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偏愛感情(3)


こんばんはー!
南関東、段々と初夏のようになってきました。
まだ夜になると気温が下がるからいいですが、梅雨が明けたらこうはいかないだろうな…

さてさて、1日空きましたが更新です。





会議室はだいぶ賑やかになっていた。
アパレルメーカー日本支社の広報担当など関係する社員、企画を取り仕切っている広告代理店の担当者、そして撮影を行うカメラマンなど、今回の広告企画に関わる主要なメンバーが一堂に会している。そこかしこで名刺交換が行われ、ようやく全員が席について打ち合わせは始まった。

キョーコは入り口に近い席に椹と並んで座り、その更に隣には蓮が座っている。キョーコは進んでいく話を聞きながらもこっそりと蓮の表情を盗み見た。蓮の表情はいつもと変わらず、無表情ではあるがうっすらと笑みを浮かべているようにも見える。

ああ、ダメだわ。今日ここに蓮さんがいるのがどうしても変な感じ…!

つい30分ほど前、椹から「相手役は敦賀君だから」と宣言されて、思わず叫んでしまった。蓮は確かに身長が190cmを超え、やたらと足が長く、エンジニアの割にはしっかりと鍛えられた体を持ち、その顔は三度見してしまうほどに整っていて男前なのに美しい。モデルとしてそのまま通用する外見を持っている事は、間違いないだろう。
けれど、蓮は芸能人ではなく普通に会社に勤めるサラリーマンだ。なぜ、社長は蓮をモデルとして使う事を決断し、そして蓮もそれを承諾したのだろうか。

この全体打ち合わせが始まる前に蓮と椹から聞いた限りでは、もともと企画の中では男性モデルは顔を出さないと言う話になっていたらしい。だから、蓮の顔が公にさらされる事はない。そして、蓮は一時的にLMEと契約を結び、LME所属のモデルとしてこの仕事を受けると言う。蓮とキョーコの関係については関係者には伏せ、同じ事務所だから多少の面識はある、という程度にしよう、とそこまですり合わせをさせられた。

社長は…何を考えているのかしら…?

いつも突拍子もないことをしでかす社長だが、今回も何がしたいのかさっぱりキョーコには分からない。原因が自分にあるのは確かだが、事務所以外の人間にまで迷惑がかかる事を、しかも何の事前告知も無しにするのはやめてほしい、と考えていると、急に名前を呼ばれてキョーコは慌てて顔を上げた。

「今回のイメージモデルをお願いしました、タレントの京子さんです」
「よ、よろしくお願いいたします。精一杯つとめさせていただきます!」
立ち上がり、深々とお辞儀をする。
「ドラマの印象で、もっときつい感じの方かと思ったんですけど、京子さんって癒し系なんですね」
広報担当の女性社員ににこにこしながら声をかけられ、とんでもないです!とキョーコは恥ずかしそうに首をすくめた。

「それから、京子さんのパートナー役をしていただきます、敦賀蓮さんです」
「敦賀です。よろしくお願いいたします」
すっと立ち上がった蓮の長身に、おおお、とどよめきが起こる。
「敦賀さんは新人さんながらLMEの社長さんの推薦と言う事ですが、京子さんともお知り合いで?」
広報担当者に聞かれ、蓮は平然と答えた。
「セクションが違いますし、私のほうが一方的に知ってる、と言う方が正しいですが、一応面識はあります」
そして、ちらりと蓮の方を見たキョーコと視線を合わせてにっこりと笑ってみせる。

「そうですか。こうやって並んで座ってらっしゃるだけでお二人はお似合いなので、撮影が楽しみですね」
上機嫌の広報担当に、はあ、とキョーコは曖昧に笑ってみせたが、心中では叫んでいた。

蓮さんって前も思ったけど本当にただの会社員なのかしら?こんな場で緊張もせずにさらっと対応しちゃって、もうなんだか大物の貫禄なんですけど!!

