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まどろみから覚めて(4)


こばはー!
コンパクトにまとめられるかなあ、と始めたこの連載ですが、あれあれ。
まだまだですね…

では続きをどうぞ。





夜のテニスコートは照明に照らされて明るい。
ポーンポーンというボールを打つ音ときゅっきゅっというシューズがこすれる音が響くコートサイドで、キョーコと奏江はTシャツにハーフパンツ、パーカーという動きやすい格好で並んで立っていた。
2人と向き合って立つ社はテニス用のポロシャツにハーフパンツを着てラケットを抱えている。会社でのスーツ姿とは印象がだいぶ違い、少し若返って見えるのが不思議なところだ。
今日は蓮は仕事で来られないのだと、なぜか尋ねるより前に2人は社から聞かされていた。

「琴波さんは経験者だって言ってたよね」
「はい。高校3年間だけですけど」
「じゃあ百瀬さん達と軽くラリーしてみようか」
早速奏江は自分のラケットを持って隣のコートへと入って行く。そちらではセミロングヘアの溌剌とした女性が笑顔で手招きし、奏江を加えると早速ラリーを始めた。

モー子さん、上手だなぁ…

ぽけらと奏江の様子を見守っているキョーコに、社が改めて声をかけた。
「じゃあ最上さんは素振りからやってみよう」
はっと我に返ったキョーコが社に視線を戻すと、「はい」とラケットを差し出されて思わず受け取る。

今日って見学するだけじゃなかったっけ?

首をひねりながらも素直なキョーコは社に促されてコートの横で素振りを繰り返した。
言われるままにラケットを振ると、体が温まってくる。久しぶりに体を動かして少しずつ楽しくなってきたかも、とキョーコの顔にも笑みが浮かんでくる頃、にこにこと社が提案してきた。
「うん、なかなかいいねえ。じゃあボール打ってみようか」

それからおよそ30分後。
テニスコートに男性が1人姿を現した。
「お疲れーー」
笑顔で練習中のメンバーに声をかけて回った男性は社の姿を見つけると一直線に近づいてきた。
「遅くなりましたーっと。今日から新人の子が来るって聞いたけど」
「ああ貴島、お疲れ。そうそう、今日は営業の琴南さんと総務の最上さんが来てるんだ。琴南さんはあっちで、最上さんはここ」

初めて見る男性に、キョーコは構えていたラケットを下ろすと深々と頭を下げた。
「あの、最上キョーコと申します。よろしくお願いします!」
「キョーコちゃんね!はじめまして、貴島秀人です、よろしくね」
ライトに照らされた貴島の顔はかなり格好良くてキョーコは驚いたのだが、いきなり下の名前で呼ばれて困惑してしまう。
「よろしくお願いします」
おずおずと返事をしたら近づいてこられてがっちりと握手までされる。
「んで、琴南さんってのは…あれか。んーーなかなか……」

「はいはい、こっちは大丈夫だからあっちのコートに入ってきていいよ」
そわそわし始めた貴島に社はため息をつきながら言い放つ。
「んー、そう?じゃあそうするわ」
貴島はキョーコと社に軽く手を上げるとそそくさと隣のコートに入り、早速奏江に近づくと自己紹介を始めた。

「まったく…あいつも懲りないよな」
「??」
ハテナマークを顔いっぱいに飛ばしたキョーコに気づくと、社は苦笑しながら説明する。
「あいつ人事部の貴島って奴なんだけど、見ての通り女の子大好きでね。特にああいう琴波さんみたいに派手な顔立ちの子がいるともう声をかけないではいられないと言うか」
「ああ…」
納得しつつもキョーコは内心、自分は貴島にとって対象外なのだと悟った。自分に花がないのは先刻承知だが、はっきり態度で示されるとなんとなく腹の立つ人物の顔を思い出してむかむかと気分が悪くなる。

ああ、いやいやキョーコ。別に貴島さんになんか嫌な事されたわけでもないんだから!


「まあでもあいつはそうは言っても誰にでも親切だし悪い奴じゃないからあんまり気にしなくていいよ。声かけられても適当に放っておいてね」
「私には声かけないと思いますし…」
「そう?そんなことないよ」
社はじっとキョーコを見つめてから笑って言った。そしてラケットをひょいと持ち上げて表情を改める。
「うん、最上さんはなかなか筋がよくて飲み込みが早いね。次の段階に行こうか」
「は…そうですか?」
「うん、よしやるよー」
キョーコは社に指示されるままコートに立ち、2人は練習を再開した。


腕がちょっと痛いなぁ…

ぼんやりと思いながらキョーコはいつもの朝の電車に揺られていた。
昨日の練習の後は「軽く飲もう」と誘われて奏江や貴島、社たちと食事をしてから帰宅し、久しぶりに体を動かして良く眠れるかと期待して布団にもぐりこんだ。しかしアルコールを少し入れたのが間違いだったのか、真夜中にがばりと起きてしまってそこからは30分おきに時計を確認しながら朝を迎えることとなってしまった。
右腕には軽い痛みがある。おそらく昨日ラケットを振り回したことによる筋肉痛だろう。もう少し全身が痛くなるかも、と思っていたのでまだ軽かった方かもしれない。

