SkipSkip Box

偏愛感情(7)


こんばんは!

仕事の山が、連なって、山脈になっています。
もうこうなると、目の前からやっつけていくしかありません。はあ。

ではでは、続きをどうぞ~





黒崎は夜遅い事務所で1人、PCの前に座っていた。左手で吸いかけのタバコを持ち、右手でマウスを操る。
ディスプレイには数日間の撮影で撮られたキョーコと蓮の写真が次々に映し出されていく。公園、街角、カフェ。恋人のデート風景はどことなく優しい色に彩られ、柔らかい印象に仕上げられている。

改めて見てみると、写真に写ったタレント京子の表情は豊かだ。喜怒哀楽がはっきりしている上、そのバリエーションも多い。笑っている顔も、微笑から爆笑まで、取り繕うことなくさらしているようだ。その表情は屈託がないが、どこか惹きこまれてしまうような魅力にあふれている。

性格が素直で…まあ、言っちまえばバカ正直なんだろうな…

キョーコが聞いたら憤慨しそうな事を考えながら、黒崎は写真を次々と見ていく。
今回の広告は様々なバリエーションをそれぞれ違う媒体に出すと言う事で、使われる写真の枚数も多い。ブランドのラインナップを印象付けるために衣装も様々なパターンを用意し、シチュエーションに合わせるように変えていっている。昼の写真のために用意された衣装はキョーコの印象に合わせて可愛さが感じられるものが多かった。いや、かっちりしたものも混じってはいたのだが、なぜかキョーコが着ると柔らかく見える。

ぱっと見は平凡などこにでもいそうな奴なんだけどなぁ…やっぱり、独特の雰囲気があるんだな…

デビューしてから数年が経っているタレント『京子』は、ずば抜けた演技力と役柄によりがらっと変わる外見で"虹色"と称され、ドラマでは高い評価を受け続けているが、どこか外したような独特の世界観と、なんでも真剣に体当たりでこなす姿勢にバラエティでも好感度が上がっている。圧倒的な美貌とか派手な印象がないためか爆発的に売れた訳ではなかったのだが、好感度の高さ、どんな番組にでも対応できる頭のよさ、運動神経の良さが受けていまや引っ張りだこだ。業界内では、売れてきても態度が変わらず謙虚で礼儀正しい、という素の京子の振る舞いについても評判がいい。

いそうでいないタイプ、か…

考えながらカチカチと動いていた黒崎の指が止まった。画面に映っているのは、撮影の合間、たまたま覗き込んだレンズの向こうに見たものに反射的にシャッターを押してしまった写真だった。

そこに写っているのはキョーコ。だが、普段カメラの前で見せる明るい顔ではなく、どこか不安げな、泣き出しそうな顔をしている。黒崎がカメラに収めたのはこの1枚だったが、撮影の合間に何度かキョーコが見せた表情に、黒崎も気づいていた。

数回にわたるキョーコと蓮の撮影では、すっかり2人が打ち解けて仲のいい様子をスタッフ全員が目撃していた。蓮の方がキョーコに想いを寄せているのではないか、という憶測も出ているくらいだ。「京子は恋人がいるのにいいのか?」という声も聞かれたが、2人が接しているのは撮影のときだけで、行き帰りはばらばらのようだし、特に怪しい様子が見えるわけでもないのでなんとなく様子見されている。

京子がこんな顔するってのは…なんなんだ?
蓮に対してなんか特別な感情があるのか…それとも、恋人のことを想ってなのか…わかんねーな。

次の撮影からは夜のイメージとなる。昼間の健全デートとは全く異なり、大人のムードを出さなくてはならない。撮影時の2人の距離も縮まり、ほぼ密着状態の撮影もあるはずだ。作品としては完璧なものが要求されるが、それが元でスキャンダルなどになったら逆効果だ。

あいつら、大丈夫か…?

