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月の下で (22)

こんばんは!
時間が取れたので、本日も更新です!




「失礼します」
重厚で背の高い木製の扉がぎぃと開き、ゆっくりと閉まった。

キョーコは扉の豪華な取っ手に手を置いたまま、無意識にふうとため息をつく。
「緊張した?」
横から柔らかく声をかけられて、キョーコは顔をそちらに向けた。

「しました。何を言われるかと思いましたけど…」
「言った通り、大丈夫だったでしょ?」
「はい、敦賀さんは社長さんのこと良く分かってらっしゃるんですね」
「なんだかんだで付き合いも長いからね」
蓮は笑って言うと、社長室の前からキョーコを促して廊下を歩き始めた。長く続く廊下の向こうには、先に退出した社が2人を待っているはずだ。
「それにしたって…私の素性もあっさり受け入れられちゃいましたし、敦賀さんとの契約のことも問題なしだなんて」

蓮とキョーコはようやくお互いの気持ちを伝え合い、ゆっくりとした付き合いを始めたところだ。

キョーコの男性観、恋愛観は中学生並みで、ただ1人の男からのみ影響を受けていたせいもあり何かとずれている。蓮は蓮でこれまで自分の素性のこともあり心からの付き合いをしたことがなかったため、2人の交際はそれほどスムーズにいきそうもない。
ただ、2人には社という頼もしい客観的なアドバイザーがいて、主に蓮の暴走や独占欲をやんわりとなだめつつ、キョーコのちょっとした相談にも乗る、という素晴らしい活躍ぶりをみせている。社からの助言もあり、この日2人は仕事前の朝早い時間に、所属事務所の社長に報告に来ていた。

時代劇のお奉行様のような扮装で出迎えたローリィは、キョーコに吸血鬼の血が流れていることや不破尚との関わりについては少し驚いたものの、すぐに事態を把握して納得した。蓮とキョーコの契約の件や2人が付き合い始めたことについては大歓迎で受け入れ、「いくらでもこいつから栄養補給して構わん」と、血を吸われる本人の意思を全く確認することもなくキョーコに認めたのだ。

「社長は普通の人なんですよね?」
「まあ…あの人の場合何をもって普通と言うのか、というところが議論になりそうだけど…少なくとも、人間ではあるよ」
やや苦い表情で不思議な言い回しをする連に対し、キョーコは心底不思議そうに問いかけた。
「社長は勘だって言われてましたけど、あそこまでいくと特殊能力じゃないですか?」
「うん…俺もよくそう思ってしまうね」


社長はキョーコが蓮の血をもらった、という話を聞いた途端、持っていた扇子でぱしりと膝を叩いたのだ。
「そうか、それでだな!最上君、君は今まで、あんまり人間の血を飲まずに過ごしてきたんじゃないのかね?」
「え、えええええ?確かにそうですけど…」
「最初のオーディション後に会った時に微かに感じられていた力が、今日はすごく強くなっているな。君の力の源は人間の血なんだろう。うむ、今後もしっかりと蓮から血を分けてもらいたまえ」


「私ちょっと怖いくらいでした」
「まあ、ね。俺みたいなのも事務所にいる訳だし、慣れてるってのもあるとは思うけど」
2人は複雑な表情で言葉を交わす。どうやら、キョーコが社長に対して感じてしまった畏怖の念は間違っていないようだ。

近づいてきた社が2人に声をかける。
「社長は思ったとおりの反応だったなあ」
「そうですね」
「で、どうだった?」
社は2人の付き合いの話については席をはずしていた。交際について否定されることはないと社は確信していたが、振舞い方や周りに対する配慮については社長の指示に従った方がいいだろうと考えている。

「ああ、当面の間は秘密と言うことになりました。一応椹さんと松島さんにだけは伝えるそうです」
「セクション主任が知らなきゃいざって時に困るもんな。まあ、妥当な判断だな」
言葉を交わした男2人がふと気が付くと、横でキョーコが肩をすくめて小さくなっている。

「ああもう、キョーコちゃんが気にすることじゃないってば」
「で、でも…私こんな、ようやくデビューが決まっただけのペーペータレントですから……」
「最上さん、そんなのは関係ないんだよ。社長だって、問題にしてたのはタイミングだけだ。君のデビューがスキャンダルがらみになっては今後に悪い影響があるから」
「はい。お気遣いいただいていることも、その意味も分かってはいるんですけど…」

キョーコはじっと蓮の顔を見上げた。
通った鼻筋と強い光を湛えた切れ長の目、程よい厚みの引き締まった唇にすっきりとした顎の輪郭。それらのパーツが絶妙のバランスで並んだ顔に、さらさらと流れる黒髪が乗っている。
少し目線をずらせば、キョーコに視線を合わせるためにかがまなくてはならない長身と、長い脚。服の上からはあまり分からないが、引き締まった胸板とがっちりと力強い腕が質のいいシャツとジャケットにつつまれている。
満月の夜になればその黒い髪と目は色を変え、その力強い腕でキョーコをしばりつけていた尚を完全に打ち負かし、キョーコを解放してくれた。
そしてその俳優としての実力は日本中に知られ、出演するドラマは例外なく大きな話題になるほどだ。

