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こんばんは。ぞうはなです。

今日から、新しいお話に入りたいと思います。
2万ヒットのリクエスト募集の際に cocoa様より、『原作沿いの長編』というご要望をいただきまして、意を決して書き始めてみました。

書き始めて1年経つのに、原作沿い長編が初めてという邪道ぶり。

そしてここで改めてのお断りです。
ぞうはなは、コミックス派です!("派"というほど好きでいるスタンスではないのですが)
そのため、このお話にはAct.201以降のエピソードはかけらも入っておりませんので、そのあたりご了承くださいませ。

では、どきどきしながら、参ります…






どれほど欲しいと望んでも、わめいても、手に入らないものがある。

金があっても、地位があっても、人脈があってもなんの役にも立たないものが。

きれいではかないガラス細工のようなそれを、大切に見守ってきたつもりだ。

手に入れる努力もしてきた。

もしそれが自分の手に入らなくても、それがいつまでもキラキラと幸せに輝き続けるのならばそれでいいと。

そう、思っていたつもりだ。

けれど、ふとした折に顔を出す心の中のもう1人の俺は囁きかける。

「手に入らないならば、いっそ踏み砕いて粉々に壊してしまえばいい。

そうすれば、他の誰かがそれを手に入れるのを、後悔しながら見ることはなくなる」……




日曜日の大学の構内は、日も暮れたというのにざわざわと賑やかだ。普段とは違う光景がそこに繰り広げられているため、サークル活動などでたまたま通りかかった学生たちがラッキーとばかりに写メを撮ったり大騒ぎしている。

古い講義棟の前には、普段そこを行きかう学生や講師たちとは違うオーラを振りまく一団が、真剣に中年男性の話を聞いている。その中でも周りより頭ひとつ以上大きい男性が最も周囲の野次馬たちの視線を集めていた。
男性は敦賀蓮。日本中の女性から憧れられているといっても過言ではなく、その目立ちすぎ整いすぎたルックスと卓越した演技力や身のこなしから「天は二物も三物も与えている」と賞賛を受け続けている俳優だ。

蓮を含むこの集団はドラマロケのロケ隊だ。彼らは撮影のために日曜日の大学キャンパスを借りていた。
この日は午前中から構内あちこちでの撮影が行われ、日が暮れてようやく最後のシーンの収録に取り掛かろうかというところだ。長丁場の撮影で出演者もスタッフもかなりの疲労が溜まっているはずだが、全体の集中力が途切れることはなく、監督の指示を確認した役者たちは自分の立ち位置へと散る。

一団から1人の若い男性が元気良く飛び出した。
明るい色合いのチェックのシャツにややルーズなチノパン、デッキシューズを履いたその姿は、むしろ学生がほとんどの野次馬の中にいて違和感がないようにも見える。しかし、良く見れば活力にあふれたその顔はしっかりと整っていて、「ひかるくーーーん!」と野次馬から飛ぶ声にぺこりと頭を下げて笑顔で応える姿はいかにもアイドルらしい。彼はブリッジ・ロックと言うアイドルユニットのリーダーで、石橋光といった。

蓮は対照的にゆったりとした足取りで自分の位置へと進む。
白いYシャツにストライプのネクタイを締めて白衣を着たその姿は理系の学者か大学講師か、といったたたずまいだ。軽く撫で付けた髪に細い黒縁のめがねが普段の蓮よりも年上に見せていることもあるのだが、スタッフも共演者も、光と蓮が同い年だという事実をなかなか認めようとはしなかった。


「はい、ほんばーん!」
監督の声がかかると現場にぴんと緊張感が張り詰め、それを感じた野次馬たちもしんと静まり返る。蓮が浮かべる冷たい笑みが周りの気温を3度ほど下げ、この日最後のシーンの撮影が始まった。


「いやぁ~~~、さすがだよね、敦賀君」
無事に撮影が終わり、モニタのところにいた蓮に光が声をかけた。
「俺なんてさ、まだ台詞覚えて言われた通りにやってるだけだけど。敦賀君見てると、本番中は本当に憎らしく見えちゃうんだよね」
蓮は先ほどの本番中に見せた冷気をどこにやったのか、温厚な笑顔で答える。
「ありがとう。でも石橋君も、うまく役を掴んでるよ」
「違う違う。この役、俺の素にあわせて作られてるんだよ」
2人は顔を見合わせて笑った。

「でもさ、せっかく最近はドラマの仕事も持って来てもらえるようになったからなー。ちゃんと、芝居をしたいなって思うよ」
きりりと表情を引き締めて語る光を、蓮は意外に思って見つめた。
「芝居の仕事、好きなんだ?」
「ん、ああ。いや、やってみたら奥が深いなって思ってね。敦賀君ほどの役者になりたいなんて大それたことは思わないけど、自分で納得できるくらいまでは頑張りたいかな」
「いや、俺はまだまだだよ」
「わあ、そんなこと言って、敦賀君がまだまだなんて言ったら俺どーなるんだよー!」
抗議の声を上げる光に、周りの共演者やスタッフも笑い声を上げる。光の明るく素直なキャラクターはこの撮影の雰囲気を軽くしていた。

もっとも、休憩中は和やかだが本番はそうはいかない。
人気のある連続ドラマの中で、主役である見た目はさえないがずば抜けた推理力を持つ探偵…の、ドジな助手、というのが光の役柄だ。普段の光に似たキャラクターは明るく笑いの要素をドラマにもたらしている。蓮は特別ゲストとして出演しており、役柄は探偵に真っ向から勝負を挑む知能犯。その甘いマスクに残忍な殺人鬼の顔を隠し、警察の必死の捜査をあざ笑うように犯行を重ねていく。そのため、ドラマの中では2人は敵対する立場にあるのだ。

