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たからのもちぐされ

ある日の撮影スタジオ。
芸能界一いい男の称号をほしいままにする人気俳優とそのマネージャーが、廊下の向こうから歩いてくる制服姿の最上キョーコに気がついたのはほぼ同時だった。

「おお~~い、キョーコちゃん、久しぶり!」
すかさず、社が声をかけてぶんぶんと手を振る。
なにせ、姿を見ただけでこみ上げてしまう喜びとか、その喜びの分とっさに隠してしまう緩んだ顔とか、余計なものを抱えていない分、反射速度が速いのだ。
最上キョーコもすぐに気がつき、小走りで走りよっていつもの通り丁寧な挨拶をする。
「おはようございます、敦賀さん、社さん!」
「おはよう、最上さん」
蓮も、柔らかい笑みを浮かべて挨拶を返した。

「今日はドラマの撮影? いつもの制服とは違うけど、うん、やっぱり制服可愛いね~」
ミニのチェックのスカートにブラウス、白いラインの入った水色のベストにストライプのネクタイが、現役女子高生であるキョーコにはよく似合っていた。撮影用のためか、若干派手な色合いではあるが。
社の言葉に、キョーコはうっすらと頬を染めて恥ずかしそうにうなずいた。
「えへへ、ありがとうございます。おかげさまで、レギュラーの役をいただきまして・・。
敦賀さんも、今日はドラマですか?」
「うん、そう。これから撮影なんだ。レギュラー出演おめでとう。最上さんも頑張ってるね。」
キョーコは女子高を舞台にした学園もの、蓮は同じ局の別のドラマが、同じクールでそれぞれ始まったところだった。
蓮が出演しているのは、蓮扮するフランス料理店のギャルソンと、割烹で修業中の板前見習いの女性が惹かれあっていく恋愛ドラマであり、放送が始まってすぐに、蓮の洗練された身のこなしが全面に押し出されたギャルソン姿が女性の間で評判となっていた。

「敦賀さんのギャルソン姿が格好いい!って共演してる女優さんたちにも大評判ですよ!・・あ、そういえば・・・」
キョーコはどこか誇らしげに胸を張って二人に報告をしていたが、不意に何かを思い出したのか、急に蓮をじろりとにらむような目つきになった。

自分を見上げてくるキョーコの表情の変化を察知して、蓮もすうっと目を細め、後輩を見下ろし迎撃モードだ。
度重なる肩透かしに、そうそう簡単に甘いムードに入ってくれないことは学習済みである。
「何か、俺に言いたいことでもあるのかな?」
恋心を自覚してても、こいつのこういういじめっ子体質は変わらないんだなぁ、
そしてこうなると二人の会話って掛け合い漫才みたいで面白いんだよね・・と社はすっかり傍観者モードだ。

キョーコは、じと目のまま話し出した。
「実は、先日、敦賀さんが出演されているトーク番組を拝見したのですが・・」

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キョーコがその番組を見たのは、撮影スタジオの控え室だった。
セット準備の合間の待機中でしばらく時間があったため、キョーコたちはおしゃべりに興じていた。
学園もののドラマで同世代の少女が複数人集まっていたので、話のネタに事欠くことは無く、楽しいひと時だった。
すると、突然TVから大きな黄色い歓声が聞こえてきて、キョーコ達は何事かと画面に注意を向けたのだった。

放映中のトーク番組はちょうど番組の切り替わり時期に行われる特番で、新番組の出演者がゲストとして出てきて番宣をかねてトークをする形式を取っていた。
キョーコたちが画面に目を向けたときには、蓮と共演の若手女優がドラマの衣装を身に着けてセットの扉から登場してくるところだったのだ。
黄色い声はギャルソン姿で登場した蓮に向けられたものであり、シンプルな白いシャツと黒いパンツが、これでもか、というくらい蓮のスタイルのよさと男の色気を引き出していた。
(相変わらず、なんていうか、男の人なのにこの色気は反則だわ・・・ちょっとでもいいから分けてほしい・・)と、キョーコはため息をつく。

