SkipSkip Box

empty shell (8)


こんばんは!
あああ、なんとか間に合ったー。
てことで続きどうぞー。




休憩に入った撮影スタジオで、蓮は誰かに声をかけられる前にと足早に出口へと向かった。
仕事は集中すれば問題なくこなせるが、くだらない会話に相槌を打って愛想笑いをする気には到底なれない。人目につかない通路を見つけると、やや薄暗い場所にひっそりと置かれたパイプ椅子に蓮は腰を下ろした。

理由づけのために持ちだした台本を開いてはみるものの、目が活字を追っているだけで一向に頭に入ってこない。蓮は同じセリフを3回なぞったことに気がつくと、諦めて台本を閉じた。

何も…気にすることはないはずだ。

自分に言い聞かせる言葉を心で吐き出したのは何回目か、もう数え切れない。
記事や写真を直接見た訳ではないが、キョーコが光と2人きりで出かけたことだって、抱き寄せられた写真を撮られたことだって、記事に書かれていると思われるような色恋沙汰ではなく、なにか理由があるのだろうと蓮は直感で思っていた。
実際に先ほど車の中で、社がキョーコから直接聞いたという事情を蓮も聞かされていた。それは自分がなんとなく思っていたものと合致して、やっぱりと納得したはずだった。

キョーコが蓮に対して何も弁解しないのだって、普通に考えれば当たり前だ。自分には何を言う権利もないし、キョーコが自分に報告をしてくる義務もない。自分はただの先輩だ。その結論として言い聞かせているのだ。「何も気にすることはないはずだ」と。

すべては当たり前に進行しているというのに、この心がささくれ立つような気分は一体何だというのだろうか。その微妙な心境の変化を社に察知されてしまっていることについても更に自分に腹が立つ。

これは恐怖…なのか…?

思い当る単語を反芻して、蓮はため息をつく。
キョーコはもう恋愛など愚かなことはしないと言った。かつてキョーコの唯一の想い人であった尚に対してはその愛情を100%憎しみへと変え、今もそれは継続している。そして、貴島からちょっかいを掛けられても困惑するばかりで微塵も揺れる気持ちを見せなかった。
そんなキョーコを間近で見ていて、蓮は安心感を抱いていたのだ。それは油断とも言える。

いつか、いつか彼女が失恋の痛手から立ち直る時がきたら。

キョーコは新しい恋を知るかもしれない。それを考えない訳ではなかった。自分だって、キョーコの「恋愛なんて二度としない」宣言が解除されない限りはこれ以上キョーコのそばには寄れないのだ。だけど、それはもっともっと先の話だと根拠もなく思っていた。

貴島のように軽い気持ちで声をかけるような男には適当に釘を刺すことだってできる。何より気持ちが軽い分、口説き落とすときの面倒を嫌うものだ。相手の気持ちを自分に向かせるためならばムキにもなるだろうが、他の男ともめてまでは、とあっさり身を引いてくれる確率は高い。
最大のライバルと思われる尚に対しては、いままでの仕打ちを無かった事にしてキョーコに近づこうとしようものなら、過去を盾にいくらでも牽制が可能だろう。

だけど、本気でキョーコを愛した男が、その想いに全身全霊をかけたとしたら?

蓮は光と一緒に仕事をし、言葉を交わしたからこそ、その人柄や性格をなんとなく把握していた。
彼は軽い気持ちで女性を口説くような男ではないし、軽はずみな行動を勢いでするほど考えなしでもない。実直で素朴で真面目で、ある意味キョーコと似た人柄だとも言えなくもない。

だからこそ恐ろしくなる。もしキョーコがそんな男の想いに応える気持ちになったら、どんなことになるのだろうか。
そうなったら自分の付け入る隙など、もうどこにもないだろう。キョーコに対しても、相手の男に対しても、蓮から何も言うことはできない。尻尾を巻いてすごすごと引き下がり、『いい先輩』のポジションで嫉妬に身を焼き焦がして仲のいい2人の姿を見守るしかすべがない。
あの週刊誌のスクープ記事が出たことで、無意識のうちに考えないようにしていたことが意識の表層に上がって来てしまっていた。


だからといってあの子に当たるのは……八つ当たりもいいところだろう。

いや、正確には当たる前に回避した。会話を交わすこともなく笑顔で挨拶だけして逃げ出したのだ。何か自分の機嫌を損ねることをしてしまったかと、キョーコは悩んでいるに違いない。
けれどあのまま会話を続けていたらきっと、ドロドロと流れ出す真っ黒なタールのような感情は彼女を責め立てることをやめなかっただろう。

次会った時、どうすればいいんだ?

