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薔薇の素顔 (12)


分かりにくいですが、パラレルです。

展開が遅いのにながい!!

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蓮とキョーコが店内に戻ると、客の姿はなく、マスターだけがカウンターの中にいた。
「ああ、おかえり。なんだか皆ぞろぞろ見に行っちゃったけど、大丈夫だったかい?」
マスターはその時の様子を思い出したのか、苦笑しながら二人を迎えた。
「すみません、マスター、ご迷惑をおかけして・・・」
キョーコは深々と頭を下げた。
「ああ、いいよ。迷惑なんてかかってないから・・・・・・最上さんは時間まだ大丈夫だよね。カフェオレでも入れようか。敦賀君は時間はまだ平気?」
「俺は、時間は大丈夫ですが・・・・・・」

蓮は少し心配そうにキョーコの顔を見た。マスターにならぶちまけられることでも、自分がいたら遠慮をしてしまって言えないかもしれない。ただでさえも不破尚との話を無断で聞いてしまっているのだ。これ以上、プライベートなことを聞いてくれるな、と拒否されても仕方のない状況だと思えた。

「あ・・・・・・」
キョーコははっとなって蓮の顔を見つめた。
キョーコの外見はいつものカフェでのキョーコだったが、その表情は完全に素になっている、と蓮は感じた。そして、できれば素のキョーコの悩みを相談してくれないだろうか、という願望が首をもたげてくる。根掘り葉掘り聞き出すのはしたくない、でも話して欲しい、頼って欲しい、という相反する考えが頭の中でせめぎ合う。

キョーコは突っ立ったまま少し考え込んでいたが、何かを決心したように顔を上げ、蓮とマスター二人に対して言った。
「あの、ご迷惑でなければ、少しだけ話を聞いていただいてもいいですか?」
その瞬間、蓮の胸には確かに喜びの感情が湧き上がってきたのだった。


「営業時間中にとんでもない!!」と遠慮して腰が引けているキョーコを「他の客が来ないうちなら大丈夫」と蓮とマスター二人がかりで宥め、カウンター席に座らせた。隣に蓮が腰を下ろす。キョーコはマスターに出されたカフェオレを一口すすり、ほぅ、と一息ついた。

「みっともないところをお見せいたしました・・・」
キョーコは尚との大喧嘩を思い出したのか、恥ずかしそうに蓮に頭を下げる。蓮は少し慌てて返事を返した。
「いや!こちらこそ、勝手に会話を聞いてしまってごめん。プライベートな話だったのに・・・」
「いえ、かえって敦賀さんや他の方が介入してくれてよかったかもしれません。・・・あいつ、なんかちょっと見たこともない顔してて怖かったから・・・・・・」
キョーコは思い出したのか、膝の上に置いた両手をぎゅっと握り締めた。
「しかし、不破尚とキョーコちゃんが知り合いとはね・・・」
「不破尚?あの男は不破尚だったのか」
マスターが驚きの声を上げた。帽子とサングラスをつけたままの姿しか見ていなかったため、マスターはキョーコとともに出て行った男性が誰なのか分かっていなかったのだ。確認するように続ける。
「割と最近出てきたと思ったが、歌を聞かない日はないほど売れてる歌手だよな」
「・・・そうですね、デビュー曲がいきなりチャート1位に入って、その後出す曲全部が1位取ってますから」
キョーコは苦々しい表情で答えた。
「でも、敦賀さんはあいつのこと、知ってるんですか?」
キョーコは先ほど疑問に感じたことを蓮に聞いてみる。キョーコが見る限り、二人は初対面でもないような気がした。
「あーー、そうだね、知り合いってほどではないんだけど、まあ、軽く喧嘩を売られた仲ではあるかな」
蓮は座っている尚の前を通った際に、初対面だというのにいきなり睨み付けられて灰皿を目の前に蹴り倒されたのだった。軽くいなしたものの、なぜあれほど敵意をむき出しにされたのか、結局分からないまま放置していた。
「そ、そんなことしたんですか、あいつ・・・」
キョーコは青くなって絶句した。
「うん、そのときは誰だか分からなかったんだけどね。社さんに教えてもらって名前を知ったんだ」
「ショータローは前から敦賀さんのこと一方的に目の敵にしてたんです・・・俺のほうがいい男だって」

(不破尚って本名ショータローって言うんだ・・・どんな字書くんだろう?)
(確かに不破尚も整った顔はしてるけど、雰囲気とか立ち振る舞いとか、敦賀君にはまだまだ届かないだろうなぁ・・・)
蓮とマスターはそれぞれ心の中で思った。