司会者である芸人とのトークは新ドラマの内容を中心に進んでいったが、やがてミニコーナーへとうつっていった。
「さて、お二人の新ドラマでの役柄は高級フランス料理店のギャルソンと板前、ということで!」
「ドラマでの役柄どおり、お二人の味覚が確かなものなのか!! ここで、味覚テストです~~!」
アシスタントがお盆を持って登場し、蓮と共演女優の前に2つずつのお椀が並べられる。
それは、2皿ずつ出される料理を味わい、どちらが本物の、高級な食材を使っているものかを当てる、というものだった。

「敦賀さんってさぁ、普段どんなものたべてるんだろーー」
キョーコの隣に座った女性タレントがTVを見ながらぼそっとつぶやいた。
「和定食よりイタリアンかフレンチが似合うよねー」
「おしゃれなお店とか、いっぱい知ってるんだろうなぁ~。一緒にご飯食べに行ってみたい!」

やはり蓮のイメージから行くと、グルメとか、こだわりがあるとか、そんな予想になるらしい。
キョーコは真実をばらしたくてうずうずしたが、実際にするわけにも行かず心の中で激しく突っ込んだ。
(コンビニおにぎりとか何とかインゼリーとか、激しく皆さんの予想を裏切る食生活ですから!!!
ああ、そういえば一緒にファミレスでハンバーグ食べたこともあったっけ。ほんと、「大雑把かつぞんざい」な食生活よね・・)

そういえば、とキョーコは改めて考えてみる。
あれだけ食に興味が無いなら、味覚も麻痺しているのかしら?
作った料理は美味しい、と必ずほめて完食してくれるけど、やっぱり社交辞令よね。
それでも、蟹とカニカマを見分けられなかったら、敦賀蓮のイメージにも関わるかしら、大丈夫かな、と思いつつ番組の進行を見守ることにしたのだが。

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「すごーく、納得できなかったんです・・」
キョーコは床に目線を落とし、ものすごく不満げだ。悔しそうですらある。
「俺が何か、その番組で最上さんの気に障るようなことをしたっけ?」
蓮は若干困惑気味であったが、社はその番組の収録風景を思い出して、あることに思い当たった。
「蓮、俺の記憶が正しければ、あの番組でお前、味覚テストとかをやったよな?」
「ああ、ありましたね。俺がギャルソンで相手役が板前修業中という役だったので」
「それです!あれって、失礼ですが、やらせではなかったんですよね?」
キョーコは、疑問を解消すべく勢い込んで聞いてみた。

蓮は額に手を当ててふぅっ、とわざとらしくため息をつく。
「…やらせだなんて心外だな。テストがあること自体は事前に知ってたけど、あれ自体はやらせでもなんでもないよ」


キョーコは、その言葉を聞くと口を真一文字に結んだまま、床に落とした目線を再び先輩俳優にキッと戻す。
「じゃあなんで・・・」
そして、思いのたけをこめて叫んだ。

「なんで、なんで敦賀さんが全問正解なんですかぁ~~~~~!」

なにも涙目で叫ばなくてもいいだろうに、と蓮はぼんやりと後輩の顔を眺める。
客観的にみたら、味覚テストで全問正解した先輩に対して「納得できない」なんて、後輩にあるまじき発言でもあるが、食生活に関しては迷惑をかけている自覚があるので、なんだか妙にいたたまれない気分になってしまった。

蓮の複雑な胸中を知らないキョーコは、ぶちぶちと言い募る。

「かにかまと蟹の違いはまだわかるかもしれませんが・・」
「うん、あれは食べ比べると案外分かるものだね」
「化学調味料と昆布でとった出汁の違いも・・」
「化学調味料のほうが味に奥行きが無い、平面的な感じ?」
「養殖ハマチと天然ブリ・・」
「養殖物は脂がのってるけどちょっとしつこいかな」
「高級ワインと500円ワインとか・・」
「口に含んだときとその後の香り高さが全然ちがうんだよね」
「和牛とオージービーフも・・」
「あれは好みだと思うけど肉質が全然違うし。
…全体的に割と簡単な問題だったんだよ?」
蓮はにっこりと笑顔を作って答える。

「~~~~!!」
キョーコはふるふると震え、顔を真っ赤にして言い放った。
「共演の女優さんは半分くらい間違えてました!!なんでそんなに味覚が鋭敏なんですか! 宝の持ち腐れもいいところですよ!」
収録を見守っていた社も似たようなことを考えたのだが、余計な波風は立てまいと貝のように押し黙っている。

