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薔薇の素顔 (14)

分かりにくいですが、パラレルです。

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ふーーーー

蓮は肺から長ーく息を吐きだした。
撮影の合間、スタジオの隅で隣に立って手帳をめくっていた社がぎょっとしたように蓮を見やる。
「なんだ、今日は?さっきから。ロケの疲れが残ってるのか?」
「あ、いやそれは午前中を空けていただいたお陰で問題ないです」
若いな、と首を振って社は手帳を見ながら次の可能性にうつる。
「ああ、そうか、今朝は時間があったから、蓮君は当然あのお店に顔を出してるはずだよな~~」
ぴく、と蓮の頬の筋肉が一瞬だけ収縮した。が、社とは反対側の頬だから見えていないはずだ。
「久しぶりにキョーコちゃんに会えて嬉しかったんだろう??あれ、でもそれじゃため息の理由にはならないか。んーー、素っ気なくされたとか?」
蓮はまっすぐ前を向いて答えない。
「沈黙するってことは肯定か。可哀想になあ、この間は弁当作ってくれていい感じだと思ったのにな」
「勝手に話を進めないでくださいよ」
「あれ?違うの?」
「…彼女がらみであることは……否定しませんが」
おおおっ!と社は驚いて見せるが、その顔は嬉しそうだ。
「なんだ~~、やけに素直だなあ。悩みがあるならお兄ちゃんが聞くぞ~~」
結構です、と蓮はばっさり切り捨てたが、細かいことは話せないがある程度は社にも情報を入れておかないと、明日カフェに行った時キョーコとまともに話ができないな、と考え直した。
「あとで、移動のときにでも今朝のことを少しお話しますよ」
「おーー、そうしてくれ!」

そして、蓮の車で次の現場へ着いた二人は並んでテレビ局の廊下を楽屋へ向かって歩いていた。
「いやぁ、なんだかドラマの筋聞いてるみたいだな」
蓮は余計な要素をすべて省いて『不破尚』『店に来た』『幼馴染』のキーワードのみを使ったのだったが、社にとっては十分驚きの話だったようだ。
「そっか、予想もしてなかった強力な恋敵が出てきたから悩んでたのか」
「さっきの話のどこをどう聞いたら、そういう結論になるんですか?」
蓮は内心うろたえながらも真顔で返した。社は本気で意外そうな顔をする。
「えー、だってそうだろ?向こうは向こうで、単なる幼馴染ってだけならわざわざ雑誌のわずかな情報を頼りにバイト先まで朝早く押しかけたりしないだろうし。お前だって、まったく気にしてなかったらため息なんてつく必要ないじゃないか」

相変わらず…見事な読みで…
せっかく恋愛要素をはしょって話をしたと言うのに、かなり的確に読まれてしまっているらしい。しかも、不破尚のことまでも。

そうなんだよな…

蓮は今朝の尚とキョーコの会話を思い出した。扉の影で聞いていただけなので顔までは見えなかったが、尚の台詞も、声色も、嫉妬で怒りを覚えている男のものにしか聞こえなかった。キョーコは全く気がついていないようなのであえてそこには触れなかったのだが。そして、尚の声を聞いた瞬間、自分は焦りを覚えたのだ。今更、その子の気持ちを揺らすようなこと言うな!と。結果的に杞憂であったようだが、今後もそうだとは限らない。

はーーーーー

また深く、ため息をつく。
じっとりとその様子を眺めていた社が呆れたように言った。
「蓮、お前いい加減自分の気持ち認めろよ。そのため息って、そういうことだろ?」
「…人の気持ちを読んだんですか」
「読まなくても分かるっての。キョーコちゃんにあんなデロデロな笑顔見せる割にはなんでもないみたいな態度取っちゃってさ」
デロデロ…そんなにひどい顔か?と蓮はひそかにショックを受けた。

「なんかもう、俺から見てるとじれったくてしょうがないんだよ!!キョーコちゃんだって戸惑っちゃうと思うぞ?『あの人、私のことどう思ってるのかしら?』て」
「彼女は何も感じてないように思えますけどねぇ…」
「それならなおさらだろー!ちゃんと、分かるようにしっかりはっきり言うなら言えよ!!他の男に掻っ攫われてからじゃ遅いんだぞ?」
「…そうかもしれませんね」
おいおいしっかりしてくれよ、と社は蓮の顔を覗き込んだ。
「大体お前、恋愛経験豊富な顔して。なんでそう、ぐずぐずしてるんだよ」

いや、こんなことは初めてなんですよ、とは蓮は言えなかった。
容姿が整っているせいなのか、今までの恋愛は全て相手から押される形で始まっていた。深く考えることもせずに付き合ってきたが、相手にこれほど興味を持ち、相手の気持ちがこれほど気になるのは初めてかもしれない。相手のことを気にしすぎる余り、嫌われることを恐れてしまう。
最近は特に仕事に専念するために周りとの付き合いも意識して距離を置いていた。そのつもりだったのに、いつの間にこれほど深くこの思いは自分の中に入り込んでしまったのか。