「やっぱり、売名行為だって思われるくらい釣り合ってないってことですよね」
「最上さん、そういうことじゃないよ」
「私……敦賀さんの負担になってないでしょうか…?」

蓮はつぶやかれた言葉にため息を付いた。
「負担って、何?俺は君の隣にいて、君の力になれることを喜ぶことはあっても負担だなんて思ったことはないよ」
「でもだって…私は敦賀さんにいただいてばかりです…私は敦賀さんの力には、なれていないのに」
「君が俺の傍にいてくれてるだけで、十分俺の力になってるんだけどな。自分が愛している相手が自分を好きでいてくれる、それ以上にほしいものなんてないよ」
さらりと口から流れ出た言葉に、社がいささかそわそわとし出した。蓮は気にすることもなくそっとキョーコを抱きしめる。
「それに、君もくれてるよ。魔物の血が流れている俺が、そんなことも関係ないと思えるほど人を想う気持ちを教えてくれてる。君のために、生きて行こうと思える」
「敦賀さん…言い過ぎ、ですよ……」
蓮に抱きしめられたキョーコの耳が真っ赤なのが、社からも見える。直視していいのか目をそらした方がいいのかよく分からず、社は目線をあちこちにさまよわせてしまっていた。

「これでも言い足りないくらいだよ。だからねえ、何を気後れする事もないんだ」
「でも私…ちゃんと、敦賀さんの隣にいてもおかしくないように、なりたいです」
「今でも十分なのに?」
「同じ世界に足を踏み入れたからには…頑張ります!」

蓮はくすりと笑った。
「そうか。じゃあ俺もうかうかはしてられないな。…今日はCMのオーディションだったよね。頑張っておいで」
蓮はキョーコを囲う腕に少し力を込めてからキョーコの頭に頬をこすりつけると、そのおでこに軽く唇をつける。キョーコは真っ赤な顔でおでこを押さえると、そろそろ行かないと、と2人に丁寧に頭を下げてその場を離れた。


蓮と社も簡単な打ち合わせを終えると仕事へ向かうために蓮の車に乗り込んだ。
赤信号で停まった車の横の歩道を、犬の散歩をする女性が歩いている。それをぼんやり眺めた社は、ふと気がついて蓮に話しかけた。
「さっきのってマーキングか?」
「マーキング?何がですか?」
きょとんと社を見返した蓮に、社はにやりと笑う。
「無意識か…」
「勝手に納得しないでくださいよ。なんですか、一体」
「いや、こないだも思ったんだよ。お前さあ、キョーコちゃんに会ってた時って別れ際にハグするじゃん」
「まあ…周りに人がいなければ…」
それがどうしたんだ、と言わんばかりに蓮は怪訝な顔をした。俺は"周りの人"にカウントされないのか、と社は改めて思いつつも説明を続ける。
「その時に、普通にハグして、まあ今日みたいにおでこにキスして、てところまでは普通だけどさ。お前、必ずキョーコちゃんの頭に自分の顔をごしごしこすりつけるよな」
「え?……俺、そんなことしてますか?」

社はこらえきれずに ぷふ、と思わず噴き出した。
「してるよ!今日だって、ごしごしやってたぞ。オーディションにはキョーコちゃんと同じ若い女の子しか来ないだろうに、お前警戒心が強いなあ」
「いや、全然無意識ですよ…言われてみれば、したような気もしますが、そんなマーキングだなんて考えては」
「大体お前が匂いを擦り付けたって、他の普通の男には嗅ぎ取れないだろうしな」
「……」
「あ、今お前、そんな近くまで他の男が寄るのは許せないって思っただろう」
「思ってませんよ」
「嘘つけ!眉間がぴくって寄ったの、今見たぞ!」
じろり、と睨まれて社の口が止まった。
「何にせよ…仕事で男性と一緒になる事もあるでしょうし、最上さんが芝居の仕事をするなら役柄の上で恋人を演じることもあるでしょうし、そんなこと全部気にしていられませんよ」
「まあそうだけどな…でも、キョーコちゃんあの満月の夜以来、なんだか一段と魅力が増した気がするしなあ。気になるんじゃないのか?」
「俺は最上さんを信じていますから、大丈夫です」

ほんとかよ?信じてたって、焼き餅は焼くんだろ?

また睨まれるのは嫌なので口には出さなかったが、社は蓮の言葉をあまり信じていなかった。


そして、蓮も社も、もちろんキョーコにいたってはそんなことをされているということすら分かってなかった訳なので全く予想はしていなかったのだが、蓮のマーキングはその日の内に効力を発することとなった。


「なんでこんなところに…?」

キョーコは思わず呟いていた。

着ぐるみとしてレギュラー出演している番組が特番のため、オーディション後に入ったスタジオではいつもより収録時間が長かった。終わってみればかなり夜も遅い時間。キョーコは着替えを済ませてテレビ局の廊下を1人歩いていたのだが、向こうから歩いてくる人物の姿を見た瞬間、ぴきんとその場に固まってしまった。

キョーコが驚くのも無理はない。少し離れた向こうに見えるのは、滅多にテレビに露出することはない、人気ミュージシャンの姿だった。





単純に人間離れした勘をもつローリィが書きたかっただけかも…


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