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月の下で (2)


こんばんは!
1話目にたくさんの拍手をありがとうございましたー!
とても嬉しい反面、ちょっと緊張しますね…

さて、早速2話目です。





偶然にぽっかりと空いた時間は思いがけない出逢いとわずかな休息に費やされ、その後も蓮は忙しく仕事をこなす毎日を送っていた。

そしてある日の深夜、蓮は1人暗い自宅へと帰りついた。
ソファの横にカバンを置き、手に提げていた白いビニール袋をテーブルに置くとジャケットを脱いでどさりとソファに座る。家にたどり着くのが深夜になるのはそう珍しくないが、翌日の仕事も早いと思うと少し気分が滅入る。仕事がもらえるのはありがたいことだが、この時期はもう少々セーブしてもらった方がいいかもしれない、と蓮はため息をついた。

蓮は体を起こすとテーブルに置いたビニール袋をかさりと覗いた。中には共演者からの差し入れの白い紙箱が入っている。

プリンって言ってたっけ…?

甘いものに興味がない蓮だったが、「すごくおいしいんです!!」と半ば押し付けられる形で持たされた。差し入れで持ってきてもらったものなので頑なに辞退するわけにもいかず、持ち帰ったのだが。

箱のテープをはがして開けてみると、中にはプリンが3つ、保冷剤と共に収められていた。1つならまだなんとかなりそうだが3つはありえない。蓋に貼られたシールに印字された賞味期限は明日の日付だ。
明日も早朝から夜遅い時間まで仕事が詰まっているため、申し訳ないがゴミ箱行きになってしまうか、と考えたところで蓮はふとひらめいた。

そういえば明日は…ハウスクリーニングの日じゃなかったか?

脳裏に泡まみれのスポンジを握りしめた少女のびっくりした顔が浮かぶ。蓮は無意識に笑みを浮かべると、箱の蓋をしめてキッチンへと運んでいった。


そして翌日の深夜。
前日と同じくらいの時間に自宅に戻った蓮は、昨日より幾分軽い気持ちで玄関のドアを開けた。
普段であればまずリビングへ向かうのだが、それよりも先にキッチンに入り、電気をつける。するとそこには蓮が期待していたものがあった。

普段ほとんど使わないダイニングテーブルの上。
ホコリひとつなく磨かれたその真ん中には、白い紙片が1枚、ぽつりと置かれている。朝出かけるときに自分が置いた紙とは違うと一目で分かり、蓮はすぐに近寄って紙片を拾い上げた。
紙片は手帳のノート部分のようだ。その表面に目を走らせると、女性らしい丁寧な文字で短い文章が綴られている。

『 敦賀さんへ

お仕事お疲れ様です。
とても美味しそうなプリンをありがとうございます。
お気遣いいただいてしまってすごく申し訳ありませんが、とても嬉しいです。
ありがたく頂戴いたします。

御礼はまた改めてさせてください。

お部屋のお掃除でなにか気になる事がありましたら、なんでもお知らせください。
少しでも敦賀さんが気持ちよく過ごせるように全力を尽くします。

最上 キョーコ 』

蓮は最後まで読み終えると声に出してつぶやいた。

「彼女、最上キョーコっていうのか……ふふ、お礼なんていらないよ…」

蓮はプリンを冷蔵庫に入れて、朝出がけに掃除担当の"最上さん"宛に置手紙をしていたのだ。人からもらったが、自分は食べないので勿体ないからもらってくれないかと。

何か反応してくれるだろうかと少し期待して帰ってきたので、返事の手紙が置かれていたことは素直に嬉しかった。部屋を見渡せば、どこもかしこも完璧に磨き上げられ、気になることなど見つかる訳もない。
すぐにでも返事を返したくなった蓮だったが、また彼女がここに来るのは来週だと少し自嘲し、それでも置かれていた手紙はなんとなく電話の下のチェストの引き出しに大事にしまいこんだ。


翌週、あるドラマ撮影の現場で社は担当俳優の挙動を何気なく眺めていて眉をひそめた。

撮影の現場には出演者やスタッフから差し入れがたまにあるのだが、今日もそんな日だった。控え用の長机の上には、どこぞの有名な店の焼き菓子の袋が大量に置かれている。
普段なら蓮は直接渡されたものは受け取るものの、置かれているような場合は目をくれることもない。テレビ局から配られる弁当だって完食することはほとんどないのだ。甘いものに手が出る訳もない。

しかし、この日は違った。
蓮は机の上に置かれた大量のパッケージに目を留めると、それだけではなく手を伸ばして一袋を手に取ったのだ。じっと袋を見つめ、さらにひっくり返して裏面まで眺めている。そんな蓮の姿に気がついたのは社だけではなかった。すかさず女性スタッフが蓮に声をかける。
「あら、敦賀君がスイーツに興味持つなんて珍しいね」
何かを考え込んでいたらしい蓮は、いきなり声をかけられたことに少し驚いたように顔を上げた。
「え?あ、ええ。いや、どこかで見たことがあるかなと思いまして」
「ああー、これ、フランスで修行したって言う結構有名なパティシエのお店だからかな?」
「そうですか。他の現場で見たのかもしれませんね」
蓮がにこりと笑顔を見せると、女性スタッフは頬を赤らめ、少し照れたように顔を緩めて去っていった。そのまま手に取った袋を戻す気配もない蓮に、後ろから社が忍び寄る。

