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わらしべ敦賀

久々の原作沿い短編ですが、タイトルどおりです。
ちょいと長いですがさらっとどうぞー。




特に大きな願い事を心に抱えて寝た訳ではなかったはずだった。

なのに、なぜだろうか。今、蓮の枕元には神々しい後光をまき散らす観音様が立っている。
「あなたは普段から非常に自分に厳しくストイックに生きていますね。日常生活で修行をやってのけるとは現代人としては殊勝なことです」

ベッドに起き上がって観音様を呆然と見つめる蓮は、これが現実なのか夢なのか区別が付かず、あいまいに「はあ」と返事をした。ストイックと言われるほどの生活を送っている自覚はないが、修行だという辺りに少しだけ心にひっかかるものを感じる。それにしてもそのなりで「ストイック」という横文字が出るのがすでにシュールで口を挟めない。

「その行いに報いて、いいことを教えてあげましょう。あなたが起きて最初にその手に掴んだものを大切にしなさい。きっとそれが、あなたの願いをかなえてくれるでしょう」


俺の願いってなんだ?


蓮はぱちりと目を覚ました。
カーテンの隙間から外の明るい光が差し込み、寝室の中をほんのりと照らしている。枕元に目をやるが、そこには何もないし誰もいない。

やっぱり夢か…変な夢を見たな。疲れているのか?

自分は仏教徒ではないのになぜ観音様が夢に出てきたのか、さっぱり見当もつかない。しかしそれにしても観音様の装飾のディテールや神々しい表情、威厳を感じるたたずまいなど、妙にリアルだった。

蓮は仰向けに寝転がったままため息をつく。なんだか、寝たのに逆に疲れてしまったようだ。
時間を確認しようとヘッドボードに手を伸ばすと、時計とは違うものが指先に触れた。思わず掴んで顔の前まで持ってくると、それは何の変哲もないボールペンだ。こんなものを置いたっけ、と首をひねって考えた途端、頭の中に夢で見た台詞がリアルに蘇ってきた。

「あなたが起きて最初にその手に掴んだものを大切にしなさい」


まさか…な……?

笑い飛ばしてみたものの、普段はそんなところにないはずのボールペンを自分が掴んだことに妙な胸騒ぎを感じる。蓮はとりあえず時間を確認して起き上がると、その手にボールペンを掴んだまま寝室を後にした。

この日は朝からスタジオでのドラマ撮影が入っていた。
蓮は愛車を走らせてスタジオに足を踏み入れた。ロビーに入るとすぐ、すでに到着していたマネージャーの社が軽く手を上げながら椅子から立ち上がった。
「おはよう、蓮」
「おはようございます」
2人はお互いに近づきながら挨拶を交わしたが、ふと社が蓮の胸元に目を留めた。

「蓮、それ…」
蓮もちらりと自分の体を見下ろす。
どうにも夢が気になってしまい、とりあえず持ち歩いてみようと思って軽い気持ちでペンを胸ポケットに挿しておいたのだ。何を言われるのかと心の中で身構えると、社からかけられたのは意外な一言だった。
「それ、俺に貸してくれないか!!」

驚いて固まった蓮に向かって、社はその必要性を懸命に訴えかけた。なんでも、普段手帳にはさんでいるボールペンを紛失し、非常に困っているというのだ。カバンを漁っても今日に限って他の筆記具は入っていないし、顔見知りのスタッフにはまだ会えないし、スケジュール調整の電話は1日を通して引っ切り無しにかかってくるので一時的に人に借りるだけでは済みそうもない。
そしてこのスタジオは少し不便なところにあるため、周りにコンビニなども存在しないのだ。

社が説明しているうちに、早速携帯がぶぅーんと震え始める。訴えかけるような社の眼差しに負けて、蓮は自分の胸ポケットからボールペンを取り出すと無言で社に差し出した。

大事にしろって言われたのに、人にあげたら駄目だよなあ…

思いながらも、差し出されたペンを受け取り、早速手帳を広げて電話の相手と調整をしている社に対して無理を言うこともできない。まあ諦めるか、と思ったところで社は通話を終えると携帯をしまいながら蓮に向き直った。
「サンキュー、助かったよ。このボールペン、書きやすいな」
にこにこしながら手の中のボールペンを眺める社に蓮も笑いながら返す。
「それそのまま社さんが使ってください」
「え、いいの?」
「いいですよボールペンくらい」