黒崎は写真を次へと進めながら、ちらりと懸念を頭によぎらせた。


同じ頃、蓮も仕事場にいた。
白い壁に囲まれ蛍光灯に照らされたオフィスは仕事に没頭してしまうと時間の感覚を失いがちだ。蓮は時刻を確認し、そろそろ片付けないと終電を逃すな、とため息をついた。
撮影に使う時間を捻出するため、蓮はできる限りの仕事を前倒しで進めていた。納期に余裕があるのに根をつめる蓮に社は不思議な顔をしているが、早く進む分には構わないけど、と深くは詮索せずに済ませてくれている。いや、ところどころに『定時退社』と書かれた蓮のスケジュールを見て意味ありげににやにやしていたので、きっとアルコールが入ったタイミングででも突っ込まれるのだろう。

蓮はふと先日の撮影でのキョーコを思い出していた。
考えてみれば、素のままのキョーコとしっかりと向かい合うのは初めてだ。普段デートのとき、キョーコはタレントである事が周囲にばれないように、必ずメイクを変え、時にはウィッグをかぶり、変装して蓮と会っている。蓮はキョーコがどんな変装をしていようがそれがキョーコであると分かるが、やはり素のままのキョーコに会えるのは嬉しい。

撮影中のキョーコは、贔屓目なしで輝いていたと思う。
笑う顔も、少し拗ねて怒ったような顔も、恥ずかしがって赤くなるところも。そして、普段のキョーコがしないような服装も含めて、着ていた衣装はどれもこれも本当に似合って可愛かった。緩んでしまう顔を引き締めるように気をつけてはいたが、思った以上に周りにはばれてしまっているようで、撮影のスタッフにはすっかりあやしまれている。美希にはずばりと指摘されたくらいなのだから、本当にダダ漏れなのだろう。

自分でも頑張っているのに制御できないのだ。自分がキョーコに向ける想いとはこれほどのものなのかと、蓮は改めて実感していた。そして、今回のキョーコの相手役を思い切って引き受けてよかったと思う。

キョーコのあんな顔…いくら演技でも、できるだけ他の男には見せたくないよな…

普段のドラマはキョーコが完全に役に入っているようなので、まだ我慢はできる。だけど今回の撮影は「京子」としてカメラの前に立っているのだ。キョーコが役も何もない状態で他の男と恋人として遊んで笑いあうなど、想像しただけでもイライラしてくる。特に明日からの撮影では、これまでよりもっと2人の接触が増えるのだ。自分でよかった、というのは率直な男の感想だろう。

けれど、撮影に参加したおかげで困っている事もある。
いくら恋人の傍にいられる、と言ってもあくまで広告のための写真撮影だ。そして、自分が京子の恋人であると言う事は秘密になっている。恋人として戯れる事を求められているのに、上辺だけの振る舞いにとどめなければいけないのはなかなかにストレスフルだ。
撮影のための時間を確保しなくてはいけないため、その分残りの時間を本業に集中させていて、プライベートでキョーコと会う時間が全く取れないのもストレスに拍車をかけている。何度、撮影中にその華奢な体を思いっきり抱きしめて口づけたいと思ったことか。

結局、どっちにしても自分は何かに耐えなければいけない。何の拷問だろうか、とボヤキ気味に考えてからふとキョーコの事に思いを馳せた。

キョーコは、この状況を何とも思ってないのか?

考えてから自嘲する。いつだって接触を図るのは自分からじゃないか。
キョーコから蓮にキスをしたり、抱きついてきたりした事はこれまでにない。好きだという言葉だって、蓮から言って促して、ようやく恥ずかしげに「私もです」と答えてくれるくらいだ。
もどかしくはあるが、蓮はそれについて不満を抱いてはいなかった。過去の経験から恋愛にマイナス感情を抱いていたキョーコが自分との付き合いを受け入れてくれただけでも上出来だろう。付き合い始めてまだ3ヶ月程度なのに、キスやハグだって恥ずかしがるものの拒否はしないのだ。焦って性急にことを進めた挙句泣かれたり、怯えられたりして距離を置かれる方が恐ろしい。

しかし、撮影の合間に何回か見せたキョーコの表情を蓮は思い出した。
不安げな、泣きそうな、何かに耐えているような顔。あれは、何なんだろう。気がついた蓮が話しかけようとすると、その表情はあっという間に掻き消えて、無邪気な笑顔が現れる。もしかすると美希とのことを何か誤解されているのかもしれない。撮影以外に直接会って話す機会が全くないため、キョーコは以前のように1人で鬱々と考え込んでしまっているのかもしれない。

