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Personal Engagement (19)


こんばんは!
昨日も今日も肌寒いなあ、と思っていたのですが、北日本は雪が降ったんですね!!
うううん、もう4月中旬なのに。

では早速お話の続きです。
どうぞ~~





パーティー会場となっているホテルの宴会場は、既にたくさんの人でにぎわっていた。参加者はスーツ姿の男性が多く、あちこちでグラスを持ったまま談笑したり、名刺を交換したりしている姿が見える。
水産卸会社が主催するだけあり、広い宴会場の壁際には寿司屋にあるようなケースや氷を敷き詰めた保冷装置が並べられ、その中に様々な魚介類が入れられていた。調理のスペースも設けられ、板前やシェフの格好をした人たちが準備を行っているので、パーティーが始まればその場で料理を作り上げるパフォーマンスを行うのだろう。

ざわめく会場へ、蓮たち3人は足を踏み入れる。キョーコはきょろきょろと周りを見回したいのを我慢して、蓮のやや後ろに控えて社と並んだ。
お揃いのドレスをまとったコンパニオンが、蓮たちにも乾杯用の飲み物を運んでくる。ありがとう、と礼を言って受け取る蓮に対しコンパニオンがうっとりしているのを見て、キョーコは(やっぱり、そうなるわよねえ…)と思った。

間もなく松島水産の社長が一段高い演台に上がり、簡単な挨拶と乾杯の音頭を取ってパーティーはスタートした。
蓮はグラスを片手に周囲の同業者や松島水産の関係者に挨拶をして回る。新任社長の割には顔見知りも多いのか、向こうから声をかけられることもあるのがキョーコには少し不思議だった。

しばらく蓮の後ろについて回った後、社がキョーコに話しかけた。
「キョーコちゃん、こういう場に慣れてるね」
「え、そうですか?そんなことはないですけど…」
キョーコがきょとんとして返答をする。いやいや、と社は頭を振った。
「さっきから笑顔は絶やさないし、でしゃばらずにいい位置に控えてるし、蓮のサポートもばっちりだし」
キョーコは必要があれば蓮からグラスや交換した名刺を受け取り、タイミングを見て軽食を持ってきたりといそいそと働いている。蓮に言われたとおり、必要がない限りはしゃべらず、笑顔で姿勢よく控えているが、その容貌と所作が相まって、なんとなく目立っているのだ。

「あ~~、それは多分、こういう場と言うよりは育ちの関係上ですね…」
キョーコは苦笑しながら答えた。仲居の立ち振る舞いが体に染み付いているので、どうしても出てきてしまうらしい。
「育ち?」
「はい。私、旅館に預けられてて、仲居教育を受けて育ったので…」
「はぁ~~~~。なるほどねぇ。それはなんだかすごく納得の行く理由だなあ」
うんうんと頷いてから、社は笑いながらこそりとキョーコに囁いた。
「さっきからさ、蓮と話したかなりのおじさん達がキョーコちゃんに興味津々みたいだよ」
「えっ?そんな」
「ほんとほんと。蓮にこっそり『そちらの女性は社長秘書ですか?』とか聞いてるもん」
「とんでもない、私なんかに務まる訳ないじゃないですか」

ぼそぼそと頭を寄せて会話する2人に、すかさず蓮が声をかける。
「いつの間に2人はそんなに仲良くなったんですか?そろそろ松島社長のところに挨拶に行きましょう」
はいはい、と社は返事をしてから、「あれ、妬いてるんだよ。全く心が狭いよなあ」とキョーコに囁いて、蓮に続いた。

足を進めていた蓮はふと立ち止まると、後ろを振り返ってキョーコを手招きした。隣に並んだキョーコに何かを囁くと、キョーコが顔を上げて蓮の示した方向に目をやり、やや硬い表情で頷く。それから蓮はキョーコに向かって二言三言話すと、キョーコがしっかりと頷いたのを確認し、再び歩き始めた。

蓮の行く先には先ほど演台で挨拶をした松島社長の姿があった。
挨拶の直後から招待客が大勢挨拶に訪れていたが、ようやく一段楽したところだ。近づいてくる長身の男の姿に気がつくと、松島社長は「おお」と笑顔で声を上げた。

