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月の下で (15)

こんばんは!
さてさて、本日も続きでございますー。
連休中の更新は難しいかもしれませぬ…




蓮が出演している連続ドラマは撮影が後半部分に差し掛かっていたため、ストーリーとしてもクライマックスを迎えていた。

キョーコは撮影を見学するうちにすっかりドラマの内容も気に入ってしまい、蓮に台本を借りてストーリーをチェックするのが楽しみになっていた。撮影は話の通りに行われるとは限らないため、事前に見ておかないと話の流れがよく分からないことになる。台本のト書きがどんなシーンにできあがるのか、というのを直に見るのも、キョーコにとってはいい勉強になっていた。

その日もスタジオで蓮に台本を渡され、蓮が着替えに行っている間にぱらぱらと筋を追っていたキョーコだったが、あるシーンでページをめくる手が止まってしまった。それは、オフィス内のシーン。蓮が演じている主人公が、それまでずっと想いを寄せていたヒロインである同僚に告白し、キスするシーンだ。

しばらくそのページで台本を開いたまま動きを止めていたキョーコだったが、スタッフの挨拶の声に我に返ると、慌てて周りを見回し、また台本を読み進めるためにページをめくった。しかし、最後まで目を通し終わると今度は台本を逆にめくり、あるページまで戻ると再びそこで止まる。

「あ、キョーコちゃん!」
後ろから声がかかってキョーコの肩がはねた。
「はぁぁあい!!な、なんでしょうか?」
大きすぎる反応に、声をかけた社の方が驚いて足を止める。
「ごめん、急に声かけたから驚いちゃった?あ、台本読んでたんだね」

手の中を見ながら謝った社に、キョーコは慌てて台本を閉じながらびしりと姿勢を正した。
「いいいいえ、大丈夫です!それでっ、何かお手伝いすることがありますでしょうか?」
「いや、椹さんから電話で伝言預かっただけ。…キョーコちゃん、携帯持ってないの?」
「はあ…」
「今度事務所に頼んどこう。こういう仕事するなら必要だろ?」
「え?」
「仕事に使う携帯は普通は事務所にもたされるんだよ。椹さんに言っておくね」
「そうなんですか?あ!お気遣いありがとうございます!」

キョーコは深々と頭を下げた。それからすぐに携帯が鳴りだして慌ててまたスタジオから出て行く社の後ろ姿を見送ると、手の中の台本を見おろしてひとつため息をついた。


その日の撮影は順調に進み、先ほどキョーコが台本で目にしたオフィスでのキスシーンの撮影に入った。しん、と静まり返ったスタジオの中で、残業中らしく周りの照明が暗く落とされているセットに蓮とヒロイン役の共演女優がスタンバイし、本番が始まる。


「あなたって、仕事のことには鋭いのに、本当に人の気持ちに鈍感よね」
主演の二人は台本に沿って仕事の話を続けていたが、やがて蓮が座る席の隣の机に寄りかかって、ヒロインが話しかけた。黙って顔だけ向ける蓮に、ヒロインは尋ねる。
「私が考えてることなんて、わかんないでしょ?」
「君が考えてること?」
「そうよ。気にしたこともないでしょ」
「そんなことないよ」

蓮は笑ってまたディスプレイに目を向ける。しかし、急に真顔になると逆に尋ねた。
「じゃあ、君は…俺が今何を考えているか分かるのか?」
「分かるわよ」
「…何?教えてくれよ」
「そろそろ仕事に集中したいから放っておいてくれ、でしょ?大丈夫よ、もう私は帰るから」
ヒロインは軽く言い放つと笑いながら寄りかかっていた机から体を起こした。蓮に背中を向けて立ち去ろうとして、急に腕を掴まれて驚いて振り返る。

ヒロインの目に入ってきたのは、椅子から立ち上がり、真剣な表情で自分を真っ直ぐに見つめる男の姿だった。ヒロインは戸惑いを隠すようにわざとおどけたような声を出す。
「びっくりしたー。どうしたの?」
「君こそ鈍いな。全然違うじゃないか」
「はずれてた?」
「はずれだよ。それも、全く逆だ」
「逆ってどういう…」
ヒロインの問いかけは途中で止まった。つかまれた腕が強く引かれ、よろけたところを反対の手で顔を支えられ、あっという間に唇を塞がれていたからだ。

「ちょっと…!いきなり何を!」
ヒロインは唇が離れるとすぐに非難の声を上げたが、今度は自分を見つめる熱い眼差しに言葉が止まる。
「好きだ」
ぽつりと言われて、ヒロインの目がまん丸に見開かれた。

