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偏愛感情(2)

こんばんは!

やはり、週末の更新は難しい…
とりあえず週明け、「偏愛感情」 の2話目となります。

では早速、どうぞ~~




蓮はやや戸惑いながらも、目の前の現実を目をそらさずに受け入れると決めた。
外見は立派な新しいビルで、内部も近代的な明るいごく普通のオフィスだったはずだ。それがなぜだか、この部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、ヨーロッパの貴族か王族が持つ由緒ある城か宮殿の応接間に入り込んだような錯覚に襲われていた。

日曜日であるこの日、蓮はLME事務所の社長から直接呼び出されてLMEの事務所を訪れていた。会社のダイヤルイン番号にかかってきた電話を取ったら相手はローリィ宝田と名乗り、事情が分からないまま強引に約束を取り付けられてこんな事態となっている。

銅鑼の音とともに現れた、年の割には大柄でがっちりとした男は昔の中国の皇帝を思わせる服装をして、周りにいる従者までも自分と同じ時代の高官のような扮装をさせている。しかし、ただのコスプレ好き中年ではないのだろうと蓮は認識している。この事務所を業界屈指の大手に育て上げ、芸能界で活躍するタレントや俳優、モデルを次々と送り出してその地位を確固たるものにしている、その手腕は疑いようがない。

しかし、その社長が直々に蓮を呼び出すとは、どういうことだろうか。電話では「最上君の今後について、重要な話がある」と、蓮にとって呼び出しを拒否しかねるようなことを言っていたが、まさか、交際をやめろと言われるのか。いくばくかの不安が蓮の心中にはあったが、それにしても西洋の豪奢な調度品で統一された天井の高い社長室で、中国皇帝からの言葉を待つと言うのはあんまりにあんまりだ。

蓮が思考を巡らせていると、目の前の皇帝がにやりと笑って口を開いた。
「ふむ…敦賀君、君はなかなか只者ではないと思っていたが、俺の目に狂いはないようだな」
蓮は返事に困って無言でローリィを見返した。
「この部屋を初めて訪れる客は大抵、まず中に入るのを躊躇するんだ。そして、そこで持ちこたえたとしても、俺を見た瞬間後悔したような顔になる。だが君は、今の瞬間まで平然としているし、ソファから立ち上がって笑顔で俺を迎える余裕すらある。いや、たいしたもんだ」
「いえ…平然としているのではなく、固まってしまっただけです」
蓮は素直に答えたのだが、謙遜しなくていいと流され、ソファへ座るように言われた。
ローリィの扮装はかなり徹底されているらしく、ソファの対面にはいつの間にかきらびやかな背もたれの高い椅子が置かれていて、ローリィはそこにどしりと腰を下ろした。

「早速だが、君に聞きたいことがある」
ローリィの低い声に、蓮は背筋を伸ばして心の準備をする。が、その心の準備はあまり役に立たなかった。

「敦賀君、君は本気で最上君の事を愛しているのか?」
「は?」と問い返したくなるのをぐっと我慢し、数秒の空白の後、蓮は声を出した。
「もちろん、本気です」
「ではなぜ、最上君に手を出していないのかね?」
間髪いれず繰り出された言葉に、今度こそ蓮は「は?」と聞き返してしまった。ローリィが側に控えているお付きの者に右手を差し出すと、その手に資料が載せられる。ローリィは資料をめくると、じろりと蓮の方を見た。

