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薔薇の素顔 (10)


分かりにくいですがパラレルです

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キョーコは店のドアを出るとラティスの外側を回り、店のあるマンションと隣の建物への間の通路に入っていった。さすがに店の前の往来で会話をするのは目立ちすぎる。通路は狭いが、その一帯には窓がないから周りにもさほど迷惑はかからないだろう。

キョーコの目に店の通用口のドアが映る。いざとなったらここから助けを呼べば・・・ そこまで考えて、キョーコは頭を振った。

だめだめ、これは私の問題。ここで、けりをつけるの。

なぜか先ほど「俺を呼んで」と言った蓮の顔がキョーコの脳裏に浮かんだ。
蓮の顔はいつもの茶化すような笑顔ではなく、真剣な瞳がキョーコのことを本気で心配しているのだと伝えてくれた。

それだけで、十分なんです、敦賀さん。勇気を、ありがとうございます。

キョーコは足を止め、目を閉じて一つ息を吐き出すと、くるりと後ろをついて来ている男へ向き直る。
男は少し距離を置いて立つと、サングラスを外した。

「今更こんなところまで来て、何の用なのよ!ショータロー」
「はっ。俺が心配してやってんのに連絡もよこさずケータイも着拒にしやがるからだろ」
「心配なんてしていただかなくて結構よ!勝手に出て行ったくせに」
「はぁ?お前がぎゃんぎゃん騒ぐからだろーが。勢いで言ったってのにマジに取りやがって」
キョーコの顔が険しさを増す。背後からどろどろと黒いオーラが出ているようだ。しかし同時に、キョーコを取り巻く空気がどんどんと冷たくなっていった。
「へぇ?あんたの言う"勢い"ってのは昼日中から女を部屋に引っ張り込むことを言うわけ?」
ショータローと呼ばれた男はバツが悪そうに顔を背けた。
「それで、勢いで、私のことを色気のない家政婦呼ばわりして、女と一緒にバカにするんだ」
キョーコは冷静な口調で言い切ったが、その声は少し震えていた。

「それは・・・!あの女の手前、そう言っておかないとめんどくさい事になるからだろう!」
「・・・そうよね。私はどうせバカであんたしか見えてない女だから、後でなだめすかせばどうにでもなるものね」
「なっ。お前、あの後・・・」
「聞こえてたわよ!あれだけ大きい声で笑ってれば、聞きたくなくても聞こえるわよ!」

男は完全に気圧されていたが、思い出したように再び攻勢に転じた。
「だからってお前、俺の荷物を全部実家に送りつけやがったな!」
「捨てなかっただけありがたいと思いなさいよ!おば様たちにはちゃんと確認取ってから送ったわよ!」
「あの後俺がどんだけおやじに言われたか知らねーだろ!事務所にまで連絡されて、あやうく京都に連れ戻されるところだったんだ!」
「そういうのを、自業自得って言うのよ。部屋を引き払うまでに一週間もあったのに、何してたわけ?どうせ私があの部屋でじっとあんたの帰りを待ってるって高をくくってたんでしょ?」
キョーコも負けてはいない。道理はこちらにあるのだ。もう、言いくるめられたりしない。その決意がキョーコの言葉を鋭く尖らせていた。

男はキョーコを黙ってにらみつけていたが、今度は落ち着いた口調で話し出した。
「なあ、もうへそ曲げるのも終わりにしろよ。お前とは腐れ縁みたいなもんだからさ・・・ついつい俺も甘えちまうんだよ」
キョーコの肩がピクリと震えたが、冷たい表情を変えずに男をにらみ続ける。
「俺もこの数ヶ月お前と離れて分かったんだよ・・・ お前のところが俺の居場所なんだって。他の女のところにいたって落ち着けないって」
男はキョーコの頭から足までじろりと目線を動かしてから付け加えた。
「地味で色気ねーっつってもそうやって化粧してれば多少は見られるんだからさ・・・」

べたん!

