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毒りんごをどうぞ【リクエスト】(5)


こんばんは!

もう5話目。内容的にもいただいたリクエストからだいぶ遠くなってきた気がして仕方がありませんが、ここまできたら最後まで行きます。
カテゴリも分けちゃいました。でもそれほど長くはなりません。きっと。





その朝は静かに時間が過ぎていきました。ここしばらくはキョーコを含めての賑やかな朝食の席のあと、2人は笑顔に見送られて仕事へと向かっていくのが常でしたが、今はそれぞれぼんやりと座ったままです。
柱の掛け時計のカチコチという音だけが静かな部屋の中に大きく響き、その時間は永遠に続くように思われましたが、静寂は突然の騒音に乱されることになりました。

玄関すぐの食卓に座っていた社はなにやら表が騒がしいことにすぐに気がつきました。普段であれば人気もなく、ごくたまにヒズリ国からの行商人がぽつりぽつりと通り過ぎるくらいの森の中なのに、複数の人の気配がします。

「なんだ?」
社は玄関のドアをそっと開けてみました。するとそこには、真っ白な立派な馬にまたがり、きらびやかな衣装とマントを身に着けた若者が、10人ほどの従者を周りに従えて社を見下ろしています。

「なにかご用でしょうか?」
社は丁寧に問いかけましたが、馬上の若者は仏頂面です。
「ここにキョーコが居るだろう」
「……」
身なりからして相当身分の高い人間であることはわかりますが、初対面の人間に向かって馬上から、挨拶もなくぶっきらぼうに問いかけられたことに社は内心眉をひそめました。

「そちらはどなた様でしょうか?キョーコというのは…?」
なおも丁寧に問いかける社に、若者はいらいらと舌打ちをします。
「俺はアカトキ国の王子だ!ここに、LMEの王女のキョーコがいるはずだ。隠してんじゃねーだろうな!」
キョーコのことをぺらりと口にした尚に対し、従者の1人が「尚王子!」と小声で制しましたが、「うるせーな」とにらまれて口をつぐみます。

社が言葉を返そうと口を開きかけたところで、後ろからぽん、と肩を叩かれました。はっとして社が振り返ると、そこには蓮が無表情で立っています。蓮は社の肩に置いた手でそっと社を脇に押すと玄関から外に出ました。馬上の尚は胡散臭そうに蓮を見ています。

「君は人にものを尋ねるときのマナーを知らないのか」
「ああ?なんだ、木こり風情が偉そうに」
相変わらず馬の上から見下ろす尚をちらりと眺めて蓮はため息をつくと、ふいと尚の乗る馬に視線をやります。馬は蓮と視線を合わせると、急におびえたように後ずさり、ヒヒヒヒンといなないて後ろ足で立ち上がりました。またがっていた尚は振り落とされそうになり、慌てて駆け寄った従者達に体を支えられてずり落ちるように地面に下りました。

蓮はにっこりと笑うと口を開きます。
「そう。まず馬からは下りることだ」
尚はかっとなりましたが、蓮が笑っていてもその瞳の奥に冷たい光が宿っていることに気がつき、上げかけた拳を下ろしました。
「ここにキョーコがいるだろう。いや、名前を偽っているかもしれない。長い黒髪の若い女だ」
蓮はじっと尚の顔を見つめました。
「なぜアカトキの王子様がこんなところまでLME国の王女を探しに?」
「お前には関係ないことだ!」
「そうですか、ならばお帰りを」

何の躊躇もなくくるりと背中を向けた蓮に対して尚が怒鳴りました。
「俺はキョーコの許嫁だ!許嫁を探しに来て何が悪い!」
「許嫁?」
蓮はぴくりと背中を震わせると、ゆっくりと振り向きました。その顔面には笑顔が張り付いています。
「君の許嫁は王城にいるのではないのか?」
「だったらこんなところまで来るかよ!」
「……なぜ王女がこんなところにいると?」
尚は一瞬言葉に詰まりました。しかし、ここで誤魔化したらキョーコの手掛かりをもらえないまま追い払われそうで、躊躇いながらも話し始めます。
「美森が…キョーコがここで死んでると言ったから来た」
蓮の顔からすうっと笑みが消えました。
「美森と言うのは?」
「キョーコの妹だよ!」

