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月の下で (11)


こんばんは!
台風の季節となってまいりましたー。

本日、続きとなりますが、先に宣言しておきます。
えと… 色っぽくは……ないよ……?


では、参りましょう。




地下鉄駅の階段をリズムよく登りきり、明るい日差しの街に出る。
社は少しまぶしげに目を細めると、すぐそばのコンビニへと足を向けた。コンビニの前で立ち止まると腕時計で時間を確認し、慣れた手つきでゴム手袋を取り出して装着、携帯電話の発信履歴から一番上の番号を選ぶ。
呼び出し音が鳴り始めた携帯を耳に当てたまま、社はなんとなく通りの様子を眺めていたが、コールが6回を数えてもつながらないことに少し首をかしげた。

まだ寝てるのか…?
あいつが寝坊することなんてまず滅多にないけどなあ。それともシャワーかな?
まあ、今日は満月の翌日だしな…

そろそろ留守電になるか、と思ったところで呼び出し音が止まった。
「もしもし?おはよう、俺だけど」
明るい声で社が話しかけるが、電話の向こうからはなにやらがたごとという物音しかしない。
「蓮?」
再び呼びかけて、ようやく返事が返ってきた。
「…はい、おはようございます、社さん」
「あー…まだ寝てたか?」
電話の向こうの声はややくぐもっている気がする。社は普段と違う声の調子を察知して問いかけた。

「いや……すみません、今起きました」
「あはは。お前にしては珍しいな。まあ、今日は時間に余裕あるから大丈夫。今駅出口のコンビニのところにいるんだけどさ。何かいるものあるか?」
「特には……あ、じゃあ、牛乳を買ってきてもらえますか?」
「牛乳?」
「はい。それから、10分…いや、15分だけ時間ください」
「ああ、分かったよ。じゃあ、適当に時間つぶしてからそっちに行く」

あいつ、なんか慌ててたみたいだな…珍しい…今すぐ行って見てみたいけど、15分ってのは立て直す時間か?


考えながら通話を切り、携帯を懐にしまってからコンビニに足を踏み入れた社だったが、牛乳が並べられたケースの前で、1Lパックを買うべきか、500mlで十分か、しばし悩むこととなった。


そして20分後、社は蓮のマンションの最上階の廊下を歩いていた。手には牛乳パックがはいったコンビニの袋が黒いカバンと共にぶら下げられている。通いなれたドアの前に立ってベルを鳴らせば、すぐにドアは内側から開かれた。

「おはようございます。すみません、社さん」
ドアを開けた蓮は、いつもと変わらないように見える。この15分の間に整えたのか、ヘアスタイルもいつも通りだし服もシャツと綿のパンツを身に着けていて、特におかしな様子はない。

なんだよ、やっぱり結局余裕のない姿は見せてくれないんだよなーー

内心舌打ちしながら靴を脱ごうとして、社は蓮の部屋にあるべきではないものを見つけた。
隠すでもなく置かれているのは、ピンヒールの編み上げロングブーツ。どう見ても華奢な女物だ。玄関の隅とはいえ、しっかりと存在を主張するそれは、つまり今この部屋に、蓮以外の誰かがいることを示している。

「蓮…?これ……お前まさか、満月の夜に誰か連れ込んだのか?」
ふるふると震える指でブーツを指しながら、恐る恐る社は聞いた。
「連れ込んで…はいませんね。向こうが訪ねてきたんです」
「え…で……泊めたんだな?まだここにいるってことか」

15分も時間をやったんだから、とっとと部屋から出して なかったことにすりゃいいのに、と社は蓮の行動を恨めしく思った。自分に相手を会わせると言うことは、もしかして何か問題が発生して、事務所の力が必要と言うことなのか。社は背中を冷たい汗が流れていくのを感じた。

「社さん、ちゃんと説明しますから、とりあえず上がってください」
「お前なあ…」
「それから、事前に言っておきますけど、社さんの想像のうち当たってるのは10%くらいだと思いますよ」
「……」

当たってる部分があるのか!しかもどこの10%が当たってるかによってかなり事態は違うんだよ!
大体、連れ込んだ相手を目の前にして何を説明するって言うんだよぉ!!

社は心の中で叫んだが、とりあえず何を言っても無駄そうな蓮の笑顔を見ると、黙って靴を脱いだ。


ブルーな気分で廊下を進み、そうっとリビングを覗き込んだ社は、驚きつつも確かに自分の想像の最初の部分が外れていたことを悟った。
「えっ!キョーコちゃん?」
素っ頓狂な声を上げてしまい、はぐっと口を押さえる。キョーコは社の姿を認めると、慌ててソファから立ち上がって深くお辞儀をした。
「お、おはようございます、社さん!あの…す、すみません…」
「いやいやいやいや!キョーコちゃんが謝ることはないよ。と、とりあえず座って?」
「はい…」

蓮はコーヒーを入れると言ってキッチンに向かってしまったため、まだ来ない。社はキョーコと何を話していいのか分からないまま、とりあえず間を空けてソファに腰を下ろした。
キョーコは昨日着ていたどピンクのだぼっとしたつなぎとは全く印象が違う、ぴったりとした黒いマイクロミニのスカートをはいている。てろんとした白いブラウスも、胸元が大きく開いて中の黒いビスチェが見えて目のやり場に困るくらいだ。

キョーコちゃん、なんでこんな格好?イメージと違う気がするけど、普段はこうなのか?
さっきの蓮の言葉が正しいとしたら、キョーコちゃんがこの格好で昨日の深夜にのこのこやってきたってことか?ああそんな、猛獣の住処に自ら飛び込むことを……?
でも、泊まったってことはやっぱり……うわあ、でもどうやって聞いていいのかわかんないよ!

