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月の下で (20)


こんばんは!

さて、だいぶ終盤ですー!





「蓮~、明日の店の予約、入れていいのか?」
「はい、いつも通りでお願いします」

会話がなされているのはテレビ局の楽屋。撮影が終わって戻ってきたタイミングだった。

「そういえばさ、結局キョーコちゃんってタレントセクションに所属することになったんだって?」
「そうですね」
「お前が勧めてたし、俳優セクションに来るかと思ってたんだけどな」
「ああ」
蓮は衣装のネクタイを緩めながら笑って答える。
「もうタレントとしてのレギュラー取っちゃったからみたいですよ」
「えええっ?レギュラー?だってまだ、デビューしてないじゃないか!」
社は自分も全く知らない情報に目を真ん丸くして叫んだ。

「前にバラエティ番組の見学に行ったときに、出演者に急病人が出ちゃって、急きょ最上さんが代役をしたらしいんです」
「そんなことってあるのか?」
「うちのブリッジロックの番組ってことで、あのピンクのつなぎで見学してたみたいですから…目立ったんじゃないですか?」
「で、それで?」
「次の回にはもともとの出演者が戻ったらしいんですけど、なんでも視聴者から最上さんの方がいいって意見がたくさん寄せられて」
「レギュラーをもぎとったってのか?すごいじゃんキョーコちゃん!」

盛大に興奮してから「あれ?」と社は首をひねった。
「…俺たまたま前回の放送ちょっと見たけどさ…キョーコちゃんが映ってた覚えないぞ?」
「ぱっと見ても分からないでしょうね」
蓮は苦笑しながら答える。しばらくの間、考えこむ社を少しいたずらっぽい笑みを浮かべて眺めてから、口を開いた。
「あの番組、アシスタントが居るでしょう」
「アシスタント?ああ、確か着ぐるみの鶏…って……まさか?」
「そのまさかです。動きにキレがあって、リアクションもよくて、ブリッジロックとのやり取りも間の取り方もうまいと、椹さんも感心してましたよ」
「えー…キョーコちゃんはそんな仕事でいいのかなあ?顔だって出ないしさ」
「何にしても自分が必要とされるなら全力を尽くす、と言ってました。彼女らしいですよね」

社は着替え中の担当俳優をちらりと見る。

先月の満月の日以降、こいつとキョーコちゃんに変わったところはないように見えるけど……俺も知らないこういう事情を知ってるってことは、プライベートでもキョーコちゃんとしっかりつながりがあるってことだよなあ?


しばらく躊躇ったが、結局好奇心に勝てず思い切って心でぐるぐると渦巻いていた言葉を声に乗せた。
「なあ蓮、キョーコちゃんとはどうなってるんだ?」
「どうなってる、と言いますと?」
蓮は着替えの手を止めず、社の方を見ることもなくさらりと聞き返した。社はそんな蓮に渋い顔をして答える。
「付き合ってるのか?ってことだよ」

蓮はシャツの袖ボタンを留めながら振り返った。
「付き合ってませんよ」
「あー……お前まだ食糧の地位に甘んじてるのか」
社はあからさまにがっかりした顔でため息をつく。
「何ですか社さん、その顔は」
「だってお前…キョーコちゃんのこと好きなんじゃなかったのか?先月の満月の夜からもう一か月経つのに」

ぼそりと呟いてしまった社に、急に冷たい風が吹き寄せてきた。
「社さん…あの夜のことを持ち出すのはもうやめてもらえませんか」
「ななな、何だよお前、脅す気か?」
慌てて顔を上げた社の目に入ったのは、傷ついたような顔の蓮だった。

「お前もしかして……あの夜のことであれからなんかあったのか?」

社の顔を真っ直ぐに見つめてから、蓮はふう、と息を吐き出した。
「あの夜の自分の暴走のおかげか、なんとなくいまだに最上さんが怯えているのが分かってしまって…」
「で、でもさ!好きな子相手なんだから順番はどうあれ、気持ちからかけ離れていた訳じゃないだろ?むしろその勢いで押しちゃえばいいじゃないか」
「もうそんな勢い、無理やりすぎますよ」
「じゃあちゃんと告白すればいいじゃないか」
う、と蓮は返答に詰まった。内面の動揺を一切見せることがない蓮にしては珍しいことだ。それから、どこか遠くを見るようにして辛そうにぼそりと呟く。

「返事を…待ってるつもりなんですけど……」

いつの間にか、告白してたのか!…けど、この蓮の反応ってもしかして、返事をされないどころか、もしかして無かった事になってるような態度を取られてるのか?

社は苦い気持ちで蓮を見た。この顔で、女性に対して攻めあぐねる事があるなんて、誰が想像するだろうか。


この男、狼男の本質をきれいに包み隠した、まさしく羊の皮をかぶった狼なんだろうって予想してたんだけど…恋愛に関しては思ったより慎重だよな。もしかして、狼男の中に更に羊が隠れてるのか?