でもやっぱり、体を動かすのって楽しいかも。

短大時代は授業にバイトにと忙しく、サークル活動などこれっぽっちも考えていなかった。就職したら少しは時間ができたものの、真面目なキョーコは世話になっている下宿先の居酒屋の手伝いをまめにしている。
移動の自転車やバイトなどで体を動かしていると言えなくもないが、レジャーとしてのスポーツは本当に久しぶりで学校の体育以来だ。生活のためではない自分のための時間を久しぶりに取れた気がして、キョーコは少し嬉しくなった。

キョーコがあれこれ考える間も電車は時間通りに走って行く。やがて電車は駅に到着し、一度車内が空いてからまたたくさんの人が乗り込んできた。

「おはよう」
急に上から話し掛けられて、キョーコは頭を上げた。自分の座席の前に立っているのは…一人の長身の男性。思いっきり見上げた先に麗しく輝く笑顔が見える。
「あ!おはようございます!」
少しびっくりして大きくなったキョーコの声に反応したのか、キョーコの隣に座っている若い女性が読んでいた本から顔を上げた。蓮を見て目を丸くし、さらに窓の外を見て口を「あ」という形にした。女性は慌てて立ち上がると、蓮と隣の男性を押しのけるようにして足を踏み出し、まだ乗り込んでくる人を掻き分けてホームへと降りていく。

蓮に挨拶をしたキョーコは反射的に「せ、席をゆずらないと!」と考えて腰を浮かしかけたのだが、キョーコの思考を読み取ったのか突然にぽかりと空いた隣の席にすとんと蓮は腰を下ろした。
「ラッキーかな?」
爽やかに笑いかけられてキョーコも思わず笑顔になる。
「そうですね」

発車ベルが鳴り、電車はゆっくりと動き出す。
「昨日の練習、行ったの?」
話しかけたのは蓮の方だった。今日も漂ってくるふわりとしたいい香りにキョーコは意識を持っていかれていたのだが、慌てて意識を戻して返事をした。
「はい!行きました。社さんに教えていただきました」
「そう…どう?面白かった?」
「はい!久しぶりに体動かして楽しかったです」
「じゃあサークル入ることに決めたの?」

あー、とキョーコの視線は宙を泳ぐ。
「決めるも何も、もうすでに私とモー子さんは入ることに決められてたみたいです…」
昨日の練習後の飲みではすっかり新部員として紹介されて、5月に行われると言う合宿に参加することまで決まっていたのだ。特に断る理由もないのでそのまま受け入れたのだが、奏江はあとで強引さに対する文句のメールをキョーコに送ってきていた。
「あはは、社さん乗り気だったからね。きっと最上さんと琴南さんのこと気に入ってるんだな」
「そうなんでしょうか」
「そうだよ。社さんも誰でも彼でも誘ってるわけじゃないからね。じゃあ、合宿も参加するの?」
「はい…なんだかそういうことになってました」
「そうか。ちょっとここのところ練習は行かれないんだけど俺も合宿は行くよ。よろしくね」
「あ、はい!よろしくお願いします」

蓮が頷きながら笑って会話が途切れた。
何か話しかけなくちゃ、とキョーコは少し思ったのだが蓮と親しいわけでもないので話題が見当たらない。ええと、ええと、と考えながらちらりと蓮の表情を覗き見ると蓮は穏やかな表情を浮かべている。

なんか…不思議な人だなあ…

過去にそれほど男性の知り合いや友人がいたわけではないのだが、蓮の放つ雰囲気は今までに会ったことのある誰とも似ていない気がする。スタイルも顔も驚くほどいいのにそれを鼻にかける訳でもなく、立っているだけでものすごい存在感を放つのに本人はどこか控えめにしていて、態度も話し方もどこか一歩引いている印象を受けるのだ。

あれこれと考えていたキョーコはまたふわりと香りが漂うのを感じた。

なんかこの香り…かいだことないと思うんだけどどこか安心するのよね…


一方、会話が途切れた後キョーコの隣に座る蓮も少し話題に迷っていた。

この間会ったばかりの女の子にあれこれべらべら聞いたり話したりするのもデリカシーがないよな…
仕事の上でも総務とじゃあまり接点がないしまだこの子は新人研修中だろうし。
あ、そうか、琴南さんと仲よさそうだからそのことを聞いてみるか。そういえばさっき変な呼び方してなかったか、この子?

キョーコのほうに視線を移そうとして、その方向から腕に少し重みがかかるのを蓮は感じた。
あれ?と思ってそっと顔をキョーコのほうに向けると、自分の腕にキョーコの頭が軽くもたれかかっているのが目に入る。

…もしかして?

かくり、とキョーコの頭が更に傾いて腕にかかる重みが増した。


やっぱり…

蓮の予想通り、この短い間にキョーコは寝入ってしまっていたのだった。

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