「お久しぶりです、松島社長」
「やあ、…っと、敦賀君。なるほど、なるほどね」
松島はうんうんと頷いた。キョーコは松島の反応に首を傾げたが、そのまま黙って蓮の後ろに立っている。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
「いやこちらこそ、わざわざ東京から足を運んでくれてありがとう」
「50周年おめでとうございます。盛況ですね」
「ああ、おかげ様でね。ようやっとここまで来たかな、と思うよ」
「まだまだこれからも、ですよね。今後ともよろしくお願いします」
「もちろんだよ。ヒズリ・グループも"ひさや"も好調そうで何よりだ。そうそう、父が、君の父上によろしく伝えて欲しいと言っていたよ」
「ええ、先代にもお世話になりまして」

キョーコは和やかに進む会話を後ろで見守っていたのだが、ふと、2人が会話を交わす向こうからこちらに向かってくる一団があるのに気がついた。頭を動かさずにそちらをちらりと盗み見て確認すると、静かに深呼吸をする。

「松島さん、本日はお招きありがとうございます」
蓮と松島社長の会話が切れたタイミングで、横から声がかかった。声をかけたのはスーツを着込んだ中年男性。数年前まで不破亭で働いていたためキョーコも顔を知っているが、現在は不破レストランズの社長を務めている男だ。その後ろには、キョーコにとってはもっと見知った茶髪の若い男と、"ひさや"で見たことがある渡辺が並んでいる。

「おや、君は"ひさや"の社長さんか」
「はい、敦賀です。よろしくお願いいたします」
蓮はしっかりと不破レストランズの社長に対して頭を下げた。
「こちらこそ、よろしく。いや、渡辺さんから若いとは聞いていたけど、本当に若いな!」
不破レストランズ社長は笑いながら蓮の肩を軽く叩く。
「若輩者ですが、なんとかやらせていただいております」
「そうかそうか。…おお、キョーコ君。すっかり見違えたな!」
キョーコは微笑を湛えたまま、無言で流れるようにお辞儀をした。
「敦賀君、キョーコ君はずっと不破亭で育ったんだが、知ってるかね?」
「ええ、最上から聞いてます」
「君の噂をあれこれ聞いていたけど、まさかお相手がキョーコ君とは、驚いたね」
「私も彼女の出自を聞いて驚きましたが、納得もしましたよ。彼女の作る料理は…私の理想ですね」
「理想?キョーコ君の料理が?」
「ええ、そうです」
いささか驚いた様子の不破レストランズ社長に対し、蓮は躊躇なく答えた。すると、唐突に違うところから横槍が入った。

「そんな奴の作る素人料理をありがたがるようじゃ、"ひさや"もたかが知れてるな」
声を上げたのは、不破レストランズ社長の後ろにふて腐れたように立っている青年だった。蓮は表情を変えずに少し首をかしげて青年の方に目線をやる。
「ああ、失礼。彼はうちの社員でね。不破尚君というんだ」
弁解するように不破レストランズ社長が紹介をした。名前を出すことで、説明せずとも尚の身分が知れる。

「ああ、なるほど。君が不破"松太郎"君か」
蓮はにっこりと笑うと、通る声で返答した。尚は一瞬動揺したが、無言で蓮を睨みつける。
「素人料理かどうかは君が一番知ってるはずだと思ったが……最上さん」
蓮は思いついたように振り返ってキョーコを呼んだ。キョーコはすぐに蓮の横へ並ぶ。
「松島社長。彼女に少し、場所と素材を貸していただけますか?」
事態を黙って見守っていた松島が快諾すると、蓮はキョーコに小声で話しかけた。
「松太郎君をちょっと黙らせたいんだけど、協力してくれる?」
「何をすればいいですか?」
「そうだね、あの素材を使って、初夏の京都にふさわしい一品を」

キョーコは視線を走らせるとすぐにジャケットを脱ぎ、それを社に託して板前たちが立ち働くブースへと入る。
キョーコは近くで料理を配っていたアシスタント女性にエプロンを借りると、それをつけて手を洗い、まな板の前に立った。迷うことなく目の前のケースに並べられた魚の中から1匹を選び取る。キョーコの表情はそれまでの笑顔と打って変わって、鋭いくらいに真剣だ。(凛々しいなあ…)と社はぼんやり感想を心の中で述べる。

蓮たちの周りにいた人々は、なんとなくこの一団のやり取りに注意を払っていたのだが、なにやら面白い事になってきた、と集まってきてキョーコの手さばきに注目する。さらに、もともとそこでお造りなどを作っていた板前たちも、手を止めて見守り始めた。