明日の撮影の後は、どれだけキョーコに断られても送っていこう、と蓮は心に決め、終電に間に合うよう帰り支度を始めたのだった。

どうやらキョーコは本当に晴れ女なのか、撮影日の夜もそこそこの天気だった。
その夜は高層ビルの屋上に撮影隊はいた。特別に許可を取って上がったそこは風が強く、スタッフたちは物が飛ばないように細心の注意を払いながら準備を進める。

「なんだ、モデルは副業と聞いたが、本業はサラリーマンか?」
黒崎の呆れたような声にスタッフたちが振り向く。そこには、到着したばかりのスーツ姿の蓮がいた。
「すみません、帰ってる暇も、着替えてる暇もなくて」
「…ああ、いや構わねーけど。お前会社勤めか。何の仕事だ?」
「ソフト会社です」
「…へぇ…意外にお堅い仕事なんだな。スーツに色気がねーぞ」
「いらない仕事なんですよ、色気なんて」
蓮は笑って言うと、スタッフに促されて着替えに向かう。後姿を見ながら黒崎は呟いた。
「京子の彼氏もサラリーマンで…あいつもそう、か…ふぅん……」


蓮が撮影現場にたどり着いてから30分後、キョーコが高層ビルのエントランスに駆け込んできた。前の仕事が押したため、予定の時刻を過ぎてしまった。こちらに向かう前に連絡はしてあるが、黒崎を始めとした撮影隊のスタッフや蓮を待たせてしまう。息を切らせて控え室として用意された部屋にたどり着くと、スタイリストとヘアメイクのスタッフが迎え入れてくれた。

「さっき敦賀君来たんだけど、すごいわよ!」
キョーコのメイクをしながらヘアメイクの女性が興奮気味に言う。スタイリストも横でうんうんと頷いているので、キョーコは聞いてみた。
「何がすごいんですか?」

「ちょっと遊び人っぽい、色っぽい感じになっちゃったのよ」
スタイリストが同意しながら補足する。
「今日は私服がビジネススーツだったから変わりようがすごかったよね」
「敦賀君の感じにあわせて、京子ちゃんのメイクもちょっと大人っぽくしようか」
「衣装は合わせてるからばっちりよね」
エキサイトしている2人の会話を聞きながら、キョーコは(男の人が色っぽい…?私、つりあうのかしら…?)と一抹の不安を感じていた。

準備を終えたキョーコは、スタイリストに連れられて屋上へと移動した。
屋上の一角、フェンスのあたりで撮影の準備が進められているようだ。キョーコはそこにたどり着くと、スタッフに声をかけた。
「おはようございます!遅くなりましてすみません」
「おはよう、京子ちゃん。お疲れ様。ちょうど今、テストしてるところだから大丈夫だよ」
スタッフが振り返った方を見ると、屋上のフェンスにもたれている人が見える。その手前にカメラを持ったまま指示を飛ばす黒崎の背中があるので、フェンスのところにいるのは蓮だろうか?キョーコが考えながら近づくと、フェンスのところにいるのは蓮と美希だった。
「黒崎さんがテストで無理やり美希さんを立たせてるんだ」
苦笑しながらスタッフが教えてくれたが、キョーコの耳にはほとんど入らなかった。キョーコの視線の先にいる蓮の服装は、今まで見た事がないものだ。ライトグレーのピンストライプスーツに、白いシャツ。シャツは胸元が大きく開けられて素肌が見え、大振りのシルバーネックレスが覗いている。ワックスで艶が出た髪は無造作に上げられて、柔らかいスーツと相まって大人の色気全開だ。

そして、その横に立つのは美希。
こちらはスタッフとして来ているのでグレーのポロシャツにジーンズというラフなスタイルだが、さりげなく蓮の横に立っているだけなのに様になる。背がすらりと高く、蓮との身長差も適度で、キョーコには2人がお似合いな大人のカップルに見えた。2人は、たまに小声で会話を交わし、くすくすと笑い合っているようだ。

スタッフが黒崎にキョーコが到着したことを告げ、黒崎がちらりとキョーコを確認する。そしてカメラの先の2人にテストの終了を告げられると、美希は黒崎のところへ戻り、蓮はキョーコのところにやってきた。

「お疲れ様キョーコ。仕事大変だっただろう。疲れてない?」
いつも通りの柔らかい笑顔で蓮に話しかけられたが、キョーコはうまく笑顔を作ることができなかった。

関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する