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偏愛感情(16)


こんばんは!

ちょいと蛇足的なエピソードを追加したくなって書き始めたら、1話分になりました(←あーあ)
てことで今日はそんな感じです。

そして、諸事情により、次の更新は週明けとなります。





滝…ではなくシャワーに打たれた日の夜、蓮の姿は都心から少し外れたシティホテルのロビーにあった。ちょうど金曜日の夜であるせいか、広いロビーはにぎわい、人が多く行き来している。もうすぐ梅雨明けという時期、この日はたまに小雨がぱらつくどんよりとした天気で、湿った空気が肌にまとわりつくような感覚があり、ロビーの空調の効いたからりとした空気に蓮は息をついた。

ロビー奥に移動しながら腕時計を見ると、予定していた時刻より少し早い。ラウンジで時間をつぶすか、とぐるりと見回したところで強い視線を感じて、蓮はそちらへ顔を向けた。

広い吹き抜けのロビーの中に点在する、本物の木をくるりと囲むように円形に設置されたソファの1つ。
そこに、膝に肘をついた低い姿勢でこちらを睨むように見つめている男がいた。比較的高級なこのホテルにはあまり似合わない、細身の黒いパンツとエンジニアブーツ、えんじ色の長袖シャツを着たその男は、黒い革のキャップを目深にかぶり、サングラスまでしている。キャップからちらりと覗く金色の髪と腰にじゃらりと光るチェーンに蓮は見覚えがあった。

蓮が立ち止まって男に視線をやってもなお、男は体勢を変えず視線を逸らそうともしない。サングラスでその表情は分からないが、明らかに敵意を持って見られていることを確認すると、蓮は躊躇わず真っ直ぐに男の方へ向かった。

「やあ、こんにちは。不破君」
尚のまん前に立った蓮は薄っすらと笑みを浮かべて挨拶をした。尚はじっと蓮を見つめてから、「ああ」とだけ返事をする。
蓮はそのまま人一人分の間を空けて、すとんと尚の隣に腰を下ろした。

「ミュージシャンってのはタレントや俳優に比べると時間が自由になるものなのかな?」
前のめりに座る尚とは対照的に、蓮は背もたれに背中をあずけて座る。2人は真っ直ぐ前を向き、お互いに顔を合わせようとしない。
「別に…今日はたまたま空いてるだけだ。今はレコーディングもないし曲作りの最中だからな」
「それにしてもどうしてここに?」
「あんたこそ、何してんだこんなとこで」
「俺はここでキョーコと待ち合わせてるよ」
「…」
「君もキョーコに用事かい?」
尚は答えず、左手にはめたリングをくるくると回す。
「よく分かったね。ここにキョーコがいるって」
「ふん。同じ業界にいりゃあな」
言外に"一般人には分からない事だろうけど"、と含ませて尚は言葉を切った。
「しかし、不破君も何だかんだ言ってキョーコの事が気になるんだね。幼馴染だから?」
「あんたもしつこいな。あいつが勘違いしたままふわふわしてるから、正気に戻してやってるだけだ」
「勘違いとは?」
尚は蓮が言い終わる前に語気強く言い切った。
「あんたには関係ねえよ」

蓮はやれやれ、とため息をこぼした。組んだ膝の上に両手を置き、考えるように高い天井を見上げる。
「キョーコが君への復讐を忘れてるんじゃないか、とかそんなところかな」
「あんたなあ…!」
「俺は別に、キョーコが君に復讐するもしないも、どうでもいいんだけど」
「ああ?」
「いや、どうでもよくはないな。たとえ復讐のためとはいえ、キョーコの心に他の男の影があるのは正直嬉しくはない」
「はっ。そんなの俺の知ったこっちゃねーよ」
「ははは、まあね。だけど、復讐なんてやめろって言ってもキョーコは聞かないだろうし、逆に闘争心を燃やしちゃうだろうから」

