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月の下で (3)


こんばんは!

今日は少しだけいつもより早めの更新です。
やっと、話が少しずつ動く…かな?

ではどうぞー。



「ほう?」

ローリィは蓮の様子を伺うように笑っているが、蓮は両肘を膝につき、顔の前で両手を組み合わせると素直に心情を吐露した。
「顔を合わせたのは1回だけ、話をしたのもその時少しだけなのに、なぜだか無性に気にかかるんです。そのまますれ違ってまた知らない人同士になってしまうのが残念だと…思うくらいに」

ローリィは黙って蓮の顔を見つめていたが、蓮がため息をつくとゆっくりと口を開いた。
「お前も、か」
え?と蓮はローリィを凝視する。
「最上君はな、つい最近、突然LMEに入れろとやってきて…最終的に自力で椹を陥落したんだ」
「陥落…ですか」
「ああ」
ローリィは笑いながらまたブランデーグラスを手におさめてゆらりと回した。

「最初は椹も当然、門前払いのつもりだったんだが…あまりのしつこさにオーディションへの参加を許可した」
「はあ」
「オーディションで落ちたんだがな。その後に俺んところに椹が直接来た。落ちたものの、最上君のことがどうしても気になるから、何か再挑戦の道はないか、と」
「そうなんですか?」
「椹本人も今のお前みたいに戸惑ってたぞ。絶世の美人でも、ずば抜けたタレント性がある訳でもないのになぜこれほど気になるのか、と。まあ椹の場合はタレント部主任として、だがな。俺も直接彼女に会ったが、確かに何かを感じた」
「社長もですか」
「ああ。かすかなものだが、化ける可能性もある。ただ、本人が何やりたいのかよく分かってねーんだ。だから今は仮契約の修行中だな」
「何の修行ですか?」
「とりあえず事務所に関係ある仕事をなんでもやらせてる。お前の部屋の掃除はちょっとイレギュラーだが…テレビ局にも行かせてるし、現場の見学もしてるはずだ。そん中から本人の魂に響くような仕事を見つけ出せ、とそういうことだな」
「あの派手なつなぎは?」
「あれも意味なく着せてる訳じゃないぞ。目立てばその内気に留めてくれる人間も出るだろう。まあ、ちょっとした宣伝だ」
ローリィはグラスの中の琥珀色の液体を口に運んだ。

「随分と…特別扱いなんですね」
「ああ?まあなぁ…ただ、傍から見りゃあ雑用係だからな。あんな特別扱いをうらやましがる奴はそうそういないから問題ない。それに、特別扱いといやぁお前だって……これほど他人に興味を持ったことが今まであったのか?」

蓮は口をつぐんで黙り込む。
確かに普段の人付き合いはあえて浅くを心がけている自分にとって、自ら人との関わりを、しかも一度しか会ったことのない少女に対して求めるのはかなり異常なことだ。しかし、その自覚はあるのだが、今こうやってローリィと話をしてもその原因は結局分からないままだ。

「…彼女に惚れたのか?」
「いや……」
蓮はニヤニヤ顔のローリィに言われた言葉を真剣に考えた。
「そういうのとは…少し違う気がします。いや、違うかどうかまだ俺自身分かってません」

ローリィは満足げに頷いた。
「とりあえず教えてやったからな。あとは自分でどうにかしろ」
「分かってます」
言いながら蓮は立ち上がる。
意外なほど近いところにいたことが分かっただけで十分だ。事務所で会える可能性だってあるし、椹に話を聞くことだってできるだろうと、蓮は社長室から退出しながら、少しもやもやした思いが晴れた気がした。


気分的にはすっきりしたものの、偶然と言うものはそう思った通りにやってはこない。蓮はテレビ局や事務所に行くときはさりげなく周りをチェックしているが、あれ以来派手な色を見かけてはいなかった。

昼間の時間が空くってことも…そうそうないよな、やっぱり…

ぼんやりと思考を飛ばしながらハンドルを握る。仕事をこなし、社を送っての帰り道。辺りはもちろん夜の闇で、つい先ほど日が変わったところだ。
自宅のダイニングテーブルの上でのキョーコとの手紙交換はもう数回にわたっていたが、蓮はローリィから聞き出した内容をそこに書けずにいる。つまりは、相手の素性が少しは分かったものの、自分と相手の関係性は一切変わっていない、という状況だ。

自分はもう少し彼女に近づきたいと思っているのか?
それに対しても蓮は自分で答えを出せず、深く考えることを放棄して普段どおりに車をマンションの駐車場へと進入させた。

自宅の玄関ドアを開けると、真っ暗な部屋が蓮を出迎えた。暗いまま廊下を進んでリビングに入ると、レースのカーテンだけが引かれた室内に、外の人工的な明かりが忍び込んできている。窓の上側、空が真っ暗なのをちらりと目の端で確認しながら、(今日は新月か…)と蓮はぼんやりと思った。

蓮はなんとなく明かりをつけずにゆっくりとソファに腰を下ろす。
体は疲れきっているが、頭が妙に冴え冴えとしている。頭が明確に働く分、考えても分からないことを先ほどから繰り返し考えてしまうのかもしれない、と少し虚しさを覚えながら思う。
蓮はしばらくぼんやりと中空を見つめていたが、やがてふとベランダの方に視線を移した。

今…誰かに呼ばれたか……?