「今なら君の考えてる事、わかるな」
笑いながら言われて、ヒロインはどぎまぎと視線を外してふてくされたように答える。
「分かる訳ないでしょ」
「分かる。もう一度、キスしたい、だろ?」
「ばっ…!」
今度は両手で顔を包まれて先ほどよりも深く口づけられる。深いキスに、ヒロインの腕がおずおずと蓮の背中に回った。


「はい、オッケーー!」


監督の声に、セットの中の2人はゆっくりと離れた。このシーンの撮影が始まる前より、女優の蓮を見上げる視線には熱がこもっているように見えるが、蓮はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべると少しだけ言葉を交わしてセットから降りた。

蓮がふと目を上げると、いつもニコニコと撮影が終わった蓮を迎え入れる少女の笑みがない。キョーコは社の斜め後ろで存在を消そうとするかのように体を縮めていた。ちらりと蓮の方を見たものの、目があった瞬間慌てて逸らしてしまう。

「どうした?最上さん」
蓮は何かあったのかと思わずキョーコに声をかけた。
「えっ?」
キョーコは驚いて声を上げると、両手をぶんぶんと振る。
「な、何もありませんよ?」

そうは言っても…何かありました、と顔に書いてあるような状態なのにな…

「キスシーン、びっくりしちゃった?」
内心で苦笑しながら当たり障りの無い言葉で聞いてみると、キョーコはそろそろと蓮の方を見る。
「はあ……こんな、人がいっぱいいるところでって思っちゃって…」
ああ、と蓮は納得した顔を見せる。
「まあね。でもそういう仕事だし、プライベートを見せてる訳じゃなくて単純に演技だからね」
「演技って割り切れるものですか?」
そうだね、と蓮は少し考え込んでからキョーコに向き直った。

「君ももし俳優の道を志すなら、その辺はしっかりと割り切っておいた方がいいかもしれないね。演じてる役にとっては気持ちのこもったキスだけど、俺自身にとってはただの皮膚接触だ」
「理屈では分かりますが…」
「今は理屈だけでいいと思うよ。きっとその場になれば分かる」
「そんな…敦賀さんには簡単なことかもしれませんが」
「君にもできるよ。キスの問題だけじゃなくてね。君ならきっと、別の人間としての人生を表現できる」

きっぱりと言い切られて、キョーコはぱちくりと目をしばたかせて蓮を見た。
「なんで…言い切れるんですか?」
「だって俺は君の演技力の片鱗を知ってるよ」
蓮はにっこりと笑うと、監督に呼ばれてその場を離れた。残されたキョーコと社は思わず顔を見合わせる。
「すごいな、キョーコちゃん。蓮がああいうってことは本当に認められてるんだよ。蓮の前でお芝居したことあるの?」
「ま、まさか!そんなの、ありません!」
「そうなの?でもきっと、蓮はキョーコちゃんの言動から、そう思ってるんだよ。蓮が言うなら俺も大丈夫だと思うな」
キョーコは社の声を聞きながら、じっと監督と話す蓮の後姿を見つめていた。


「最上さん、ちょっとだけいいかな?」
撮影終了後、キョーコは蓮に楽屋へと呼ばれた。
無言で歩く蓮の背中を見つめながら、同じく無言でキョーコはついて行く。社は先に車の方に行ってるから、とそそくさと姿を消してしまい、廊下を行くのは2人だけだ。
蓮が楽屋の鍵を開け、ドアを支えてキョーコを通す。キョーコが頭を下げながら楽屋に入ると、蓮は静かに扉を閉めた。

「いきなりごめんね。ここのところ、会ってはいるけど2人で話すチャンスが無かったから」

蓮の言葉に、キョーコはここ一週間を思い返した。キョーコはこの連続ドラマの撮影現場には大体同行しているが、蓮のスケジュールが詰まっているため撮影の前後が別行動になってしまうことも多い。移動が一緒の場合でも必ず社がいるし、現場ではたくさんのスタッフや共演者が周りにいるため、確かに個人的な話はできない。
この日は撮影が順調に進んだ上、次の仕事までの間に余裕があるという、珍しい状況だった。

「あの満月の夜以来、雪花としても来てくれないし…嫌われちゃったかな、て思ってね」
「そんなことないです!だってあの晩、敦賀さんにたくさん血をいただいてしまいましたし」
「まだ飢えてないから?でも、血を吸う用事がないと来てくれないの?」
「う……」
キョーコは思わず口ごもった。

「ごめん、困らせようと思ったわけじゃなくて」
蓮は苦笑しながら頭をかくと、真面目な顔でキョーコに向き直った。
「でも、今日の撮影のおかげかな。今日最上さんが考えていることはなんとなく分かったよ」

まるで先ほどのシーンのような台詞に、キョーコは驚いた表情で蓮を見つめてしまった。


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