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薔薇の素顔 (18)


一応パラレルです。

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プルルルルルル…

呼び出し音が永遠に続くように思える。
キョーコは片手で持った携帯を耳に当てたまま、もう一方の手では外から開けられようとしているドアを必死にドアノブをつかんで押さえていた。外開きのドアのため、引っ張られないように踏ん張るのも限界がある。すると、3コール目くらいで電話の相手につながった。
『はい、敦賀です』
優しい声が耳に飛び込んできてホッとした瞬間、ドアノブを引く手の力が少し緩んだ。その隙をついて、ドアがこじ開けられそうになる。キョーコは慌てて腕に力を入れなおして、携帯に向かって叫びかけた。その瞬間、一気に引っ張られて思わずドアノブから手を離してしまい、悲鳴を上げる。

「敦賀さん!店にショー…きゃっ!」

ドアの向こうからすばやく腕が伸びてきて、携帯が奪い取られた。
尚は画面を見て通話相手を確認すると、すぐに通話を終了させ、電源を切って携帯を閉じると廊下の向こう側に無造作に放り投げた。
キョーコはこの狭い部屋にいては逃げ場がないと感じ、抜け出す隙間を探す。尚が携帯に気を取られた隙に体を低くして廊下の方に滑り出た。が、すぐに尚に捕まり、強引に壁に押し付けられてしまった。

「…助けを求めんのはやっぱりあいつなのかよ…」
尚の声は低く絞り出すようだ。両手でがっちりとキョーコの肩をつかみ、壁へと押し付けてくる。
キョーコの目の前にいる幼馴染は、まるで知らない男のような顔をしている。理由は分からないが、二人きりでいることが怖く感じた。

一緒に住んでた時はそんなことなかったのに?

尚は押さえつけたキョーコの顔を至近距離からじっと見つめた。
「お前、敦賀の奴に遊ばれてんだよ」
「失礼な!敦賀さんをあんたと一緒にしないでよ!!大体、遊ぶも何も敦賀さんが私なんて相手にする訳ないでしょ」
「じゃあなんで弁当なんて作ってんだよ。相手にされてないのに虚しいとか思わねーのかよ」
「だーかーら!お弁当は敦賀さんがほっとくとご飯を食べないから作ってるだけよ!」
「なんでお前がそんなのまで面倒見ないといけないんだよ」

キョーコはつかまれ押し付けられた肩と背中の痛みに、段々と腹が立ってきた。

なんでこいつに勝手なこと言われて私が責められなくちゃいけないの??
散々振り回されたのに、あんなに泣いて恨んでやっと前に踏み出したのに、なんでまたこいつにかき回されなくちゃいけないの?

思ったそのままが口をついて流れ出てきた。
「どうしてあんたにそんなことでいちいち難癖付けられなくちゃいけないのよ!あんたと私は他人なのよ。他人!!私がどこでどう遊ぼうと、遊ばれようと、誰に弁当作ろうと、あんたには関係ないことじゃないの?」
「関係なくねー!!」
「関係ないわよ!もう、私に関わらないでよ!」
「何だよ…お前は、俺のことだけ見てればいいんだ!」
何で?と思う間もなく、尚の顔が近づいてくる。キョーコは咄嗟に顔を背けると、両手で尚の顔を遠ざけようと懸命に押さえた。尚は小さく舌打ちすると、キョーコの両手首をつかんで壁に押さえつける。
キョーコは全身で暴れて抵抗するが、尚の力は想像より強く、逃れることが出来ない。足で蹴り飛ばそうかとも試みたが、体を密着させられて動くことも出来なくなった。
尚はキョーコの抵抗が少し弱まったのを見ると、つかんでいた両手首を片手で押さえつけ、もう片方の手でキョーコのあごを固定した。キョーコは出来る限り頭を横に振って逃げるが、尚の顔が容赦なく近づいてきた。

「いやっ!!!」
キョーコが叫ぶと同時に、入り口のドアが勢いよく開いた。カランカランとベルが派手に音を立てる。
二人がドアの方を見て、それが誰かを認識した時には、尚の腕は捻り上げられていた。

「女の子に乱暴するのは最低だな」
静かだが、威圧感のある声が上から降り注ぐ。
痛みに尚がキョーコの手を離すと、尚の体はぐいっと店の方へ引っ張られ、床へと投げ出された。