すると社はカバンを開けてごそごそと中を探り出した。
「代わりっちゃなんだけどさ。お前ここんとこ仕事詰まってるし、これでも飲んどけよ」
社からずいと差し出されたのは栄養ドリンクの小さな箱。金色のそのパッケージは同種のドリンクの中でも比較的高価なものだと分かる。
「社さん、これ自分で飲むためのものじゃないんですか?」
「いや、いいんだよ。なんとなく買っておこうかなって思っただけだから」
「そ、そうですか…」
「まあ気持ちだ気持ち」
「はあ…では、ありがたく…」

ボールペンが栄養ドリンクに代わったな…

着替えのために楽屋まで歩きながら蓮は手の中の小さな箱を眺めた。とりあえず今飲む必要もないし持っておくか、と思ったところで、向こうから歩いてきた男性がよろりとよろけてすれ違いざま蓮にぶつかった。
とっさに男の腕を取って支えると、男性ははっと気づいて体勢を立て直す。顔を見ればそれは自分のドラマの大道具スタッフだった。
「大丈夫ですか?」
声をかけた蓮に、男性はしゃきりと顔を上げて返事を返してきた。
「す、すみません、敦賀さん!大丈夫です」
しかしよく見ると男性の目の下にはクマができ、顔色も微妙に悪い。
「体調悪そうですが…」
「はは…お恥ずかしい、やっぱり分かっちゃいますか」
ここ数日仕事が立て込んでほとんど寝られていない、という男性に、蓮は休んだ方がいいと忠告したのだが、男性は仕事を放り出すわけにはいかないと頑なだ。

「そうですか…では気休めかもしれませんが、これをどうぞ」
蓮は先ほど社から受け取ったばかりの栄養ドリンクを男性スタッフに差し出した。
「あ、ありがとうございます!すみません、敦賀さんにこんなお気遣いいただくなんて…か、感激です!!」
男性スタッフは頭を深々と下げると、恭しく両手でドリンクを受け取る。もらい物をあげただけなのに、と蓮はいささか居心地の悪い思いを感じたが、男性は慌てて肩から提げていたトートバックを覗き込むと、中を物色し始めた。

何かお礼をしようと思われてるかな?と察知した蓮はすぐにその場を立ち去ろうとしたのだが、行く手を遮るように勢い良く男性スタッフの腕が伸ばされた。
「あの、これ!お、お礼といってはなんですが!!すみません、敦賀さんには必要かどうか分からないんですけど…いいものらしいので!!」
男性の手に握られているのは透明な箱で、中に棒状のものが納まっていた。何気なく受け取って中身を確かめている内に、男性は頭をぺこんと下げて走り去ってしまった。
蓮は慌てて男性の後姿に向かってお礼の言葉を投げかけたが、やれやれとため息をつく。受け取るつもりはなかったのだが、考えてみれば最初に大切にしろとお告げ(?)を受けたボールペンは栄養ドリンクに代わり、あっという間にそれがまた別のものに代わった。

なんだかそんな昔話、なかったっけ…?

蓮は幼少期を海外で過ごしたために詳しくはないが、日本の昔話で物をどんどん取り替えていく話があったような気がする。

あれは…どんな結末だったかな?

考えながら改めて手の中のものを見れば、それは筆のようだ。柄も毛もしっかりと太く、蓮はすぐにそれがなんであるか思い当たった。蓮もメイク室で毎日のように目にするし、場合によってはヘアメイク担当に使われることもある、フェイスブラシだ。
いいものだ、と言っていた通り、毛が繊細で柔らかそうで、おそらく本当にいいものなのだろう。しかし蓮は自分自身は使わないそのブラシをどうしたものかと考えあぐねながら、ようやく楽屋へと向かったのだった。


蓮はその夜早めの時刻に仕事を終えて、主任との打ち合わせのために事務所へと戻っていた。
あとは俺だけで大丈夫だから、と社に促されて退席したものの、自宅に帰る前にラブミー部の部室へと足を向けていた。手には、先ほど男性スタッフから渡されたフェイスブラシがある。