「最上君に、オファーが来た」
「はい」
話の展開がよく分からないが、蓮はとりあえず先を聞こうと返事をする。
「今年、日本に初進出するイタリアのアパレルブランドのイメージモデルの仕事だ。新聞、雑誌などの紙媒体、さらにインターネット上のブランドWebサイトに、最上君をモデルとした複数の写真を載せたいと。テレビ、インターネット用に動画も、だ」
「はい」
「しかし、当の本人がそのオファーをかなり渋っている」
「最上さんが、ですか」
キョーコが蓮に対して仕事の悩みを打ち明けるような事は、今のところない。どんなドラマに出ているとか、現状は教えてくれるが、仕事を受けるかどうかを悩んでいると言う事は初耳だった。
「このオファーでは、素の京子のプライベートを見られるような、そんなイメージにしたいそうだ。どうも日本の広報担当者がここのところの京子のドラマなどを見て、変幻自在ぶりに惚れこまれた様でな」
「それで…最上さんはなぜ渋っているんですか?」
「撮影のコンセプトが、『恋人との休日』なんだ。素の京子が恋人と過ごしたらこんな1日だろう、というイメージを、恋人役のモデルを入れて描いていくそうだ」
蓮は黙り込んだ。ローリィが自分に何を言おうとしているのか、漠然とではあるが分かってしまった気がする。ローリィはそんな蓮の表情をじっくりと見てから、話を続けた。
「特に…向こうはそのブランドの多彩なラインナップを強調するように、昼と夜のイメージのギャップをつけたいそうでな。昼は明るく、夜は妖艶なイメージになる」
「それで、最上さんがその仕事に難色を示しているのは俺との交際に関係がある、とあなたは仰りたいわけですね」
「察しがいい人間と話をするのは楽だな」
ローリィは満足げに頷くと、手に持った資料の一部をお付きの者に手渡した。そのままその資料は蓮の手へと渡る。

「最上君はその演技力の高さと変幻自在ぶりに高評価を得ている。演じる役は、素の彼女とまったく正反対であっても違和感がなく、説得力がある。見た目の変わり様は天性のものでもあるが、どんな役でも乗り移ったようにこなすのは、役の気持ちや環境をとことんまで理解しようとする努力によるものだろうな」
蓮は資料に目を通しながらローリィの言葉を聞いた。確かに、その努力があったからこそ、キョーコは蓮の会社にやってきて、二人は出逢うことになった。
「だが…彼女がつい最近まで、なかなか物にできなくて悩んだ感情がある。俺もそれを知っていて、あえてその感情を全面に押し出すような役は避けてきていた。だがな…二十歳と言う年齢を考えると、もう避けきれねえんだ」
「それは…恋愛感情、ですね」
「そうだ。恋愛の絡まないドラマなんて、そうそうないだろう」
「それはそうですね…」
「君との交際を始めて、その感情も物にしたと思っていたんだがなあ」

椅子の肘掛に肘をつき、半ば呆れたように蓮を見るローリィに対して、蓮はいささかむっとして言い返した。
「お言葉ですが、俺は当然彼女を愛していますし、彼女も俺に対しての感情をちゃんと表現してくれてますよ」
「だが、手は出していないだろう?」
ぐ、と蓮は言葉につまる。
「愛しているなら、身も心もつながりたい、男ならそうは思わないのか?それとも、最上君に魅力を感じないのか?」
蓮は渋い顔で黙り込んでいたが、ローリィを真っ直ぐに見て口を開いた。

「彼女は…過去の恋愛で深い傷を負っています。…まだ、傷が癒えないうちに無理強いをする気はないんです」
ふん、とローリィは鼻を鳴らした。
「最上君の事を気遣って遠慮すんのもいいとは思うがな。彼女は、自信を持てないでいるんだ」
「自信…?」
「身も心も男に愛される自信だよ。あの子の事だから、『どうせ自分なんか愛される価値もない』とがちがちに鎧を着込んでしまっているんだろう。君の存在でそれが多少緩んではいるが、まだ不十分、不安定だ」
「それは俺も感じてはいますが、無理やりに体の関係を持つことが解決に結びつくとは…」
「だから1つ俺から提案だ」
「……なんでしょうか?」
「最上君がこれからこの仕事を続けるためにも、ぜひ『愛される』ことへの自信を持ってもらいたい。この仕事は、そういう意味でも彼女にとっていいチャンスだ」
「それは、そうかもしれませんが」
「君に、手伝って欲しいんだが」
「俺に…?何をですか」
蓮は警戒しながら聞いた。何をさせられるのか、目の前の男からどんな言葉が出るのか想像ができない。しかし、いくらキョーコが所属する事務所の社長の言葉であっても、キョーコのためと言われても、プライベートを引っ掻き回されるのは御免だ。そう思った矢先、ローリィが口を開いた。その顔は、自信に満ち溢れていた。
「君にしかできないことだよ、敦賀君」