…もう、否定できないところまで来てるのかもしれないな…だとしたら……

社は、足を止めて考え込んでしまった蓮の背中をバシッと叩いた。
「とにかく!まず自覚しろ!それから、気持ちを切り替えろ!!仕事だ、仕事!」
そうして蓮は目の前の仕事をこなすべく、俳優の顔に戻って現場に向かったのだった。


翌朝。
カフェのテーブル席についている蓮と社の視線の先には、ホールケーキでも入っていそうなマチの深い紙袋が一つ。
そして、それを持っている、申し訳なさそうな顔をした女性がひとり。

「あの…すみません…その…張り切りすぎまして…」
キョーコは俯き加減で紙袋をそっとテーブルの端に置いた。
「これは弁当箱と言うか、お重?」
社が袋を覗き込んで聞いた。確かに袋の中には漆塗りの二段重ねの重箱。
「ご迷惑だと思ったのですが、女将さんが量を見てこれを使えとおっしゃって…」
「ああ、下宿先の居酒屋の女将さんだね」
「弁当は見た目も大事だから、と…すみません、なんだかお荷物になっちゃうことに」
「いや今日の移動は車だから大丈夫。大体、社さんのことを持ち出しちゃったのは俺の方だし。ありがたくいただいちゃって、いいかな?」
蓮はにこやかに笑って言った。
「え、これもしかして、今日は俺の分もあるからこの量なの?」
社はやっと飲みこめた、という顔になった。
「うっかり、この間の弁当を社さんに食べられてしまった話をしたんですよ」
「うわ、それでわざわざ沢山作ってきてくれたんだ!!ありがとーーーー!!いや、ホント美味しかったから楽しみだよー!」
社は本当に嬉しそうだ。うきうきと無邪気に喜んでいる。
「そう言っていただけると本当にこちらも嬉しいです」
キョーコはホッとした顔をした。今朝はずっとこのことで悩んでいたのでやっとすっきりした気がする。

「でもこれ、俺と蓮で食べるにしても多い気がするな」
はわ、とキョーコは再度眉を八の字にした。
「他の人にもつまんでもらっちゃってもいいかな?」
蓮があわてて確認を取る。またご迷惑を!と謝られても申し訳ない。
「いやもう、それはもちろん。すみません、多すぎて…あ!でも、まず敦賀さんがしっかり召し上がってくださいね!」
「もちろん、キョーコちゃんの作ってくれたお弁当を食べないなんてありえないよ」
「…それならいいんですけど」

急に蓮はいたずらっぽい顔になると、キョーコの顔を見つめて聞いた。
「…今日の昼をまたぐ現場って貴島君と一緒なんだ。これ、彼に自慢しちゃってもいいかな?」
「えっ。自慢って…?」
「ほらだって、貴島君もキョーコちゃんのこと気に入ってるから。ちょっと見せ付けとこうかなって思って」
見せ付けるって何でですか、と呟くキョーコの顔は見る見るうちに赤くなっていく。
「悔しがる貴島君の顔が目に浮かぶよ。ああでもそれで朝のこの時間に押しかけてこられるのも迷惑だな」
「わ、わざわざいらっしゃいませんよ、ほんとに」
「そうかな?うーん、どうかな。あ、そうだ。俺だけに作ってくれてるんだって言ってもいい?」
蓮はにこにこと邪気のない笑顔で畳み掛ける。
「そうですね、敦賀さんにしかお作りしたことないですし、それで…いいですけど……」
最後の方はごにょごにょと口の中で呟くような小さな声になっていた。蓮は満足そうに頷いてありがとうとお礼を言った。

撮影スタジオに向かう車の中でハンドルを握る蓮は上機嫌だ。と、隣に座る社は思った。
なにせ今朝は愛しい娘からお弁当を手渡され、ついでに「重箱を返すときに連絡するから」と言って携帯番号とメアドまでゲットしたのだ。蓮が意味深な言葉を口にしたときのキョーコの反応も、かなり手ごたえがあるように感じられた。

「自覚したのか?」
社は一応聞いてみる。
「なにがですか?」
「白々しいな…キョーコちゃんのことに決まってんだろ。他に何があるんだよぉ!」
「うぅん…どうなんでしょうね。とりあえず、あんまり深く考えず、思うままに動いてみようかと思ってるだけです」
「それは突っ走るって言ってるよな」
そういう訳でもないですけど、と首を捻ってから蓮は話題を変えた。
「あの店のマスター、表のバラを自分で育ててるんですよ」
「ああ、もう散っちゃったけど綺麗だったな」
「結構手間がかかるらしいんですよね」
「ふぅん、まあ植物って虫がついたりするしな、肥料やったり水やったり」
「バラって見るだけでも綺麗でいいですけど、自分の手で育てるのも楽しそうですよね。丹精込めて育てたバラが咲いたら、すごく嬉しいと思いませんか?」
「…お前、園芸に手を出すのか?」
「そんな訳ないじゃないですか」

じゃあ何なんだよ?と社は首をひねったが、蓮は微笑んだまま、黙って運転に集中したのだった。


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副題をつけるなら
「蓮君 自覚と行動開始 の巻」
(巻って何だ、古臭い)

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