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偏愛感情(5)


こんばんは!

中国・九州・四国地方が梅雨入り、というニュースを見ました。
じめじめした季節がやってきますね…。

さて、週末はやっぱり更新が無理でしたが、今日は早めの時間に載せられました~~。





「振られてなんかないし、順調よ!ご心配要らないわ!!」
頭をぶん、と振って、キョーコは言い放った。
「ああそうかよ…じゃあその不細工な彼氏によろしくな」
「不細工なんかじゃないわ。あの人は…あんたなんかよりずっと背も高いし格好良いわよ!」
せせら笑うような尚にかちんときてキョーコは言い返した。そのまま尚を押しのけると楽屋に入って思いっきりドアを閉める。もちろん鍵をかけることも忘れてはいなかった。息を思いっきり吐き出してドアに背中をもたれたさせたキョーコに、廊下から尚の声が聞こえてくる。

「お前その顔じゃあ自分でも分かってんだろ、遊ばれてるって。捨てられて泣いても知らねーぞ。つまんねー女のくせに無理してるんじゃねーよ」
キョーコが黙ってじっと息を詰めていると、やがて尚もいなくなったようだ。キョーコはそのままずるずるとドアの前にしゃがみこんだ。

蓮との交際は順調なはずだ。
蓮は忙しいにも関わらずこまめに連絡を取ってくれるし、キョーコの仕事への配慮も最大限してくれる。声を聞けば嬉しいし、ちょっとの隙間時間でも会えればもっと嬉しい。笑顔を見て、優しい声を聞いて、キョーコは喜びで満たされているはずだった。

けれど、蓮と付き合い始めてから時間が経つにつれ、キョーコの胸はたまに訳もなく唐突にきしんだ音を立てるようになっていた。それは、蓮と会った後だったり、家に1人でいる時だったり。蓮と会っているときに幸せだった気持ちが大きければ大きいほど、その後の身震いするほどの不安な気持ちも、大きいような気がする。

急な仕事が入って会えなくなった時にも、責めずに笑って許してくれる。
蓮の愛情表現に慌ててしまっても、大丈夫となだめてくれる。
翌日のキョーコの仕事を心配して、早い時間に送り届けてくれる。

どれもこれも蓮の優しさを感じる、キョーコにとっては喜ぶべき態度なのだろうけれど、なかなか会えなくてつい思考がネガティブに傾くときには変にひねくれた考え方をしてしまう。

やんわりと距離を置かれているの?
彼にとっては、どれもこれも笑って許せるほど、些細な事なの?
もっと素敵な人が現れたら、どうなるの?

ドアのところにうずくまって、キョーコはようやっと自分の抱えている不安の大元に気がついた。『捨てられて泣いても知らねーぞ』という尚の言葉が頭の中で響き、はっきりと自覚してしまった。

それは、失う事への恐怖。

自分は、母親に捨てられ、尚に捨てられてきた。求めても求めても報われないあの虚しさ。
母親に対しては諦め、尚に対しては憎しみに転換する事で乗り越えてきたつもりだった。

けれど、もし蓮に捨てられたら?

片想いだと思っていた期間も苦しかったけど、半ば諦めていたためにまだ我慢ができた。でも、自分はなぜか、なぜかあの優しい温もりを手に入れてしまった。蓮の傍の心地よさや安心感を、向けられる想いを受け止めることがどれだけ嬉しい事なのかを、知ってしまった。それを失うのは、最初から自分の方を向いていた事などなかった母親や尚を失うよりも、よほど怖い事。

そんなことを考えながらの撮影で、蓮との恋人関係をカメラの前で演じる、いや、剥き出しにすることなど出来るのだろうか。カメラを通して、このどろどろした情けない気持ちが溢れてしまうのではないだろうか。漠然と感じていた嫌な気持ちは、そこにあった。


馬鹿ね、キョーコ…すぐそうやっていじいじして…

自分の考えを笑い飛ばしてみるものの、すぐにキョーコの脳裏には蓮の会社同僚である逸美や、黒崎のアシスタントの美希の姿が浮かんでしまう。外見が綺麗なだけでなく、生き生きと仕事に打ち込んでいる彼女たちはキョーコの目から見ても輝いて魅力的に見える。
せめて自分が、蓮とつり合うような人間だったら。ため息をついて、キョーコはしばらくの間うずくまって動けないままでいた。


「あら、早かったじゃない。キョーコちゃんには会えたの?」
無言で助手席のドアを開けた尚を見て、祥子は声をかけた。
「ああ」
尚はぶっきらぼうに返事をするとどかりと助手席のシートに乗り込む。

あらら、会えた割には不機嫌だけど…彼氏とのこと、のろけられちゃったのかしら…?

