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月の下で (21)


おばんどす。

ゲリラ的に上げてみる。うふ。





流線型の車は街灯の光から逃れるように路肩で静かに止まった。ほぼ円に近い月の光がその輝くボンネットに写りこんでいる。

帽子もかぶらずに運転席から下り立った蓮の目に、向こうからぱたぱたと駆けてくる少女の姿が入った。少女はミニのシャツワンピを着ていて、貴重な"キョーコ"の私服姿に蓮の表情が少し緩む。
互いに所在が分かるのはこういうときにも便利だな、と蓮は思いながら少女の方へと体を向けた。

「ほ、本当にいらっしゃったんですね……す、すみません、私が変な電話をしたばっかりに!」
深々と頭を下げるキョーコの腕をつかみ車の横の路地へと引っ張り込んで、蓮は早速本題へと入った。
「さっきの電話の君の台詞…ここに来る途中に意味を考えてたんだけど…」
「あああっ!あの、それはもう、忘れてください!!」

キョーコはあわあわと両手を振って弁明するが、蓮はその両手をがっちり掴むと少し腰をかがめてキョーコに顔を近づけた。
「忘れる訳にはいかないな。…社さんに俺の予定を聞いてまで、君が確かめたかったことだ」
「も、もういいんです!」
「もういいって、明日は俺が1人だって分かったから?」
「いえあの…」
「誰かと一緒かもしれないって思った?ねえ、もしかして、満月の夜は俺が誰かを連れ込む日だって思ってる?」
はう、とキョーコが目を丸くした。
「君じゃない誰かを…俺が欲望のはけ口にすると?」
はくはく、と口を開閉させてから、観念したようにキョーコは蓮につかまれた腕から力を抜いてうなだれた。

「す、すみません……また満月の日が来るって思ったら、なんだか苦しくなっちゃって…」
「苦しく…?」
蓮は驚いた顔でゆっくりとキョーコの腕から手を離す。
「あの…私、色々考えてたんです。なかなか決心がつかなくて…でももし他の…他の誰かがって思ったらもっと苦しくて…」
「ちょ、ちょっと…最上さん?」
「誰かが敦賀さんとって考え始めたら…止まらなくなって。考えてみたら私、敦賀さんに親しくされてる方がいるとか、そんなことも全然知らないし。もしかしたらこの間のきれいな女優さんか、それとも以前に共演されていたタレントさんか、全然知らない誰かか、とか…」
「ちょっと待って。俺は誰も部屋に入れるつもりはないよ?満月の夜は1人で、なるべく精神を波立たせないようにして過ごしてる」
「そうなんですか…?」
「君に無理なことをさせる気もなければ、それ以上に、別の誰かとどうにかなんてこれっぽっちも考えてない。大体、満月の夜に高まるのはどっちかといえば攻撃性とか破壊衝動なんだ。……で、何でそう思ったの?」
「なんで……?」

キョーコは蓮の言葉に考え込んだが、ああ、とすぐに顔を上げた。
「すみません…私、すっかり同居人の思考に毒されてたみたいです」
「……不破君か」
やや機嫌を損ねたような蓮の声に、キョーコは肩をすぼめて小さくなる。
「ご、ごめんなさい…!あ、あの、吸血鬼も満月の夜は血を求めて気が荒くなるんです…そうなると、あのバカ、大抵女性を連れ込んで…で、血を吸うとついでにというか、その……」
「君と暮らしてるのにそんなことしてたの?」
「は…はい……私じゃ全然対象にならないからって言われてて…」

蓮は大きくため息をついた。
「なるほどね。それで前にも『役に立てない』なんて言葉が出たのか」
「す、すみません……」
「いや、謝ることじゃない。…でもそうか、それが君の答えだね」
「え?」
蓮の質問はなんだっただろう、自分は何に答えただろう、とキョーコは不思議そうな表情で顔を上げた。

「俺が、他の女性を部屋に上げるの、嫌なんだろう?」
微笑みながら言われた蓮の言葉にキョーコは飛び上がった。
「い、嫌だなんて、私にそんな事言う権利はなくて!」
「言わなくても、嫌だって思ったんじゃないの?」
「嫌というのじゃなくてですね、あの、もやもやと考えてしまうと言いますか…」
「苦しいって言ってくれたね」
「勝手な事を…す、すみません!」