「つ、つるがさん……」
キョーコは呆然と乱入者を見上げる。恐怖に駆られて電話をかけてしまったのは自分だったが、あの一言だけで、この短時間に蓮がここに着いているとはどういうことなのか?
「ごめん、遅くなった。大丈夫?」
「はい…大丈夫です……」
よく見ると、蓮の呼吸は乱れている。キャップもサングラスもなく、少し乱れた髪と上気した顔はここまで全力疾走したことを物語っていた。
「よかった……ああ、腕が赤くなってしまっているね」
言われてキョーコが尚につかまれていた手首を見ると、くっきりと赤い痕がついていた。
「こ、これくらい、別になんでもありません」
「そうか…ちょっと、待ってね」
蓮はぽんぽんとキョーコの頭を軽く叩くと、尚の方へ向き直った。尚はのろのろと体を起こして立ち上がっている。

「なんなんだよ、あんた。部外者はひっこんでろよ」
「…部外者ね。もう、そんなつもりもないんだけどな」
尚に対する蓮の目は、どこまでも冷たく、尚は殴られそうな殺気に身が竦みそうになるが、なんとか堪えていた。

「そいつは、昔からずっと俺のもんなんだよ。あんたは部外者だろ」
「…なんで私があんたのものなのよ!」
キョーコが蓮の横に立ち、尚に噛み付く。放っておけばつかみかかりそうな勢いのキョーコの肩に、蓮は柔らかく制するようにそっと手を置いた。尚はキョーコの言葉を無視して、なおも蓮に向かって言い放った。
「そいつは、ガキの頃からずっと俺のことが好きで、俺だけ見てたんだよ。俺のことなら何でも聞く女なんだよ!」
キョーコが怒りでぶるりと身を震わせた。蓮はキョーコの肩に置いた手にわずかに力をこめる。

「…なるほど。いつまでも言うこと聞いてるはずの女に抵抗されて頭に血が昇ったのか」
「なんだと!」
尚は気色ばむが、気圧されていて前に出ることが出来ない。蓮の顔を思いっきり睨みつけるだけだった。
ふう、と蓮はため息をつくと、しっかりと尚の顔を見据えた。

「そうだな、確かに少し前までは、"この花"はお前の庭で咲いていたかもしれない」
「は?」
尚の顔には戸惑いの色が浮かんだ。お構いなしに蓮は続ける。
「お前のためだけの花を、一所懸命咲かせてたんだ。だけどお前はその花を見もしなかったし、水も栄養もやらなかった。ただあるものとして、放置してたんだ」
尚は蓮をにらみつけたまま黙りこくっている。キョーコは、話の成り行きが分からなくて不安げに蓮を見上げていた。
蓮はキョーコに微笑みかけると、視線を尚に戻した。
「挙句の果てに、木ごと引っこ抜いて庭の外に捨てたんだな?他の派手な花に目移りして」
「…そんなつもりはねぇよ」
尚は、蓮がキョーコから事情を聞いたのだと察した。ばつが悪そうに視線をそらす。

「だが、お前は分かったはずだ。お前は花を見てなかった訳じゃなかった。常に花がそこにあって、咲いていることが当たり前になってたんだ。だから、邪魔だと思い込んで捨てた」
蓮の声は低く穏やかであったが、尚のことを刺すような響きを含んでいた。
「捨ててみて初めて、寂しいことに気がついたんだ。だが、余計なプライドが邪魔して、捨てた花を拾いに行くのもいやだった」
「人のことを勝手に決め付けてんじゃねえよ」
尚は言い返すが、その口調には勢いがない。ただ、蓮をにらみつける目の険しさだけは変わらなかった。
「違うと、言えるのか?あの雑誌の対談記事を見て、慌てたんだろう」
「じゃあ、てめえは何なんだよ!もうキョーコはてめえのもんだとでも言いたいのか?」

ふ、と蓮の口の端に笑みが浮かぶ。
「その考え自体がおかしいんだ。なぜ、キョーコちゃんを俺やお前が所有できる?…キョーコちゃんは、キョーコちゃん自身のものだ。他の誰のものでもないよ」


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