受話器を置いたキョーコを、隣に座る愛理は感嘆の目で見た。
「すごいわキョーコちゃん。来客も電話も対応は完璧ねっ」
「いえそんな…そんなことないですっ」
キョーコは少し頬を染めて片手をぶんぶんと振る。自分ではいつも通りにやっているつもりなのだが、なぜだか愛理には絶賛されている。
「いつも新入社員には敬語の使い方から教えてるのよ。でもキョーコちゃんは言い回しもそうだけどお辞儀とか所作も直すところがないわー」
「あ、ありがとうございます…」
「それに、うふふ…お客様、まず間違いなくキョーコちゃんの方に声かけられるものね」
ことさら声をひそめて言われてキョーコはビックリした顔で愛理を見た。
「そんなこと……?」
「あら、あるわよ。別に私キョーコちゃんの実習のためにお客様を誘導したりなんてしてないわよ?」
えええ?と驚いたところで正面の自動ドアが開き、キョーコは慌てて立ち上がると営業スマイルを浮かべてお辞儀をし、新しいお客様を迎えた。


「貴島ー!でんわー」
「あ、ほーーい」
人事部のオフィスで電話を受けた同僚が掲げた受話器を、ミーティング用の椅子から立ち上がった貴島が受け取った。渡しながら同僚は電話の向こうの相手を告げる。
「受付から」

「おっと、もうそんな時間か」
貴島は腕時計を眺めると受話器を耳に当てる。
「はい貴島です。ムーンスタッフさん来られました?」
『はい、今ロビーでお待ちいただいております』
「わかりましたー。応接室で打ち合わせなので、入館証用意しといてもらえます?」
『はい、承りました』
「ありがとう。じゃ、今から降りますね~~」
貴島は自席の背もたれにかけておいた上着を羽織るとPCと手帳を抱えてオフィスを後にする。

さーて、今日は誰ちゃんかな?声が…誰だかよく分かんなかったなあ。

貴島は考えながらエレベータで地上階に下り、ロビー裏側へと出た。受付に座る女性達は綺麗で可愛い子が多く、貴島にとってはほんの短いやりとりすら楽しい時間だ。

受付の正面に回ると左側に座っていた女性が貴島を認めて立ち上がり軽く頭を下げた。
「お疲れ様です、貴島さん。3名様でいらっしゃいましたのでこちら入館証です」
ネックストラップがついた入館証を束ねて差し出され、貴島はぽかんと女性の顔を見つめてしまった。
「あ、ありがとう…あれ?ごめん、君俺の事知って…?」
「はい、いつもお世話になっております、最上です」

「最上…?」
貴島の視線はキョーコの顔から一度胸に付けられたネームプレートへと下り、再び顔に固定される。それから何かを思い出すようにぐうっと上を見上げ。

「えっ…!最上って、もしかしてキョーコちゃん??」
驚いて上げた声はロビーに響き渡り、貴島は慌てて首をすくめて口をつぐんだ。



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