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薔薇の素顔 (8)


分かりにくいですが、パラレルです。

今さらも今さらですが、カフェバイトのキョーコのビジュアルはナツをイメージしております…

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一方のテレビ局控室では。
蓮が、弁当箱を前に若干緊張した面持ちで座っていた。
蓮は、なぜ、キョーコが自分のために弁当を作ってきてくれたのか、いまいち理解できないでいた。

ただの客…だよな、俺は。
最近少し話すようにはなってきたけど、特に気に入られた様子も…ないよな?
社さんが訴えたから、同情してくれたのか?
まあ確かに朝食を食べさせられたときに、あの子は割と世話焼きで食事を大事にしてるってのは分かったけど…。

お茶のペットボトルを買って帰ってきた社がドアを開け、あきれたような声を出した。
「お前、ずっと弁当睨んでたの?食べないのか?」
「あ、いや、食べますよ」

蓮が蓋を開けると同時に社が中を覗き込んでくる。
「なんですか、社さん。勝手にのぞきこまないでください」
「なんだよ、ケチ!減るもんじゃないだろ!」
っていうか、と社が驚きの声を上げた。
「えらくうまそうだな、この弁当!」
「…ほんとうですね」

弁当箱の中には、一口大のおにぎりとおかずがきれいに詰められていた。煮物、おひたし、出汁巻きなど、オーソドックスな和食だが、彩りもよく見るからに美味しそうだ。
蓮はいくつかのおかずを口に運ぶと、ゆっくりと味わい・・・がっくりとうなだれた。
「な、どうした、蓮。実は、まずかったとか…?」
「いや、逆です、社さん。…びっくりするくらい、美味しいんです…」
「なんでそれでがっくりするんだよ」
「こんなの食べちゃったらもう局で出る弁当なんて食べられないです」
その言葉を聞き、一口味見させろ!という社とそれを阻止しようとする蓮の間で大人気ない争いが展開されたのだった。


夜遅く。蓮は仕事を終えて、自宅マンションのキッチンに立っていた。
弁当箱を丁寧に洗って布巾で水気を取る。きれいになった弁当箱をキッチン台の上に置いて、しばらくそれを見つめていた。

結局二口も社さんに食べられてしまったな…
それにしても、カフェで働いている時のキョーコちゃんからはあの弁当は想像できないな、和食が上手だなんて。貴島君が知ったら驚くだろうな・・・ん、貴島君は知らないのか?知らないよな?
そういえばこれって、男性用の弁当箱っぽいな…なんでキョーコちゃんが持ってるんだろう?
やっぱり、彼氏の?いやでも、下宿してるって言ってたしな。いやいやでも、彼氏、いるのか・・・?

そして、はたと我に返る。

………俺はいったい何を考えているんだ?


疲れているのかもしれない、と蓮は頭を振ると、早めに寝ようと浴室に向かった。
シャワーを浴びながら、明朝出がけに店に行って弁当箱を返して、と思ってから、翌日がカフェの定休日であることに思い当った。ロケで東京を離れるため、しばらくはカフェに行かれない。

しまった…携帯番号でも聞いておくんだった…!

予想もしなかった手作り弁当に動揺してあの時は頭が働かなかった。
蓮はいろんな意味で失敗したことに気がつき、少しへこんだまま眠りについたのだった。


翌朝、蓮は近くのパーキングに車を停め、弁当箱を入れた紙袋を持ってカフェへ向かった。定休日なことは分かっていたが、ドアにでも下げておけば早めに返せるだろう、と思ってのことだった。
店の前まで来ると、店の前のラティスのところに人がしゃがみ込んでいるのが見える。マスターの椹だ。
蓮は近付くとマスターに声をかけた。
「おはようございます、マスター」
「あれ、敦賀君、おはよう。残念だけど今日はお休みだよ」
「ええ、分かってはいたんですけど。ロケに行ってしまうので、キョーコちゃんに借りた物、早めに返しておこうと思って」
蓮は紙袋を掲げてみせる。

ああ、弁当箱ね、とうなずいて、よいしょ、と立ち上がるとマスターは言った。
「そういえば、最上さんが悩んでたね、迷惑になるだろうかって」
「マスターに相談してたんですか?」
「相談されたというか、聞き出したというかね。でも迷惑じゃなかっただろう?」
「迷惑どころか、嬉しかったですよ」
蓮は本当に嬉しそうに目を細めて笑った。
「よかったよ。背中を押した甲斐があった…っと、敦賀君。コーヒー1杯付き合う時間はあるかい?」
「ええ、少しなら大丈夫ですが」
「こっちも終わったんでね。1杯付き合ってくれよ」
マスターは店の中に入って行き、蓮もそれに続いた。