謝らないで、と蓮はキョーコの頬を両手で包んだ。
「よかった…返事くれないから、まだ迷ってるのかと思った。これだけ考えるってことは、やっぱり俺から思われても迷惑なのかなって」
「ち、違います!違いますよ…違うんです」
「じゃあ、いいんだよね。肯定と受け取っても?」
「あ、あの!」
キョーコは蓮と視線を合わせた。まだ緊張感のみなぎる表情で、真っ直ぐに蓮を見上げる。

「私、やっぱり敦賀さんに会いたいって、顔を見ていたいって思ってしまって…」
「うん、そう思ってくれるのはすごく嬉しいよ」
「けど!」
暗くて顔色は良く見えないが、蓮の手の平に感じるキョーコの体温が上がってきたような気がした。
「その!やっぱり、そっちの決心がなかなかつかなくて…!」
「そっちの?そっちのって、何?」
単純に意味を汲み取れずに聞き返した蓮を見るキョーコの目には少し恨みがましい光が混ざる。
「この間の…この間の続き……って、そういう意味です…」

蓮は動きを止めた。キョーコの顔をまっすぐに見つめたまま、何回か瞬きをする。
「え…と……?」
うぎゅーーーと唇を引き結んだキョーコの目には光るものがうっすらと溜まってきている。
「も…しかして…その、あの夜寝室でしたような、そういうことをするって意味…?」

こくり。

蓮の手の中でしっかりとキョーコが頷いた。蓮はしばらくキョーコを見つめたままでいたが、やがて腕を下ろしてがくりとうなだれた。
「それがあったから返事に困っていたのか」
「スミマセン…あの私!」
「本当に…ごめん。俺が悪かった!」
「ええええっ?どうして、どうして敦賀さんが謝られるんですか??」
「いや、俺が悪い。いくら満月だからって、制御できない俺が悪かったんだ…そんなことで悩ませて、ごめん」
蓮は珍しく視線をうろうろとさまよわせて片手で口元を覆っている。
「は…?」
「あんな…あんなのに答えようとしなくていいんだ。嫉妬と独占欲にまみれた狼の言うことなんて…」
「いえ、だって!だって…」
「そんな決心、しなくていいんだ。拒否されて当たり前なんだから。すまなかった…」

蓮の手が柔らかい温もりにそっと包まれた。
「すみません…あ、謝らせてしまって…」
蓮が顔を少し上げると、困ったような顔でキョーコが自分を見つめている。
「えと、あの…でも私、敦賀さんだったら…大丈夫です。こうして一緒にいられるの、嬉しいんです」
蓮は黙ってキョーコの言葉に耳を傾けた。
「私、こんな、こんなですけど、敦賀さんの傍にいさせてもらってもいいですか?」
蓮は一瞬息を呑んだ。不安そうな顔で見上げてくるキョーコの顔を穴が開くほど見つめる。
「…いいですか、どころじゃないよ。…隣にいるのは、君以外ではダメなんだ。俺の隣にいてください」

キョーコの緊張が解けたように口元が緩む。
「は、はい!」
思わずほころんでしまった蓮の笑みを見て、急に恥ずかしくなったのかキョーコは視線を落として蓮の手を握っていた両手をぱっと離してしまった。
「何で離すの…?…ああ、抱き合うのに邪魔だから?」
「なんてことを」と言いかけたキョーコの声は蓮の胸元に遮られて「むがむが」という音に変わってしまった。蓮はキョーコの体をぎゅっと抱きしめて腕に力をこめる。
「よかった……本当に、だめかもしれないって思ってた……」
ぷは、と押し付けられた胸板から顔を上げるとキョーコはびっくりして蓮を見上げた。
「う、嘘ばっかり!」
「嘘じゃないよ、本当だよ……ああ、緊張したんだ…本当に……」
「私だって…」

2人はしばらくじっとお互いの温もりに身をゆだねていたが、やがて腕を緩めないまま、ぽそりと蓮が口を開いた。
「できれば、あの夜の事は忘れてほしいな…恥ずかしいから」
大人しく蓮に頭をあずけていたキョーコが再び頭を上げる。
「わ、私だって忘れられるものなら忘れたいですよ!恥ずかしいのは私の方です!…だけど、そんなの無理です!」
「なんで?」
「な、なんでって聞きますか?あんな…あんなの!」
「…うん、ごめん…」
「大体、あのおかげでこの間の撮影のときだって……」
「撮影の時がなに?」
「いえ、なんでも」
「ああ、あのキスシーンでも思い出しちゃった?」
「なんでもありません」
「そうか……それはそれで嬉しいかな」
「何笑ってるんですか」
「笑ってないよ」
「笑ってますよ!」

2人のシルエットをほのかに映し出す月の光は、この日は柔らかく暖かく見えた。


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