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まどろみから覚めて(6)


こんばんは!ぞうはなです。

少し間が空いてしまいましたが、連載に戻りますー。






「えーっと、じゃあコート3面あるから…」

テニスウエアに着替えた社が采配を振るう。奏江曰く、社は普段もきっちりてきぱきと仕事を進めるやり手なのだが、テニスコートではその生き生きとした様子に磨きがかかるのだそうだ。

キョーコは奏江と分かれ、端っこのコートにぽつんと立った。するとそこに社に連れられた蓮と愛華がやってくる。
「よっし、2人はとりあえず最初は蓮に見てもらってくれ。あと1時間もすると後発組が来るけど、それまでは広々と使えるからさ」
言い残して社は隣のコートへと入っていった。キョーコはボールがたくさん入ったかごを下げた蓮と、その蓮に寄り添うようにくっつく愛華を目にして少し途方にくれる。

「さてじゃあ、少しアップもかねて打ってみようか」
蓮は愛華から離れてコートの反対側に入ると2人に動きを指示した。ネット際から山なりに打ち出されるボールはちょうど1歩を踏み出すと届くところに落ちてとても打ちやすい。
右に左にと真剣に10球ほど打ち返すと、キョーコは後ろに立っている愛華と交代した。

「っきゃぁ~~!」
「どーですかあーー?」
歓喜の叫び声をあげながら蓮のボールを打ち返す愛華は非常に楽しそうだ。楽しそうなのだが、去年サークルに入った割にはそのレベルはまだ数回しかコートに入っていないキョーコと大差ないのが不思議だ。
それに、愛華は蓮に対してハートをばっしばしに飛ばしているように見えるのに、対する蓮が非常に冷静であっさりとしているのもなんともシュールな光景なのだ。

「うん、最上さんもそろそろラリーも出来そうだね。じゃあ2人ともコートに入ろうか」
しばらくボールを打ち返す練習を続けた後、蓮の指示でキョーコと愛華は一緒にコートに入った。今度は極力蓮の届く範囲に打ち返して1つのボールを3人でつなぐ。
蓮は手足が長いせいかちょっと外れたところにボールが返ってきても大体は1歩踏み出すだけで拾えてしまうようだ。そして、的確にキョーコと愛華の届くところに打ちやすいボールを戻してくれる。

敦賀さんってすごい上手……

キョーコが必死にボールを打ち返しながら考えていると、愛華の打ち返したボールがかなり外れたところへとへろりと飛んだ。
蓮が大きく足を踏み出してラケットに当てたボールはキョーコのほうへと飛んだが、途中減速して前の方へぽとりと落ちる。
「あ、ごめ……」
蓮の口から出た謝罪の言葉は途中で止まった。キョーコは瞬時にダッシュして、見事ボールに追いつくとしっかり蓮の方へと打ち返してきたのだ。
「ナイスショット!足速いね。追いつくと思わなかった」
ラリーが途切れてから蓮は笑顔でキョーコを褒め、愛華も無邪気に拍手しながら「すご~~い!」と賞賛の言葉を送る。キョーコは少し照れくさく感じながらも気合を入れてラケットを握りなおした。


夕方になって練習は終わり、面々は宿に戻っていった。
入浴後の食堂に設定された夕食の場にはテーブルにビールの瓶がずらりと並べられ、この宴会を皆が楽しみにしていることが良く分かる。
キョーコもちびちびとビールを口にしながら周りに座った女性の先輩社員たちと会話に興じていた。
合宿に参加したサークルのメンバーたちは若い年齢のものがほとんどだったが、部員は上の年代までいるのだと言う。ただし家庭を持つとなかなか参加できないと言うのが現状で、今は主に社がメインで活動を取り仕切っているらしい。

「社さん大学でも結構体育会系のサークルに入ってたらしいよ」
教えてくれたのはこちらもかなりテニスが上手な逸美だ。
「コートに入るといきいきするもんね」
「仕事してるときはインドア派に見えるのにね」
周りも口々に社のことを褒めたりけなしたりと楽しそうだ。

「貴島さんもかなりお上手ですよね」
先ほどラリーを一緒にした奏江が言うと、社のときとは若干違う感想が返って来る。
「まあ、もてるためなら何でもするよね、貴島君は」
「貴島さんは割とちゃらいサークルだったみたいだよね」
「周りが真面目にやらない分、目立つからちょうどよかったんじゃない?」
ひどい言われようだとキョーコは思ったが、本人もそういうキャラだと認めているようだし、何よりそう言っている面々も貴島のことを嫌っているわけではないということは伝わってくる。

