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月の下で (9)


こんばんは!
なかなかPCを使わせてもらえず、更新が遅くなってしまいました…

では、さっそく続きでーす。




「どういう…ことですか?」
キョーコは少し冷たくも見える蓮の笑顔を横から見ながら、呟くように尋ねた。

「聞いたことあるでしょ、満月で変身してしまう怪物の話」
「え…?まさか……?」
冗談ですよね、と笑いかけたキョーコだったが、振り向いた蓮の目を見てその笑いはかき消えた。全体が青く、虹彩が深く刻まれて瞳孔が黒いその目は、まるで獣のように見える。
「そのまさか。俺にはね、狼男の血が流れてる」
一度閉じてからゆっくりと開けたその目は、また元の人間らしいものに戻っていた。が、やはり冴え冴えと青い。
「え…ほんとに…ですか?」
「正確には母親の血だから狼女?人狼とかライカンスロープとか、まあ呼び方は何でもいいよ」
「狼に変身するんですか?」
「満月の夜は。今は…もうしないって決めてるけど」
「はあ…」
「都会の真ん中に、どでかい狼、しかも金色なんだ。どう考えても見逃してもらえないだろう?」
「……それは確かに」
「運よく捕まらずに済んだとしても、人前でうっかり元に戻ったら素っ裸だ。それもまずいよね」

キョーコは笑った蓮につられ、少し笑顔になった。だが、すぐに真剣な顔で黙りこむ。
「普段はね、色々気をつけさえすれば人間として暮らせるんだ。だけど人よりもだいぶ、鼻と耳がいい」
「もしかして、匂いで…私のこと?」
「そうだよ。なにせ狼並みだから、きっと君たちが血の匂いをかぎつけるのより、もっと敏感だ。雪花ちゃんがベランダに降りて来て、すぐに最上さんだって分かったよ」
「そうだったんですね……すみませんでした」
「何で謝るの?」
「だって…敦賀さんは単なる掃除係の私に親切にしてくださったのに…血をくれなんて失礼なこと」
「いいんだよ。すごく嬉しかったから」
「嬉しい?そんな、なんでですか」
「君に会いたかったから」

え?とキョーコは蓮の顔を見た。聞き間違えと思ったのか訝しげな表情になったキョーコに、蓮は笑顔でもう一度言った。
「君にまた会いたかったんだ。初めてこの部屋で会ってからずっと」
「な、そんななんで私なんて…」
「なんでだろうね、俺にも分からないんだけど。手紙のやり取りだけじゃ顔は見えないし、テレビ局でも一度君を見つけたのにあっさり見失ったし、同じ事務所にいるはずなのに君に会う機会がなくて。…だから君から訪ねてきてくれて俺は本当に嬉しかったんだ。どんな形であっても。たとえ俺の血だけが目的でもね」
「そんな……」

俯いたキョーコに、蓮は笑いかけた。
「君はどうして?どうして、雪花としてここに来たの?最初は俺の血に引かれたって言ってた…けど、さっきは血は要らないって言ったよね」
「はい…」
キョーコはひとつ深呼吸をし、膝を抱える腕をしっかりと組みなおした。
「ここにお掃除に来て…びっくりしたんです。感じたことがないくらい力強い血の匂いが、残ってた。だけど、だからと言ってどうこうするつもりもなくて、でも…」
キョーコはちらりと蓮を見る。
「敦賀さんからいただいたお手紙を持って帰ったんですけど…新月の日、一番感覚が鋭くなる夜に、あの手紙に残った敦賀さんの匂いが気になって、どうしても確かめたくなってしまったんです」
「確かめたい?何を?」
「敦賀さんが持つ血を…。近くで嗅いだらどんな匂いなのか?味は?って。そんなこと、今まで誰に対しても考えたことなんてなかったのに…」
キョーコは一度言葉を切ってため息をついた。

「私は人の血を飲みたい訳でもなかったはずなのに、よく分からなくなって…多分無駄足になるって思いながら、それでも諦めきれなくてここに来たんです」
「そうだったのか」
「だから驚いちゃいました。どうやって呼ぼうかと考えたら敦賀さんはベランダに出てくるし、私が吸血鬼だって言っても、これっぽっちも驚かないし」
「はは、もともと俺が人間じゃないんだ。驚きはしないよ」
「今考えればそうかもしれないですけど。でも、『またおいで』って言ってもらえたことが嬉しくて…敦賀さんを、単純に血をもらう相手だって思いたくなかったんです」

