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偏愛感情(10)


こんばんは!

偏愛感情 も早くも10話目!となりました。
早速、いきまーす。






「お疲れ様でした!」
高層ビルの屋上での撮影を無事に終えて、キョーコは控え室を出た。撮影中に蓮からの囁き攻撃を受け続けたせいか、撮影が終わってもまだ頬がのぼせて赤いような気がして無意識に手でぱたぱたと仰ぐ。
いつも好きだと言ってくれる蓮ではあるが、何があっても余裕を見せて大人な態度でいられるのが、子ども扱いされているようで物足りなかったのだと、キョーコは気がついていた。甘い声で甘い事を言われるのは非常にくすぐったくて恥ずかしさに悶絶しそうだったが、こっそり嬉しく思ってしまった自分は相当蓮にはまっているのではないかと怖くもなる。

しかも、一緒に帰ろうって言われてつい頷いちゃったし…

撮影中、囁きの中に混ぜられた今日の約束。
つい、カメラのないところで蓮と向き合いたくて、YESと返事をしてしまった。あくまで仕事上の付き合いだとスタッフには思わせるために、これまで一緒に帰ったことなどなかったのに。
ぶつぶつと蓮のやり口への恨み言を呟いていると、向こうから大きいカバンを抱えてきょろきょろしながら歩いてくる美希に気がついた。

「お疲れ様です」
キョーコはすかさず声をかける。すると、相手は足を止めてキョーコの顔をまじまじと見て、それから恐る恐る声を出した。
「もしかして…京子さん?」
あ、とキョーコは思い出した。蓮と一緒に帰ることになったため、キョーコはいつもと見た目を変えていたのだ。ウィッグは持って来ていなかったため髪はワックスでかっちりと固めただけだが、メイクはそれに合わせて大人っぽいものにしている。控え室で面白がって手伝ってくれたメイク担当の女性も「ほんとに変わるわね~~!」と叫んでいたので、美希が分からないのも無理はない。
「すみません、そうです京子です」
キョーコの返事に美希は表情を緩めると、感嘆の声を上げた。
「言われないと分からないわ…すごい、誰だろうって一瞬驚いちゃった」
「すみません、うっかりしてました。あ、あの、今日はご迷惑おかけしてしまって申し訳ありませんでした」
キョーコががばっと頭を下げると、美希は慌ててそれを遮る。
「そんな!あれくらい、全然迷惑のうちに入らないわよ!大丈夫、黒崎さんの方がよーーっぽど大変だから!」
「そうですか?」
「そう!訳分かんないところにこだわる人だから。まあでも拘ったなりの作品をしっかり作るから、文句は言えないけどね」
笑顔で頷くキョーコの顔を美希はじっと見つめ、「ちょっとだけ、いい?」とキョーコを廊下の端へと誘った。

人気のないビルの廊下の端、窓から夜景の見える場所にキョーコを連れ出すと、美希はいきなり核心に触れた。
「京子さんの恋人って、もしかして今一緒に撮影している敦賀蓮?」
「え……」
何の前触れもなく切り出された質問に、キョーコは即座に否定もできずに固まってしまった。美希はそれを肯定と取ったらしく「やっぱり…」とため息をつく。
「いえ、あの!」
慌てて声を上げたキョーコを手の平で制して、美希は真面目な顔になる。
「…ねえ、京子さん?あなた今、恋愛で辛い思いをしていない?」
美希にも自分の顔が見られていたのかとキョーコはどきりとした。しかし、今日だけでそのどろどろした思いはだいぶ解消されている。蓮を信じていいのだろう、としっかりと美希を見返した。

「いえ、辛い思いは…ないです」
「ほんとに?彼の気持ちが分からなくて不安になったり、距離を感じたり、してない?」
美希は真剣な表情で重ねてキョーコに問いかけた。理由は分からないが、キョーコに対する好奇心と言うよりは、本気で心配してくれている雰囲気を感じる。
「あの…私が勝手に悩んだ時期もありましたけど、今は大丈夫なんです」
「それは、どうして?」
「あの、相手にその不安がばれて……それでその、不安を解消してもらいました」
「ごめん、聞いてもいいかな?どうやって解消してもらったの?」
「え…?あ、あの…」
畳み掛けるように聞かれて、キョーコは誤魔化す事すらできなかった。うっかり先ほど囁かれたシーンを思い出して、ようやっと冷めたと思った頬が、またかーっと熱くなる。
「えっと…その、彼の気持ちを…聞けたので…」
「そっか…」
美希は少し難しい顔で腕組みをして考え込んでいたが、すぐに笑顔を作った。
「ごめんね、変な事聞いちゃって。さっきの撮影中のことも関係あるのかなって少し気になっちゃったから」
「あ、いえ…心配してくださってありがとうございます」
「あのさ、もし、彼氏のことで不安になったら、いつでも相談乗るから。よかったら、何でも言って」
「はい…ありがとうございます!」
頭を下げるキョーコを美希はニコニコと見ていたが、何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「私、黒崎さん探してたんだった!京子さん、見なかった?」
「いえ、私も控え室出たばっかりだったので」
「ああ、そうだったね」
キョーコも思い出した。蓮と、このフロアのエレベーターホール横にある休憩ブースで待ち合わせをしていたのだ。二人はそろってバタバタとエレベーターホールへと向かった。