「お疲れ様」
会話を続ける2人に、1人の女性が声をかけてきた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です、三谷さん!」
女性はウェーブした長い髪をふわりと揺らし、黒のパンツスーツを着た美人だ。光と同じくこの連続ドラマのレギュラー出演者で、刑事を演じている三谷甲子と言う女優である。甲子は年齢も蓮たちよりは3つほど上で、子役からそのまま女優として活躍しており芸歴が長いこともあるのか、現場でも姉御の立場だ。

「さっすが敦賀君、やっぱりすごい。特別ゲスト出演で前後編になってるけど、それにふさわしいよね」
甲子は感心しながら蓮に声をかけた。
「ありがとうございます」
「来月からの撮影も楽しみ!」
「ああ、そうですね。よろしくお願いします」

やり取りに光が口をはさむ。蓮と甲子はこれから撮影に入る映画でも共演するのだ。
「ああ、あの映画の撮影だ。来月からなんですね」
「そう!なんかこのドラマが前哨戦みたいな感じ。と言っても公開はだいぶ先だけどね」
「お手柔らかにお願いしますよ」
にこりと紳士の笑顔で笑った蓮の顔をしばらく見つめると、甲子は真面目な顔になって口を開いた。
「ねえ敦賀君、この後、時間ある?」



社はいつになくそわそわとしていた。
賑やかな店内を見渡し、自分たちがどう見られているのかを気にしながらちびりとワインを口に含む。

なんで今日に限って蓮はOKしたんだろうなぁ~~~。

社の正面には甲子の女性マネージャー、右側には蓮、そして左側には甲子がいる。4人は大学キャンパスでの撮影後、芸能人が良く訪れると有名なイタリアンの店にやって来ていた。
会話をしているのは主に蓮と甲子だ。社と甲子のマネージャーはあらぬ噂を防ぐための付き添いにすぎない。

蓮が女優など、共演の女性からの誘いを受けることは滅多にない。もちろん、ドラマの撮影はチームで行うため、懇親会だの打ち上げだの、という席には蓮も時間が許す限り顔を出すのだが、1対1は何かと誤解を生むために大抵は理由をつけて断るのだ。

いや、俺と彼女のマネージャーが同席してる時点で、そういう意図はないってことは分かるんだけどさ…

社にも事情は分かっていた。
甲子は来月にクランクインする映画の役柄について迷いがあるから蓮に相談したい、と持ちかけたのだ。芝居の事、自分が関わる仕事をより高みに上らせる事には全力を持って当たる蓮のことだ。完全に仕事モードで返事をしたに違いない。そしておそらく今も仕事モードだ。何せ、蓮は車で帰るからと1人ワインを飲んでいない。


しかし半面で、社は意外に思ってもいた。

さっきから聞いてると、三谷さんも本当に仕事の話しかしないよな。

2人の話は100%、来月クランクインする映画の話だ。子役の頃から天才と呼ばれ、そのまま実力派女優の地位を築き上げた甲子は演技に定評があり、少し陰のある役を演じることが多い。映画でも快活に振舞うが実は壮絶な過去を背負う女性を演じるため、その表現や台本の解釈が難しいのは確かだ。
しかし、社は蓮から甲子との食事の話を聞いたときにまず最初に思ってしまったのだ。「演技の話をダシにして、蓮に近づきたいだけなんじゃないの?」と。本当に甲子が蓮と同じ役者バカなのだとして、純粋に蓮を役者として認めて相談を持ちかけたのだとしたら誤解だったな、と社は思いながら、真剣に話し合う2人を眺めていた。


2時間ほどで食事は終わり、4人は席を立った。
「敦賀君と話すの楽しかった!お芝居の話ができる人だろうと思ったけどやっぱり予想通りだった」
「俺も有意義な時間でした。ありがとうございました」
言葉を交わしながら店の出口に向かって歩き出すが、数歩歩いたところで甲子がバランスを崩してよろけた。すかさず蓮がすばやく、しかしそっと腕を掴んで甲子の体を支える。
「ああ、ごめん敦賀君。やだな、思ったよりワインが回ったのかな」
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。だけどごめん、ちょっとふわふわするみたいだから表まで腕を借りてもいい?」
「もちろんです」
甲子は蓮の片腕に両手をかけて少し驚いた表情を浮かべると、蓮を見上げて微笑んだ。
「敦賀君って着やせするタイプなんだね。腕ががっちりしててびっくり!頼りがいがあるな」
「そうですか?」
2人は少し寄り添うようにしてゆっくりと出口へ向かう。社は甲子とマネージャーのためのタクシーを捕まえようと、やや足早に店の外へ向かった。甲子のマネージャーは蓮たちの後ろから荷物を持ってついてきている。

甲子が蓮の腕にすがったまま店から表へ出ると、一歩遅れたタイミングで逆の方向から男女がやってきて店のドアに手をかけた。男の方がふと頭をめぐらせて後ろを向くと、小声で連れの女性に声をかける。
「あれ、敦賀蓮じゃねーの」
女性も店に入りかけた体を少しひねって後ろを向く。
「あら、そうね。隣にいるのは…多分、三谷甲子さんだわ」
「ふうん…そうか……」
男はしばらくの間、寄り添って車道の端に立ち会話を交わす男女の姿を眺めていたが、やがて少し口の端を吊り上げると黙って店に入っていった。



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