「不破尚と・・・キョーコちゃんは恋人なの?」
蓮は少し苦い気持ちを噛み締めながら、聞いていいのか迷っていたことを直接口にした。コーヒーを飲んでいるのに喉が渇いているような感覚があり、そっとつばを飲み込む。
「いいえ」
キョーコは首を振って否定してから、付け足した。
「私は、付き合っていると、思いこんでたんですけど」

それからキョーコはぽつぽつと、不破尚とのことを語りだした。
キョーコは元々尚とは同い年の幼馴染で、母子家庭だったキョーコは母親の仕事の都合でよく尚の家に預けられていた。
中学に入る頃には尚は音楽の道に進むと言う夢を持ち始めたが、尚の家は老舗旅館で一人っ子の尚は大事な跡継ぎのため、なかなか親の承諾は得られない。ライブハウスなどでマイナー活動をしながら隠れて準備を進め、高校3年の頃にやっとメジャーデビューのチャンスをつかんだのだった。
東京に出る、という尚と旅館を継がせたい両親は大喧嘩になり、尚は半ば無理やり家を飛び出す形でデビューにこぎつけた。

子どもの頃から尚のことが大好きだったキョーコと、尚を監視したかった尚の両親の利害は一致した。キョーコは大学だけは卒業しろ、という母親の厳命により東京の大学を受験し、高校の卒業式の翌日には尚とともに東京に出てきたのだった。尚も、それを受け入れた。

「部屋を一部屋借りて、私とショータローは一緒に暮らし始めたんです」
「・・・最上さん、それは不破尚と同棲してたってこと?」
恐る恐るマスターが聞く。
「いいえ!!同棲じゃなくて同居です!!」
急に大きな声できっぱりはっきりとキョーコは否定した。蓮は心の中で安堵する。そしてそれから、なんで俺はほっとしてるんだ?と自分に密かに突っ込みを入れた。

東京に出てきてからのキョーコの生活は大変なものだった。
デビューに向けて準備を進める尚に余計な負担を負わせたくないと、全ての家事を請け負った上、家賃や生活費も負担した。毎日大学とバイトで忙しく、自分が家賃を払った部屋で過ごす時間はすごく短くなったが、キョーコは尚の力になれている、と感じて幸せだった。

「不破尚の親御さんも嫁入り前のよその娘さんに無茶させるなあ・・・」
マスターは眉をひそめてつぶやいた。
「まあ、私が言い出したことでもありますし・・・私とあいつを結婚させたかったんだと、今は思います」
「後を継がせるために?」
「はい・・・私は預けられている間、旅館の仲居の仕事をずっとやってたんですけど、中学くらいからそこに女将教育みたいなことが入り始めてて・・・」
蓮とマスターは揃って渋い顔でキョーコを見つめている。
「私があいつのことを好きで、あいつのお嫁さんになりたがっていたのは周りの皆が知ってましたから、あとはあいつさえ了承すれば・・・」

「ご両親は、不破君が売れないと高をくくっていたのかな」
マスターが口ひげをなぞりながら考え考え言う。
芸能界で生き残れなければ息子を家に連れ戻せる。それまで一緒に暮らしていれば、キョーコに対する情もわくだろう。キョーコは立派に女将としてのスキルを身につけているし、別のどこの誰とも分からぬ女を連れて帰られるより余程安心だ。
「しかし、君の親御さんはそれでいいのかい?」
「・・・母は元々私に興味のない人ですから。世間体さえ保てれば、旅館を継いだっていいと思っていたと思います。今だって、私が何をしてようが、大学さえ卒業すれば気にならないんじゃないですか」
そう言い切るキョーコの顔は感情を無くしていた。

「それは・・・」
蓮は言いかけたが、キョーコの表情を見てかける言葉を失った。母親のことを話す娘の表情としては、キョーコのそれは異様だ。寂しいとか悲しいを超越した、諦めの顔がそこにはあった。
マスターがさりげなく話を変える。
「しかし、不破君は実家に戻るつもりはないんだろう?」
「あいつは元々戻る気なんてありません。俺はビッグになるんだ、地元に戻って地味で色気のねー女なんかとくっつけられてたまるかっていつも言ってましたから」
地味で色気のねー女が自分のことだなんて、その時は考えてもみませんでしたけどね、とキョーコは自嘲気味に言う。
「一緒に住んでるのに全く手を出されないのも『大事にされてるんだ』なんて、今思えば頭に花が咲いてたんですけど」
「いやまあ、それは・・・」
吐き捨てるように言うキョーコにフォローのしようもないが、マスターは思い出したように聞いた。
「しかし、最上さんがバイトを始めた時は確か新聞配達もやってたよね。彼はデビュー後相当稼いでるはずだけど、生活費出してくれなかったの?」
「あいつは、デビューして有名になると同時にほとんど帰ってこなくなりましたから・・・お金どころか、どこで何してるのかも知らなくて。たまに荷物を取りに帰ってきたりするくらいになってました」