キョーコの叫びをよそに、打ち合わせはブランドの紹介へと移る。
今回のオファーを持ってきたのはSOAVITAというイタリアのアパレルブランドだ。そのメーカーではもともと高級ブランドを複数手がけているのだが、最近若い女性向けの新しいブランドを立ち上げた。ファストファッションの流行に逆らい、そこそこ手近な価格帯ではあるものの、長く着られる素材としっかりした縫製、堅実なデザインをコンセプトとしている。ファッションの意識が高い日本の若い女性に向けての、今回の日本進出となっていた。

「若い女性に人気がある京子さんに、SOAVITAの様々なラインナップを紹介していただこうと思っています」
広報担当者の言葉に、参加者はうんうんと頷いた。現在放送中のドラマでは、キョーコは困難に立ち向かいながら成長するワーキングウーマンを演じ、働く若い女性の共感を得ている。毎回の放送で着ている洋服についても問い合わせがすごいと聞いて、キョーコは自分の事ながら驚き戸惑っていたのだが、それが今回のオファーに結びついているのだ。

そして、カメラマンが紹介される。カメラマンはラフな格好で、室内と言うのにサングラスをかけたまま、黒崎潮と名乗った。
「今回俺が撮るのはポートレートだが、1枚の写真で情景を訴えかける力を持った、アートになりうるものにしたい。よろしく」
キョーコも黒崎の名前は聞いたことがあったため、この撮影に起用されていることに驚いていた。芸能人の写真集などは一切手がけず、人物を撮る場合であっても写真全体の雰囲気を最重視する、若いが気難しい芸術家肌の写真家だと聞いている。

「早速だが、作り上げる作品について、全体の合意をとっときたいんだが」
広告代理店の担当者を差し置いて、黒崎は全員の紹介が済んだ直後にさっさと主導権を握る。もっとも事前に全体コンセプトについては合意がとれているらしく、代理店の担当者が口を挟む事はなかった。

黒崎は自分の作品からイメージが合うものを選んでこの場に持ち込んでいた。何点かの写真を提示しながら、全体的な雰囲気や撮りたい内容を説明していく。大きい事を自信たっぷりにしゃべる黒崎だったが、口だけではないらしく、なるほど、魅力的な画が撮れそうだと納得させるだけの作品がそこには並べられていた。

「あれ…事前にサンプルを撮ったんだけど、肝心なファイルがねーじゃねーか」
黒崎が机の上の写真やファイルをひっくり返して何かを探し始めた。見つからないと分かると、その場で携帯を取りだし、どこかに電話をかける。
「おう、俺だ。今どこだ?ああ、ちょうどいい。車の中に例のサンプルのファイルを置いてきちまったみたいなんだけど、持ってきてくれるか?…ああ、4階のA会議室ってとこだ。頼むな」
黒崎は通話を終わらせると、すぐにまた全体に向かって話を始めた。そしてさほど時間をおかずに会議室のドアがノックされる。
「失礼します」
ドアから顔を覗かせたのは、背が高くて顔が小さい、はっきりとした顔立ちの美人だった。長い髪はひとつにまとめられ、格好は動きやすくカジュアルなものだったがその美貌とスタイルで人目を引く。女性は両手に大きいファイルを2冊ほど持っており、そのまま黒崎に手渡した。
「おお、サンキュー」
黒崎は女性から黒いファイルを受け取ると、早速開いて中の写真を全体に見せた。その写真は、これからキョーコをモデルにして撮ろうとしているもののイメージを説明するためのサンプルと言う事だった。写っているモデルはそのファイルを運んできた女性だ。写真に写っている女性はポーズもスタイルも完璧で、プロのモデルのように見える。

「ああ、こいつも一応紹介しておくか。俺のアシスタントの堀だ」
「堀美希と申します。よろしくお願いします」
黒崎の紹介を受けて女性は一同に向かって挨拶をする。お辞儀をして顔を上げると、女性はハッとした顔になった。その視線の先には蓮がいる。思わず見上げたキョーコが目にした蓮の顔にも、かすかではあるが明らかに驚きの表情が浮かんでいたのだった。