蓮はそこまで聞いて、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえばさっき、不破が契約がどうこうって言ってたけどあれは何のこと?」
「え……」
急にキョーコが表情を凍らせ、目がふいとそらされる。
「何でそこで言いよどむの?俺と君との間でできる契約って、どんなことなの?」
またもや蓮の顔が至近距離に近づいてきて、キョーコはあわあわと体を下げようとした。しかし、いつの間にか蓮の長い腕がキョーコの体の後ろにつっかえ棒のように突かれていて動けない。
「何のことなの?」
息のかかる距離で聞かれて、キョーコは顔面蒼白になった。
「い、い、い、いえ、あのですね…」
「うん?」

覚悟を決めてキョーコは口を開く。
「吸血鬼が…血をもらう相手とする契約のことですっ。契約すると、その人間は他の吸血鬼からは襲われなくなります。そうやって、決まった相手を独占して血をもらうという…」
「なるほどね。その契約は、人間側にもメリットがあるのかな?」
蓮の顔はまだ離れていかない。暖かい息がキョーコの頬にかかった。
「は、はい。あの…吸血鬼ほどではありませんが、体の能力が高まって、寿命も少し伸びます」
「若さが保てるってことかな?」
「はい。男性の吸血鬼は、それを口実にして女性と契約を結ぶなんてことを、聞いてます」
「で、それってどうやるの?」
「え?ま、満月の夜に同意のもとお互いの血を交換すると…わ、私はしたことないんですけど…」
「そうか。なんだ、ちょうどいいね」

「何がですか?」
キョーコはあまりにも近い蓮の顔に、懸命にのけぞりながら涙目で聞いた。
「今日は、ちょうど満月だ。それで今日、ここに来たんじゃないの?」
「違います!ただ、昼間の事で…!」
「ああ、そうだね」
蓮は少しだけ顔を引いた。
「だけど、ちょうどいいのは確かだ。だって最上さん、君には血が必要なんだろう?」
「……だけど…本当は嫌なんです…」
「血無しで生きていかれるの?」
ぽそりと落とされた質問に、ふるふるとキョーコは悲しげな表情で首を横に振った。

「飲まないと吸血鬼の力が弱まっていくんです。だから、きっぱりやめれば人間になれるかもって思って…試した事あるんですけど…」
「だめだったんだね」
「はい…まったく動けなくなって…」
「じゃあ、どっちにしても血が必要なんだったら、俺からだけにすればいい」
「え…でもそれじゃあ敦賀さんが…」
「俺はこの通り、人間より丈夫だしちょっとやそっと吸われてもなんともないよ」
「だけど…!」
「それに俺も、君が危険を冒して他の人間の血を吸う事を、あまり嬉しくは思わないよ。今まではどうしてたの?」

キョーコは呆けたように蓮の顔を見ていたが、質問に対して苦しげに答えた。
「人を操ることはできませんけど、気を失わせる事は出来るので…夜中に酔っぱらいからちょっとだけもらったり、声かけてきた人を利用したり…ショータローに拾われてからは、あいつの事務所がくれる血剤で補ってました」

血剤…?血液から作るものってことか。
随分と、手慣れてるな…

蓮は吸血鬼である尚を管理してアーティストとして違和感なく活動させている事務所に対して感心した。

「そういうことか。どうせあの男の事だから、君の弱みに付け込んで、自分のもとに縛りつけていたんだろう。人の血を取るのが嫌なら、血剤をやるからここにいろって」
蓮は険しい顔をしながらため息をついた。
「彼は君の血を吸うとどうなるの?」
「……少しだけ、陽の光に対する耐性がつくみたいです。夕陽とか、曇りくらいだったら平気な程度ですけど…」
「なるほどね」

それは、人間社会で生きていくためにはかなり重要な力だ。
積極的に陽のもとへ出て行くつもりがなくても、万が一ということもあり得る。そういう意味では、尚がキョーコを手放したがらない理由もかなり良く分かる。


だけどな…最上さんが逃げ出したってことは…つまりは対等な関係ではなかったってことだろう…?


蓮は先ほど対面した尚のことを思い出しつつ考えた。少し関わっただけで、尚の周りの人間を見下す態度はよく分かった。おそらく、キョーコが自分の事を『半端もの』と呼ぶのも、あの男にずっと蔑まれ、言われ続けて刷りこまれたからなのだろう。

「それは、君を失う事は彼にとっては痛手だろうな」
「でももう…嫌なんです。私、あいつのところを抜け出してよく分かりました。私は、たとえ人じゃない血が流れていても…人の世界で人と関わって生きていきたい…!けど……」
「人として関わりたい相手が、自分の命の糧ってことが…納得できないんだね?」
「…ふっ……」
唇をぎゅっと噛みしめるキョーコはとても辛そうな表情をしている。蓮はその青い瞳でキョーコの横顔を見つめた。


この子は…ずっとこうやって苦しんできたんだな…1人で……


「寒くなってきたし、部屋に入ろうか」
2人の髪を、風がごうっと巻き上げた。月はだいぶその位置を変え、風は冷たさを増してきていた。


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