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まどろみから覚めて(9)


こんばんは!ぞうはなです。

人間、寝たらその内目が覚めますね。今日はそんなお話です。





んふ…
あたたかくて気持ちいい……

どれくらいぶりだろう。
嫌な思い出や体の底から急に湧いてくるマイナスの感情に妨げられる事のない眠り。こんな幸せな、陽だまりに抱かれるようなおだやかな眠りの波の存在はしばらく忘れていたような気がする。
しかし、そんな幸せな波を邪魔するような振動がキョーコの体を揺さぶり始めた。

「最上さん、最上さん?」

んんん…
せっかく眠れたの。もう少しだけ、もう少しだけだから……

「最上さん、そろそろ起きないと」

んーー。呼ぶのは誰?まだ起きたくないのに。
あれ?そういえば、目覚ましかけたのに寝過ごしたのかしら?

閉じた目の奥に、外界の明るい光が差し込んできているのが分かる。
急速にキョーコの意識が覚醒し、ぱちっと目が開いた。

開けた目の先に飛び込んできたのは朝の光の眩しさ。そして、目の前に広がるスウェット生地とその先に見えるロビーの風景。更に言えば視覚だけでなく、自分の頭が乗っているそこは柔らかく固く温かい。
キョーコは訳が分からず声が聞こえてきた方向へゆっくりゆっくりと首を回してみた。すると、朝日以上に眩しいものが眼前に現れる。

「起きた?おはよう」

「おはようございます……」

ぼうぜんと、しかしちゃんと挨拶を返してからキョーコはぱちぱちと何回か瞬きをした。
目の前にあるのはやはり、驚くほど美しい男性の爽やかな笑顔。これほど近くでしかも上から覗き込まれるなど、初めての経験だ。

ここは…どこ?私は……?

昨日の夜の出来事が10倍速で巻き戻されて3倍速で再生される。
眠れなくてロビーに降りて来て、そこで偶然蓮に会った。2人でソファに座って少し話をして。そのあとは……?

目を泳がせながら体を起こそうと頭を持ち上げると、蓮が肩を支えて起こしてくれる。
ソファの上に横たわっていた体を起して両足を下ろし、首の後ろをごしごしとこすりながらキョーコは言葉を探した。
「私……こ、ここでずっと寝て…?」
なんて言っていいのか分からないが、おそらく自分のいた状況からして間違いはない。キョーコは目覚めて早々全身の血が沸騰する思いだ。それはもう、電車の居眠りとは比べ物にならない。

「寝入っちゃったみたいだから寝かせておいた方がいいと俺が思ったんだ。あのタイミングで起こされて部屋に戻ってまた眠れなかったらってね」
「でも私…つ、敦賀さんの膝の上で」
「それもやったのは俺だから気にしなくていいよ。眠りやすい姿勢の方がいいだろう」
「敦賀さんはここでずっと座って…?」
「俺はもう睡眠足りてたからね」
おそるおそるのキョーコの質問にてきぱきと答えていた蓮が急にくすっと笑うので、キョーコは困りきった表情に疑問を混ぜて蓮を見た。
「ああごめん。いや、君が起きそうになったら起こして部屋に戻ろうかと思ったんだけど。どうも君が気持ちよさそうに寝ていたから、俺もつられてここでウトウトしてたみたいだ」

寝顔までじっくり見られたのだと思うと、キョーコはもう泣きたいやら叫びたいやら、恥ずかしさにどこかに穴を掘ってすっぽり埋まってしまいたい気分だった。
「うっかりしてたから石橋君に見られちゃったけど…あんまり騒ぎになるのもなんだから、そろそろこっそり部屋に戻ろうか?」
「あ、はい!…て、見られたと…申しますと……?」
「石橋光君。ジョギング行くらしくてついさっきここを通ったんだよ」
「……!」
「ああ大丈夫だから。さて、皆が起きる前に戻ろうか」
改めてキョーコの方を見た蓮がまた口元を緩める。

「変な体勢で寝たからかな。寝癖みたいになってるね」
蓮の長い腕がついと伸びて、キョーコの髪をするりと梳く。キョーコは一瞬の間をおいてばふんと真っ赤になった。
「ほ、本当に申し訳ありません!またお話している最中に寝た上に膝までお借りして貴重な睡眠時間まで…!」
「気にしなくていいよ。ちゃんと眠れてたみたいだし、少しでも睡眠が取れたならよかったよ」
ふんわりと笑った蓮は本当に気にしていないようで、キョーコは逆に恐縮してしまう。
更に謝罪の言葉を述べようとキョーコが口を開いた瞬間ペンションの奥の方でドアの開く音が響き、2人はそそくさとそれぞれの部屋に戻っていった。

