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Personal Engagement (12)


こんばんは!
ううむ、なんだか家の中が汚い…。
片づけても片づけてもがらくただの何だのが散乱しています。捨てるか…。

さてさて、だいぶ間があいてしまいましたが、本日はPersonal Engagementの続きと参ります。





火曜日の夕方、蓮はほぼ1日空けていた社長室に戻ると、どさりと椅子に腰を下ろした。間もなくして飯塚がお盆を手に入室してくる。
「お疲れ様でした」
一言とともに蓮の前に熱くて濃い煎茶と、和紙に包まれた小さな丸い菓子の乗った小皿が置かれた。

蓮はお礼を言いながら机の上に目を走らせると、おや、と声を上げた。
「お茶菓子が付いてくるのは珍しいですね」
「ええ、少し脳と体に栄養を補給してあげてください」
「お気遣いありがとうございます」
「それ、最上さんからのお土産です。和三盆ですからさっぱりしてますよ」
飯塚はドアのところで一言付け加えてから退出して行った。

蓮は素直にお茶をすすると、薄い和紙の包み紙をほどいて菓子を一つ口に入れた。上品な甘さのそれは、ひやりとした感覚ですうっと溶けていき、確かに全身に染み渡る気がした。
「飯塚さんも…全部お見通しのようで怖いな…」
苦笑いして、今日1日を思い返す。

副社長である渡辺は、社内で色々と動きを見せていたが、どうやら"ひさや"から去ることを決めたようだった。1人で辞任するならともかく、会社の要となっている社員をあちこちの部署から引き抜いて連れていこうという心づもりらしい。いち早くその動きを察知した社が引き抜き対象となっている12人の社員を突き止め、今日1日を使って全員の事情を聞き、改めて"ひさや"のために働いてほしいと蓮自身が引き止めを行ったのだ。

12人の置かれている立場、事情、考え方は様々だった。
渡辺に世話になった恩義を感じていて断れない者、渡辺に賛同する者、弱みを握られている者。
誠意を持って話し合いをして、結局12人のうち8人は今まで通り会社に残ってもらうことが確定し、4人はその考えを変えることはできなかった。新参者である蓮が、古くからこの会社で働く渡辺に対抗した働きかけとしては上出来だと社は言ったが、蓮はやはり、自分の力不足を感じずには居られない。

このまま、渡辺が去って、騒動は片付くのだろうか。
社員達にはほとんど知られず水面下で動いているこの問題。最小限の小波で済めばいいのだが。
蓮は目を閉じて考えていたが、やがて時計を一瞥して立ち上がると部屋を出た。そのまま隣の部屋をノックするとドアを開ける。部屋の中には社がいて、顔を上げて蓮の方を見た。蓮はドアノブを持ったまま戸口で社に声をかける。

「社さん、田所さんはまだ入院中ですよね?」
「ん、ああ。だいぶ回復してるみたいなんだけど、まだリハビリ中でもうしばらくいるって…行くのか?」
「はい、田所さんの所に寄って、今日はそのまま帰ります」
「1人でいいのか?また見舞い拒否されるかもしれないぞ」
「大丈夫です。今日はお見舞いでも相談でもなく報告に行ってきますから。先入観を与えないために会わない、という大義名分はもう下げてもらいましょう」
「…分かった。けど、お前今日は1日相当ハードだったのに、疲れてないのか?」
「若いですからね。御心配には及びませんよ」
「ああそうだな、…まあ、疲れはちゃんと最上さんに癒してもらえよ」
社はにやりと笑う。蓮は笑顔のまましばらく静止し、そのまま無言でドアを閉めた。


蓮が病院を経由して自宅マンションに辿り着いたのは20時を回ったくらいだった。予定より遅くなったと、急ぎ足でエレベーターを降りて廊下を進む。先週はこれほど慌てて家に戻ることもなかったのに、気が急いてしまうのはどうしようもないようだ。
ドアを開けると、いい匂いが鼻をくすぐってくる。

「ただいま」
廊下を進んでキッチンの入口で声をかけると、明るい声が返ってきた。
「お帰りなさい!すぐに召し上がられますか?」
「うん、ありがとう」
「リビングに運びますので、待っててくださいね」
ぱたぱたと働くキョーコの姿を少し眺めてから、蓮はそのままリビングへ向かった。ソファに深く腰掛け背もたれにもたれかかると、1日分の疲れが襲いかかってくるようだ。

さすがに今日は…精神的にハードだったな……

蓮はそのままの姿勢でしばらく天井を見つめていたが、やがて体を起こし、ため息を一つついてからネクタイを片手で緩める。ふと気がつくと、リビングの入り口でトレイを持ったキョーコが立ち止まったまま、蓮の姿をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
蓮に声を掛けられてようやく、キョーコははっと気がついたようにリビングに入ってくる。ややそわそわとした様子のキョーコは、ガラスのリビングテーブルに食事を並べていたが、膝に肘をあずけている蓮を見て、心配そうに話しかけてきた。