尚はこの日、久しぶりLME城を訪れたのです。そして反射的にキョーコの姿を探したのですが、まとわりついてくる美森しか見当たりません。
「キョーコは?」と美森に聞いてもむっとされるばかりで、周りの人間も皆美森をちらちらと見ながら口を開きたがりませんでした。
しかし妙に上機嫌な美森に自室まで引っ張られて、ようやく尚は事情を理解したのでした。
美森が指し示した方には、見た事がない大きめの鏡が掛けられていました。美森が小走りで鏡に近寄り、「鏡さん、鏡さん」と呼びかけると鏡が曇って女性の姿が現れたため、尚は驚きました。

「ねえ、お妃として一番ふさわしいのは誰?」
美森の質問に、鏡の女性はえーと、と考え込みました。
「あれ?キョーコちゃんは…あら、このままいくと死んじゃいそうね。うーーん、キョーコちゃんが一番なんだけど…死んじゃったとしたら…ああ、モモセ国の逸美姫かな?」
「えーーー!なんで美森じゃないの!!!」
美森はぶう、と頬を膨らませましたが、尚は険しい表情で美森に詰め寄りました。
「今なんて言った?キョーコが死ぬってどういう事だ」

尚が見た事のない怖い顔で問い詰めたため、美森は泣きべそをかきながら全ての事情を尚に話すことになりました。美森の話で、美森がキョーコに毒を盛って殺そうとした、ということは分かりましたが正確な状況が分かりません。尚は美森から聞き出すのを諦めて鏡に話しかけました。
「で?キョーコはまだ死んでないってことか?」
「そうねえ。今のところは毒りんごの毒が回り切らずに瀕死、または仮死てところかしら。でも王女様だから、王子様のキスで目が覚めるかもしれないわね♪」
尚のにらみも気にせず、鏡の女性は呑気に答えます。尚はそのままキョーコの居場所を聞き出すと、泣き崩れる美森を放ったまま森に入ったのでした。

「なぜ妹姫が姉を…?」
蓮は無表情に聞きました。
「ああ?美森は俺に惚れてるからな。王妃にふさわしいのがどうとか言ってたから、俺とキョーコが婚約してんのが面白くなかったんだろ」
「……それで…王子の意志は?」
「ああ?なんでてめーにそんなこと…」
「おそらく君の言うキョーコ姫は、ここにいる。…着のみ着のままで城を逃げ出し、必死の思いでここに隠れ住んでいた」
「やっぱりいるんじゃねーかよ」
「今は簡単に会わせられる状態ではない」
「てめえ、さっきの話聞いたろ?キョーコにとっての王子ってのは俺しかいないんだよ!」

2人はしばらくにらみ合いましたが、蓮が先に目をそらすと黙って尚に背中を向けて玄関の扉をくぐりました。尚も従者たちを待たせたまま、無言で後に続きます。尚が蓮の後ろから寝室に入ると、そこにある大きなベッドには真っ白な顔のキョーコが横たわっていました。
「死んで…るのか?」
「君が言ったんだろう、瀕死の状態だと」
「ああ…」
尚は頭では分かっていたものの、実際に血の気を失ったキョーコの顔を見て動揺したようです。しばらくベッドから離れたところで凍りついたように固まっていましたが、やがてゆっくりとキョーコへと近づきました。
「キョーコ?」
呼びかけてみますが、キョーコはまったく反応しません。尚は拳をぎゅっと握りしめると、ちらりと振り返って蓮を伺いました。腕組みをして壁に寄りかかったまま反応しない蓮を確認してから再びキョーコのほうを向き、ごくりとつばを飲み込みます。そして、白く色を失った、かつてはピンク色だった唇にそっと口づけました。
顔を離してからしばらく尚は様子を伺いましたが、キョーコに変化はありません。顔色も白いままで瞼は固く閉ざされています。
「んだよあの女!嘘つきやがったのか…!」
尚は傍らのテーブルをガンと蹴飛ばすと、振り返って蓮に言い放ちました。
「こいつはこのまま連れて帰る!」
「それはできない」
間髪いれず蓮が否定の言葉を返しました。予想外の反応に尚が一瞬ひるみます。蓮は畳み掛けるように続けました。
「ここは…もう国境を越えてヒズリ国の領内だ。LME国内でもないし、ましてやアカトキ国の力は何も及ばない。この子が本当にLME国の王女だというなら、キョーコ王女はヒズリ国から正式にLME国の国王にお返しする」

