SkipSkip Box

月の下で (10)


こんばんはー!
梨がおいしいおいしい。葡萄も食べたい。ああ、食欲の秋。

てことで(<-なにが)、本日も続きの更新ですー。





「なんでそんなに、頑なに契約したがるんですかっ?」
「君こそ、なぜそこまで嫌がる?」
「だから、私は自分のために人に血をもらうのが嫌だと言ってるんです」
「そう言っても、君にも生きる権利がある。大体、あの男にはそこにつけこまれているんだろう。そいつがくれるという血剤だって、もとは誰かの血から作ったものじゃないのか?」
「それはそうですけど…!」
青い瞳と黒い瞳がお互いに譲らない光を湛えたまま真正面からぶつかる。舞台をリビングに移して、2人の押し問答は続いていた。

キョーコは渋ったものの蓮に促されて蓮の部屋へと足を踏み入れていた。掃除では何度も入っている部屋だが、リビングのソファに座ったのはキョーコにとっては初めてだ。

「俺と契約すれば、君は血をどうやって手に入れるか悩む必要がなくなる。あの男の元から完全に離れるチャンスだろう」
「だからって、敦賀さんが体を張る理由なんてどこにもないです。私にとっては確かにいいことばかりですけど、敦賀さんには何も…」
「俺にとってもいいことがあるじゃないか」

自信に満ちた笑みに、キョーコは怪訝そうな表情を浮かべた。
「なんですか、いいことって…?」
「契約は、きっと一度結んだらその人間が死ぬまで続くよね?」
「…は、はい。血を交わすので、人間が死ぬか、吸血鬼が灰になるまで…」
「君との繋がりが、死ぬまで切れないってことだよね?」
「そうです…それのどこがいいことなんですか」
「死ぬまで、君の力になれる」

キョーコは呆気に取られて蓮の顔を見つめた。
「……冗談、ですよね?」
「本気だよ。だって、もしここで君をこのまま帰したら…君は二度とここに来ないだろう?」
真剣にゆっくりと返答され、キョーコは黙り込んだ。
「きっと君は俺から逃げる。俺が追いかけたら、事務所だって辞めかねない」
「そんなこと…」
「二度と君と会えないか、一生契約で縛られるか。選ぶなら、間違いなく後のほうだ」
「なんでそういうこと、言うんですか?数回しか会ったことない私に…それも、吸血鬼の女に……おかしいです、普通じゃないです」
俯いてしまったキョーコの頭を、蓮はそっとなでた。
「俺もね、そう思うよ。ここまで執着するのは普通じゃない。俺だって今まで生きてきて、それくらいは分かるよ。でも、今こうして君と一緒にいても確信がある。俺は、俺の選択を後悔しない」
「なんでそんなこと言い切れるんですか!」
「野生の勘、かな?今夜は特に、野生の血が一番強い夜だしね。俺の勘は当たるんだよ」

膝の上に置かれたキョーコの両手が、ぎゅっと力をこめて握りこまれる。視線がうろうろと定まらないところを見ると、まだ蓮の真意を測りかねているようだ。
「さ、満月の夜のうちに契約を済ませてしまおう」
「ほ、本当に…いいんですか?取り消せないんですよ?一生…ですよ?」
「本当にいいんだ。俺が、望んでいるんだよ」
蓮は青い瞳で真っ直ぐにキョーコを見た。しかし、蓮を見つめ返すキョーコの眉が下がっているのを見て、思わず表情を緩める。
「そんな顔しないで。大体、君が無茶なことを言わなければ俺には何のデメリットもないんだ。さて、どうすればいいの?」
キョーコはようやく覚悟を決めたように、ひとつ息を吐くと静かに頷いた。

月はその位置をさらに変え、2人は月が見える寝室へと移動した。閉ざされていた分厚いカーテンを開け放つと、煌々と白く輝く月がはっきりと見える。室内には明かりが灯されていないが、月の光でベッドに隣り合って座るお互いの表情が見えるくらいの明るさだ。

「まず…私の血を、敦賀さんに取り入れてもらいます」
キョーコは自分の右手の指先に左手の爪で傷をつけた。キョーコの細い指にぷくりと赤い球が盛り上がり、指の根元の方へと垂れていく。
蓮はキョーコの指をそっと口に含み、その血を軽く吸い上げる。垂れた血を追って舌を這わせるとキョーコの体が軽く震えた。
「ちょっとでいいのかな?」
「はい。これでいいはずです…」
「次は、俺の…?」
キョーコはものすごく緊張した表情でごくりと唾を飲み込んだ。
「はい。あの…こちらは、えっと…」
「どうしたの?」
急におどおどし出したキョーコに対し、蓮は不思議そうに首をかしげた。

「いや、あの…く、首に噛み付かないといけないんですけど…」
「ああ、まあ、吸血鬼が血を吸う時って普通そうだよね」
「あの…私、初めてなので……」

え?と蓮は反射的に聞き返してしまった。キョーコはものすごくばつが悪そうな表情だ。
「初めてって…だって今までだって人間から血をもらったことあるんだろう?」
「ありますが…あの、今みたいにちょっとだけ傷をつけて、すする感じで…」
「なんで?」
「は、あの!な、慣れないといいますか、人の喉元に噛み付くのに抵抗があるといいますか…傷が残っちゃっても困るでしょうし、誰かに見られても、その…」

この子は本当に吸血鬼なんだろうか?