尽くさせておいて便利に使うだけ使って、成功したら捨てる、か。随分と身勝手な男のようだな・・・
蓮は先ほど対面した男に対して怒りを覚えていた。キョーコがそいつを好きで一途に尽くしていた、という事実にもかなりショックを受けたが、それを無碍に出来る不破尚という存在が信じられなかった。
反面、自分は、キョーコはその不破尚にはどうやら手を出されていないようだ、ということを喜んでいるのだ。
俺、こんな人間だったっけ?と蓮は勝手に湧き上がってくる感情を持て余し気味だった。それを一切表情に出さないあたりは、さすが役者と言うべきか。

「だけど、二人で暮らしていた部屋に別の女を入れていた、と?」
蓮は先ほど聞いた二人の会話から拾った内容を確認する。
「・・・はい」
キョーコはたまたま大学の授業が休講になったため、夕飯の下ごしらえをしようと急きょ部屋に戻ったのだ。尚がいつ帰ってきてもいいように食事の用意をするのはキョーコの日課になっていた。
「部屋のドアを開けたら、ちょうどお風呂場から出てきた女の人と鉢合わせしまして・・・」
女性は裸にバスタオルを巻いただけの格好だった。しかも、キョーコのお気に入りのバスタオル。
騒ぎを聞きつけて寝室から出てきた尚は上半身裸だった。大体の事態を飲み込んだキョーコは、尚に詰め寄ったのだが。

「お前のことは女として見ていない、付き合ってる訳でもない、とはっきり言われました。お前みたいな地味で色気のない女は好みじゃない、親に言われたから同居してるけど、ただそれだけだって」
キョーコは言われた時の悔しさを思い出したのか、うつむいて唇を噛んだ。
「何やっても許される、バカで尽くすしか能のない女だから、と相手の女の人に話しているのが、部屋の外から聞こえてきてしまいまして」
さすがのキョーコにもこの出来事はきつかった。尚が女を連れ込んだと言う事実以上に、言われた言葉がキョーコの心をずたずたにしたのだった。キョーコは一度崩壊した心のかけらを、憎しみでつなぎ合わせた。自分を裏切って捨てたショータローと、そして間抜けな自分自身への憎しみで。

それからの行動は早かった。
大屋に交渉して部屋の契約を解除し、バイト先の居酒屋であるだるま屋に下宿させてもらう算段を取り付けると、一気に部屋を片付けた。自分のものはもともと大してなかったし、尚の荷物はあらかた持ち出されていた。
あんなヤツの物、全部捨ててやる!と思ったが、ふと思い直したのだった。それだけじゃ、気が収まらない・・・
「あいつの実家に電話して、もう一緒に暮らせないから、荷物を送り返します、と宣言してしまいました・・・」
「そりゃまた、思い切ったことしたね」
マスターは感心したような顔をしている。いつものキョーコの控えめな様子からは、そういうことをするようには見えないからだった。もっとも、大人しい人物の方が爆発したときは怖いのかもしれないが。

「連絡した後固定電話も解約しちゃいましたし、賃貸契約が切れる前に私は部屋を出てしまったので、その後どうなったのかよく知らないんですけどね」
先ほどの尚の口ぶりからすると、相当親ともめたことは想像に難くない。それでも現在も東京で芸能活動を続けてると言うことは、結局親のほうが折れたのだろう。もちろん、売り出し中のドル箱を手放したくない事務所のバックアップがあってこそだが。

「それが・・・最上さんが髪を切った時期に、なるのかな?」
マスターは思い出しながら言った。髪形だけでなく、キョーコのまとう雰囲気が変わった時期だ。何か大きなことがあったに違いないと今までずっと思っていたのだが、うまく合致する。
「はぁ・・・勢いに任せたと言いますか」
またもや恥ずかしさで小さくなりながら、キョーコはぼしょぼしょと言った。
「それまであいつに尽くしてきて、自分のことにお金を使うってことがなかったもので、反動が出たと言いますか・・・」

普通は恋だのおしゃれだのを気軽に楽しんでいる年頃なのに・・・
蓮はキョーコの苦労を思って深いため息をついた。

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