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月の下で (23)


こんばんは!

うむ、書きたい事を100%表現するのは難しい…!
とりあえず、続きです。





キョーコは突っ立ったまま向こうから近づいてくる男を見つめていた。金髪の男は、つい数か月前まで一緒に暮らしていた吸血鬼、不破尚だ。

尚はテレビでの露出はごく少なく、バラエティやトーク番組には一切出演しない。PVだってイメージ映像や加工された映像ばかりで、普通に歩いているのを見てそれが本人だと分かるのはかなりのファンのはず。ましてや、サングラスをかけてキャップをかぶっていればなおさらだ。

けれど、尚と一緒に暮らしていて嗅覚も人より大幅に優れているキョーコにはかなり離れていても分かってしまった。歩き方だって、鼻をこする仕草だって、見間違いようがない。

「あら、もしかしてキョーコちゃん?」
驚いて声をかけてきたのは美人マネージャーの方だった。
「…ご無沙汰しております、祥子さん」
キョーコははっと我に返って深々と頭を下げた。

「どうしてここに?」
キョーコにとってはテレビ局で尚に会うのは予想外だが、キョーコが芸能界を目指していることを知らない祥子にとってもかなりの驚きだった。
「あの…私、今はLMEに所属してます」
「そうだったの?そうなの、LMEなのね…」

「どーせ、あの男を追いかけてだろ」
黙ってキョーコをじろじろと見ていた尚が口を開いた。同時にキョーコの表情が冷たく凍る。
「違うわ。LMEに入ったから敦賀さんに会ったのよ」
「え、敦賀さん?…って、敦賀蓮の事?」
尚から何も聞かされていなかった祥子は驚いて声を上げ、それから慌ててトーンを下げてキョーコに尋ねた。
「はい。事務所の、偉大なる先輩です」
「そ、そうなの…」
祥子はあいまいに答えながら頷いた。
祥子自身は何も聞いていないために事情は分からないが、どうやらキョーコはLMEのトップ俳優である敦賀蓮と交流があり、尚は敦賀蓮とキョーコの関係を知っているようだ。そして、どうもそれを快くは思っていない。2人の間にぴりぴりとしたムードがあることだけが分かって、祥子は驚きつつもこの場をどう収めるべきか戸惑っていた。

尚は祥子の驚きなどなんでもないというように鼻で笑ってみせる。
「ふん…なんだ、今日も乳繰り合ってきたってか」
「何よその言い方、失礼だわ」
「はっ。事実を言って何が悪い。あの犬野郎、お前に尻尾振ってやがるんだろう」
「ショータロー…」
自分の秘密をひた隠しにしておきながら他人の秘密は口にするのか、とキョーコは視線で尚を諌めた。
「んだよその顔。いいんだぜ、お前らの事がどっかから漏れてもいいって言うならよ」
尚が一歩キョーコに向かって踏み出した。尚の身長はキョーコより高いため、キョーコの頭上からやや見おろす位置になる。

とその時。
何かを感じて尚がよろりと後ずさった。
つい先ほどまでのキョーコをバカにしたような、蔑むような顔は一変し、驚きの中に恐怖が少し混じった表情を浮かべる。
「お、お前……」
「何よ、やっと自分が腰抜かした事思い出したの?」
尚は改めてキョーコの顔を見てさらに息をのんだ。その外見はキョーコでありながら、視線の鋭さはあの『雪花』を名乗っている時の、銀髪の姿の時のものに似ている。しかし、瞳の奥に黒々と燃える炎はそれ以上、今までに尚に向けた事のない敵意と威嚇が込められていた。

「な、お前に対してじゃ…」
「そうね、私に対してじゃないのは分かるけど。かすかな気配だけでそんなに腰が引けるなんて、みっともないわね」
「キョーコ、お前!」
とっさに腕を掴んだ祥子により尚はキョーコに掴みかかることはしなかったが、キョーコを睨みつける。しかしキョーコもその視線を恐れることなく、目をそらすこともなく真っ向から見つめ返した。

「あんたには感謝してるわ。私に素晴らしい出逢いをくれたから」
黙っている尚に、キョーコは少し牽制の色を弱めると言葉を継いだ。

「その出逢いのおかげで私は明日を生きる気力をもらったわ。LMEに入ったのは『芸能界なんかお前には無理だ』って言ったあんたを見返すためだったけど…今はそんな動機なんてどうでもよくなった」
「お前に無理なのは、今も変わらないだろーが」
尚の言葉を聞いて ふふ、とキョーコは笑った。その笑みは艶めいていて、また雪花を思い起こさせる。
「私には追いつくべき目標ができたの。すごく眩しくて、ものすごく高みにある目標だけど、私は諦めない。それに」
目線を下げてキョーコはふわりと違った色の微笑を浮かべた。その笑みは無邪気な憧れを抱く少女のようだ。
「自分でありながらまったく違う人生を瞬間でも生きられるって、素敵だと思うわ…」

「何の話だよ」
尚は吐き捨てるように言った。キョーコの表情や目の光は少し前までに自分に見せていた、どこかに恐怖や遠慮がにじんでいるものとは全く違う。自信にあふれて力強いながらも、色っぽさや可愛さがめまぐるしくクルクルと入れ代わり立ち代わり現れて、悔しいが目が離せない。