きっぱりと放たれた台詞の内容とその木こりらしからぬ口調に、尚は口を開けて黙ってしまいました。それからようやくなんとか言葉を返します。
「ヒズリ国からだと、えらそうに!てめえに何の権限があって…!」
「君には最上さんを蘇生させる力はないと分かった。もう十分だ。お引取り願おう」
蓮の口調と鋭い瞳には、いつの間にか有無を言わせない威圧感が宿っていました。単なる木こりのくせに。そう思いながらも尚はその一言を音にすることができず、圧力に負けて小屋の外まで出ざるを得ませんでした。

「このまま済むと思うなよ!」
台詞はすっかりやられキャラのようですが、尚は周りの従者に当り散らしながら去っていきました。従者達は森の中の長い道のりを馬の歩調に合わせてここまで来てくたくたのはずですが、休む間もなくまた来た道を引き返すことになったのでした。


最上さんが目を覚ましてくれるなら、なんて少しでも期待した俺が…間抜けだったんだな……

蓮は騒がしい一団を見送ると、再び寝室のベッドの脇に腰掛けてため息をつきました。キョーコが完全に死んだわけではないと聞いて、蓮はわずかな望みにすがったのです。尚がキョーコの許婚で、目を覚ましたら自分の元を離れていってしまうとしても、ここでキョーコを永遠に失うよりはまだいい。なによりキョーコがそれで幸せなら。そう思ってあの男がキョーコに口づけるのを黙認したのですが、結局何の意味もありませんでした。

蓮はキョーコの手を取りました。真っ白く血の気のない手ですが、うっすらと温かみが残っている気がします。何か救う手立てはないのでしょうか。思案に暮れる蓮の横に、そっと社が立ちました。

「医者のところに連れて行くか?」
「それも考えましたが…どれだけ急いでも丸1日以上かかる上に、かなり最上さんの負担になりそうで」
「そうだよなあ」
有能な医者がいるヒズリ国の中心地までは森を抜けてからも距離があります。必ず治る確信もないだけに、それは大きな賭けでした。
「王子のキスで目を覚ますかも、なんてこと言ってたけどさ。王子はあの男だけじゃないんじゃないのか?」
「どういう意味ですか?社さん」
「そのまんまだよ」
「でもあの尚王子は最上さんの婚約者で…」
「ならなんで、キョーコちゃんは尚王子に助けを求めなかったのかな」
「え?」
蓮は思わず振り返りました。社は腕を組み、あごに手を当てて考え込んでいます。

「父である国王の不在時に妹に殺されそうになった…城にいると危険だったとしたら、次に頼れるのは婚約者じゃないのか?キョーコちゃんがあえてそうしなかった理由があるのかもしれないな」
「いやしかし……勝手な推測は」
「まあ、実際のところはわかんないよ。だけど俺が言いたいことは同じだ。キョーコちゃんにとっての王子が誰なのか。それは、必ずしもあの男じゃないかもしれないぞ」
意味ありげに笑うと、社は部屋を出て行きました。


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