「うーーん、逆にさ、こうも考えられないかな?」
蓮は怒るでもなく、おだやかにキョーコを諭し始めた。
「味がよく分かってしまうから、自分の舌が満足できないものはなかなか進んで食べる気にならないんだよ」

なんだその上から意見は、という言い草ではあったが、キョーコは負けじと言い返す。
「普通は味覚よりも空腹感の方を優先するんですよ。美味しくないから食べないって、どんなお子様ですか」

蓮はあごに手を当て、ふむ、と考えてみせた。
「考えてみれば、最上さんってすごいんだな」

「な、なんですか、急に・・」
急に話の矛先が自分に向けられ、キョーコは勢いをそがれて返答に窮する。

「だってさ、味覚が鋭敏と言われた俺が、心底うまいと思えるご飯を、最上さんは作れるんだよ。
最上さんが作ってくれた食事を残したこと、ないだろう?」
蓮は満面の笑みをたたえて、話の方向をそらしてみせた。
「敦賀さんはお優しいですから、後輩の作ったものは『美味しい』とお世辞でも言ってくださりますし、無理してだって残さず食べてくださるじゃないですか」
すかさず、後輩として先輩を持ち上げつつ自分への賛辞を華麗にスルーするキョーコ。

「お世辞なんかじゃないよ? いつも心の底から美味しいと思ってるんだけどな。
きっと最上さんの味覚も、俺より鋭いと思うよ。あれだけ美味しいものをいつも作ってくれるんだからね。」
蓮は返答を予想していたらしく、たたみかけて賛辞を送った。
ここまで言えば、言葉の切れ端だけでも引っかかるかもしれない、と思ってのことだ。

「ひぇい?? わ、私の味覚ですか??」
急に声が裏返ってしまったところをみると、蓮の思惑も少しは当たったらしい。
少女は恥ずかしそうに頬を染めて、わたわたとしている。
「いいもの食べてるわけではないですし、単に作りなれてるってだけですよ・・」
「作る機会が多いからって必ずしも料理上手になるわけではないだろう?
疑うようだったら、今度、俺と勝負してみる?
食べるだけの俺より、作るのが得意な君のほうが、きっと繊細な舌を持ってると思うよ。
俺が負けたら、食事に関しては君の言うことは聞かないわけにいかないだろうな。
もちろん、簡単に負けてあげる気はないけどね」
ほうら、ここまでくれば大丈夫。若手トップ俳優はにっこり微笑んでみせた。

元来負けず嫌いのキョーコは、持ちかけられた勝負には答えないわけには行かないらしい。
「わかりました!!最上キョーコ、その勝負受けてたちましょう!!」
びしっと背筋を伸ばして最敬礼で言い切った。

いささか呆れた表情で、マネージャーが腕時計をちらりと見る。
「蓮、そろそろ・・」うまい具合に時間が来たようだった。
「さて、では俺は撮影に向かうよ。勝負の日はまた連絡するからね」
「は、はい!お待ちしております!」

ひらひらと手を振る蓮に対し、キョーコは90度のお辞儀をして、二人と一人はそれぞれ別方向に歩き出す。
少女の姿が見えなくなったところで、社はようやっと口を開いた。
「…まったくお前と来たら、勝負とかいって、ちゃっかりキョーコちゃんとの食事の約束取り付けたな・・」
蓮は心外だ、と言わんばかりに目をみはり、さらりと言ってのけた。
「そんな、人聞きの悪い。‥ちゃんと勝負させてもらいますよ、きっと勝負は互角でしょうね。
あの料理を作り上げるだけあって最上さんは鋭い味覚を持っていそうですし」
題材は何がいいかな、やっぱりいい食材を使ってる店じゃないと、と楽しげにつぶやく担当俳優を見上げながら、
(これだけうまく話題を誘導して持って行くのに、キョーコちゃんの恋愛拒否思考は誘導できないんだよな・・)と、蓮の行く先にちょっとだけ同情してしまう社だった。

そして、決意も新たに仕事に向かった少女が、うっかり乗せられてしまったらしいことに気がついたのは、その晩布団の中で先輩俳優とのやり取りをぼんやりと反芻していた時だったという。

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