「敦賀さんも学生時代からテニスされてたんですか?」
キョーコが聞くと、急に周囲はお互いに顔を見合わせた。
「敦賀くんって会社入ってからだって言ってたよね」
「そうそう。高校の授業で少し触った程度だって」
「ええ?そうなんですか?」
キョーコは驚いて声を上げてしまった。

「そ。びっくりするよね~。それも社さんに引っ張られて無理やり入れられたって感じだったのに」
「練習もたまにしか顔出さないのに実力は社さんに近いよね」
キョーコは向こうのテーブルに座っている蓮をちらりと見た。

敦賀さんってまだ入社してそれほど経ってないって聞いた覚えがあるけど…
ほんと、すごい人なんだわーー。
あのルックスでテニスも上手で物腰は柔らかくて…天は二物を与えるものなのねえ…

それから改めて、図々しくもその蓮にもたれかかって寝てしまったことを思い出し、1人で顔から火が出るような思いで叫びたいのをじっと我慢したのだった。


夜はあっという間に更け、翌日も練習があるから!という社の一声でメンバーは解散した。
男性の部屋ではその後もささやかな酒盛りが続いたり、こっそりと2人で外へと抜け出す姿があったりもしたが、深夜と言える時間帯になるとさすがに皆静かに寝静まる。

そんな中、1つの部屋のドアがゆっくりと開いて、暗い廊下に1人の人影が現れた。その人物は吹き抜けになったロビーの階段を下りて、唯一明るい自動販売機のそばに置かれたソファに静かに座る。
それは、少し困った顔をしたキョーコだった。

参ったな…疲れて眠いから寝られるかと思ったのにぃ…


キョーコは一度は寝付いたものの、うっかり真夜中にぱっちりと目が覚めてしまったのだ。
枕元に置いておいたケータイを見てみれば時刻は夜中の3時過ぎ。
翌日も朝から練習だから、と再度布団をかぶってみたもののまったく寝付けずごろごろと寝返りを繰り返し、熟睡している周りを起こしても申し訳ないと部屋から抜け出してきていた。

このまま…起きてようかな…

ここしばらくの経験から、ここまでしっかり目が覚めてしまうとなかなか眠ることは出来ないと分かっている。無理に寝ようとすると起床時間の直前にうとうとしたりしてかえって寝覚めが悪いのだ。
ぼんやりと考えながら暗い中で目の前のテーブルを見つめていると、「ぺたり」というスリッパの小さい音が上のほうから聞こえてきた。

がばっと見上げたキョーコの目に、階段を下りようとしている人物が入った。
暗くて良く分からないが、男性のようだ。そしてその男性もふと目線をロビーに向けてキョーコに気がついたようだ。静かに階段を下りてきた男性は小声でキョーコに話しかけてきた。
「どうしたの?こんなところで」

階段から下りたあたりで相手が誰だか認識し、キョーコは思わずソファから立ち上がってしまった。
「はっ…敦賀さん!……!」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて両手で口を覆う。

「もしかして、眠れないの?」
すぐ横まで来た蓮の顔は自販機の明かりに照らされて陰影が深くなにやら謎めいて見える。キョーコは思わずどきりとしてしまって視線を下げて頷いた。
「はいあの…眠ったんですけど目が覚めてしまいまして」
「そうか…」

ぽつりと蓮が呟いた後ふと訪れた沈黙に耐えられず、キョーコは慌てて言葉を探した。
「敦賀さんはどうされたんですか?こんな時間に」
「ああ、俺も目が覚めちゃって。目が覚めたらかなり喉が渇いててね。飲みすぎたかな」
視線を移動させた蓮につられてキョーコも自販機の方に顔を向けた。なるほど、蓮は何か飲む物を買いにロビーへと降りてきたらしい。

「あ、邪魔しちゃってすみません!どうぞどうぞ」
進路の妨げにはなっていなかったのだが、キョーコは大きく一歩後ろに下がって道を空けた。蓮はくすりと笑うと自販機にコインを入れてボタンを押す。
がこん、という音を立てて水のボトルが受け取り口に落ちた。普段聞きなれている音でもこの静かな中では大きく響いて聞こえる。

蓮は体をかがめてボトルを取り出すと振り返ってキョーコを見た。しばらく無言で見つめられてキョーコが少しそわそわし始めた頃、思いがけない言葉が蓮からかかった。

「最上さんが眠れないなら少しだけ話をしようか」


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