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薔薇の素顔 (5)

…分かりにくいですが、パラレルです。
パラレル苦手な方はご注意ください。

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Cafe Felicia Gardenへの再訪をきっかけにして、蓮の生活に少し変化が起きた。

忙しいのは相変わらずであったが、仕事の始まりが遅い日の朝には、店へ足を運ぶようになった。
多くても週に2回程度であったが、定位置となりつつあるカウンター席でコーヒーを1、2杯飲み、マスターやキョーコと少し言葉を交わしてから仕事に向かう。
蓮にとって、この短いひと時は欠かせないものになりつつあった。

更なる変化が起こったのは4回目の訪問時。
この日、いつものように蓮からコーヒーの注文を受けたキョーコが、何気なく尋ねた。
「いつもコーヒーだけ飲まれてますが、朝ごはんはどうされてるんですか?」
「……ここでのコーヒーが朝ごはん、かな?」

ぴく。キョーコの顔が引きつる。
「コーヒーはご飯に入りませんよ?」
「んー、元々あんまり朝は食べないからなあ」

くらり。めまいを起こしたかのようにキョーコの体が揺らぐと、カウンターに片手を付いた。
「…俳優さんって、体が資本じゃないんですか?」
「ああ、まあそうだね」
事も無げに言い切った蓮に対し、キョーコはキッと鋭い目を向けた。
「食べるもの食べなかったら、体調維持もできないんですよ!朝ごはんは大事なんです!1日の活力になるんです!!」
初めて向けられる剣幕に蓮は少したじろいだ。だが、怒った顔を初めて見たなぁ、これは素だよな、となぜか少し嬉しかったりもする。
「…食べてみてください」
「はい?」
「うちの店のメニューにモーニングプレートがあります!食べてみてくださいますね!」
わかりました、という返事が終わる前にキョーコはカウンター内に入り、なにやら作業を始め、あっという間に皿を手に戻ってきた。蓮の目の前に置かれたプレートには、スクランブルエッグ、バゲット、サラダが彩りよく盛り付けられている。
「バゲットはパンケーキに変えられますし、卵もお好みの調理法にできますから!」

こうして、蓮は仕事の始まりの遅い時には(ほぼ強制的に)朝食を食べる、という健康的な生活を送ることとなった。
蓮にとっては幸いなことに、この一件以来、少しずつキョーコとの会話が増えていった。
キョーコにしてみれば、超絶人気俳優である蓮には近づきがたかったのだが、『朝ご飯を食べない』という、とんでもなく基本的なところがすっぽ抜けている迂闊さに、少し人間らしさを感じられてホッとしたのが実際のところであった。

毎回少しずつ積み重ねられる会話の中で、蓮はキョーコのことを知っていった。

近所の大学に通う一年生であること。
高校まで京都にいて、大学入学時に上京し、現在はもう一つのバイト先である居酒屋に下宿していること。
京都では老舗旅館で働いていた時期があるため、接客に慣れていること。
奨学金で大学に通っているため、朝はカフェ、授業後は居酒屋と、生活がバイトで占められていること。
交通費節約のため移動手段はほぼ自転車であること。

その身にまとった『クールな美人』の隙間から、素のキョーコの素朴で実直な素顔や豊かな表情の片鱗が見えるたび、蓮はその姿をもっと見たい、という気持ちを抱くようになっていた。


そして、蓮がカフェに通い始めてから1ヶ月が過ぎ、カレンダーは11月に入った。
その日、蓮は新しい連続ドラマの撮影のため、社とともにTV局内のスタジオに来ていた。監督や他の出演者も既に集まり始めていたが、その中には共演者である貴島の姿があり、蓮の姿を認めるとニヤニヤしながら早足でやってきた。
「おはよう、敦賀君、ちょっといい?」
「やあ、おはよう、なんだい?」
貴島は親しげに蓮の肩に腕を回してきた。
「俺さ~~、この間、あの対談の時のお店に久しぶりに顔出したのよ」
ああ、なるほどその話か、と蓮は思ったが、黙って先を促す。
「で、マスターに聞いたんだけど、最近敦賀君、あそこに通ってるんだって?」
「ああ、マスターのコーヒーがうまかったから病みつきになってね」
「しかも、朝行ってるんだって?」
「…いけないか?」
「俺の真似、しないでくれよ~~」
はは、と軽く笑って蓮は答えた。
「真似したつもりもなかったんだけどね。言ってなかったけど、俺の家あの店の近所なんだ」
へ?という顔になり、貴島は腕を解いた。
「朝、散歩がてらに行ってみたらホントに近かったんでね。たまに美味しいコーヒー飲ませてもらってるよ」
へー、そういうこと?とつぶやいた貴島は、再度顔を近づけてきた。
「んなこと言って、キョーコちゃんに手ぇ出そうとしてない??」
「それこそ、君の真似はしないよ」
「俺はまだ手は出してないぜ?あんまりしつこくすると嫌われちゃいそうだし」
間違いなくそうだろうな、と蓮もこっそり思った。

「貴島君も相変わらずだな。でも、あの子は不実な男は嫌いそうだよ?」
「不実な男って俺のこと?失礼だなぁ。俺は一度心を決めたらよそ見しない男だよ!」
「この間共演した君の事務所の女優で、君との事をあつく語ってた女性を知ってるけど…」
「わー!いや、それちょっと!!」
オフレコで!!と慌てる貴島にたたみかける。
「そんなんじゃ、冷たくあしらわれるのがオチだって」
はいはい、分かりました、と貴島は肩をすくめて見せた。が、急に蓮の顔をじっと見つめて口を開く。
「でもそうやって牽制するってことは、案外本気なんじゃないの?」
「牽制してるつもりはないよ?あえて言うなら、忠告かな」
蓮は笑ってみせた。興味を持ったのは確かだが、彼女の恋愛に口を出したり、ましてや口説いたり、そんなつもりもなかった。
「ほんとに敦賀君は堅くてつまんないな。業界内で噂がないから、一般人ではどうかと思ったのに」
「心配してもらって悪いけど、今は仕事にしか興味がないから…」
そういうと思ったけどね、と笑いながら貴島は撮影準備に向かっていった。

貴島の後姿を眺めながら、蓮は不穏な雰囲気を後ろから感じていた。ため息を一つついて振り返る。
「…なんですか、社さん」
「聞~い~た~ぞ~~、れ~ん~~」
社は普段の怜悧な顔を極限まで崩して、ぐふふ笑いをさらしている。
「お前、俺の知らないところでなにやってんだよーー。やっぱりこの間のキョーコちゃん、気になってたんじゃないか~」
「一体あなたは何を聞いてたんですか…」
「決めたぞ!」
「何を」
「今度仕事前に打ち合わせする時はあのカフェ使おう」
「社さん、不純な動機であの店使わないで下さいよ」
「あ、お前!邪魔だから来るなって目をしたな!何も思ってないならいいじゃないか!!」
「はいはい、もう、好きにしてください!」

なんで俺の周りはこう、お節介が多いかね… 蓮は改めてため息をついた。

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