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Personal Engagement (10)


こんばんは。
今日は春の嵐!ごうごうと吹き荒れて、家の前に置いてあった植木鉢が転がりました。今も風雨がすごいです!
まだお帰りの途中の方などもいらっしゃるでしょうか。お気を付けくださいー。

週末あいてしまいましたが、今日はなんとか更新です。





「はい、ありがとうございます。…おやすみなさい」

キョーコは挨拶と同時に頭を下げると、ふた呼吸置いてから携帯のボタンを押す。無意識に ふう、とため息をついてから、腰かけていたベッドにぼすんと上半身を倒した。

なんでこんなに電話かけてくれるんだろう…?

名古屋での研修は今週末で終わる。研修はほんの2週間なのに、蓮は3日と空けず電話をかけてきてくれていた。蓮とキョーコは契約上の恋人なのだから、人前でだけ恋人を演じればいいはずだった。ちょこちょことデートや食事に連れだされるのは、2人が一緒にいるときに他人に違和感を感じさせないため、と蓮に説明されたからなんとなく納得したのだが、この、滞在しているホテルにいる夜にかかってくる電話はどういうことなのだろう。
蓮も帰り道だったり自分の部屋からだったり。誰が見てる訳でも聞いている訳でもないのに。

社長との電話は勉強になるし、励まされるし、私のことを心配してくれているようだし…嬉しいんだけど……

キョーコは蓮と出会ってからの短い間に、蓮のことを完全に認めて憧れるようになっていた。…社会人として。

直に話していると、自分が感動したヒズリグループの経営理念と、蓮の考えはぴったりと一致しているように思える。その上で、"ひさや"としてはどんな方向を向いて何をしていくのか、蓮からちょっとだけ聞いた考えはキョーコにとっても理想的なものだった。
恋人として振舞う、という契約を結ばされた時はなんて強引で交渉の進め方がずるいんだろう、と思ったけど、考えてみればそれはビジネス上では武器になる。自分とたいして年が離れている訳でもないのに、どこでこんな考え方ややり口を身につけたのだろうか、キョーコは不思議に思う。

そして、蓮のすごさはその強引さだけではなかった。一緒にいると、さりげなく気を遣ってくれるし、キョーコのことを1人の社会人としてしっかり認めてくれる。キョーコの意見も聞いて、それに対して真摯に向き合ってくれている。研修中の電話でも、どういう視点で何を学べばいいのか、考えるきっかけを蓮はくれたし、店舗で不思議に思った事や感じた事をキョーコが話せば、必ず納得できる答えや新しい考え方を与えてくれる。
キョーコにとって、蓮との契約で得た一番のメリットは経済的なことではなく、蓮から学べる様々な事だった。

でも…敦賀社長は尊敬に値するような人だけど…私はただの平凡な新人ってだけだもの…

いくら契約しているからと言って、これほど気にかけてもらってしまうと逆に申し訳なく感じてしまう。嬉しい気持ちはあるのだが、それほど危なっかしいだろうか、と情けなくも思う。そして、きっとこんなに気にかけてくれるのも、契約の間だけだ。
蓮は自分に自信を与えてくれると言ったけど… 素の自分にはそんな価値はないと、逆に自信を更になくしそうで、キョーコは目を閉じて考えるのをやめたのだった。


週1となっているエリアマネージャーとのテレビ会議。
打ち合わせが終わり、蓮が「お疲れさまでした。また来週、よろしくお願いします」と声をかけた後で、緒方が「そういえば」と蓮に話しかけてきた。他の2人もそのまま接続を切らずに聞いている。

「社長の…仲良くされている新人さん、うちに来てますよね」
「ああ…そうですね、東海支部と言ってましたね」
「やっぱりそうでしたか。噂で色々聞いてたんですけど…社長からは先週もその話を伺わなかったものですから」
蓮は笑って答えた。
「このミーティングとは全く関係ない事ですからね」
「そうですか、……そうですよね」
「俺が公私混同しているという噂も一緒に流れてますか」
「……まあ、多少ですけど」
「どう取っていただいても結構ですよ。…大体彼女に関しては、公私混同する必要もないと思ってますし」

会話を聞いていた黒崎の口から小さく「ひゅう」という口笛の音が鳴った。

「ふふ。社長のおっしゃる通り、なかなか有望な新人さんですね」
「直接会ったんですか?」
「支部のオフィスに来たのは最初だけなので、少しですけどね。店舗からの報告は読んでます」
「そうですか…」
蓮は照れたように笑うとぽつりと言った。それを見て緒方は少し驚いた顔になる。社長は遊びでちょっかい掛けてるだけだ、などと言う人もいたのだが。

おやおや…これは、本当に…?

「その子って、最上キョーコって新人だな?」
新開が無遠慮に会話に割り込んできた。
「俺が聞いた噂では、社長が裏で手をまわしてコンペで恋人のチームが決勝に残ったってことだったが」
「随分な噂ですね…彼女のチームが決勝に進んだのはまだ付き合う前ですよ」
蓮は笑顔で反論した。しかしその笑顔は先ほど緒方が目撃したものとは違う。蓮は返事をはさむ間もなくたたみかける。
「あのチームが残ったのは紛れもなく実力ですよ。彼女自身、苦労してメニューを作り出したようですし。内容を見ていただければ皆さんには分かると思いますが」