「なあ、蓮」
白い煙の筋を天井まで漂わせながら、黒崎が口を開いた。黒崎は休憩ブースのベンチにどかりと座り、タバコをふかしている。
「なんですか?」
返事は横に立つ蓮から返された。こちらはコーヒーの紙コップを手にして穏やかな表情だ。

黒崎はタバコを咥えて深く吸ってから、ちらりと蓮を見た。
「お前、なんでモデルを本業にしねえんだ?」
「なんで、と言われましても…」
蓮は苦笑する。
「もともと、本業にした事はないんです」
「美希は、お前のこと昔のモデル仲間って言ってたが?」
「…それはそうですが……当時も、本業ではありませんでした。留学中の小遣い稼ぎ…まあ、短期バイトです」
「ふん、その割にゃあ、慣れてんな」
「慣れてはいないです。この撮影だって当時以来で…手探りですよ」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないです。俺、真面目な会社員ですから」
しれっと言ってのけた蓮は確かに着替えを済ませてネクタイをきっちり締め、会社員らしい格好だ。へえへえ、といい加減な相槌を打ち、またタバコを口にしてから黒崎は聞いた。
「その真面目な会社員が、なんでああもカメラの前で自然体でいやがるんだ?」
「自然体でしたか?…俺、感情とか緊張が表に出にくいみたいです。取り繕う事ばかりうまくなってしまって…」
少し眉間に皺がよっているところを見ると、必ずしも嬉しい事とは思っていないらしい。だが、カメラの前に立つ者にとってはそれはかなり使える能力だろう、と黒崎は思う。

「だけどお前、京子に対する感情だけは表に出るんだな」
ししし、と黒崎は笑った。蓮の眉間の皺は少し深くなったが、諦めたようにため息をつく。
「知ってます。それだけはなぜか制御できません」
「でも本人にいい顔だけ見せるから…あいつが不安になったんだろ」
「なんですか、黒崎さん、聞いてきたかのように」
「見てりゃ分かる。レンズを通せば、大体の事はな」
「そうですか…怖いですね」
「安心しろ、お前はかなり分かりにくいぞ。京子はまあ、びっくりするほど分かりやすいけどな」
あの子は素直ですから、と蓮は笑ってコーヒーに口をつけた。

「だからお前、撮影終わるまでは京子に手ぇ出すなよ」
蓮はあやうくコーヒーを噴き出しそうになる。なんとか飲み込んで、じろりと黒崎を見た。
「いきなり何なんですか」
「好きな女が大切なのか、臆病なのかわかんねーけど、よく我慢するなあ、お前」
「…大きなお世話です」
全く余計な世話だ、この人も、宝田社長も、と蓮は苦々しく思う。

「わはは、まあな。ただ、手ぇ出すなってのは本気だ。あいつに余計な事教えんなよ、つまんなくなるから」
「…無垢なところを撮りたいってことですか」
「近いが、それだけじゃねーよ。初々しさが欲しいのは確かだけどな」
それだけじゃないならなんなんだ?と蓮は思ったが、廊下の向こうから足音が近づいてきたため顔を上げた。角を曲がって姿を現したのは、黒崎のアシスタントと愛しい女性だ。

「もう、探しましたよ黒崎さん!なんでこんなところにいるんですか!」
「おう、タバコ吸いたかったんだよ…って?」
黒崎は美希の抗議を聞き流して、その後ろからやってきた女性に目を留めた。誰だ?と思った瞬間に蓮が笑顔で女性に話しかける。
「お疲れ様、キョーコ」
「お疲れ様です、すみません、お待たせしました」

黒崎は はーーーー?と口を開けてしまった。
「誰かと思ったら京子か!へーー、変わるもんだなあ」
キョーコが勢いに押されて思わず すみません、と頭を下げ、美希が笑いながら黒崎に同意して、ふと蓮を見た。
「ぱっと見て分かりませんよね。私もさっき驚いたんです。…けど、蓮は驚かないのね。見慣れてるの?」
ああ、と蓮は笑顔で返事をした。
「いや、俺は分かるんだ。キョーコがどんな扮装してても」
「なんで?」
思わず聞いてしまった美希に、蓮は少し困ったように首をかしげてキョーコを見る。
「なんでだか分からないけど…俺にはキョーコはキョーコにしか見えない。説明は、難しいな」

そして蓮は「行こうか」とキョーコを促した。きっちりとした美しいお辞儀を残して、キョーコは蓮と並んで去っていく。
「へぇ……あいつら、面白えなあ」
「何企んでるんですか、黒崎さん」
呆れたような美希の視線も気にせず、黒崎はタバコの吸殻をぐしゃっと灰皿に押し付け、勢いよく立ち上がってにやりと笑った。
「蓮の奴、我慢できるかな?…次回が、楽しみだな」

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