キョーコが部屋のドアをそっと開けると、まだ中は寝静まっていてキョーコはほっと胸をなでおろす。

自分の布団に戻ると掛け布団を頭まで引き上げ、キョーコは布団の中で丸くなった。
頭に浮かぶのはやはり自分のしでかしてしまった失態。当然その後キョーコは眠ることはなかったのだが、目覚ましが鳴っても、「キョーコ?あんたどうしたの?」と奏江に呼ばれても、なかなかこもった布団から出る事はできなかった。


夕べ宴会をした食堂に、サークルの面々がばらばらと集まり朝食が始まった。
キョーコは端っこのテーブルに同室の女性たちと座り、体を小さくしてぼそぼそと箸を動かしていた。たまに目線を少しずらせば、社の隣に座っている蓮が目に入る。1列のテーブルを挟んだ上に位置も少しずれてはいるが、蓮は顔が見える位置にいるのでキョーコは本当に居心地が悪かった。

「どうしたのキョーコ。朝ごはんは元気の源、なんていつも言ってる割には元気ないじゃない。今日も眠れなかったの?」
キョーコの向かいに座っている奏江が話しかけてきた。
「なかなか布団から出てこなかったし、もしかして寝付くのがすごく遅かったの?」

心配そうに言われてふと気づく。
蓮の膝でどれだけぐっすり眠ったのだろうか、自分の体はすこぶる元気だ。普段感じることの多い頭痛も今日はないし、体も軽くすっきりしている。いつもの睡眠不足がいかに自分の体に悪影響を及ぼしているのか、短時間だったとはいえ熟睡できることがどれだけ楽なことなのか、キョーコは改めて思い知った。

「キョーコ?」
ぼうっと空中の一点を見つめて考え込んでしまったキョーコに対し、奏江は眉間に少し皺を寄せて再度問いかけた。キョーコははっと我に返って慌てて首を横に振る。
「あ、ううん、大丈夫。昨日たくさん練習して疲れたせいか、ちゃんと眠れたし!ご飯もちゃんと食べるわよ!」

そう、食欲がないわけでもないのだ。…身体的には。
しかしそれよりも何よりも、とりわけ仲がいいわけでもない、しかも異性の膝で、それも真夜中にぐっすり寝こけるとは。その取り返しのつかない失態が、キョーコの箸の動きを重くする。

結局あれね、眠れたからよかったって思っても、やらかしたことのひどさで気分的には帳消しってことよね…

再び力強く鮭をつつき始めたキョーコの箸の勢いがすぐに鈍ったのを見て、奏江はどうしたものかとため息をついていた。


一方の蓮はキョーコとは違い全く普段と変わらない穏やかな表情で食事を進めていた。
いや本当は朝などコーヒーだけでもいいのだが、ご飯に味噌汁に鮭に納豆という朝食は少し多く感じるのだが、「練習前にはちゃんと食っとけ。お前ただでさえ他の奴らよりでかいんだから」と社に言われ、半ば強制的に食べさせられているというのが正しい。
ふと顔を上げると、少し離れた斜め前のテーブルにキョーコがいるのが見える。さっきは跳ねていた髪の毛が収まっているところを見ると、食堂に下りる前にちゃんと直したのだろうか。
蓮の脳裏には、すよすよと眠る無防備なキョーコの寝顔と、寝癖を指で梳いたときの硬直して赤面した顔が蘇ってきていた。

俺の横で寝るのはもしかしてわざとか、なんて思ったけど…やっぱりあの子はそういうタイプじゃないよな…
あの寝つきのよさを見ると普段寝られていないというのも本当だろう。
もしかして無防備に寝てしまうのは逆に男慣れしてないからなのか?髪を少し触られただけでものすごくびっくりしてたみたいだし…

それからキョーコが目覚めた直後の驚愕顔を思い出すと蓮の顔にはうっすらと笑みがこぼれる。

あの顔も…完全に素で驚いた顔だったしな。状況把握して見る見るうちに絶望的な顔に…それにしてもすごい表情だった…

「蓮なんだ?お前今日妙に機嫌がよくないか?」
斜め前の社がすかさず蓮の表情を読み取って突っ込みを入れる。
「そうですか?いつも通りですよ」
蓮はこぼれた笑みをいつもの微笑に変えて、何食わぬ顔で食事を続けたのだった。


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