もし最上さんがいたら、これをあげよう。仕事じゃなくても使うだろうしな。

蓮から贈り物をしたときの、驚き、恐縮し、それでも照れたような笑みを浮かべるキョーコの顔を想像して、蓮の顔が少し緩む。しかしラブミー部のドアの前に立ち、ノックしようと腕を上げた瞬間、ものすごい勢いでドアが向こうから開いた。

「やっぱり取りに行ってくるわよ!」
「ええええ、今から?」
「だってブラシがないとパーフェクトな状態にはならないもの」
部屋の中の人物は蓮に気づかずに怒鳴るように会話を続けている。が、ドアを開けた奏江がようやっと目の前に立っている長身俳優に気づいた。

「あ、敦賀さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。大きな声で、どうしたの?」
「いえ、別に…」

奏江は言葉を濁したが、奥にいた少女も蓮の存在に気がついて声をかけてきた。
「あ!お疲れ様です、敦賀さん」
「最上さん、お疲れ様。外まで声が響いてたよ」
「あ、すみません…モー子さんが…」

ぶっすりと黙り込んだ奏江をよそに、キョーコは懸命に説明を始めた。
奏江とキョーコは夕飯を食べに行く約束をしていたのだが、奏江が先ほどまでいたスタジオにメイク道具のポーチを置いてきたことに気づいたのだと言う。そのポーチにはブラシ類が収められていて、それがないと思うように化粧直しができないと、奏江は取りに戻るとキョーコに宣言したところだったのだ。

「じゃあこれ使う?」
蓮はあっさりと手に持っていたフェイスブラシを差し出した。
「こ、これは…熊野のブラシですね…!え、いただいてしまってよろしいんですか?」
「うん、もらい物だし俺は使わないし、活用してくれるといいな」
「あ、ありがとうございます」
奏江は戸惑いながら蓮にお礼を言った。それから少し考えて、ちらりと部屋の奥を覗くとキョーコを手招きする。不思議そうな顔で奏江に近づいたキョーコの腕をがちりと掴むと、奏江は蓮に向き直った。

「お礼にキョーコのこの後の時間、敦賀さんに譲ります。どうぞ、一緒に食事でもドライブでも連れてってやって下さい」
「えええっ?も、モー子さん、そんなのお礼になんて…!」
「ありがとう、ありがたく受け取るよ」
蓮は奏江に差し出されたキョーコの手を取った。

「え?え?ええええ?」
良く分からないで混乱しているキョーコのカバンをすばやく奏江が蓮に渡し、蓮は奏江に挨拶をするとキョーコの手を握ったまま廊下を歩き出す。
「つ、敦賀さん?」
「うん?琴南さんから渡されたお礼だからね。ちゃんと間違いなく受け取ったよ」
「はああ?」

すると途中で椹が通りかかり、声をかけられて蓮は足を止めた。
「おお、蓮。…と、最上さんか!あ、ちょっと最上さんに頼みたいラブミー部の仕事が…」
「申し訳ありませんが、最上さんは忙しいので今日は無理です。では」
蓮は再び歩き出す。
「え、ちょっと、あの…!」
「たまにはラブミー部の仕事より俺を優先して欲しいな」
いたずらっぽく笑いかけられてキョーコの頬が赤く染まる。

そりゃそうだろう…一度掴んだ君の手は、もう何と交換だって離せる訳もない。
そうか、大切にするってのはこのこと…そして願いが叶うってのも…?

蓮は浮き立つ気持ちで手の中の柔らかい感触を感じながら愛車へと足を進めるのであった。


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コメントコメント


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さすがに。

こんにちは、美音です。
わらしべ長者 蓮様編 とても楽しく拝読させていただ
きました。
心優しき?蓮様 困っていた人たちに優しく手を差し伸べ最終的にキョコちゃんとの時間手に入れられましたね。
観音様の夢枕信じてはいませんようでしたが、キョコちゃんに繋がったことで 大事に使うことでしょうね。

美音 | URL | 2013/11/02 (Sat) 15:56 [編集]


Re: さすがに。

> 美音さま

コメントありがとうございます!
まさに"情けは人のためならず"ですね。
このまま勢いで本当にキョコさんとうまく行ったら、きっと敦賀さんは「あれは本当にお告げだった」と信じるのでしょうね。

ぞうはな | URL | 2013/11/03 (Sun) 19:46 [編集]