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偏愛感情(9)


こんばんは!
週末更新したって、翌日あいたら同じじゃ~~ん。

えと、気を取り直して。はい。





「お待たせしました」
張りのある声とともに、蓮が屋上へと姿を現した。その隣には、申し訳なさそうに小さくなったキョーコの姿もある。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
スタッフの側まで来ると、キョーコははっきりとした声で謝罪の言葉を述べて深く頭を下げた。黒崎は下げられた頭を見下ろし、口を開く。
「で、頭は冷えたか?いけるんだろうな」
「はい、大丈夫です!」
頭を上げたキョーコの顔にもう迷いは見えない。まだどこか不安が残っている様子ではあるが、逃げない、という意志が感じられて黒崎は軽く頷いた。
「んじゃ、やるぞ」
撮影再開にスタッフは散り、蓮とキョーコは先ほどの位置へと移動する。キョーコの背中にさり気なく添えられた蓮の手を見て黒崎は「ふん」と鼻で笑うと、自身もカメラの準備を始めた。

「いいか、さっきも言ったが、昼とは表情を変えたい。で、ちょっと今考えたんだが、仕掛けるのは蓮、お前からだ」
黒崎からの指示を聞いて、キョーコはそっと蓮を見上げてから黒崎に視線を戻した。
「京子はとりあえず逃げるな。蓮の気持ちに応えてやれ。そんだけだ」
「具体的に、俺はどうしたら?」
背中を向けかけた黒崎に蓮が問いかけると、黒崎はちろりと振り向き、蓮の姿を上から下までじろーっと見て、にやりと笑う。
「京子を安心させてやりゃ、いーんじゃねーのか?」
そしてくるりと後ろを向くと、そのまま撮影のためのポジションに収まった。

それだけ?と呆気に取られて口を開けているキョーコに、蓮は笑いかけた。
「まったく、黒崎さんの指示はどんどんアバウトになるね」
「…そうですね……正直、どうしていいのか全く分かりません」
「はは、いいよ、キョーコは自分の心に素直に、自然にしててくれれば」
「蓮さんはどうしたらいいのか分かってるんですね?」
先ほどの黒崎の意味ありげな一言に対して蓮が納得している事にキョーコは気がついた。自分だけ蚊帳の外のような気がして少しふくれる。
「まあ、なんとなくは。それに言ったよね?俺の気持ちをキョーコに教えるって。…ああそうそう、キョーコ?」
「なんでしょう?」
「黒崎さんには、ばれたから」
「えっ?」
キョーコが蓮の言葉の意味を理解して目を真ん丸くしたところで黒崎から撮影を始めるための声がかかった。


動きについての指示は限りなくアバウトだったが、立ち位置は細かく指定が入る。2人は、ひとり分ほどの間を開けて屋上フェンスぎわに立った。蓮はカメラに背中を向けてフェンスにもたれ、キョーコはその左側に、蓮の方を向いて横向きになる。

「昼と違って暗いからな。動きは出来るだけゆっくりにしてくれ。あと、指示するまでくっつくな」

それは指示があったらくっつけと言う事ですか、とキョーコは聞きたかったが聞けなかった。
考えてみれば昼シーンの撮影では蓮との接触はほとんどなかった。手をつないで歩いたり、少しだけ腕を組んだりはしたが、その程度だ。雰囲気を変えるというが、夜はどれだけ密着させられるのか。大体、そんな色気のある状況に自分のビジュアルが耐えうるのだろうか。再び不安になって蓮を見上げると、蓮は大丈夫、と言わんばかりの優しい微笑でキョーコを見つめていた。

やっぱり…素人なんて思えないなあ…

先ほど蓮は自分のことを「ただの会社員」と言ったけれど、ただの会社員がどうしたらこんな状況でここまで落ち着いて、様になるポーズまで決めて見せるだろうか。この類の仕事であれば、タレントである自分が蓮をリードするのが普通なはずなのにまるで逆になってしまっている。

でもなんだろう、こんなのおかしいんだろうけど、なんだか安心する…

蓮が優しく微笑んでくれて、「大丈夫」と言ってくれると本当に大丈夫な気になってしまうから不思議だ。先ほどはあんなに不安な気持ちだったのに、結局自分はいとも簡単に蓮に振りまわされてしまうということか。

考えながら蓮の顔を見つめていると、もう一度蓮が微笑んだ。
「お手をどうぞ、お嬢様?」

差し出された大きな掌に、少し遠慮がちに右手をあずける。右手はふんわりと包まれて、そのまま持ち上げられたと思ったら、蓮の口元まで運ばれた。蓮の瞳がゆっくりと閉じられて、手の甲に柔らかい温かい感触が下りてくる。唇が離れるかと思ったら、触れるか触れないかのタッチでその唇が中指の指先まで滑っていく。くすぐったさに身をよじりたいのを我慢してなんとか息を吐きだすと、蓮の瞳が開いた。