蓮は閉じたままの膝の上の台本を見つめて、地に沈み込みそうなため息をついた。


キョーコはやや下向き加減でスタジオから出てきた。
連日の撮影で疲れているのもあったが、それ以上に考えることが多くて気が休まらない。
蓮とは事務所で別れたきりだし、撮影で光と話していると周囲の好奇の視線が痛い。甲子はなんだか暗に自分に光を薦めてきているような気もするし、本人たちの意思を無視して外堀がどんどんと埋められているようで焦りと困惑がある。

そしてこの日、更にキョーコの気持ちを重くする発表が監督からあった。
先日放映された蓮出演の回のドラマに、ものすごく大きな反響があったのだと監督は顔をほころばせて言った。そして視聴者の声に応える形で、急きょ最終回の脚本が修正されることになったと。
主役との対決を終えて姿を消した蓮が再登場して最終回に絡むよう、筋が組み直されたのだ。蓮のスケジュールもぎりぎりながら確保ができたという。

それはつまり、近いうちに蓮とまた顔を合わせることを意味する。それも、光とともに。そんなシチュエーションで一体どれほど凍てつく視線を向けられるのか。想像しただけで背筋が凍る気がする。

でも結局…なんで敦賀さんが怒ってたのか…ちゃんと分かった訳じゃないのよね…

うかつにも写真を撮られたことなのか、恋愛などしないと言っておいて実はしてると思われているのか、連絡をしなかったことが不義理に当たるのか……
どれもこれも当たっていそうで外れていそうで、考えてみてもよく分からない。分かっているのはただひとつ。事務所でちらりとだけ顔を見せた蓮は、確実にエセ紳士笑顔の下に本心を隠した、怒れる先輩だったということ。


今度会ったら…とにかく謝って許してもらうしかないわよね。

そうでなければ、今後ずっと蓮との関係が修復できないことになりそうだ。
大丈夫。ちゃんと心をこめて謝れば、それを突っぱねるような人じゃないはず。そう自分に言い聞かせ、キョーコは よし、と顔を上げる。しかし上げた目線の先に嫌なものが目に入って、キョーコは思い切りしかめ面のまま口をきっと引き結んで脚の回転を速めた。

「んだよ、無視すんな」
「あんたに用事なんてないのよ」

標識のポールによっかかって道端にたたずむ男の横を、キョーコは足早に通り過ぎようとした。通り過ぎざまに交わされた短い会話で済ませようと思ったが、手首をつかまれて体ががくんと後ろに引っ張られる。

「なんなのよ!触らないでくれる?」
キョーコが眉を吊り上げて腕を振り払うと、相手はキョーコを立ち止まらせることが目的だったのか、すんなりと掴んでいた手を離した。
帽子を目深にかぶり、サングラスをかけて目の前に立っているのは幼馴染の男。ミュージシャンの不破尚だ。キョーコは大嫌いな相手に呼び止められ、腕までつかまれて強引に歩みを止められたためにむかっ腹を立てていたのだが、相手も相当不機嫌なようだ。帽子で隠れて見えないはずなのにこめかみの青筋が見えるような気がする。

キョーコは尚の怒りに気づくと一瞬ひるんだが、自分のいらだたしさの方が若干勝る。ぶっきらぼうに畳み掛けた。
「いちいちこんなところにまで押しかけて、あんたストーカーじゃないの?」
以前も撮影スタジオや学校に突然現れて、えらい目にあったことが思い出される。早く解放しろとばかりにキョーコは腕時計をちらりと見た。