社がいたたまれない空気の中で髪を掻き毟りたいほど心を乱していると、落ち着いた様子の蓮がトレイを手に入ってきた。
「お待たせしました」
コーヒーのいい香りが部屋に満ちる。社の前にはブラックコーヒー、キョーコの前にはカフェオレのカップが置かれたのを見て、先ほどの牛乳はこのためだったのか、と社は納得した。

3人はしばし無言でコーヒーを飲んでいたが、やがて社が思い切って口を開いた。
「さて蓮、俺に説明したいことってのはなんなんだ?」
蓮は微笑んでカップを置くと、社に向き直った。蓮だけが床に胡坐をかいているため、2人を見上げるような位置関係になっている。
「そうですね、社さんが想像しているのとだいぶ違うと思いますが、じゃあかいつまんで…」

蓮から語られたのは、社にとって予想もしていなかった内容だった。キョーコが雪花として蓮の部屋を訪れていたことから尚の襲撃をはさみ、2人の契約までの話を一通り聞き終わり、社は前髪をかきあげながら天を仰ぐ。
「ひゃあ~~~、そんなことだったとはねえ…そうか、キョーコちゃんは吸血鬼のハーフかあ…」
「社さん、あんまり驚かれないんですね?」
キョーコは不思議そうに社を見た。蓮が狼男だということで耐性が出来ているのだろうか、社は吸血鬼の存在自体はあっさりと受け入れてしまったように見える。
「ああ、そうだね。この業界、ちらほらといるんだよ」
「え?いるって何がですか?」
キョーコは思わず聞き返した。社は少し笑って、キョーコの方に少し身を乗り出すと説明する。
「蓮やキョーコちゃんみたいに、人間以外の血をもつ人。誰が、というのは事務所が隠すけどね、俺みたいに関わってる人間ならなんとなく予想がつくんだ」
「えええ、そうなんですか?」
「そう。そういう血をもつ人は魔力があるから、なんていうのかな、カリスマ性とか人を惹きつける力がある場合が多いんだ。芸能界みたいな人気がものをいう商売に向いてるんだよね。君が一緒にいたという不破君だって、歌に魔力があるから絶大な人気を誇ってるって面もあるかもしれない」
社はコーヒーカップを取り上げて一口すすった。

キョーコは何かを思い出すように目線を天井へと泳がせる。
「あ…それは確かに、マネージャーの祥子さんがそんなことを言ってました」
「うん。それに、そういう人ってなかなか普通の生活を送るのが難しい。特に不破君みたいな純粋な吸血鬼は、会社勤めなんて出来ないだろう?」
「はい」
キョーコもそれは前から思っていたことだった。自分は混血であるが故に昼間の仕事も可能だが、尚はそれができない。レコーディングはすべて日が暮れてから行われていた。

「そう言う人にとって、生活時間帯に融通をきかせやすいこの業界は、居場所を作りやすいんだ。まあ、さすがに太陽の下に出られないんじゃタレントや俳優はできないけどね」
「そうですね…だから、あえてテレビ番組には出さない方針って…聞いています」
「事務所は管理が大変だけど、確実にスターになれるなら高い投資でもない。お互いに利害が一致するから成り立つんだね」

「敦賀さんも…そうなんですか?」
キョーコの言葉に、蓮と社は顔を見合わせた。そして社が手を左右に振りながら苦笑する。
「いや、こいつは全然逆なんだ」
「…逆?」
「そう。こいつは本性を出せば出すほど、他人に恐怖を与えちゃう。だって、猛獣なんだもん。人気が出るどころか逃げ出されちゃうよ」
「えええ?」
「こいつは完全に人間の部分で役者として成功してる。まあもっとも、飛びぬけた運動神経でハードなアクションでも傷一つ作らずに全部自分でこなしちゃうのは利点だけどな」
「そうだったんですね…でもあの、私、敦賀さんが人間だったら確実に死んでしまうようなトラブルに巻き込んでしまって…」
「ああ、いいんだよ。どうせこいつ、不破君のこと挑発したんだろう?」
キョーコは頭を下げかけたまま止まった。尚にベランダの外に放り投げられる直前の蓮の台詞は、「嫌だと言ったら?」だった。あの状況でのその台詞は、確かに挑発と受け止められる。

社はキョーコがぴたりと動きを止めたのを見て、あーあ、とため息をついた。
「ほらやっぱりね…まったく……満月の夜はほんと、いつもの温厚さが嘘みたいに攻撃的になるんだよなあ」
「社さん、最近はそれほどひどくないはずですけど」
蓮がやや不満げに口を挟む。
「確かに昔に比べりゃマシだけどさ。目は怖いし、理性が薄っぺらくなるよな、本能むき出しと言うか…」

言いかけて、社は不意に口をつぐんだ。それからふいと蓮から目をはずし、キョーコに向かって話しかける。
「まあだから、キョーコちゃんが心配することは何もないよ!さて、そろそろ事務所に移動するか。キョーコちゃんは今日の予定は?」
「あ、私椹さんに今日の仕事を聞きに行かなくちゃいけなくて…」
「じゃあちょうどいい、一緒に行こう!」

そして必要以上ににこやかな社に追い立てられ、3人は蓮の車で事務所へと向かったのだった。

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