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偏愛感情(15)


こんばんは!
もう「偏愛感情」も15話まで来ちゃいました。
いやー、どこまでいくのかな <-コンパクトにまとめる気なし

もう少し、お付き合いいただければと思います。





キョーコは蓮の腕に入る強い力に息苦しさを覚えた。ぎゅうぎゅうと蓮の胸に押し付けられて、いつも感じる温かさといい香りが心に満ちる。

う、苦しい…でも…

しばらく経ってようやく腕の力が少し緩んだところで蓮の胸から顔を離し、そっとその顔を見上げてみる。目が合った蓮の顔には笑みはなく、真剣にキョーコの瞳を覗き込んでいるようだったが、キョーコは思わず にへ、と笑顔になってしまった。
「どうしたの?」
つられて笑みをこぼした蓮に問われて、キョーコは恥ずかしそうに目を伏せるとぼそぼそと弁解する。
「すみません…あの、撮影の時は蓮さんからは触れられなかったから、今日初めてぎゅってされてちょっと嬉しくて…」
キョーコの言葉を真顔で聞いていた蓮だったが、コツンとおでこを合わせると、ふーーーーーっと息を吐き出した。
「……君は本当に俺を揺さぶるのがうまいよね…」
「ゆ、揺さぶるってなんですか…私そんな気は」
「ああ、いいよ。俺が勝手に揺さぶられてるだけ」
蓮の両手でぐしゃぐしゃと頭を撫で回されて、キョーコはくすぐったそうな顔になる。蓮はおでこを離すと、慌てて手櫛で髪を直すキョーコを見つめながらぽつりとこぼした。
「あれが…不破尚、か」
キョーコはハッと蓮の顔を見つめた。
「はい…」
「君は…彼とどうなりたいの?」
「ど、どうもこうもありません!私はあいつを超えて、踏みつけて上から高笑いしてやるのが望みです!」
「そう。だけど…」
キョーコは怒った顔で言い切った。その言葉は文字通り受け取ったら多少問題があるが迷いは無いし、挑戦的な響きに満ち溢れている事から、間違いなく本心だろう。そうなんだろうけど…

「ここに近づくまでに聞こえてたキョーコと不破君の言い争い…息が合ってて、夫婦の痴話喧嘩みたいだった」
「痴話喧嘩って!…やめてください、冗談じゃないですよ」
「君が彼の事話した時に思ってたけど、彼の事は呼び捨てだし、口調も俺と接する時よりずっとくだけてるよね」
「それは……物心ついたときからショータローとはずっと一緒に育ってきたようなものなので…もうほとんど無意識ですよ…」
キョーコは肩を落として少し小さくなったように見える。

キョーコ自身は尚と仲良くしているつもりなど無かった。一時期よりどろどろとした感情が高ぶる事はない気もするが、いつか降参させて『申し訳ありませんでした』と頭を下げさせたいという気持ちは変わっていない。
それはともかくとして、今みたいに周りをちょろちょろされるのは、また世間に誤解を与える元にもなりかねないし止めてほしいのだが、なぜだか向こうが思い出したように顔を出すのだ。そして、顔を合わせればなぜかいつも乗せられたように口喧嘩になってしまう。本気で怒っているつもりなのに、傍から見たらそうは見えないのだろうか。キョーコは少しショックを受けていた。

蓮はキョーコの表情を見て、またその華奢な体を抱き寄せるとぎゅっと腕に力をこめた。
「ごめん…バカな事を言ったね。君と不破君が幼馴染でずっと一緒にいた事は…今更否定する事でもないのに」
「いえ…」
「君は俺の事を恋人だって不破君にちゃんと言ってくれたのにね」
「え…だって本当ですもん」
「そうだね。それなのに嫉妬するなんて格好悪いな。ごめん…」
「嫉妬?」
「そうだよ。君と不破君の言い合いを聞いて…君と息の合ったテンポでやり取りしている彼を腹立たしく思った。俺もだめだな…」
ふう、とため息をついてうなだれた蓮の顔を、キョーコはまじまじと見つめてしまった。
「嫉妬なんて…ほんとですか?」
「なんで?俺がしたらおかしい?」
「いえ!おかしいとかじゃなくて…そんな風には見えなかったから…すごく冷静にショータローの事やりこめてたから…」
「冷静なんかじゃなかったんだけどね。外側だけ取り繕うのはうまいんだよ。撮影中みたいにね」
「羨ましいです。素を見せず完璧に演じられるってことですよね」
「そうかな。キョーコは女優だからそう思うかもしれないけど、俺にとってはこうやって誤解されるし、いいことなんてないよ」
「私なんてうまく取り繕えないとNGだらけです」
「おや。キョーコは取り繕う必要もないくらい役になりきるんだろう?虹色の京子さん?」
「またからかって…!」
キョーコは唇を尖らせて蓮の腕の中で蓮を見上げた。それからそろりと蓮の体に両腕を回し、蓮の胸にもたれる。

「ショータローとの喧嘩より…こういう蓮さんとのやり取りの方が、好きなんですよ?」
「……」
「それにそれに、ショータローに触るなんて鳥肌立っちゃいますけど、こうやって蓮さんにぎゅってされると安心するんです」
「……」
「そんな風に感じるのって蓮さんだけなんですから。もうほんと、特別なんですから」
「キョーコ?」
「はい?」
「…そんな可愛い事言ってくれると、食べちゃうよ?」
「へ?」
「ああもう…黒崎さんとあんな約束しなけりゃな…」
「約束?なんですか?」
不思議そうに見上げてくるキョーコの頭をなでて、蓮は苦笑に近い微笑みを返した。
「ううん。なんでもないよ。…ねえキョーコ、キスしてもいい?」

なんでいきなりそんなこと聞くのかしら?

