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月の下で (19)


こんばんはー!ぞうはなです。

うむ、とりあえず今日もお話の続きと参ります~~。





蓮は掌を上にして指先を尚の方に向けたまま無表情でしばらく尚を見つめていたが、しばらくすると銀の弾丸を手に握りこみ、ため息をつく。
「戦意喪失した相手にあれこれしちゃ、単なる弱い者いじめか」

前髪をかき上げた蓮の瞳はいつの間にかいつもの色に戻っていて、尚は無意識に肩の力を抜いて長く息を吐いた。
「俺や最上さんに喧嘩をふっかけるのはこれっきりにしてくれないか」
冷たい声で話しかけられ、反論しようと口を開きかけたところで蓮の目がすっと細められた。すると途端にさっき全身を駆け抜けた咆哮がよみがえり、尚の背中を冷たい汗が伝う。
「お、俺は……」
「ああ、太陽への耐性のために混血の血が必要ならば、君の事務所にいるはずだろう。新人アイドルのなんとかって子が」
「なっ。てめえ、何でそれを…!」
「アカトキは魔物の血をもつタレントを多く抱えてる割には情報管理もタレント管理も杜撰だな」
その一言で自分の所属事務所から情報が漏れている事が知れて、尚はぐっと口をつぐんだ。

「え…それっ、本当ですか?」
黙って見守っていた雪花が思わず口をはさむ。蓮は柔らかい笑みを雪花に向けた。
「ああ。だから、同情する必要もないよ。その子は不破君の大ファンらしいしね。だけど何故か不破君が自分の血を吸ってくれない、と拗ねているそうなんだ」
「は…?なんで……?」
「さあ?お口に合わないんじゃないのかな?」
ちらと尚を見ながら蓮はさらりと言った。そのまま雪花のもとに歩み寄ると、その頭を優しく掌で包み込み、自分の胸の方へと引き寄せる。そしてまだ座ったままの尚を見おろした。

「君の結界もそろそろ効力が切れるだろう。その路地に転がってるチンピラも、きっちりフォローして帰ってくれるかな」
尚の後ろの路地には、尚が催眠で操って蓮を狙撃させた男がいるはずだ。
尚にも分かった。男は、先ほどの蓮の雄叫びで気を失っている。おそらく目が覚めてもしばらくは正気を失って使いものにならないだろう。まあ、その場で目をつけただけの、通行人に喧嘩を売っていたごろつきがどうなろうと知った事ではなかったが。

尚はすでに打つべき手を失っていた。
反撃しようにも、立てるかどうかすら怪しい。結界は蓮の言うとおり間もなくその効力を失うだろうし、キョーコを自分の手元につなぎとめる理由づけもあっさりと破られた。キョーコ本人は尚の暗示を打ち破り物理的な力もはねのけたし、蓮の威圧感は満月の夜に感じたものの比ではない。本気で食い殺されると、観念したほどの圧力だった。

尚はのろのろと立ち上がった。膝がまだがくりと折れそうになるが、なんとか足の力が入るようになっている。

「これで…すんだ訳じゃねーからな」
なんとか一言だけ残すと、尚は夜の闇へと消えて行った。


尚の姿が消えても、蓮と雪花はしばらく動かなかった。
雪花のおでこは蓮の胸にもたれかかり、蓮の大きな手は雪花の銀色の髪をそっと包み込んでいる。しかし、雪花が大きく息をついたのをきっかけにして、蓮の手がぐしゃぐしゃと雪花の髪をなでた。

「ああ~…よかった…」
予想外の言葉を少し脱力した調子で吐き出したのは蓮だ。雪花は目をまん丸に見開いて蓮の顔を見上げた。
「な、どうしたんですか??」
「いや…君に怪我がなくて、ほんとによかったよ……信じてなかった訳じゃないけど、あの男何しでかすか分からなかったから…」
「私は負けないって言ったの、敦賀さんじゃないですか!」
「言ったよ。言ったし、本当にそう思ってた。けどね…やっぱり君が不破君と戦ってるのを黙って見てるのは…正直つらかったんだ」「でも…最終的には敦賀さんが守ってくださいました」
そしてそっと手を伸ばし、蓮の左肩へ触れた。ジャケットに小さな穴が開き、黒くなった血が周りに少しこびりついている。
「怪我…大丈夫なんですか?」
蓮は気がついたように自分の肩を見おろした。
「ああ…うん、大丈夫だよ」
蓮は自分の左肩をぐるぐると回してみせた。それを見て雪花はほっと安心した笑顔を浮かべる。
「…でもあのバカ、ピストルと銀の弾丸なんて、どこで…?」
「さあね?けど、これで諦めてくれるといいけどね」
「腰抜かしてましたからね…これですぐに顔見せられるんだったら余程の恥知らずです」