祥子は尚をキョーコと会わせた事がマイナスになってしまったかとハラハラしていた。なんとか状況を聞き出そうと試みる。
「キョーコちゃんの交際宣言の事、少しは聞けた?」
しかし、尚は祥子の言葉など耳に入らないようで、しかめ面のまま腕を組んでぶつぶつと呟いていた。
「あんな顔……どんなやつとどんな付き合い方してやがるんだ…」
「尚?」
心配したような祥子の顔を見返すと、尚は尋ねる。
「男は背が高けりゃいいってもんじゃねーよな?」
「え?ええ…そりゃ、そうでしょ」
ふん、と尚は鼻で息を吐きだしてから正面を向き、眉間のしわはそのままで黙りこんでしまった。

キョーコちゃんの恋人は背が高いってこと?うーーーん、何がなんだかよく分かんないわね…

祥子は首をかしげながらもエンジンをかけて車を発進させた。


翌日の午前中。
キョーコは電車を乗り継いで撮影場所である大きな公園に辿り着いた。昨夜の電話で蓮からは迎えに行くことを提案されたのだが、2人の関係は内緒だから別々に行こう、と言い張ってなんとか蓮の提案を取り下げてもらうことに成功した。昨夜延々と悲観的な事を考えて落ち込んだせいか、後ろめたい思いを感じてしまって事前に顔を合わせたくなかった、というのが正直なところだった。

キョーコは公園入り口の案内図で"芝生広場"の場所を確認すると、木立の間の道をたどってそちらへ向かう。
まだ早めの時刻のため、園内の人影もまばらだ。梅雨の時期ではあったが今日は薄曇り。少し湿っぽくて空気がべたつく感じはあるが、雨は降らないようで撮影は予定通り進められそうだ。やがて木立を抜けると、目の前に青々とした一面の芝生が広がり、その一角に集団があって人が動き回っているのが見える。予定時刻よりだいぶ早く着いてしまったが、もう準備は始まっているようだ。キョーコは集団の方へ小走りで駆け寄った。

「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」
キョーコの元気な声が響き渡る。煙草をくわえた黒崎と、その黒崎とちょうど話をしていた蓮が振り返ってキョーコを見た。
「おう、よろしく。お前晴れ女か?」
「おはよう、京子さん」
黒崎はいつも通りのニヤニヤ顔で返事を返し、蓮は穏やかな笑顔を見せる。キョーコは久しぶりに見る蓮の笑顔に、胸の奥が締め付けられる気持ちになった。

ああ、やっぱり顔見ると…安心しちゃうんだな…

ほわほわとした気分で蓮の笑顔に見惚れていると、黒崎が2人に声をかけた。
「お前ら、この撮影の時は恋人同士なんだから他人行儀はなしだ。そういう空気は写真にも出ちまうからな。お互い名前で呼んで親睦を深めといてくれ」
思わず蓮とキョーコは顔を見合わせる。
「まあ、京子はなかなか難しいかもしれないけどな。撮影の時だけはこいつを彼氏と思って切り替えてくれ」

蓮はにっこりと笑うとすぐに口を開いた。
「じゃあ、撮影の時だけだけどよろしく、キョーコ」
蓮はさりげなくキョーコを本名の響きで呼ぶ。それは些細な違いのため周りの誰も気がつかなかったが、キョーコにとっては普段の呼ばれ慣れた響きだ。
「え、は、はい!えと、えっと…蓮さん?」
ぶ、と黒崎が噴き出す。
「なんで"さん"付けなんだよ。よそよそしいからちゃんと呼び捨てにしろ。ああ京子、敬語も禁止だぞ」
びっくりした顔をしたキョーコを呆れたような目で見てから、黒崎はスタッフの様子をざっと眺めて再び2人の方に顔を戻した。
「お前ら2人とも、早く着きすぎなんだよ。まだ準備終わってねーから、散歩でもして親睦深めてこい」

追い立てられて、蓮とキョーコは仕方なく一団を離れてぶらぶらと歩きだす。
「蓮さん早かったんですね」
「うん、混み具合が分からなかったから早めに出たら…すごく順調だった。…キョーコ?敬語…」
「え、ここでもですか?」
「当然だろう?もうこの機会に、普段も"よそよそしい"敬語は無しにしてほしいな」
うう、とキョーコは困った顔になった。蓮に散々直されて、ようやっと"敦賀さん"から"蓮さん"になったばかりなのに。
「じょ、徐々に。徐々にでいいですか…?」
「まったく…しょうがないな」
言葉と裏腹に、蓮の表情は柔らかい。キョーコはその顔に見惚れつつも、昨夜の嫌な考えを思い出してしまい、慌てて振り払う。

「お仕事…大丈夫なんですか?」
蓮はこの撮影の開始までになんとか仕事を落ち着かせる、と連日ハードワークをこなしていた。おかげでここしばらく2人は全く会えず、電話も深夜寝る間際のほんのちょっとのやり取りに限られている。それでも毎日電話をかけてくれる蓮に、キョーコは不満を抱くどころか申し訳なさすら感じていた。自分の仕事に巻き込まなければそんな大変な思いをさせることもなかったのに、という後悔がずっと消えずにいる。
「うん。何とか乗り切ったから来週からは落ち着くよ。夜の撮影も予定通りで大丈夫そうだ」
よかった、と安堵のため息をついたキョーコを見て、蓮は首をかしげた。
「キョーコも、大丈夫?なんだか疲れてる…?」
「あ、いいえ!私の方は大丈夫です!元気ですよ?」
「そう?…無理はしないようにね」
心配そうにキョーコの顔を覗きこむ蓮に、キョーコは胸がずきんと痛むのを感じた。

私が勝手に馬鹿な事考えちゃっても…蓮さんはいつも通り優しいじゃないのよ!ダメよキョーコ、疑ってばかりじゃ蓮さんだって呆れちゃうわ!!

キョーコは蓮の顔を見ることで気持ちが少し前向きになったことを確認し、気合いを入れ直す。
蓮はそんなキョーコの様子を後ろからじっと見つめてから、再び歩調を合わせて並び、2人は歩道をぐるりと回って撮影隊の方へと戻ったのだった。


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