「あの2位になったメニュー内容、あんたの恋人が考えたのか?」
さらに横から口を出したのは黒崎だった。
「もちろんチームなので1人でではないですが、ベースはそうみたいですよ」
「ふうん。それで、緒方が認めるくらいの女性か…興味あるな。うちにくれたら鍛えあげてみせるぜ」
「彼女、出身は京都だと聞いたぞ?だったらうちの方がいいだろう」
黒崎と新開が立て続けに名乗りを上げた。しかし、蓮は笑顔を更に深めて即座に切り返す。
「それは出来ませんよ。もう配属は商品開発本部になったんです。折角希望通りに配属された新人のやる気を削ぐつもりですか?」
「なんだよ、やっぱり公私混同じゃねーか」
「俺の彼女だってだけで野次馬根性で配属捻じ曲げようとする方がよほど公私混同ですよ」
黒崎の抗議も蓮はぴしゃりとねじ伏せた。途端に緒方が楽しそうに笑い声を上げる。

「黒崎君、あなたの負けですね。…よく分かりましたよ、敦賀社長。ずいぶんと、彼女のこと大切に思われてるんですね」
「…いや、まあ」
蓮は真顔になってしばしの沈黙ののち曖昧に答える。
「大丈夫です、口出しも手出しもしませんから。社長もそのまま彼女のこと見守ってあげてくださいね。きっと…会社の重要な戦力になりますよ、彼女は」
「そう言っていただけると」
そして今度こそミーティングは終了した。


接続を切ってヘッドセットを外し、蓮は椅子にもたれて天井を見上げた。

『ずいぶんと、彼女のこと大切に思われているんですね』

つい先ほど緒方に言われた言葉に、なんだ、そういうことなのか?と妙に納得してしまった。このところ、なぜかイライラすることがあったのだが、自分で原因がよく分かっていなかった。考えてみれば言われたとおりだ。自分が気分を害すのは、キョーコが関わることばかりではないか。なぜ今まで気がつかなかったのだろう。

自分で、あくまで契約だと、契約上の関係だと決めていたからか。
それとも、過去の交際でこんな気持ちになった事がなかったからか。

気がついてしまえば、笑ってしまうほど簡単なことだった。
自分は、この短い間にキョーコが傍にいることが心地よくなっていた。そう、手放したくないと思うくらいに。他の男が自分より近くに寄ることを許せないと思うくらいに。だから、つい気になって自分は離れたところにいるキョーコに電話していたのだ。
けれど、自分とキョーコは契約上の関係だ。形としてキョーコは自分の恋人だが、キョーコの気持ちは自分には向いていない。だからこそ、縛りつけたくなるのだろうか?

契約解除の例外事項に、入れてしまったな……俺に本当に好きな相手ができた時ってのを…

蓮はため息をついた。まあでもあの事項は"自己申告"だ。そして、キョーコは言っていた。「他に好きな人がいる男の側にいるのはいやだ」と。

"他"じゃなきゃ、構わないよな、たぶん。

蓮は机の上のカレンダーをチラリと見た。もうすぐ、キョーコが東京に戻ってくる。あの笑顔を早く見たい、と素直に思える。蓮は緒方の何気ない一言でここまであっさりと色々自覚してしまった自分が妙に可笑しかった。天井を見上げたままクスクスと、蓮は自分でも 気持ち悪いな、と思いながらしばらく笑っていたのだった。


キョーコの研修最終日。この日は午前中は店舗で最後の実習をし、午後は支部で反省会という日程が組まれていた。
キョーコも他の数名の新人たちとともに無事に日程をこなし、それなりの達成感とともに研修を終えようとしていた。帰り支度をする新人たちに、最後の挨拶をしてくれたエリアマネージャーである緒方が声をかけて回っている。

「最上さんもお疲れ様でした」
「いえ、お世話になりました!」
キョーコは緒方に向かって深々とお辞儀をした。
「研修は役に立ちそうですか?」
緒方はニコニコと人のよさそうな笑顔で話しかけてくる。線が細く儚げな印象を受ける男性だが、数十店もあるこの地域を監督しているのだ、見た目どおりの人ではないのだろう、とキョーコは思っていた。
「はい、とても!勉強になりました!」
「店長から、最上さんは手際が良くて接客も良かった、と聞いてますよ」
「えっ。そうですか?嬉しいです、ありがとうございます!学生時代にバイトしてたので、慣れてはいるんですけど…バイトのときと違って、色々考えさせられました」
「おや、どんな面が?」
「厨房のオペレーションは思ったよりスペースも時間もタイトでしたし…廃棄を少なくする工夫とか、手間を減らしても味を下げない方法とか、色々…」
「最上さんは配属は…」
「あ、はい!商品開発です!」
「そうですか、早速その視点で取り組んでるんですね」
緒方は満足げな笑顔を見せた。

「はい、でも…もう少し視点を広げられたらいいかなと思います」
「これ以上?」
「はい…実際に調理をするのは店舗の店員さんですし、食材のストック方法なんかも…」
「そこまで考えられるとは、なかなか素晴らしいですね」
キョーコは目を輝かせて語っていたが、緒方の言葉を聞くと恥ずかしそうな顔で慌てて右手をぶんぶんと振った。
「あ…いえ!あの、色んな視点が必要だと、あの…先輩などにも教えていただきまして…」

緒方は少し目を見開いたが、楽しげに頷いた。
「そうですか。いい先輩に恵まれましたね。部署に戻っても頑張ってくださいね」
緒方にお礼を言い、もう一度深々とお辞儀をすると、キョーコは重いボストンバッグを持って会議室を後にした。新人たちは今日中に東京へ戻る者がほとんどだと緒方は聞いている。キョーコの後姿を見送って、緒方はくすりと笑った。

敦賀社長、最上さんの帰りを待ってるんでしょうね…ふふ、下手したらここまで迎えに来そうなくらいだったかな?
でも、仕事のアドバイスをしっかりしてるあたりが…らしいといえばらしいですかねえ。

一緒にいるところを見てみたいな、などと思いながら、緒方は自分の仕事へ戻っていった。



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