蓮は無表情の下で内心思い切り首をひねった。血を我慢して倒れるとか、牙を突き立てたくないとか、吸血鬼としての本能と言うものがあるならば、キョーコにはそれがかなり欠如しているような気がしてならない。

俺と違って人間として育てられた経験が強く働いているのかもしれないな…

そうであれば、気持ちと肉体の欲求が大きく食い違うこととなるので、苦悩はますます大きいものと予想がつく。ある程度、吸血鬼としての経験を踏むことも必要なのかもしれないとも蓮は思った。

くすりと蓮は笑うと自分の首を指し示す。
「いいよ、君にもちゃんと牙があるんだし、とりあえずやってみればいい。幸い満月の夜は俺の治癒能力も最大限に高まるから、傷が残ることも気にしなくていいよ」

はあ、とキョーコは返事をすると、ベッドの端に腰掛けた蓮に対してベッドの上に膝立ちになる。蓮の両肩にそっと手を置き、顔を近づけてからふと気がついたように顔を上げた。
「あの…もし血が垂れちゃったりすると汚れちゃいますから、少しだけ失礼します」

言うなり蓮の着ているシャツのボタンを2つほどはずし、首元に両手を入れて襟をずらして隙間をあける。首周りをさわりと触れられて蓮は無表情で固まった。
「あ、あの…痛くないようにしますから…」

なんか、台詞の言い手と受け手の性別が普通と逆だよな、と蓮は不謹慎なことを思いながらキョーコの顔が近づくのを待った。
どうやらキョーコの外見のままでも牙だけ出すことができるらしく、目の前に栗色の髪が迫ってくる。やがて、首に何かが触れた、と思ったら2つの牙が食い込んできた。皮膚を食い破る痛みを感じたと思った瞬間、それは熱へと変わる。首筋が熱く感じられ、瞬く間に背中を通って全身へとめぐり、そしてそれは思わず身震いするような快感になって蓮を襲った。

なんだ…これは…?

快感と同時に脱力感があり、蓮は思わず目の前の少女の両肩をがしりとつかんでいた。それでも収まらない体中を這い回る感覚が頭のてっぺんへと集まり、食いしばった歯の隙間からうめき声が漏れる。

蓮の声が聞こえたのか、首筋に食い込んでいた牙がゆっくりと抜かれた。同時に、妙な感覚も急速に収束していく。
蓮はキョーコの両肩をつかんだまま大きく息をつくと、離れていくキョーコの顔に視線をやった。キョーコの目はどこか陶酔の中にあるようにうっとりと虚ろで、赤い舌が名残惜しむように唇についた血をなめている。

血を吸った後は雪花の表情なんだな、と蓮がその顔を見つめていると、やがて意識が戻ったのか、キョーコははっと蓮を見た。
「あ、すみません!だ、大丈夫でしたか?私なんだか夢中でちょっと吸いすぎたかも…!」
「いや、別に何もないよ、大丈夫だ」
「痛くはなかったですか?」
「痛いどころか…なんだろう、ああいうのは…そう、気持ちよかった、という方が正しいな」
蓮は先ほどの感覚を思い出して少し身じろぎした。しかし、キョーコは蓮の様子には気づかずににこりと笑顔になる。
「よかった…私、ちゃんとそういう風にできるか、不安だったんです」
「ん?…てことは、普通吸血鬼に血を吸われると、気持ちよくなるの?」
「え…?あ、はい、そうです、が…」
キョーコは言いかけて口をつぐんだ。蓮の表情がかなり妖しげな雰囲気をまとい、その瞳の青い光が揺らいでいるように見える。
「てことは…」
キョーコの両肩をつかんでいた蓮の両手がふわりと離され、キョーコの頬を包んだ。
「君があの男に吸われている時も…気持ち良かったりしたの?」
「え…?いやあの、それはどういう……」
慌てて逸らされたキョーコの目が、何かを隠そうとしている心境をありありと物語ってしまっている。
「ふうん……嫌だ嫌だといいながら、そうなのか…?」
「い、いやそんな!決してそんなので喜んでたりとかそんなことはなくてですね!」

「気に入らないな…」
ぽそりと呟かれたセリフに、キョーコは何事かと蓮の顔を見る。そこには、髪と瞳の色が違う事も加わって、昼間に見せる爽やかな笑みとは全く違う妖艶な笑顔があった。

「実はさ、最上さん?」
「は、はひ??」
「俺、君と契約するのと交換条件で、お願いしたいと思ってた事があるんだ」
「なんでしょう、それは…?」
「本当はもうちょっと後でって思ってたんだけど、気が変わったよ」
「は…な、なんのことでしょうか?」
「場所も…ちょうどいいね…」
キョーコの言葉を聞いているのかいないのか、蓮の呟くような言葉は静かな室内に響く。

「あの…?」
気圧されながらもなんとか聞きかけた言葉は「ひゃっ」という悲鳴に変わった。キョーコの体は大きいベッドの上へと投げ出され、そこにゆっくりと蓮の笑顔が覆いかぶさってくる。
「本当に気持ちいいってどういうことか、教えてあげるよ」

月の光は寝室の中まで入り込み、猛獣とその哀れな獲物、とも思える2人のシルエットを明るく照らし出していた。

関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する