キョーコは目の前の長い魚の腹に一気に包丁を入れると、丁寧に、かつ手早く内臓や中骨を取って魚を下ろしていく。下処理を終え、キョーコがきょろりと周りを見回すと、隣の板前が1本の長くどっしりとした包丁を差し出した。
「ありがとうございます。お借りします」
それからキョーコがコンロの方に目をやると、そこでは既に別の板前が湯を沸かし始めていた。隣に氷水のボールも用意されているのを見て、キョーコは丁寧に礼を言うと、包丁を受け取って魚の身に包丁を入れ始める。
ジャッジャッジャッジャッ、という規則的な音を伴い、身に細かく切れ目が入れられていく。集まった人々は黙って見守り、横に立つ板前は感心したように頷く。
やがて全体に切れ目が入った魚の身は沸騰した湯に入れられ、冷水をくぐって器に盛り付けられた。

「鱧のおとしです」
キョーコの声に、隣で見守っていた板前が、「いやお見事」と声を上げた。不破レストランズの社長も、器を受け取って味わうと、「キョーコ君、ここまで腕を上げてたか…」と感嘆する。尚は配られている鱧を受け取ろうともせず、仏頂面のままキョーコの事をじっと見つめていた。

「彼女の料理は…もちろん、玄人はだしで美味しいんですけど」
蓮はいつしかずっと黙っている渡辺に対して話し始めていた。
「それだけではない、心のこもったものなんです。常に食べる人の事を考えている、そんな料理なんですよ」
渡辺は相変わらず黙ったままだったが、ゆっくりと視線を蓮に向けた。
「私の理想とする『食べる人を幸せにする料理』とは、技術と心を兼ね備えた、正にこういうものだ、と痛感しました。もちろん、店で提供する料理をそれと同列に扱うのは無理ですが、少しでも近付きたい、そう思っています」
「…私の目指したものは、間違っていると?」
渡辺はしばらく考えていたが、ようやく口を開いた。

「いえ、何が正しい、ということではないでしょう。考え方、目指す場所はひとつではない。ただ、"ひさや"は、志を同じくする人々が集まっている場所です。私が自分の理想を口にする前に、もう皆がそこに向かっていた」
蓮は、板前たちに話しかけられて少し恥ずかしそうに対応しているキョーコをちらりと見ると、再び渡辺に目を戻した。
「社長である私は、無理やり会社を引っ張らなくてもいい。理念の共有に専念すれば、あとは飯塚さん、新開さん達のような実務に長けた社員達が自ら走ってくれます。そして、私が何か間違いを犯そうとすれば、近衛さんが押し戻してくれる。そこを我を押し通そうとすると会社全体にひずみが出る。ただそれだけのことです」

渡辺もしばらくキョーコの様子を眺めていたが、ぽつりとこぼした。
「君は……田所さんと同じことを言うんだな」
「田所さんも私も、ヒズリグループの理念が染みついてますからね」
苦笑しながら答えた蓮を見て、渡辺は目線を下げてため息をつく。
「私も…そのつもりだった。だが、単なる田所さんのYESマンになり下がっている気がしていた。…もう一段上に立てば、何かが見えると思ったんだがね」
「……」
「いや、いいんだ。私は、違う場所から同じ景色を目指してみよう。幸い、あの御曹司は君より教育のし甲斐がありそうだ」
「…徹底的に鍛え直した方が不破レストランズのためになりそうですね」
「ああ、そうだろうな」
そう言うと、渡辺はようやく少しだけ笑顔を見せて、その場から離れて行った。

渡辺が姿を消してからほどなく、ようやく板前たちから解放されたキョーコが蓮のところへ戻ってきた。
「ありがとう、キョーコ。お疲れ様」
「いえ!久しぶりだったので緊張しました!」
「さすがだね…鱧の骨切りまでできるとは…」
「出来ると思ってやらせたんじゃないんですか?」
「いやまあ、きっとキョーコなら、出来ないのが悔しくて練習したんだろうな、と思ってね。当たってたね」
「……ひどいです」

蓮に笑われてキョーコも笑ったが、刺すような視線を感じて顔を横へと向けた。
そこには、相変わらず仏頂面をした幼馴染が、こちらを向いて立っている。キョーコは心の中が萎縮するような気分を感じながらも、ぐっと拳に力を入れたのだった。

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