確かにその通りだ。

尚は心の中で蓮に同意した。キョーコは誰かに何か言われても、自分を追いかけて追い越そうとするのをやめないだろう。しかし、ここしばらくは演技の面白さに目覚めて復讐そっちのけでのめりこみ気味だ。尚は何度となくちょっかいを出して、小さくなったキョーコの復讐の炎をまた燃やすように焚きつけてきた。それなのに、演技ならともかく、他の男に惚れたからと自分を蔑ろにされるのだけは我慢がならない。

「あいつは諦めたりしねえよ。いつまでも、追いつけないことを知りもしないで一生追いかけてきやがるんだ」
尚の声には"ざまあみやがれ"という響きがたっぷりと含まれている。恋やら愛やらの結びつきよりも、自分とキョーコのつながりの方が強いと尚は確信している。

しかし蓮は冷静に言葉を返した。
「そもそも歌手と女優のどっちが優れているかをどう決めるのかよく分からないんだけど、この際とっとと君を追いこして、因縁をさっぱり忘れてもらうのが一番だな」
「ふん。あいつは俺が認めない限り、忘れねーよ」
「じゃあ、そこをなんとかするのが俺の役目だな」
「無理だな。あいつのことは俺が一番分かってる。あんたにゃあ無理だ」
尚はようやく蓮の方を振り向いた。挑戦的につり上がった口の端を眺めると、蓮はにっこりと笑う。

「そういえば、君はここに何しに来たんだっけ?」
「な!……ちょっと、キョーコに言っときたい事があっただけだ!」
「言いたいことね…この間、言いたい事言ったんじゃないのか?」
「うるせぇな!忙しい俺様がたまたま出来た時間にわざわざ来てやってんだから、あいつは感謝してりゃいいんだ!」

蓮はエレベータの方へ視線を移すと、自分のケータイをちらりと確認して口を開いた。
「そろそろキョーコの仕事が終わる予定時刻だ。何も連絡が来ていないから、おそらく予定通りに進んでるんだろう」
「あん?」
「キョーコはもうすぐここに来るはずだけど、俺より先に君がキョーコを見つけられたら、今日この後のキョーコの時間を君に譲ってもいい」
「あんた何言ってんだ?」
「キョーコの事、君が一番よく分かってるんだったら簡単だろう?俺が先に見つけたら、悪いが今日はキョーコに話をする時間はやれないな」
「何たくらんでんだか知らないけど…バカにすんのもいい加減にしろよ」
「じゃあ、この賭けに乗るかい?」
「やってやろうじゃねーか。俺が先に見つけたら、あんたそのまま帰れよ」
「わかった」

尚は体を前傾させた姿勢を変えずに顔だけをロビー端のエレベーターホールの方へと向けた。
キョーコはこのホテルで、他の女性芸能人と女子トークと称した雑誌の座談会記事の取材を受けているはずだ。写真撮影もあるだろうから、まず間違いなく上階のどこかにいて降りてくるのだろう。

「あんた、キョーコがどんななりで来てるのか知ってんじゃねーだろーな」
蓮は尚の疑いを笑い飛ばした。
「そんな卑怯な事はしないよ。キョーコはいつも俺に分からないように工夫を凝らして現れるんだ。キョーコが事前に俺に知らせる訳が無い」
「けっ」
さり気なく頻繁に会っているらしい2人の事情が漏らされて、尚は隣に座る男への殺意を覚えた。しかし、目だけはせわしなく動いてサングラスの奥から行き交う人々の姿をしっかりと観察していく。

「それにしても」
思い出したようにのんびりと蓮が話しかけた。
「タレントだったら裏とか地下の駐車場辺りから出入りするものだと思ってたけど、不破君はなんでここで待ってたんだい?」
蓮の質問ももっともだ。ここで待っているのは尚にとっても正体がばれる可能性が高く、待つ相手が通るかどうかも確実ではない。
「あいつならぜってーここを通るんだよ」
尚は何を当たり前のことを、と答えた。
「マネージャーもつけずに1人でせかせか動いてるから車での移動はねえし、バカみたいにケチだからタクシーも使いたがらねー。変装すりゃ誰にもばれないって思ってるから、堂々と正面から出るだろ。このホテルは正面玄関からそのまま駅につながってるからな」
「なるほど?」
「まあ、可能性は滅茶苦茶低いけど、誰かの車に同乗するってこともあるから、駐車場には祥子さんがいるし…」

って!俺は何べらべらこいつにしゃべってんだよ!!