「しゃちょ…蓮さん、今日はかなりお疲れですね?」
「ん?あ…ああ、まあね、ちょっと忙しかったから…」
蓮は答えながら自分で驚いていた。いくら疲れていても、そんな素振りを他人に見せることなど滅多にしないというのに。今自分は、キョーコがいるにも関わらずすっかり疲れ切った素の自分をさらしていたらしい。それも、無意識に。

いくらなんでも気を許し過ぎだろう…?まったく…

心の中で苦笑気味に自分に問いかけて、蓮は着替えのために寝室に向かう。

キョーコの方はその後ろ姿が見えなくなってから、ほう、と息を吐いた。先ほどは、ため息をついてネクタイを緩める蓮の姿についうっかり見惚れてしまった。眉間に少し寄った皺が悩ましげな色気を振りまいていて、ネクタイってなんだかずるいアイテムだわ!とキョーコはまたもやドキドキしながら内心でこぼす。
つい最近、蓮の強引さや格好良さに打ち勝つ手段はないだろうか、と考えていたというのに、また呆けたように見惚れてしまった。どうもこれを防ぐのは今のキョーコには難しいようだ。
じゃあ逆に、蓮をうならせるにはどうしたらいいだろうか?キョーコは目の前に並べられた料理を見渡した。

……平凡な容姿と、料理と…家事スキルしかないじゃないのよ!

それでどうやって対抗しようというのか。キョーコはがっくりと肩を落とした。
実際のところキョーコが「しかない」と称するものにより、既に蓮には勝ったも同然なのだが、キョーコは全くそれに気がついてはいない。キョーコはしかし、ふと先ほどの蓮の表情を思い出す。

入社してから今まで…あんなに疲れた顔見たの、初めてかも…?
本当に今日は疲れてるんだ…

勝敗については今日は置いておいて、とりあえず疲れを癒してもらうのが先決!とキョーコは食事の準備を再開した。

蓮が着替えてリビングに座ると、いつも通り「いただきます」と食事が始まる。日曜日はキョーコも研修の疲れが残っているだろうからと外食をしたため、キョーコの料理を蓮が口にするのは2週間以上ぶりだった。

なんだか、ホッとするな…

心からそう思えて蓮は改めて会社のことを思う。父親のクー・ヒズリが飲食店チェーンを起こしたきっかけは、食事がもたらす幸せや癒しをより広げたいと考えてのことだった。こういう食事こそが、父の目指す幸せな食事なんだろうなあ、とぼんやり考えながら味噌汁の盛られたお椀を手に取り、蓮は「ふふ」と笑いをこぼした。

「どうしたんですか?」
キョーコが食事の手を止めて不思議そうに聞いてくる。
「いや、この味噌汁…」
「……そうですよ。何か、問題でも!?」
キョーコはやや恥ずかしそうに、ややぶっきらぼうに聞いた。蓮はまだ笑いながら答える。
「問題なんてないよ…」
「もう!いいじゃないですかー!」


キョーコが名古屋での研修を終えたあと、蓮がキョーコを送った際に、キョーコは蓮にお土産を渡した。
「わざわざありがとう。自分には何も買わなかったの?」
お土産を受け取りながらそう聞いた蓮に、キョーコはがさごそと紙袋の中を探って大きな塊を取りだした。
「買いましたよ!名古屋と言えば、八丁味噌です!」


「だって…若い女性の自分へのお土産が…味噌って……」
「いいんですよ!こっちじゃあんまり売ってないですし、美味しいんですからー!」
研修後の帰りにされたやり取りがまた今度は蓮の家のリビングで繰り返されていた。
「うん、確かに美味しいよ。ふふ、笑ってごめん。ご馳走してくれてありがとう」
「いえ…いいんですけど。このお味噌が美味しいって分かっていただければ買ってきた甲斐があります」
「味噌というか…やっぱりキョーコの気持ちがこもってるからだね、美味しいのは」

ひえ?とキョーコは目を丸くして蓮を見た。
「本当だよ。どんなにいい食材を使って、どんなに料理の腕が良くても、食べる人を思う気持ちが無ければ…本当に美味しいものはできない」
「は…はあ……」
「俺は…そういう気持ちをこめた料理が出せる店を、目標にしてるんだけどね。なかなか、こういうご飯を出されると、太刀打ちできないなって思うよ」
「そ、そんな大層なものでは…」
「謙遜しなくていい。知ってるよ。キョーコのご飯は普通に美味しいだけじゃない。俺の好みとか体調とか、考えてくれてるよね。ありがとう」
優しい目で見つめられて、キョーコは息を呑んだ。
「強引に、こんなことさせてるのに…君は……いつでも一所懸命なんだな。そういうところが…」
キョーコの顔を見つめたまま蓮は小声で呟いたが、ふ、と笑みをこぼすと黙って食事を再開する。

キョーコの鼓動はなぜか喉のところでどきんどきんと聞こえている。
深呼吸をしてみても収まりそうに無い鼓動と、勝手に熱くなってしまう顔に、キョーコは(なんなのなんなのもう!やっぱり…ずるい!!)と心の中で精一杯叫んでいた。

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