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月の下で (7)


こんばんは!
三連休も終わりですが、なんとか更新にこぎつけましたーー。

ではでは早速続きです。






社が次の仕事場にたどり着くと、蓮はちょうど休憩に入ったところだった。
今度の仕事はモデルとしてのスチール撮影だ。オールバックにした濡れたような艶の髪と素肌に羽織ったジャケットがまた先ほどとは全く違う雰囲気で、社はキョーコに見せられないことを少し残念に思いながら蓮の方へと足を向けた。

蓮はスタジオに入ってきた社にすぐ気がついた。手をあげた社に、髪をかきあげながら近づいてくる。
「ああ社さん、ありがとうございました。最上さん大丈夫でした?」
「うん、すぐに意識戻ったし、顔色も悪くなかったよ。熱も下がったけどさっき言ってた通り今日はもう帰らせた」
「そうですね。無理してまた倒れても大変ですし」
「だよな。本人も元気とは言ってたけど、なんか心ここにあらずだったんだよ。大丈夫かな?」
「…そうすぐに100%回復はしないでしょうね。とりあえず、ゆっくり休んでもらいましょう」

社はうなずくと、きょろりと周りを見回し、少し蓮に顔を近づけると小声で尋ねた。
「この撮影終わったら今日は上がりだ。いつもの店に予約入れるよな?」
「あー…そうですね、お願いします」
窓のないスタジオだったが、蓮は空を仰ぐように見上げた。

そうか、今日は満月だったな…


蓮が社を送り届けて自室に戻ったのは夜も遅くなってからだった。
明かりをつけないままリビングのベランダに面した窓に寄れば、空にぽっかりと浮かぶ大きな月が見える。雲が少し出てきたのか、月はたまに欠けたりぼやけたりしている。蓮はレースのカーテン越しにしばらくそれを見つめていたが、ふう、と息をつくと頭を振って窓から離れようと振り向いた。しかしその直後、急に何かを感じて再び顔をベランダへ向ける。

蓮がベランダへの窓を開けるのと、ベランダに何かがふわりと降り立ったのはほぼ同時だった。

「やあ、こんばんは。今夜来るとは思わなかったよ」
後ろ手に窓を閉めながら蓮が声をかけると、無表情を通り越してやや怒ったような顔の銀髪の少女が答えた。
「なぜ?」
「なんとなく」
蓮は穏やかな表情を崩すことなく質問を受け流す。

少女は今日は白いブラウスに黒いレザーのミニスカートを身に着けている。着るのは黒だけじゃないんだ、と蓮がぼんやり考えていると、雪花はつかつかと蓮の正面まで歩み寄り、真っ直ぐに蓮を見上げて睨みつけた。
「あなたは、あたしが誰だか知ってるのね」
「誰って、どういう意味?君は雪花ちゃん、だろう?」
「しらばっくれないで」

蓮は肩をすくめると真面目な表情になった。
「なんでそう思うのかな?」
雪花は蓮から視線をはずさずに片手でブラウスの胸の部分をぎゅっとつかんだ。そして口を開くと叫ぶように言い放つ。
「だって……だって、あなたの血の匂いが……残ってたもの、あたしの唇に…いえ、最上キョーコの唇に!」

蓮は少し目を見開くと、片手で髪をぐしゃりとかき回して大きく息をついた。
「そうか…あの後水飲ませたから分かんないと思ったけど、気がついちゃったか」
「分かるわよ…そんなの……どうして…?」
雪花は俯き、顔をゆがめている。蓮はぽふりと雪花の頭に手を置いた。
「ごめんね。秘密にしてるなら、そこには触れないでおこうと思ってたんだけど…君の命に関わるかもしれなかったから」
雪花は唇を引き結び、俯いて黙ったままだ。
「君が倒れて、慌てたよ。考えてみれば当たり前だな。いくら半分は人間でも、吸血鬼が日の光に強い訳がない」
「普段は…もっと平気なのよ……」
弱々しい声に、安心させるように蓮はぽんぽんと雪花の頭を軽く叩く。
「そうかもしれないけどね。役に立つかどうか分からなかったけど、俺の血をちょっとだけ君に飲ませたんだ。縫い針しかなかったし、社さんの目を盗んでだから本当にちょっとしかあげられなかったけど」
「あれで十分だった…朦朧としてたのにいつの間にか力がみなぎっていて……でも目が覚めて、ショックだった」
「ショック?…どうして?」
雪花は顔を上げた。その顔は悲しげだったが、泣いてはいない。しばらく蓮の顔を見て、それから目をそらすと口を開く。
「あなたの血をもらうつもりなんて…なかったから」
「え?」

蓮は本気で驚いていた。
キョーコと会ったのは偶然だったが、雪花としては自分の血を得るためにここに来たのではなかったか。
「本当は人の血なんて飲みたくない。人間になれたらいいのにっていつも思ってた」
ぽつりぽつりと言葉をつむぐ雪花の顔は表情を消してはいるものの少し苦しそうだ。

「…君は、君の両親は…」
「あたしの母親は人間。父親は会った事ないけど、吸血鬼だって。母は、吸血鬼の子供を身ごもったの」
「吸血鬼って血を吸われて"なる"ものだと思ってたよ」
「普通はそう」