普段蓮に許可を求められることなどあまりない。
人がいそうな所であっても掠めるように軽いキスをされる事があるし、周りに人がいなければ急に引き寄せられて激しく口づけられることもあって。でもその前に言葉があったことなんて…?

「キョーコ?」
「あ、はい…い、いいですけど…なんで急に聞くんですか?」
「んー、気分、かな」
「変な…蓮さん…ん…」
キョーコの言葉の最後は蓮の唇に塞がれて飲みこまれた。
そっと押し当てられた唇は、いつもの触れるだけのキスより強く、でもたまにされる激しい口づけよりは優しく。唇をついばまれて、何度も角度を変えて口づけられて、舌で唇をなぞられて。貪られるというよりは、『応えてごらん』と言われているような優しさで、キョーコは顔が熱くなるのを覚えながらおずおずと舌をからめる。

しばらくして、触れた時と同じくらいそっと唇が離れた。
「ありがとう」
言葉と同時に頭が優しく大きな手に包まれて、ゆっくりと引き寄せられる。
「なんでお礼言われるんですか?」
「んん?ふふふ、なんとなく」
「もう、本当に変な蓮さん」
「さ、戻ろうか?スタッフの人達が心配してるかもしれないよ」
「あっ!そうですね。もう撤収作業終わってるかも!」

手を引っ張られて素直に蓮とともに戻ったキョーコだったが、心配してそこで待っていた美希の姿を見るなり蓮とつないだままの手に気がつき、「あひゃあ!!」と奇妙な声を出してオーバーなアクションで振り払ったため、美希に噴き出されてかえって恥ずかしい思いをすることとなったのだった。



小鳥のさえずりが聞こえ、朝日が差し込む寝室。
見慣れた風景だが、自分とは別の体温と呼吸を間近に感じる。蓮が目を開けて頭を横に向けると、そこには茶色い髪が広がり、その先には愛しい恋人の可愛らしい寝顔が見えた。少しだけ開いたピンク色の唇と、伏せられたまぶたを縁取るまつげ。むき出しになった肩は細く白く、そのまま布団の上に投げ出された腕へと続いていく。残念な事に胸の上までしっかりと掛け布団がかかっているため露出は少ないが、首から肩にかけて素肌が見えているので、布団の下の姿も想像がつく。

ああ、やっと…

蓮はキョーコの寝顔を見つめながら感慨にふけった。
過去の恋愛経験で傷ついたキョーコに無理強いをする事を避けてきたが、付き合い始めて3ヶ月経って、ようやく一緒に朝を迎える事ができた。昨夜は…… 昨夜は?

その瞬間、昨夜の記憶が何一つ無い事に気がつき蓮は焦った。
自分にとって、とてつもなく大事な時間だったはずだ。それなのに…!?


焦って体を起こそうとして、そして。今度こそ蓮は現実世界で目を覚ました。
朝日が差し込む自分の寝室、というのは違いないが、その隣には誰もおらず、白いシーツが見えるのみだ。

俺は…なんて夢を見てるんだ…?

蓮は仰向けのまま両手でごしごしと顔をこすると、両腕をばたりとベッドの上に投げ出した。そして目覚ましが鳴り始めたのを聞き、八つ当たり気味に荒っぽくアラームを止めるとのろのろと体を起こす。
ベッドの上で膝を曲げ、そこに伏せるように頭を乗せて、変な夢を見た自分の脳に悪態をついてみる。

願望か…欲求不満か…俺は男子中学生か!

公園での撮影から丸一日と少しが経過していた。
撮影の後は普通にキョーコを送って帰って、昨日は普通に会社で仕事をして。けれど、蓮の頭はその間何回となくあの公園でのキョーコとのキスシーンを飽きることなく引っ張り出しては再生を繰り返していた。そのせいでもやもやと色々考えてしまうのは自業自得といえばそれまで。だけどどうしても、あのタイミングでキョーコの反応を確かめたかった。尚とは嫌なことも、許せないことも、自分とだったら嬉しいと言ってくれたキョーコの言葉を確信に変えたかった。

またもや頭の奥に映像と感触とが生々しく再生されそうになって、蓮はベッドから勢いよく降りるとバスルームへ向かった。
服を脱ぎ捨てシャワーの下に立つと思いっきり水の栓をひねる。

最後の撮影は明日か…でもその前に、今夜はキョーコに会えるかもしれない…あぁ、でもな…

目をつぶり、少し上を向いてひたすら冷たい水に打たれる蓮の姿は、傍から見たら滝行に励む修行僧にも見えた、かもしれない。


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