尚はキョーコの探索に気をとられたことで素直に話してしまった事に気がついて口をつぐむ。

一方の蓮は、言葉通り尚がキョーコの性格や行動パターンを正確に把握している事に改めて脅威を感じていた。一番注意をしなければならないのはやはり幼馴染であるこの男だ。多少ひねくれてはいるが、相当な執着心を感じる。キョーコは今は尚との恋愛など考える事もできないだろうが、かつては慕っていた男。

気を抜けないな…キョーコの今向けてくれる気持ちを逸らさないように、俺もしっかりしないと…

キョーコの心からこの男の影を今すぐ消去する事はできそうに無いが、長期でじわじわと、追い出しにかからなければ、と蓮は心に決めた。


蓮と尚の座るソファの近くを遠くを、様々な人々が通り過ぎていく。
エレベーターがロビー階に到着するたびに数人、あるいは数十人が吐き出されてくるし、上階からのエスカレーターもひっきりなしに人を運ぶ。

あれは…キョーコよりかなり小さいな。さすがに身長までは変えられないだろ…
おっ。なかなかの美人…スタイルもいい…でもキョーコの体にはあんな凹凸はねーな。
あれも…違う、こいつも違うな。…なんでこんなに人が多いんだ?

何かイベントがあるのか?と尚は舌打ちした。
実際、若い女性向けの何かのイベントが上の宴会場であったようだ。そのイベントが終わったのか、エスカレーターから大量の女性達が降りてくる。尚はじろりと蓮を振り返った。
「俺もあんたもわかんなかったらどーすんだ」
「それはあり得ないから心配しなくていいよ。俺がキョーコに気がつかなかったことは無いんだ」
余裕の笑みで言い切った蓮に、尚は眉をひそめるとまた無言で前を向いた。女性たちの集団は正面出口へと向かっていく。

尚と蓮の正面、少し離れたところを2人組の女性が歩いていく。1人はウェーブのかかった茶色のロングヘア、1人はショートカットで、楽しげに会話をしながら男2人の前を通り過ぎた。尚はちらりと2人に一瞥をくれたものの、2人組だったためかさほど関心を持たずに視線を違う方へと移した。

「やっぱり君の負けだな」
2人組が完全に通り過ぎてから、蓮はにこやかに宣言するとすっと立ち上がり、2人組の女性の後を追った。呆気に取られる尚の視線の先で、ロングヘアの女性に声をかける。ロビーは賑やかで、尚の場所からは話し声は聞こえないが、ショートヘアの女性が興奮気味に跳ねてもう1人の女性の肩をぱしぱしと叩き、少し言葉を交わした後に手を振って1人出口へと向かった。

てことは…あの髪が長いのがキョーコか?

確かに背の高さはキョーコくらいだが、女性は白いシャツの袖を折り返し、紺色の、サイドにスリットの入ったタイトスカートとパンプスと、できるオフィスウーマンのような出で立ちだ。尚に背中を向けたその後ろ姿は、女性らしい曲線を描いていて色っぽい。
ショートヘアの女性を見送った蓮とキョーコは少し言葉を交わすと、そろって尚の方を見た。キョーコは尚の姿を確認すると露骨に眉間にしわを寄せて嫌な顔をする。対する蓮はきらきらとした笑顔だ。

うおっ。あんな色っぽくて女っぽい奴…と思ったけど、あのしかめ面は確かにキョーコ…!

思わず立ち上がった尚を1人残して、蓮とキョーコは寄り添って正面入り口から出て行った。呆然とした尚を正気に戻したのは、数分後にかかってきた祥子からの電話だったが、蓮に完敗した尚の機嫌はその日の内に戻ることはなかった。

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