「あんたには、関係ない話よ」
キョーコは表情を戻すとあっさりと言ってのけた。それから祥子に向かって少し声をひそめる。
「アカトキの…七倉美森ちゃんでしたっけ?尚をよろしくって、お伝えください」
「え、キョーコちゃん、なんでそれを…?」
「もちろん、このことは他言しませんから。では失礼します」
深々とキョーコは頭を下げると、くるりと背中を向けて歩き去った。

「んだよ、キョーコの野郎!」
キョーコの姿が見えなくなるまで固まったようになっていた尚は、苛立ちながら大声を出した。祥子は周りの注目を集めてしまっていることに気づき、尚を制しつつ、小さいながらも少し厳しい声をかけた。
「尚…あなたが敦賀蓮の何を知ってるのか聞かないけど、うかつな言動はやめなさい」
「祥子さん?」
「美森ちゃんのこと、知られてるわよ」
「…分かってるよ」

ふてくされながらも楽屋に向かった尚の後姿を見ながら、それにしても、と祥子は思った。

さっきの口ぶりからすると…キョーコちゃん、女優志望なのかしら?あんな地味な子に芸能界なんて、って前は思ったけど…いや、案外…

尚は楽屋のドアを開けながらまだブツブツと怒りを口にしている。
「あんな女が芸能界でのし上がれる訳ねーだろ。ったく、調子に乗りやがって…」
「いいえ、尚……私はそうは思わないわ」
「ああ?祥子さんまで何言ってるんだよ」
「キョーコちゃん、この短い間になんだかすごいオーラをまとってる気がする…女の私が思わず見惚れるほどの」
「…んなこと……」
確かに自分もキョーコの表情につい惹きこまれたのだが、尚は認めたくなくて乱暴に荷物を投げ出した。

「キョーコちゃん、LMEで売れっ子になったらますます近付けなくなるわよ?」
「あんな奴に近づく気なんてねーよ!こっちから願い下げだ!」

素直じゃないわよね、と祥子は思ったが、これから音楽番組の収録が控えている。とりあえず祥子は気持ちを切り替えて、数少ないテレビ番組出演をこなすために尚をなだめにかかったのだった。


どれだけ我儘で言う事を聞かなくて素直でなくても、尚にはミュージシャンとしてのプライドがあるようだ。
番組の収録はスムーズに進み、尚はステージでバラードを歌いあげて周りの出演者やスタッフたちを聴き惚れさせることに成功した。おかげで番組収録前はささくれ立っていた尚の気持ちもかなり立ち直って祥子はようやく胸をなでおろしたのだが、テレビ局地下の駐車場へ向かう廊下で、祥子はその日の尚の運の悪さを呪う事になった。

「おや…不破君、だよね。お疲れ様。テレビ局で会うとはね」
駐車場の出入り口に向かって、ちょうど向こうの通路からやってきたのはとても背が高い黒髪の俳優とそのマネージャーだ。
「…ああ」
尚もさすがにこの偶然に驚いて咄嗟に返事が出来ないでいると、祥子も目を丸くしながらも慌てて頭を下げた。なぜだか分からないが、LMEのトップ俳優は尚が顔を隠していても分かるらしい。まるで、キョーコのようだ。
「敦賀さんですね。あの、うちの尚がご迷惑をおかけしていないでしょうか」
「そんな奴に気ぃ遣う必要なんてねーよ」
ふてくされて祥子の言葉を尚は遮ったが、蓮はそんな2人を見てにこりと笑うと答えた。
「いえ、特に迷惑と言う事はないですよ。ただ、不破君とはうちの事務所の最上さんを通じて少し面識があるだけです」
「そ、そうですか……?」
全く事情を知らない祥子には肯定も否定もできない。爽やかに穏やかに言いきる蓮に、少し困惑した表情になってしまう。

「むしろ、俺は不破君に感謝してるんですよ。会えたらお礼を言おうと思っていました」
「お礼…ですか?」
更にいぶかしげな表情になる祥子だったが、蓮はひたりと尚を見据えて笑顔を見せた。

「本当に、君には感謝してもしきれないよ」
「なんのことだ」
ぶっすりと不機嫌に尚は返事を返すが、蓮は気分を害する事もなく続ける。
「君のおかげで最上さんに会えたんだ。やっとかけがえのない存在を手に入れた。君には感謝しているよ」

「まるでキョーコがあんたのものみたいな口ぶりじゃねーか」
皮肉めいた物言いも一切通じないらしい。蓮が浮かべた微笑みは、極上に甘く幸せそうなものだった。
「そうだな…俺たちはお互いがお互いのもので、きっともう離れてはいられないんだろう」
「はあ?」
思わず聞き返した尚に、蓮は笑みをすっと引っ込めると真面目な顔で相対した。
「君の介入は、もう必要ないんだ。おかげさまでね。今後は関わらないでいてくれると俺も無駄な労力を使わなくて済む」
「…どういう意味だ?」
「君には分かるだろう。それほど愚かだとは、俺は思ってないよ」
そう言うと、ふっと笑って蓮は駐車場へと姿を消した。黙ってつき従っていたマネージャーは物言いたげにちらりとこちらを見たが、そのまま黙礼して蓮についていく。

「んだよ、ったくよお!」
尚の苛立った叫びは駐車場にわずかな反響を残したが、やがて薄暗い中に飲み込まれて消えた。


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