まだ日が暮れるまでには少し時間がある初夏の夕方。
キョーコは1人、事務所の廊下を早足で歩いていた。午後の仕事は予定通りに終わったが、事務所での打ち合わせの時刻にはギリギリだ。指定された会議室にたどり着くと、軽くノックをし、一息ついてからゆっくりとドアを開けた。

徐々に開いていくドアの向こう、1人の男性が座っているのが見える。しかし、キョーコはその姿を確認すると、ドアノブを握ったまま目をまん丸に開けて、立ち止まってしまった。

「え…どうしてここに、蓮さんがいるんですか…?」

キョーコが驚いて足を止めてしまったのも無理はない。確かに会議室にいるのは、キョーコの恋人である蓮だ。やあ、と軽く手を上げて微笑んだ蓮に、キョーコは会えた嬉しさ以上に戸惑いを感じてしまった。

もともと、今日はキョーコの仕事が夕方で終わる予定だったため、2人は会う約束をしていた。ここのところお互いに仕事が忙しく、なかなか予定を合わせる事ができなかったので会えるのはほぼ2週間ぶりのはずだった。それが、つい2日ほど前に椹からこの日の夕方に打ち合わせを入れられてしまい、キョーコは会えなくなってしまった事を蓮との電話の際に平謝りに謝ったばかりだ。
電話の時には蓮は今日ここに来るなど何も言ってなかった。「仕事なんだから仕方ないよ」と咎める事もなく、いつも通りの口調だった。大体、蓮はLMEとは無関係な会社員ではないか。

キョーコが会議室の入り口で突っ立ったままでいると、後ろから声がかかった。
「あれ最上さん、入らないのか?」
キョーコが振り向くと、そこには不思議そうにキョーコを見ている椹の姿。キョーコは思わず体の向きを変えて、椹にまくし立ててしまった。
「さ、椹さん!どうしてここに、れ…敦賀さんがいるんですか?今日は、写真の撮影の打ち合わせのはずじゃ!」
「ああ、そうだよ。今日は例の企画の打ち合わせだ。まあ、とりあえず中に入ろう。俺から説明するよ」
蓮がいることを、椹も了解しているようだ。キョーコは自分の仕事のはずなのに自分ひとりだけ事情が分かってない事にえらく混乱した。しかし、とりあえず話を聞かなければ何も分からない。納得がいかないまま、とりあえず椹とともに会議室へと入った。

自分から椅子を1つ空けて座ったキョーコに、蓮は苦笑する。
「あれ、キョーコ、なんでわざわざ離れて座るの?」
「だって…今日の事、何も聞いてませんもん」
キョーコは最初のショックから早々に立ち直って、今度は少しふくれ気味だ。納得のいく説明を聞くまで知りませんからね、という顔でギンと蓮を睨む。俺だって被害者なのに、と蓮は思ったが、とりあえず椹の方に顔を向けて説明を促した。

「さてと、じゃあ最上さんも落ち着いたことだし、俺から説明をしよう」
切り出した椹に、キョーコは何か言いたげな顔をしたが、とりあえず黙って頷く。
「先日イタリアのブランドSOAVITAから、最上さんにイメージモデルとしてのオファーが来た。だが最上さんはそのオファー内容に少し思うところがあったのか、しばらく判断を保留していたよね」
「はい…」
「それで、オファー自体は俺の判断で受けることにしたが、最上さんが不安そうにしていたので、社長に相談したんだ」
「社長に…ですか…」
キョーコは何となく不安を覚えた。どうしてああも物事を面白がってしまう人のところに話を持って行ってしまったのだと、椹を恨む気持ちすら湧き上がってくる。
「うん。それで、俺も社長も、君がまだ『愛』を信じ切れていないのではないかと言う結論に達した」
「う……」
的確に心中を読まれたのか、キョーコは眉間に皺を寄せて黙り込む。
「けれど、このオファーでは相手のモデルと恋人の休日を演じなくてはいけない。『京子』本人としてね」
「はい…」
「それで、社長が決めたんだ。演じにくいなら、一番演じやすい環境を用意してやろうと。それで、本当の恋人である敦賀君に、相手役を頼んだんだ」
「は?」
キョーコは意味が分からなくて聞き返した。
「だから、今回の企画。未定だった相手役のモデルは敦賀君になったから」

「はああああああああ????」
キョーコの大音量の叫びが、会議室の外にまで響き渡った。


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