男の言葉はクリーンヒットしたゴミ用バケツの蓋にさえぎられた。
瞬間沸騰したキョーコが脇に置かれていたそれを目にも留まらぬスピードでつかんで投げつけたのだ。

「バカにしないでよ!!!このバカショーが!」
ついでバケツ本体までもが飛んでいく。幸い中身は入っていなかった。
男の頭からキャップが落ち、明るい頭髪が露わになる。

「おっまえ、芸能人の顔に傷つけるようなことするな!!」
「はん、歌手なら顔じゃなくて歌で売りなさいよ!!」
「下手にでりゃ調子に乗りやがって、キョーコの癖に!」
「どこが下手よ!なんで私があんたの言うこと聞かなくちゃいけないのよ!調子に乗るのもいい加減にして!」
男はバケツを蹴り飛ばすと、ずい、とキョーコににじり寄った。キョーコは反射的に下がろうとしたが、その前に男に肩をつかまれて動けなくなる。
「なあ・・・お前が急に俺にそんな態度を取るのって、あいつのせいか?」
男の声は静かだったが、先ほどまでとは違い這い上がるような怒気をはらんでいた。キョーコは肩に食い込む指の痛さに顔をしかめながらも逃げようともがいていた。が、言われた意味が分からず怪訝な顔で問い返す。
「は?あいつって誰よ」
「しらばっくれんなよ。あんなにショーちゃんショーちゃん言ってたお前がこんなに急に俺に楯突くようになるわけないんだよ!」
「何なのよ、何言ってるの?」
「他の男から唆されなきゃそんなになんねーだろって言ってんだよ!」
キョーコの目が驚きで見開かれた。
「・・・あんた本気でそう思ってんの?」
「他に何があるって言うんだよ!…貴島とかいう野郎に媚売ってんのかと思ったら、今度は敦賀蓮かよ!いつからそんな尻軽女になりやがったんだ!」

キョーコが聞いた一言は、あまりに予想外。
想像もしていなかった方向だったため、一瞬で怒りが消えて、顔前面に『呆れ』を貼り付けてしまった。

「…あんた、しばらく見ない内に頭の中腐ったの?なんでそういうことになるのよ」
「あの雑誌の対談記事!!貴島って奴はお前目当てでこの店に通ってるって書いてあったじゃねーかよ!」
「そんなの、社交辞令に決まってるじゃないの。貴島さんも敦賀さんも、マスターのコーヒーが好きで来てくれてるのよ!私のことだけならとにかく、二人にまで失礼なこと言うのやめてくれない?」
「なんでわざわざこんな店に朝早くから来るんだよ!!単にコーヒーだけ飲みに来る訳ねーだろ!下心持ってるに決まってんじゃねーか」
「…あんたさっきから言ってることが矛盾してるわよ。自分が地味で色気がない女を捨てたくせに、なんでその女に貴島さんや敦賀さんが下心持って寄ってくるのよ」

冷静に指摘された男はうろたえた。一瞬言葉に詰まり、次に声を出そうと口を開いた瞬間、その声は別の低く穏やかな声に遮られた。「マスターのコーヒーを、単なる普通のコーヒーと一緒にするってのはいただけないな」

声の主は店の通用口のドアのところにもたれかかってたたずんでいた。
キョーコも男も口論に集中していたため、いつからそこに人がいたのか全く気が付いていなかった。

「お…前……敦賀蓮!」
なんとか立て直した男が憎々しげにその人の名を口にする。
「やあ、改めておはよう、不破尚君」

あっ、と男は声を上げたが、サングラスもキャップも外してしまって、素顔をむき出しにしている。ばれて当然だった。
ち、と舌打ちをして不破尚は蓮を睨みつけた。

「さっき君もマスターのコーヒー味わっただろう?あれで分からないのなら、まあ、しょうがないかな」
「てっめー!なんでこんな時間にこんな場所にのこのこ来やがって、コーヒーなんか飲んでんだよ」
「君にそれを非難されるいわれはないんだけどね。まあ、ここは俺の家から近いから?」

蓮の顔は普段テレビで見るように穏やかな笑みをたたえていたが、キョーコはその表情を見てなんとも落ち着かない気持ちを抱えていた。

な、なんか、笑ってるけどいつもと違うような…?目の奥が笑ってないのかしら。なんだか、見てると身がすくむ…!

「大体てめー、なんで話に首突っ込んでくんだよ!部外者はひっこんでろよ」
蓮はもたれていたドアから身を起こすと、苦笑しながらうなずいた。
「まあ確かに、口をはさむつもりはなかったんだけどね」
そのまま数歩進んでキョーコと尚に近づく。
その一連の動作が流れるように優美だったため、二人は思わず見守ってしまった。

「いくらここがマンションの通路で人目につかないとは言っても、こんなに大声で喧嘩をすると、人目を集めてしまうよ?」
それに、と蓮は続けた。
「俺以上に君に物申したい人たちがいてね」
蓮は目線を尚の後ろ、通路の入り口側にやった。釣られて二人がそちらを見ると、そこには数人の人影がこちらを見て立っていた。


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