呆然と蓮を見る社に、蓮はいたたまれなくなったのか更に言葉を重ねた。
「こんな風に態度を保留にされたことなんて…経験なくて、どういう顔していいのか分からないんです」
「お前それはいやみか、それとも自慢か」
「違いますよ!大体自分から告白なんて…!」
「なんだよ、もっと押せよ!キョーコちゃんだって、改めて答えにくいかもしれないんだからさ。YESと言える雰囲気を作ってあげろよ~」
「…俺の感覚が間違っていなければ、これ以上押したら逃げられる気がします」
なんだか少し前も同じようなやりとりを同じような展開でしたような気がする。すこーしだけ蓮は前に進んだが、相変わらずなのだ。社はデジャブに軽いめまいを覚えた。

「お前…まさかと思ってたけど、実は恋愛音痴なんじゃないのか?」
「そんなこと……」
「だって、キョーコちゃんと会ってるときのお前、主導権握ってるように見えるのにさ。それなのに、肝心なところで押せてないってことだろう」
「……もう、やめましょう、この話は」
蓮は心もちうなだれてしまったように見える。社もそれに気が付いて、口を閉じた。と、胸ポケットで携帯が鳴りだし、社はゴム手袋を装着して取り出した。

着信画面を見て、お、と驚いた表情になり、にやりと笑って蓮を見ながら通話ボタンを押す。
「はい、もしもし……キョーコちゃんもお疲れ様。…うん、大丈夫だよ、どうしたの?」
声に出された名前にぴくりと蓮が反応するが、社はお構いなしに会話を続けた。
「明日?…えっと、仕事は夕方までだよ。ほら、明日ってさ……ああ、そうそれ……えーっと、今本人居るけど代わる?…うん。あ、そう?うん、わかった」
ぴ、と通話を切り、社は携帯をしまった。ゴム手袋をはずしながら、じっと真顔で自分を見つめる蓮に笑いかける。
「キョーコちゃん、お前に用があるみたいだよ。お前の携帯にかけなおすって」

社の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで今度は蓮の携帯が鳴り出し、蓮は慌てて手を伸ばした。
「ロビーに居るからな」という一言を残して社は控え室のドアを開ける。ちらりと振り返って目に入った蓮の顔は普段あまり見ない緩み方をしていて、社は噴き出しそうになりながらもそっとドアを閉めた。


「お疲れ様、最上さん」
『お疲れ様です!』
電話の向こうのキョーコの声はやや緊張しているように思える。そろそろ慣れてくれてもいいのに、と蓮は思うが、極力緊張をほぐせるよう柔らかい口調を心がける。
「どうしたの?明日、なにかあるのかな?」
『い、いえ、何かってことはないんですけど…ちょっと、あの、敦賀さんのご予定を伺いたくて』
「ああ、先月もそうだったけどね、明日は夜には予定を入れてないんだ。毎月、社さんが調整してくれてる。まあ、念のためにね」
控え室には蓮1人だが、万が一を考えて明日の満月に関してはぼかした物言いをする。キョーコにはそれで通じているはずだ。
『それで…夜はご自宅にいらっしゃるんですか?』
「うん、そう。大体いつも同じだけど、社さんと食事して、その後は家から出ないよ」
『……』
不自然な沈黙があって、蓮は首をかしげた。キョーコは何か聞きたいことがあるのだろうか?まさか、会いたい、とか?いやでも、電話の向こうの口調はそんな甘い雰囲気には聞こえない。
「どうしたの?明日何か俺に頼みたいことがあったりする?」
『あ、いえ…そういう訳ではなくて……』
蓮は口ごもったキョーコの次の言葉をじっと待った。

『お…お1人で、過ごされるんですか?』
しばらく待った後、意外な言葉が電話の向こうから聞こえた。蓮は戸惑いながらも素直に返事を返す。
「え…?あ、もちろん、1人だけど……?」
『…そうですかぁ……』
なにやら どはぁ、と息を吐き出す音が聞こえてきそうな脱力した声に、蓮は更に疑問符を大量に飛ばした。

「どうしたの?なにか、気になることがある?なんでもいいよ、聞きたいことがあるなら言って」
『いえ、いえいえ!なんでもありません!!!』
「……最上さん?」
埒が明かない、とため息をついた蓮ががらりと声の調子を変えると、今度は向こうで ひいぃぃ、と息を呑んでいるのが分かる。
「今どこ?」
『え?今は家ですけど』
正直に答えてから『あっ』と漏らした声に蓮はかぶせるように言い放った。
「じゃあ、そのまま家に居て。今から行くから。直接会って話をしよう」
『ええええええっ!?そんな、敦賀さん、お、お仕事はっ!?』
「今日はもう終わり。かなり順調に進んだから予定より早く終わったんだ。いいね、そこにいるようにね。分かってると思うけど、君がどこにいるか、俺には分かる。逃げても無駄だよ」

蓮は言い終わると相手の返事を待たずに一方的に通話を切った。
ジャケットを羽織ってカバンを持つと、楽屋を出ながら携帯でマネージャーの番号を呼び出す。「急用なのでこのまま帰ります」と一言告げ、あらぬ想像をされているんだろうな、と思いながら、蓮は足早に駐車場へ向かった。

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