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ふりまわさないで

「足元、危ないから気をつけて」
さり気なく差しのべられた手に、私の気持ちは・・

単発ドラマの撮影ロケで、海に来た。
砂浜だったらよかったんだけど、サスペンスドラマの緊迫した場面だったからか、撮影ポイントは岩場だった。
大きな岩がごろごろしていて、寄せる波が砕けて飛沫が舞う。
夏から秋に移り変わるこの時期、まだ日差しは温かいけど、吹き抜ける海風はちょっと肌寒く、放送時期に合わせた晩秋の装いでもちょうどいいくらいだった。

敦賀さんは殺人事件を追いかける敏腕刑事役。
現場の刑事らしい、ちょっとくたびれたスーツにカーキ色のコートを羽織って、無造作に流した髪がいつもより少し上の年齢に見える。実際二十歳そこそこの敏腕刑事なんているわけないんだから、この雰囲気で正解なんだろうけど。

私の役は殺人事件容疑者の妹役。
事件についての鍵を握っていることを匂わせつつも、誰にも心を開かずにじっと捜査の進展を見守るミステリアスな少女と言う、難しい役どころ。出番は少なかったので、それほど撮影にかかりきりというわけでもなかったんだけど。
感情の起伏に乏しいこの役をつかむのは難しかったけど、敦賀さんのフォローもあり、なんとか順調に撮影をこなして今日のクライマックスシーンを迎えることが出来た。

犯人の可能性がある主要人物が勢ぞろいして、その面前で主役が真犯人を暴いていく、ある意味定番とも言えるシーン。
私は少し離れたところから、そっと容疑者である兄の様子を伺う。

機材の準備が大体整って、テストの声がかかる。
早速スタンバイしようと岩場を歩いていたら、動かないと思っていた岩が実は安定悪かったらしく、体重をかけた途端ぐらりと動いた。

「最上さん!!」
体が大きく傾いたところで、自分の名前を呼ばれ、気がついたらがっしりとした腕に腰を支えられていた。

「大丈夫?」
耳元で、聞きなれた敦賀さんのやさしい声が響いた。
「は、はい、大丈夫です!」
ありがとうございます、という声は尻つぼみになってしまった。思わず見上げた先輩の顔が、無性にまぶしかったから。
助けてもらっておいて礼儀知らず、と思われてしまうかもしれないけど、顔が一気に熱くなっていく気がして思わず目をそらしてしまった。
「岩がとがってて、転ぶと怪我しそうだからね。気をつけて。」
気持ちを立て直さなくちゃ、と思っているうちに、いつの間にか腰を支えていた腕は解かれ、代わりに手を握られていた。
私の態度は気にしていないようで、敦賀さんは私のスタンバイ位置まで手を引いて誘導してくれる。
定位置にたどり着くと、私が足場を確認して小さく頷いたのを見てから、ゆっくりと支えられていた手が引かれていった。
しっかり握られていた手が段々と離れて、指先同士が離れる直前、一瞬指先が引っかかるように絡められた気がした。
え?と思って伏せていた顔を上げると、視線の先にはふわりと笑った敦賀さんの柔らかい表情。
どきん、と心臓がはねた。

敦賀さんはすぐにくるりと踵を返すと、自分のスタンバイ位置へと戻っていった。
「さすが敦賀君、フェミニストが板についてるねぇ」なんていう声が聞こえた気がした。

ああ、こんなにもささやかなことでも簡単に心を乱されてしまう。
勝手に胸が熱くなって、勝手に期待してしまう。
ちょっとだけ引っかかった指先から伝わってくる熱が、腕を上がって全身にめぐってしまう気がする。
彼にしてみたら、どじな共演者をサポートしただけなのに。いつもしてる、何てことないことのはずなのに。

ふうぅぅ。
熱を逃がすようにため息をついて、さっきまで触れていた指先にそっと触る。
監督からの指示の声が聞こえてきて、慌てて頭からもやもやを無理やり追い出して、役に入れるように集中した。

テストに引き続いて、本番まで進む間、私はスタンバイしたまま待つことにした。
一人たたずみながら、ぼんやりと海を眺め、空を飛ぶカモメたちを眺め、チラリと先輩俳優の方を伺う。
途端にさっき抱きとめられた感覚をぼふん!と音がするくらい急に思い出して、慌てて頭をブンブン振って追い払う。
一人でバタバタしていて、ふと気がついたら離れたところから敦賀さんがこっちを見ていた。
苦笑するような顔で、口がパクパク動く。
「だいじょうぶ?」と聞かれたような気がするので、ちょっと恥ずかしくなって「はい」と口を動かしながらうなずくと、うんうん、と笑ってくれた。そして、穏やかな笑顔を浮かべたまま、共演の俳優さんと話し始めた。

あの笑顔を、独り占めできたらいいのに。

するりと零れ落ちた、そんな思いに、自分でびっくりしてしまった。
なになになに、何を考えてるの、ただの後輩の分際で!!!
自分の気持ちに、もう蓋ができなくなってしまったとしても。
箱の鍵を何回かけ直しても、すぐに全部吹き飛ばされてしまうのだとしても。
見返りを求めるのは、ずうずうしいってものよね。
だってもう十分、近くに居させてもらってるじゃない。
せめてこの想いが外にあふれ出さないように、今の居場所を見失わないように、頑張らなくっちゃ!
改めて決意をして、撮影本番に臨んだ。

シーン撮影が終わると、敦賀さんはまっすぐにこちらに向かってきた。
足元を見ながら2、3歩進んだときにはもう前に立ってた。この岩場を、どれだけのスピードで歩けるのかしら??

す、と手が差し出される。
「足元、危ないから気をつけて」
「はい。ありがとうございます・・」
素直に甘えたくなってしまって、差し出された手を取った。
エスコートされるように持ち上げられて、ゆっくりと、歩きやすいルートを選んで進んでくれる。
スタッフの近くまできて、ありがとうございました、と手を離そうとしたら、こっそり囁かれた。
「ずっと、つないでてもいいのに」

今度こそ、どっかんと顔が熱くなってしまって、隠すことも出来なかった。

くすくす、という笑い声が聞こえて、手をきゅっと握られた。
「ごめん、皆にからかわれたら嫌だよね」
そして、また、指先を辿るように離れていく、大きな手。

ほんとうに、こんなことで簡単にドキドキする心臓が、腹立たしい。
ねえ、ただの後輩だと思ってるなら、こんな私を、こんなにたやすく、ふりまわさないで。

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