全体の打ち合わせは問題なく終了し、キョーコはブランドの担当者から撮影に使う衣装についての説明をその場で軽く受けることとなった。席を移動しながらちらりと横目で伺うと、先ほどの美希という黒崎のアシスタントが蓮に声をかけている。やはり2人は知り合いらしい。笑顔で親しげに会話を交わす2人を気にしながらも、キョーコは何とか目の前に広げられる資料の方に意識を集中した。

蓮さんの会社の百瀬さんといい…美希さんといい…やっぱり蓮さんの周りにいる女性って……

すぐにネガティブな考えが湧いてきてしまうのは悪い癖だとキョーコは自分で分かっているのだが、胸の中のなにやらもやもやとする気分はそうそう簡単に振り払えるものではなかった。

全ての話が終わり、担当者を笑顔で送り出して、キョーコは1人会議室の椅子に座っていた。
椹は別の仕事で先に席を外したし、気がつけば蓮もいない。ぼんやりとキョーコが座っていると、かちゃり、と音がして会議室のドアが開いた。

ドアから入ってきたのは蓮だった。室内にキョーコしかいないのを確認し、ドアを閉めてキョーコに近づいてくる。キョーコは蓮の姿を認めるとまた元の通り奥の壁へと目線を戻した。斜め後ろで蓮が立ち止まると、キョーコはぽつりと口を開く。
「なんで、この仕事を引き受けたんですか?」
蓮はキョーコの隣の椅子を引きながら答えた。
「社長に呼び出されて頼まれたんだ」
「だって蓮さん、ただでさえもお仕事忙しいのに…」
「撮影は、週末と夜に集中してやってくれるってことでね。本業に影響が出ないよう、配慮はしてくれてるみたいだよ」
それに、と蓮は続けた。
「俺が入る撮影は来月後半から。キョーコが必死に空けようと頑張ってくれた日程を、潰すように入れると言われたからね」
キョーコは思わず振り返って蓮を見た。確かに来月の後半以降は蓮の仕事も落ち着くと聞いたので、キョーコは密かに日程調整を試みていた。それを潰されたと言う事は…
「会える時間がまた減っちゃうだろう?そしたら、仕事でも何でもいいから顔が見られる方がまだいいかなと思って」
「はい…それは…嬉しいんですけど……」
それだけのために、蓮はこんな仕事を引き受けたと言うのだろうか。普通の会社員にとって、カメラの前で、そしてたくさんのスタッフの前でポーズを取ったりするのは問題ないのだろうか。

横から身を乗り出して顔を覗き込み、キョーコの眉間の皺を指でつつきながら蓮は微笑んだ。
「大体、撮影といえど、キョーコと他の男が恋人みたいにいちゃいちゃするのは…ちょっとやっぱり複雑だよね」
「う……でも、お仕事ですし、本当じゃないし、他にもドラマの役なんかでも…」
「ドラマでも、そういうキョーコを見るのはもちろん嬉しくはないよ?でも仕事だから仕方ない、と思ってるんだ。キョーコはなんで、今回の仕事を受ける事に躊躇してたの?」
「それは……」
キョーコは言いよどんだ。しかし、穏やかな顔で静かに答えを待っている蓮を見て、1つため息をつくと続けた。
「"素の自分"なんて…表に出したくないです。こんなつまらない私、さらしたって誰も喜ばないです」
「そんな悲しいこと言わないで、キョーコ。俺は素の君が、最上キョーコが好きなんだけどな」
「蓮さん…」
「そんなに卑下するような事、何一つないよ。…でも、人に言われてもなかなか納得できないかな?」
「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど。でも、もうずっと…ずっとそう思って生きてきたので、どうしても…」
蓮は微笑むとキョーコの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
「徐々にでいいんだけど、君はもっと自信をもっていいよ。それに、今回の撮影でも素顔を出すのは『タレント京子』だろう。そう思えば気が楽じゃない?」

蓮さん、励ましてくれるんだ…

キョーコは蓮の優しさに胸が熱くなったが、一方で先ほどの美希と話している姿がチラリと脳裏に浮かび、複雑な気持ちを抱えながら頷くしかなかった。






このお話では黒崎さんは写真家、そしてそのアシスタントである美希はオリキャラとなっておりますm(__)m

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