SkipSkip Box

意外な一面

「失礼します」
部屋から廊下に出たキョーコは振り返ると深いお辞儀をきっちりとして、それからそっとドアを閉めた。
数秒ドアノブを握ったままじっと止まると、それから静かに深いため息をついて、廊下を歩きだす。

(まったく…やんなっちゃうなあ…このドラマ、楽しみにしてたのに…)

スタジオに戻る道をたどりながら、キョーコは心の中でぼやいた。

キョーコは今日から新しいドラマの撮影に入っていた。
事務所の先輩である敦賀蓮、演技派と言われている中堅女優がダブルで主演し、キョーコには主演二人が演じるカップルを執拗につけ狙うストーカーの役が与えられていた。それ以外にも実力派俳優が脇役として名前を連ねていたので、キョーコは女優としてのいい経験が積めるだろうと期待していたのだ。
ところが、キョーコはお昼を兼ねた休憩時間に主演女優の楽屋に呼び出され、初日だというのに指導という名のお説教を受けてしまった。

(演技について意見が、なんて言われたから緊張して行ったのに…)

何のことはない。
蓮と親しげに話をしていたら、目をつけられてしまったようだ。

(新人なんだから自重しなさいとか、図々しいとか礼儀知らずとか色々言われたけど、結局は敦賀さんに近寄るなってことよね)

子供のころからショータローのそばにいたおかげで、女子からのやっかみやいじめは慣れっこだ。そのためか、さほど衝撃は受けなかったが、ただの事務所の後輩なのにやけに警戒されたのがイマイチ腑に落ちない。そして、蓮が雑誌取材で現場を離れた隙に呼び出すあたり、計画的だ。
さらに、自分は単なる悪役のストーカーだが、主演女優は蓮と恋人役でキスシーンまである。なぜねちねちと嫌味を言われなくちゃいけないのか、キョーコにはさっぱり分からなかった。
実際のところ、顔合わせや本読みで蓮がキョーコに親しげに話しかけたり、おいそれと近寄れない空気を二人で醸し出していたために嫉妬されたのだが、キョーコには全く自覚がなかったために首をひねっていたのだ。
しかし、これから撮影は続くのだし、主演女優のご機嫌を損ねて雰囲気が悪くなるのも撮影に支障が出るかもしれない。

(陰でこそこそ言われるよりかえってよかったかもしれないわね。私さえ気をつければいいんだし、頑張ろう!)

キョーコはあっぱれのプロ根性で、撮影の順調な進行を一番にすることを心に誓ったのだった。



一方の蓮は、雑誌取材を終え、一度離れたスタジオに戻ってしばらくすると、ちょっとした変化に気がついた。
セットから降りてきたキョーコに声をかけたのだが、キョーコは話をあっという間に切り上げて、さっさと離れていってしまったのだ。いつも通り丁寧なお辞儀で、特に機嫌の悪い様子もないが、どこかよそよそしかった気がする。

キョーコを追いかけて問い詰めようとした蓮のところに主演女優がやってきて、今日撮影予定のシーンのことで、と話しかけてきたため、蓮は足を止めなければならなかった。

その日もその後の撮影の時も、似たような状況は続いた。
キョーコはたくみに蓮の傍から離れていくし、追いかけようとすると共演女優が隣に来て、足止めを食らう。蓮はなんとなくこの状況の原因が分かった気がした。

「おーい、蓮。眉間にしわ寄せて、どうしたー」
撮影の合間に水のペットボトルを持った社が蓮の顔を見て怪訝な顔をする。
「あ、社さん…いや、たいしたことじゃないんですが」
「キョーコちゃんのことだろ、どうせ」
「……」
なんでいつも最上さんのことに結び付けるんだ、と蓮は内心で憤慨したが、図星なので何も言い返せない。
「この撮影始まってからなんか妙に距離を置かれてるよな。蓮お前なんかしたのか?」
「何もしてませんよ、失礼な。何かすることもできないくらい寄りつかないじゃないですか」
「まあな。冗談だよ。……だからそんな怖いオーラを出すなって!!情報仕入れてきてやったのに」
「…なんですか、情報って」
「お前の恋人役の女優様の話。彼女、どうやらキョーコちゃん呼びだしてお説教したらしいぞ」
「お説教ですか?」
「うん、初日の、ちょうど俺たちが撮影中抜けしたときに楽屋に呼び出されてたらしい」
「…なんとなく、内容は予想がつきますね」
蓮はやれやれとため息をついた。別の仕事で共演した際にも、主演女優にはかなり露骨なアプローチを受けていたのだ。蓮が親しげにキョーコに接したことが面白くなかったのだろう。
「どうすんだ?蓮」
「どうもしませんよ?」
蓮はさらりと答える。
「え?いいのか?キョーコちゃん、いじめられてるかもしれないぞ」
「最上さんが今のスタンスでいれば彼女は満足でしょうし…まあ、円滑な撮影の進行に努めるだけですよ」
本当にいいのかなあ、と不安げに見守る社に対して、蓮は微笑みさえ浮かべてみせると、撮影を継続すべくセットに入って行った。

その後もキョーコが蓮に対して若干の距離を取ることは続いたのだが、撮影の合間合間にそれまでにあまり見なかった光景が見られるようになった。それは、例外なく蓮からのアクションによるものだった。「カーット!OK!」という声が入るとすかさず蓮がキョーコに話しかける。