「さっき俺のこと、夜の帝王って言ったけど…」
蓮はキョーコの命名のおかしさに少し笑い、それから再び表情を改めた。
「こういう顔を見せるのは、キョーコにだけだ」
「ほんと…に…?」
蓮の表情は先ほど見た妖しく色っぽいものになっている。キョーコは右手をあずけたまま、その表情に魅入られるようにじっと蓮を見つめた。
「もちろん。キョーコ以外に見せて、何の意味があるの?俺には君だけがいればいいのに」
少し細められた蓮の瞳の光に、キョーコは思わずごくりと唾を飲み込む。
「君を知れば知るほど、一緒にいる時間が増えるほど、君にはまっていくんだ」
蓮は少しだけキョーコの手を引いた。キョーコはそれにつられて半歩足を踏み出す。そして、その手は今度は蓮の手に包み込まれたまま蓮の頬に当てられた。

「色気がどうこうってキョーコは言ったけど」
蓮はキョーコの手の平の感触を確かめるように目を伏せてから、キョーコの瞳を見つめた。
「分かりやすい表面的な色気なんて、いらないよ」
「でも…」
「キョーコの色気なんて俺だけが感じてればいい」
「でも…ないですよね?」
キョーコは少し恥ずかしげに、目を伏せる。それを見て蓮は笑った。
「馬鹿だな…」

蓮は自分の頬に当てたキョーコの手の平にちゅっと口づけた。その感触にキョーコはぞくりと身震いする。
「その顔…それで十分。それだけで、どうしてあげようかって気分になるんだけど?」
キョーコは自分の表情など分からないが、蓮の言葉に一気に頬が熱くなるのを感じた。
「な…冗談を…」
「本当だよ。泣かれると困るからこれまではしなかっただけで。それにね…」
蓮はキョーコの腰に腕を回して引き寄せると、殊更に声をひそめた。それまでの会話も、風の強い中低い声で交わされていたため他のスタッフには聞こえないはずだが、秘密の共有の気分が高まる。
「もっと色っぽいのがお好みなら、俺がいくらでも教えてあげる。だけど、他の男に見せるのはダメだよ」
「もう蓮さん!」

くすくすと笑いながら蓮は困ったようににらむキョーコの顔を覗き込んだ。
「ほら、その顔も可愛くていいな。キスしたくなる」
「ああ、もうダメです!そう言う事、たくさん言い過ぎ!」
「だって、困った顔も見たくなっちゃうから」
「わざとですか!もーー、ひどいです!」

キョーコは顔を隠すように蓮の胸におでこをつけた。
「笑顔も泣き顔も、怒り顔も全部…全部、ずっと見てたいって思うんだ。さっきみたいに嫉妬して悲しい顔されるのも、想われてるって実感できて…ごめん、少しだけ喜んだ」
上から降ってきた謝罪の言葉に、キョーコは無言でふるふると頭を振った。
「それくらい…俺はキョーコしか見てないよ。それくらい、好きなんだ。君の事」
「ん…私もです……私も…蓮さんしか見てません」
キョーコの腕がおずおずと蓮の体に回される。

「大好きなんです」

2人が見つめあって笑いあったところで、黒崎からOKが出てそのシーンの撮影は終了した。

「そういえば、指示もなしに…その、くっついちゃってよかったんですか?」
まだ恥ずかしそうにほてった顔をパタパタと仰ぎながら、思い出したようにキョーコが蓮に尋ねる。
「指示出たよ?」
「ええっ?ぜ、全然気がつきませんでしたけど…」
「俺が気がついてたから大丈夫。それに、あれ以上離れてろってのも無理だよ」
「……」
キョーコは言葉もない。

「キョーコ、気がついてた?」
蓮から声を掛けられて、「何がですか?」とキョーコは顔をそちらに向けた。
「今日の俺とキョーコの衣装、抱き合う事が前提になってたって」
「え?なんですかそれ」
「よく見てみて」
蓮の衣装はグレーのスーツに白いシャツ。自分の衣装は…グレーのシャツに白いスカート。
「え…そういうことなんですか?」
「そうだよ」

2人がぽそぽそと会話を交わしていると、黒崎が近づいてきた。
「んーー、撮りたい画は大体撮れたな。あとアップの画を幾つか撮るけど…」
言葉を止めてじっと自分を見つめた黒崎に、キョーコは首をかしげる。
「キスはしなかったのな」
思わず噴き出してから、キョーコは真っ赤な顔で抗議の声を上げた。
「んな、何をおっしゃるんですか!当たり前です!」
「まあ、次の撮影でいいか」
「ええっ?しませんよ!次でもその次でも!」
「まあキスはいいか…それよりもうちょっと密着度を上げるか」
「そうですね」

「むっ、無理です!これ以上は無理です~~!」
ふむふむと頷き合う蓮と黒崎に、キョーコは思わず叫び声を上げた。


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