ははは、と笑った蓮の顔を雪花はじっと見つめていたが、ふと顔を伏せると蓮の体にそろそろと両手を回し、ぎゅっと抱きついた。
「ほんとに…感謝してもしきれないです。ありがとうございます」
「何もしてないよ、俺は」
ふるふると雪花は首を振った。蓮にくっついているため、まるで顔をこすりつけるようになる。
「どこがですか?あなたは…あなたは私を解放してくれたんです」
「君が自分の力で抜け出したんだよ」
「違います」
「君が不破君のもとを離れて、LMEに来なければ…俺と会う事はなかったかもしれない」
「いいえ…敦賀さんと会った時、私はまだ抜け出せてなかったんです。自分自身の呪縛から…」
「……」
「でも、それに気がついてもいなかった。気がつかないで無駄にもがいて…自分の生まれや血からは逃れられるはずないのに」
「…俺も、知ってるよ。もがいてももがいても出口が見えない……むしろ、より深くからめとられる感覚…」
雪花はそっと蓮の顔を見上げた。そこにはいつもの落ち着いた笑みではなく、どこか苦悩に満ちた表情がある。
「…敦賀さん?」
蓮は再び笑みを浮かべて雪花の長い髪をするりと梳いた。
「でも君は、それでも足掻きぬいて出口を見つけた。ちゃんと自分で自分を認められるようになった」
「敦賀さんが導いてくれたからです」
「きっかけを作っただけだよ。あとは全部、君の力だ」
雪花は蓮を見上げたままふわりと微笑む。蓮は一瞬表情を固めたが、ため息を吐きながら雪花のおでこをつついた。

「まったく君は…無自覚なんだから、怖いよな」
「何の話ですか?」
「いや…なんでもない。そういえば気がついてる?今の君は、いやさっきからずっと…見た目は雪花だけど、最上さんに戻ってるよ」
「…はっ!そ、そういえば…」
「礼儀正しくて健気な雪花ってのも新鮮でいいね」
「う…み、見ないでくださぁい~~!」
雪花は慌てて蓮の体に回した腕をほどこうとしたが、しっかりと蓮に抱きしめられて身動きが取れない。蓮はその銀色の髪にそっと唇をつけた。
「大丈夫、可愛いよ、最上さん」
「かっ……」
自らの腕の中で少女が体を固くしたのに気付きつつも、蓮は構わず拘束を強めながら続けて言葉を紡ぎ出す。
「妖艶だけど清純で…もっと君のいろんな面を見たくなる」
「ちょっ…つ、敦賀さん?」
「言っただろう?悪い男を信じちゃいけないって」
「え?」
「君を解放してると見せかけて、俺は君を自分の手元に引き寄せようとしてるかもしれない。束縛される相手が変わるだけかもしれないよ?」
雪花はもう一度おでこを蓮の胸につけると、目を閉じた。
「嘘ばっかり……」
声に出さずに呟いた呟きは鋭いはずの蓮の耳にも残念ながら届かない。けれど、蓮の胸に頭をあずける雪花の顔は、安心しきった笑みを浮かべていたのだった。


周りの街の音や気配が戻ってくるのが、2人には感じられた。
尚の張った結界がその効力を失い、誰かに見つかる前にと蓮は雪花を車へと促した。雪花は自分で帰れるからと一度は断ったが、誰かに見られるのも困るからと諭され、とりあえず助手席に乗り込む。
「送って行くよ」
「大丈夫です!大体、ここはもう敦賀さんの家のすぐそばじゃないですか。そんなお手間なんて!」
「俺の家の近くだからこそ、だろう?体力も気力も使ってるんだ。無理しちゃだめだよ」
「大したことはありませんってば!」

固辞する言葉を吐き続ける雪花に、いやキョーコに、蓮はハンドルをつかんでいた両手を離すと助手席のシートに手をかけ、体をひねってぐぐぐと顔を近づけた。
「分かった…そこまで言うなら1人で帰ってもいいよ」
言われている内容と裏腹に、蓮の顔には白々しい笑みが浮かび、距離は異様に近い。キョーコが言葉通りに受け取れずに返事をしそびれていると蓮は続く言葉を口にした。
「ただし」
するりと伸びた蓮の左手がキョーコの顎を捕まえる。
「君の力を戻すために、俺の血を吸ってから。もちろん、ここでそんなことする訳にいかないから、俺のマンションの部屋で…2人っきりでゆっくりとね?」

ひ、とキョーコの喉が鳴った。
「あああの!それはあの、ご、ご遠慮申し上げまして!その、ではお手数をおかけいたしますが、このままお送りいただけますでしょうかあ!!!」
真っ赤な顔でびしりと姿勢を正して勢いよく言いきるのは、見た目は雪花だが完全にキョーコだ。
「しょうがないな。仰せのままに、お嬢様」
くすくすと笑いながら蓮はエンジンをかけるとギアを入れる。道端に止まっていたスポーツカーはするりと動き出すと、夜の道を軽快に走り去っていった。


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