「お前、それをなんに使うつもりだ?」
すい、と笑顔を引っ込めた蓮が、社に向き直った。
「社さん、食べ物を『使う』って、表現がおかしくないですか」
「だって、どう間違っても自分で食うつもりじゃないよな」
「…なんでそう決め付けるんですか」
「なら今すぐ食えよ」
「持って帰ろうかと思ってたんですけど」
「持って帰ってどうするんだ」
「だから、食べる以外にどんな使い道があるんですか」
「…平然としてるところが怪しいなあ~お前それ、誰かにあげるんだろう」
「あげるなら、人からの差し入れじゃなくて自分でちゃんと買いますよ」
「う……そうか…?」

言い合いながらも蓮はずばりと言い当てられたことにほんの少しだけ動揺していた。より相手に負担がかからない形で、でも何らかの口実をつけて交流を持ちたい。そう思って「プリンと同じ名目をつければこれは最上さんに渡せるかも」などと思ってしまったことは事実だ。
ホームクリーニングの日まで3日ほどあるので、さりげなく賞味期限まで確認してしまった。
蓮は自分でもよく説明ができない自分の行動に苦笑しながらも、やはり焼き菓子のパッケージを元に戻すことはなく、結局家まで持ち帰ったのだった。


そしてその週のハウスクリーニングの日、蓮はキョーコへのささやかな贈り物と手紙を再度ダイニングテーブルに置いた。キョーコからもまた手紙が置かれ、今度は前回のお礼として蓮が冷蔵庫に入れておいた銘柄のビールが補充されていて、そういう心遣いも蓮の表情をほころばせる。

もちろん相手の連絡先も知らないし、それを聞くのも失礼な気がしてできないが、蓮はキョーコからの手紙を読みながら、もう一度顔を見たい、と思った。なぜそう思うのかは分からない。女性に対してそんな想いを抱くのは、思い出せる限りで今までにはなかった気もする。会ってみたらそれがなぜだか分かるのかもしれない。
しかし、蓮は休みを取るどころか満足な睡眠時間を確保することもままならない忙しさだ。「あの女性にもう一度会う」。そんな考えも諦めつつあった。


そんなある日、バラエティ番組の撮影のため訪れたテレビ局の廊下で社と話をしながら歩いていた蓮は、目の端に何かを捕らえた。それはあの日自宅のバスルームで見た色。慌ててそちらに目線をやると、長い廊下の向こう端にどピンクのつなぎを着た女性が歩いていくのが見える。髪は茶色のミディアムショート。靴は…白いスニーカー。

かなり離れた角を曲がって消えていく姿を追って、蓮は思わず走り出していた。
「蓮、どうした?」
社の驚いた声も気にせずに蓮は廊下の角までたどり着くと躊躇せずに曲がったのだが、そこにはもうピンク色は見えない。あちこちをきょろきょろと見回して完全に見失ったことを確認した蓮は、懐から携帯を取り出すと、迷わずにある番号へと電話をかけたのだった。

「お前から訪ねてくるとは珍しいな」
翌日深夜、蓮の姿は所属事務所であるLMEの社長室にあった。高い天井にだだっぴろい豪奢な室内には、口ひげをたくわえた中年男性がゆったりとソファに座って来訪者を待ち構えている。

今日はアラビアンナイトか?

社長であるローリィ宝田の頭にぐるぐると巻きつけられた白いターバンや、だぼっとした白いズボン、金の刺繍が入った青いベスト、つま先がそり上がった靴を確認して蓮は思ったが、社長の奇天烈な扮装や言動にはすでに慣れっこになっていて今更驚きもしない。

「ただでさえ短い睡眠時間を削ってまで直接俺に聞きたいことってなんなんだ?」
ブランデーグラスを弄びながら、ローリィは立ったままの蓮にちろりと視線を走らせた。
「俺の部屋の掃除を担当している人のことですが」
蓮の口から出た言葉が意外だったのか、ローリィはグラスを揺らしていた手の動きをぴたりと止めた。

「最上キョーコさんは、業者の人ではないですよね。素性を社長がご存知だと……違いますか?」
「掃除の担当者のことなんてなぜ知りたがる?」
ローリィはグラスをテーブルに戻しながら尋ねた。その顔には疑問よりも面白がる色の方が強い。
「少し前にたまたま俺の部屋の掃除をしている彼女に出くわしまして…昨日、同じ格好でいるのをテレビ局で見かけました」
「ふむ。それで?」
ソファのひじ掛けに肘をついて頷きながらローリィは先を促した。

「それで気がついたんです。テレビ局にいると言う事は彼女は掃除業者の人ではなく、うちの事務所の関係者だろうと。更に言えば、あのド派手な衣装はあなたの発案でしょう」
ローリィはそこまで聞いてにやりと笑った。
「さすが俺との付き合いが長いだけあるな、蓮。ああ、確かに彼女はLMEの人間だが?」
やっぱり、と蓮は頷く。
「それで、なぜそんなことを知りたがるのか、もちろんお前も話すんだろうな?」
蓮は ふう、と1つ息を吐きだすと、無言でローリィの正面のソファに腰を下ろした。

「なぜか…俺にも、よく分からないんです」


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