声が聞こえたわけではない。だが、誰かがいる、という感覚が蓮にはあった。
立ち上がると部屋の電気をつけてベランダにつながった掃き出し窓に向かい、窓を開けてベランダに出る。部屋の明かりに照らされたベランダは広いが、がらんとしていて人気もない。ぐるりと見回して、やっぱり気のせいか、と思い直す。

そもそも、ここはマンションの最上階だ。誰かいるとしても屋上から忍び込もうとしている泥棒くらいじゃないか…ここのところどうかしてるな…

自嘲して部屋に戻ろうと振り返った時、空からふわりと降りてくるものが蓮の視界に飛び込んできた。

予想もしていなかったことに動きも思考も一瞬フリーズしたが、目の前に降り立ったのが少女だと認識する。
一番印象的なのはその髪色だった。銀色にピンクのメッシュが入った長髪。その下にはむき出しの肩。黒いビスチェとミニスカートが細身の体にぴったりと張り付き、黒いロングブーツから伸びる白い脚がほのかな明かりに照らされて光っているように見える。
そして整った顔は無表情で、鋭い視線が蓮を刺す。

蓮は状況を把握すると、少女に向かってゆったりと話しかけた。
「こんばんは」
少女の顔にいぶかしげな表情が浮かぶ。しばらくの間をおいて、少女が口を開いた。
「…変わってるわね……驚かないの?」
「だって、俺を呼んだのは君だろう?」
少女の表情にかすかに驚きの色が混じる。
「聞こえたの?」
「はっきりとは聞こえてないけど…呼ばれたような気がしてベランダに出てみたら、君が降ってきた」
「…ほんとに…変わってるわね…」
少女は小さな声で呟いた。少し考えるような素振りを見せてから、納得したように頷く。
「てことは…あなたから感じる血の匂いは本物ってことかしら」
「俺の血の匂い?」
少女の台詞に、さすがに蓮は少し怪訝な表情になった。

「そう…いい匂いがしたから誘われてきたの。ねえ、あなたの血を頂戴?」
口の端をつり上げて笑った少女の口から、小さな牙が覗く。確認した蓮の目が少し見開かれた。
「君は…まさか吸血鬼?」
「そうよ」
当たり前でしょ、と言わんばかりに即座に返された台詞に、蓮は少し考え込んだ。
「君の名前は?」
「……雪花…」
「雪花ちゃんか。君に血をあげると俺も吸血鬼になるの?」

ふん、と雪花は鼻で笑った。
「そんなの、ただの作り話。少しくらいじゃなんともないし、吸い尽くしたら死ぬだけよ」
「ふうん、あれは嘘なんだね」
「仲間にするには儀式が必要だし、それにあたしは…」

言いかけてやめた雪花の顔を蓮が覗き込むと、雪花は蓮を睨み付けた。
「なんでもないわ。で、あなたの答えは?」
「そうだね…」
蓮は少し背中を曲げて雪花に顔を近づける。
「献血の気持ちで君に協力してもいいけど、もう少し仲良くなってからかな?」
「仲良く?」
「そう。俺は君の事を何も知らない。君も俺の事を知らないよね。ちゃんと仲良くなって納得できたら、いいよ」
「なにそれ……あなた、思ったより軟派な男なのね…」
呆れたように言い捨てた雪花に、蓮はきれいな笑顔を作ってみせた。
「思ったよりって?」

ふてぶてしい態度でいた雪花が、急に慌てたように首を振った。
「べ、別に…あなた、敦賀蓮でしょ?世間では紳士だなんて言われてるけど、本物は軽いって思っただけよ」
「ああ、そういうこと?ありがとう、俺のこと知ってたんだ」
「ふん、いいわ、血をくれないんだったら用なんてない」
雪花はふわりと飛ぶと、軽々とベランダの手すりの上に立った。細いヒールのブーツでもぐらつくことなくまるで宙に浮いているようだ。
「またおいで」
蓮が雪花を見上げて笑顔を見せると、雪花は無言で顔を背けあっという間にその姿を消した。

「現代の吸血鬼ってのはちゃんとお伺いを立てるのか…礼儀正しいんだな」
笑顔のまま、蓮はベランダの手すりに手をかけて月のない夜空を見上げた。蓮の周りには、雪花がまとっていたのだろうか、花の香りが漂っている。蓮はその中に残る別の気配を慎重に嗅ぎ取って、少し楽しそうな笑顔になっていた。


またおいで、雪花…


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