吸血鬼に子供が生まれる事はごく稀で、人間との子供は更に珍しいものだった。小さい頃は人間として母親に育てられたキョーコは、やがて思春期を迎える頃には牙が生えたりと人間とは違う成長を見せるようになった。
「母親はそんなあたしを嫌悪の目で見るようになって…中学卒業するころに、家を出て行ったの」
「それから君は1人で?」
「最初はそうしてたけど、1人の若い吸血鬼に拾われた」
不破尚という男がどこからかキョーコの前に現れ、キョーコに手を差し伸べたのだ。

「初めて他人に受け入れられてすごく嬉しかったけど…ようやく分かったの。あいつはあたしを利用しただけだった」
「利用?」
「そう。昼間働けるのはあたしだけだから、世話や人間との窓口をやらされて…。でも、あいつが一番必要だったのは、あたしの血」
「吸血鬼は人間の血だけじゃなくて、同族の血まで吸うのか?」
「ううん…混血の血だけに、意味があるの」

あたりを照らしていた月が分厚い雲に遮られ、同時に生温かい風が吹く。雪花ははっと顔を上げて空の方向を睨んだ。
「尾けてくるなんて、趣味が悪いんじゃないの」
空に向かって鋭い視線を投げながら雪花が言うと、すぐに男の声で返事が返ってきた。
「気がつかなかったくせにうるせーよ」

ばさばさと羽音が聞こえたかと思ったら、いつの間にかベランダの手すりの上にもう一つの人影が見える。人影はするりと雪花の後ろに立つと、その腕を掴んで蓮から遠ざけるように引いた。
「ああ?誰かと思えば、敦賀蓮じゃねーか。あんた、こいつと契約するつもりかよ」
また現れた月の明かりで蓮は相手の顔を見た。金髪に整った顔立ち、細身の体の若い男。黒を基調としているもののじゃらじゃらと装飾品の多い派手な身なり。どこかで見た事のある顔だ。
「君は……誰だ?」
「はあ?芸能界にいるのに俺を知らないって、どーゆーことだよ!」
「君も芸能人ってことか…すまないね、ぽっと出のタレントまで覚えている余裕がなくて」
「タレントじゃねー!ミュージシャンだ!不破尚って名前くらい、覚えとけよ!!」
「不破尚…うん、確かに聞いたことがあるね」
蓮はにこりと笑ったが、尚は不機嫌そうな顔で蓮を見ながら、雪花を指さして尋ねる。
「あんたはこいつと契約したのか?」
「契約とは?」
「…知らないならいい。こいつは連れてくぜ」

蓮は尚の言葉に肩をすくめて大げさに驚いてみせた。
「君も無粋だな。折角2人で語らってたんだ、邪魔してぶち壊すようなことしないでくれるか」
「ああ?」
尚は大きな声を上げると大股で進んで蓮の正面に立った。
「てめえ…誰に物言ってやがるんだ」
尚の目が妖しく赤く光り、慌てて横から雪花が割り込んでくる。
「だめ!ショータロー、やめて…!」
「おめえは黙ってろ!」
尚はやすやすと雪花をベランダの端まで突き飛ばして転がすと、赤い目で蓮を見つめながら低い声でつぶやいた。
「もう、こいつと関わるな…すべて忘れて眠れ」

蓮は真正面から尚の顔を見ていたが、ふ、と口の端を吊り上げる。
「それはできない相談だね」
「な、てめえ…!」
尚は自分の目を見つめても全く動じない蓮にたじろいだ。人間ならば、普通の人間ならば催眠にかかり、尚の言葉通りに動くはずだ。
「なんで君が、俺と雪花のことに口出しをするんだ?」
蓮は尚の横を通り過ぎると立ち上がろうとしている雪花に手を貸す。雪花も、尚の赤い目を見て平気でいる蓮を呆然と見つめた。「大丈夫?」と声をかけられてようやく「はい。…え、どうして?」と上の空で呟く。

「そいつは俺のもんなんだよ。自分のもんを好きにして、何が悪い」
「自分のもの…ね」
雪花の手を取ったまま、蓮はゆるりと尚の方へ向き直った。今や尚の目は真紅で、ゆらりと揺れる炎のような光を放っている。口元には隠そうともせず鋭い牙が覗く。端正な顔立ちには似つかわしくない、凶暴な本性が覗いているようだ。
「彼が君と一緒にいたっていう吸血鬼か」
「……はい」
雪花らしくない返事に、蓮は雪花の顔をちらりと横目で見た。その表情には怯えた色が浮かび、本人は無意識だろうが、蓮の手をつかむ指先に少し力が入っている。

「少し下がっていた方がいい」
蓮は雪花を落ち着かせるように肩に手をやると、ぽそりと声をかけて背中に雪花をかばうように尚の方へ進み出た。
「彼女は…嫌がっているようだけど」
「そいつの意思なんてかんけーねーよ……どけ」
「嫌だと言ったら?」
尚の顔が引きつったような笑いでいやらしく歪んだ。

「じゃあ死ねよ」

次の瞬間、尚は蓮の足もとに移動していた。やすやすとその両足を抱え上げ、強烈な力でベランダの外へと蓮の体を放り投げる。

雪花にはなすすべもなく蓮は視界から消え去り、息をのんだ数秒後、鈍く響く低い音がはるか下方から聞こえた。


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