「最上さん、うまくなったね」
「え、そうですか?ありがとうございます。敦賀さんに褒められるなんて嬉しいです」
「うん、美緒のときより悪鬼ぶりに磨きがかかってるよ」
「…!!!」
「ちゃんと美緒から気品をマイナスしてるしね、いやすごい、悪役がはまってるね」
「…敦賀さん、褒めてるんだか貶してるんだか、どっちかにしてもらえませんか」
とか。

「最上さん、最上さん」
「はい、なんでしょうか」
「今のカットさ、OK出たし、表現としてはいいとは思うんだけど」
「何か、おかしかったですか?」
「うーーん、ストーカーってさ、好きで好きでその思いが裏返ってるって分かってる?」
「えーっと、は、はい…」
「なんか俺、最上さんに好かれてる気が全くしなくて、目だけで呪い殺されそうだったんだけど」
「そ、そんな目でしたか?」
「うん、できれば少しだけ好きって気持ちを込めてくれると嬉しいなあ」
「あ、でも、話の進行上ではもうそろそろ殺そうと思い始めるタイミングですので無理です」
「…ひどいなあ」
「お互いさまじゃないですか?」
とか。

キョーコはやり込められて顔を赤くして悔しがったり、しれっと言い返してみたり。どっちにしてもキョーコの反応を見た蓮はとても嬉しそうに笑うのだ。女性には紳士的な対応と丁寧な扱いをすることで有名で、実際に撮影現場では主演女優も含めて女性に対しては噂どおりに接している蓮が、キョーコだけはいじめたりからかったりすることを、周りの共演者やスタッフは不思議に思って見ていた。
ただ、言い合いの内容が演技に絡めたものでたわいもないことばかりだったので、『敦賀君は後輩はからかったりするんだね』と捉えられ、主演女優の機嫌を損なうようなこともなかったのだった。

キョーコの努力もあり、撮影は順調に進んだ。そしてクランクアップの日。
撮影が終わったスタジオ内では、ささやかな打ち上げが行われていた。蓮の周りには主演女優をはじめとして共演者やスタッフが集まり、キョーコは最後の努力と言わんばかりに蓮から少し離れた別のスタッフたちのグループにいてそれぞれが会話を楽しんでいた。
ドラマの監督が蓮に話しかける。
「敦賀君、お疲れ様。君のおかげでいいドラマになったよ。京子君の狂気っぷりもなかなかの話題だったけどね。やっぱり恋人を最後まで守りぬく男の姿に惚れた視聴者が多かったみたいだなあ」
横から別の共演者が口を出す。
「俺の嫁も俺そっちのけで毎回『こんな恋人に守ってもらいたい』なんて目をハートにしてテレビにかぶりついてましたよ」
「そりゃー、俺だって女だったら惚れるだろうね、敦賀君に」
主演女優も蓮を熱く見つめながら質問を繰り出す。
「敦賀君って、プライベートでもあんな風に恋人に甘い言葉を囁いてるのかしら?」
蓮は笑いながら答えた。
「いや、俺は恋人なんていませんし」
ええ~~?と周りから声が上がる。うっそー、と叫ぶ女優もいた。
「あんまりうまくいかないんですよね、恋愛が。過去にも振られてばっかりでしたから」
主演女優はさらにたたみかける。
「…今は、どうなのかしら?」
「今ですか…?」
蓮はふと視線を上げてから意味ありげに微笑んだ。
「俺の恋愛って、マネージャーに言わせると子供っぽいらしいんですよね」
「え、どういうこと?」
「好きな子の前では素直になれなくて…つい、からかったり意地悪なことを言って困らせたりしちゃうんですよね」
蓮を取り囲んだスタッフや共演者たちに動揺が広がる。お構いなしに蓮は続けた。
「でも、本人には本当に単なる意地悪だと捉えられちゃって、うまくいかないんですよ」
微笑んだまま ふぅ、とため息などついて見せる。
その顔は男性だというのに妙に色っぽくて、周りの女性陣は思わず赤面してしまったのだが。

(今、好きな『子』って言った!年下か!!)
(敦賀君が意地悪してるのって、この現場では一人しかいないじゃん!)
(てかなんだよそれ、何気にカミングアウトだよ!!)

周囲はざわめいているが、面と向かって本人に確認することもできない。
自分は対象外、と言外に言われたに等しい主演女優はがっくりと肩を落とす。

キョーコは急に蓮の周りの集団から無遠慮な視線を投げかけられて困惑した。
「な、何ですか…私何か、やらかしました?」
おろおろと慌てるキョーコの横にするりと蓮が来た。
「さて、あんまり遅くなると下宿先の方が心配するだろうし、送るよ」
「え?敦賀さん、主演なのに抜けちゃっていいんですか?…ていうか、まだ電車ありますし大丈夫ですよ」
「またそういうことを言う。君は芸能人である前に女の子なんだから、こんな夜遅くに一人で歩いちゃだめだよ」
「…私は悪鬼のごとく相手を睨み殺せますから大丈夫です!」
「なんか根に持ってる?」
「いいえ!」

テンポのいい言い合いを繰り広げながら、蓮が自然とキョーコを促して出口に向かって行くのを他の共演者・スタッフたちはぽかんと見送った。社が二人分の辞去の挨拶をして後を追う。

敦賀蓮という俳優の知られざる一面を、彼らはこの現場で知ったのであった。
そして、それからしばらく経っても、一向に蓮の熱愛報道がなされないことに対して、同情の念を禁じ得ないのであった。


関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する