「お前は本当にアホだな」
「はあ?何よいきなり!」
尚の声は地を這うような、うなるような低音だが、反射的にキョーコは言い返す。

「あんな写真撮られやがって、何考えてんだよ!」
「あんな写真?」
「ちゃらちゃら男と抱き合いやがって、調子に乗ってんじゃねー!」
蓮の事ばかり考えていたので本気で聞き返してしまい、尚に怒鳴られてキョーコはむっとした。
「抱きあってなんかないわよ。怪我しそうな状況だったのを助けてもらっただけ!」
「…2人っきりだったのか」
「え?」
ぼそりと言われた言葉が聞き取れなくて思わずキョーコは怪訝な顔になった。
「あの石橋とか言う野郎と2人で飯食ったのかって聞いてんだよ!」
「え?そうだけど…」
噛みつかんばかりの勢いに、キョーコはやや気圧されながら首を縦に振った。
「お前尻軽なのもいい加減にしろよ!あちこちフラフラよそ見しやがって、節操がねえったらねえな!これだからもてない奴は性質が悪いんだ」
「ちょっと、なんなのよさっきから!光さんとはたまたま2人でご飯に行ったけど…」

ぴくり、と尚の肩が震えた。
「『光さん』だあ?」
「な、なによ…」

あまりにどす黒いオーラが一気にほとばしったため、キョーコは驚いて言葉に詰まった。"ゴゴゴゴゴゴ"と音がしそうな勢いで、尚の後ろにめらめらと燃え立つ何かが見える。
「お前…!俺に復讐するってことをすっかり忘れてんじゃないだろうな!」
「そんな訳ないでしょ!何があったって、あんたは膝まづかせてひれ伏させて許しを請わせてやるんだから」

ふうん、と胡散臭げにキョーコの顔を眺めた尚はバカにしたようにぼそりと言った。
「お前まさか……振られた腹いせに、手頃な男捕まえたって訳じゃねえだろうな」
「なによ振られた腹いせって!私がいつ誰に振られたって言うのよ」
「…あいつだよ」
「あいつ?」
「………」
眉間にしわを寄せ、何を意味の分からないことをほざくのだと軽蔑のまなざしで自分を見るキョーコに、尚はいらいらと片膝を揺らした。

「あいつしかいねえだろう!あのいけすかねえ敦賀の野郎だよ!」
「なんで私が敦賀さんに振られるのよ!そういう関係じゃないわよ!!」
キョーコは内心どきりとしながら怒鳴って言い返した。しかし、尚はにやりと口の端を上げて笑う。

「ああ、元々眼中にないってか。まあそうだろうな。あの男のタイプは、てめえみてえな色気のない女じゃなくてああいう女だろうからな」
「……何よああいう女って」
尚が自分に質問させようとしていることを分かりつつもキョーコは引っかかりを感じて素直に問いただした。
「なんだよ、ほんとに知らねえの?敦賀蓮と三谷甲子がいい仲だっつーのをよ」

三谷さん??

キョーコは一瞬で背中がひんやりと冷たくなるのを感じた。


関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

ふぉぉぉ!!

グッジョブ尚!!!!
と思わずガッツポーズしてしまいました!!
いやぁー!いい仕事してくれますね!!彼はっ!!
そうですか、ここで出てくる訳ですね最初のアレはっ!!

あーーーー!!続きがめちゃくちゃ楽しみですっ!!

風月 | URL | 2013/11/27 (Wed) 22:46 [編集]


Re: ふぉぉぉ!!

> 風月様

そうなのです、尚はここぞという時にはやらかしてくれる子です。
おそらく蓮と同じくらいには、キョコさんに対して怒りを募らせていたでしょうし。
考えてみればキョコさんに想いを寄せる尚も蓮さんもなにやら思考回路が曲がっていて面倒くさい感じなのですね。

> そうですか、ここで出てくる訳ですね最初のアレはっ!!

うふふふ。そう、ここで出てくる訳なのです。
さて、さらに思考がねじ曲がったキョコさんがどう受け取るか…

ぞうはな | URL | 2013/11/27 (Wed) 23:34 [編集]