手早くコーヒーを入れるマスターの手さばきを見ながら、蓮は声をかけた。
「表のバラ、マスターが育ててるんですね」
「そうだよ。あのバラがこの店の店名の由来なんだ。フェリシアっていう品種でね」
なるほど、それでCafe Felicia Gardenか…と蓮は納得した。
「バラは、ちゃんと手をかけるとそれに応えるようにきれいな花を咲かせてくれるんだ。それが楽しくてね」
「手入れ、大変なんですか?」
「病気やら害虫やらがあるしね。花がらを摘んであげたり、弱った枝を刈りこんだり、やることはいっぱいあるよ」
はい、といい香りのコーヒーが渡された。
ありがとうございます、と蓮は受け取ると、口をつける。
「人も同じだと思うけどね。慈しんで、咲いてくれたら嬉しいよね」
ぽつり、とマスターは呟く。蓮は顔を上げると、マスターの顔をじっと見つめた。
「キョーコちゃんのこと言ってます?」
マスターはにっこり笑う。
「あたり。敦賀君、あの子のこと気に入ってるだろう?」
「そうですねぇ…なんというんでしょうか、気に入ってると言うか、人として、興味をひかれますね」
「貴島君が迫ってるのとはちょっと違う気がするんだけど、好きな訳ではないのかな?」
「・・・口説いてるわけでは、ないですね。それ以前に、俺、キョーコちゃんのことよく知りませんし」
「へぇ。君も見た目の割に堅いんだ。芸能人ってもっと派手に遊ぶもんかと思ってたよ」
「人によりますよ・・・今は仕事に打ち込みたいですし、遊びは…空しいだけな気がします」
蓮は苦笑した。
マスターはカップを持ってカウンターから出てきた。蓮から1つ開けた椅子に座ると、自分もコーヒーに口をつける。
「最上さんに聞いたんだけど、敦賀君はすっぴんの最上さんを知ってるんだって?」
「偶然コンビニで会いまして」
「予備知識なしで素のあの子に会って気がつくってのはすごいよなあ。でもあの子、バイト始めた4月からしばらくは素のままでここのバイトしてたんだよ。髪も染めてなくて長かったから、全然見た目違うかな」
「そうなんですか?」
「うん。急に店のイメージに合わせるって言って髪を切って、がらっと印象変わってきた時はびっくりしたんだけど」
蓮が黙って考え込んでいると、マスターは表のバラを見ながら続ける。
「印象だけじゃない、どこか他人と距離を置くようになった気がするんだ。だから・・・」
そして、蓮の顔を見つめて言った。
「あの子が、他人のことをこれほど気にして、弁当まで作るなんて、驚きだったね」
蓮は軽く笑って答えた。
「俺も、びっくりしたんですよ。ただの客なのに、なんでって」
「いい変化だと、俺は思ってるんだよ。最上さんは君には気を許してるように見えるし」
うん、とマスターは深く頷くと、蓮の顔をまじまじと見つめて考えこむ。
「敦賀君は、素のあの子に興味があるのかな?」
「あー・・・・・・そうかもしれませんね。素の顔を出してくれないかな、と思ってちょっかい出してるかもしれません」
ははは、とマスターは笑い声を上げた。

「俺はね、髪切ってからのあの子が、なんか辛そうに見えててね。1人で頑張って、抱え込んじゃってるように思えるんだよ」
蓮はコンビニでキョーコが一瞬見せた表情を思い出していた。
「当然、俺にはそういうところ見せないけどね。だから、素のあの子を見てくれる人がいて、あの子が気を許せる場所があるといいな、と思ってね」
「・・・彼女が気を許してくれるなら、喜んでその場所になりたいですけどね」

それは蓮の本音だった。
相手のことをもっと知りたい、という欲求は一方通行だ。キョーコからも、自分を見てほしい、存在を認めてほしい、そんな欲望までもが蓮の中に生まれつつあった。

「でも、いいんですかね?俺は派手に遊びそうな芸能人ですよ?」
「最上さんの上辺にだまされずに素顔を気に入ってる奇特な男なら、たとえ惚れたはれたの話になってもいいんじゃないの?なに、俺は、人を見る目はある方だと思ってるよ。元々敏腕営業マンだしな」
そうなんですか?と驚く蓮にマスターはうなずいてみせた。

「・・・貴島君も相談には喜んで乗りますよ」
「貴島君なあ、いいヤツなんだけど、最上さんのこと、獲物として狙っちゃってるからなあ。しかも気が多そうだろ?最上さんが心許すと思えないんだよ」
「・・・うん、マスター、人をよく見てますね」

蓮はコーヒーを飲み干し、弁当箱をマスターに託すと、車に戻った。
エンジンをふかし、アクセルを踏み込んで最初の仕事現場へと向かう。
蓮の心中は複雑だった。頭の理解に感情が追いついていないような気がした。

しかし何だ?特別扱いされたがってるのか、俺は?
恋愛かどうかと言われると・・・今までにこんな気分になったことはないから違う気もするが・・・

この場に社がいれば、「お前、それキョーコちゃんを好きになりかけてるんだよ」とあっさり言っただろうが、言い寄られる恋愛しかしたことのない蓮には、相手に恋焦がれる気持ちを消化できないでいた。

しかし、そんな自分の気持ちに向き合うことになるきっかけは、予想外に早く訪れたのだった。


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