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Personal Engagement (8)


こんばんは!

関東は暖かくなる、という天気予報を信じて薄手のコートで出勤したのですが、夕方は結構風が冷たかった…。
しばらくは着る服にも迷う時期です。

三寒四温、という言葉通りに行くでしょうか。

本日はようやっと続きの更新です。





「で?最近どうなの?」

お昼時の飲食店はどこも昼食を取る会社員たちでにぎわっている。低価格なランチを提供しているイタリアンレストランで、注文を終えてウエイトレスが下がるや否や、薪野穂奈美は向かいに座る最上キョーコに聞いた。
「どうって何が?」
キョーコはお冷を一口飲んでから、首をかしげる。
キョーコたちは新人研修を終え、GWが明けてしばらくしてから部署に配属されていた。配属に伴い新人たちの居室はばらばらになったのだが、この日は新人の女子社員のうち都合が付いた4人がランチに来ている。
質問した穂奈美だけでなく、一緒にいる奏江と天宮千織も興味深げにキョーコの方を見た。

「…何がって、決まってるじゃない。キョーコの彼氏の事よ」
「!彼氏って……いや別に…特に何もないけど」
「…デートとか、してるの?」
「えっ?うん……あ、でも、最近ではご飯作りに行くことのほうが多いかな」
「それって、社長のうちに??」
「そう。キッチンがね、すごく広くて立派なの!それで、そこを使わせてもらう代わりにご飯作ってるの」
「キョーコさんって…尽くす女なのね」
ぽそりと千織がつぶやいた。
「ち、ちがうのよ!尽くすとかそんなんじゃなくて…だって、外食ばっかりって言うから、健康も心配だし…」

はいはい、と奏江が面倒くさそうにため息をついた。奏江は、社長からの強烈過ぎるアプローチを断りきれずに付き合い始めたようなキョーコの事をかなり心配していたのだ。なぜ新入社員の、それもキョーコにターゲットを定めてあれほどプッシュしたのか、奏江も、いや周りも皆不思議だった。何か裏があるのではないか、キョーコをいいように扱っていないか、と奏江は社長のことを疑っていたのだが、付き合い始めてからもキョーコは憂鬱そうな様子もなく、毎日元気だ。

のろけを聞きたいわけじゃないのよね、と何気なくキョーコの顔を見た奏江は、ふと眉間に皺を寄せた。今目の前で自分の恋人のことを話しているキョーコの顔には、確かに嫌悪感だとかマイナスの表情は浮かんでいないが、恋する乙女の顔でもないような気がする。

あれは…どっちかと言えば…うーーん?

そう、憧れと言うか尊敬と言うか、そんな表情ではないだろうか。確か以前キョーコから交際の事を聞きだしたときも、やたらと社長の仕事に対する姿勢とか、そんなことばかり目を輝かせて語っていたような…。

奏江が内心首をひねりながら色々と考えている間にも、穂奈美はあれこれとキョーコから聞きだしている。
「えーそれで、ご飯作って泊まって次の日一緒に出勤したり??」
「えええっ??そ、そんな、ちゃんとその日のうちに帰ってるよ?」
「そーなのーーー?」
「う、うん」
「今日は帰さない、とか言われないの?」
「んなっ!なんてことを!!」

それでもちゃんとお付き合いはしてるみたいだから……杞憂かしら?

きゃいきゃいとはしゃぐ穂奈美と青くなって弁解するキョーコを見ながら、奏江の心中はそれでもなんとなくすっきりしなかった。


同じ店のキョーコ達の席のすぐ隣、パーティションをはさんだ席には、眼鏡の青年が必要以上に息を潜めていた。偶然にも会社を出たところで新人の女子社員達を見掛けた社は、蓮から聞くキョーコとの交際の話だけではどうにも納得できず、若干の罪悪感を抱きながらこっそりと話が聞こえる席をキープしたのだ。何か裏があるんじゃなかろうか、という懸念は奏江と同じだったのだが、キョーコの話を聞いて抱いた印象は奏江とはだいぶ違うものだった。

クオンの奴!!じゃなくて、今は蓮か!
あいつ、もう最上さんを家に引っぱりこんでるのか!!
昔彼女と一緒にいるところを見た時は、彼女の方がベタ惚れで、蓮の方がうまく距離を取ってた気がするんだけど…あいつ、追いかける恋愛もするんだな……
そうかー、最上さんは料理好きか。お嫁さんにしたいタイプなのかな……人の好みって分からないもんだよなあ…

奏江に比べて、社の感想は能天気そのものだった。


あちらこちらで噂の的になっている"ひさや"社長は、その日の午後、社長室のパソコンの前に座っていた。画面には4分割されたカメラ映像が映し出され、うち1つには自分の顔が映っている。残り3つにはそれぞれ中堅どころの社員の男が1人ずつ。

蓮は飯塚を介してセッティングした、カメラ越しのミーティングに臨んでいた。
"ひさや"の店舗は大阪、名古屋、東京の都市圏を中心にその周辺に出店している。そのため、関東、関西、東海それぞれに支部を設置し、そこにエリアマネージャーを置いて各地方の店舗を取りまとめているのだ。関東地方のマネージャーは黒崎、関西は新開、東海は緒方と言う男だった。それぞれタイプは全く違うが、店舗のバイトから店長を経た叩き上げのマネージャーと言う共通点がある。

簡単な自己紹介の後、蓮は早速本題に入った。
「ここ数ヶ月、なにやら本社のごたごたで迷惑を被っているのではないかと思いまして」
「…分かっていて放置とは、随分性質が悪いんじゃないのか、社長さん」
黒崎がぼそりと言い放つ。
「放置してるつもりはありませんが、なにぶん新参者ですので拙速な判断はできません」
「ふん、動向を調べるために泳がせてたってことか?」

黒崎を窘めるように緒方が言葉をかぶせた。
「すみません、黒崎君は言葉が悪くて。でも、ここのところ本社から矛盾した指示が多くてこちらが困っているのは確かです」
「ある程度は各支部の方針が優先されるはずですよね」
蓮は確認するように緒方に話しかける。黒崎は厳しい目で蓮の言葉に耳を傾けているようだ。
「メニューの地域ごとのバリエーションやバイトの雇用についてはそうですけど、出店方針やメインの仕入れはそうはいきません」
「そうですね、確かに。その、出店と取引先について、一番動きが激しいのは新開さん、関西支部ですよね。黒崎さんの関東は、4月に入って落ち着いてるはずですが」
「おや、そこまで押さえた上でのこのミーティングか。さすがヒズリ会長が田所さんの後釜に据えるだけのことはあるのかな」
それまで黙っていた新開がようやく口を開いた。

画面の向こうの3人は、蓮が短い期間に状況を把握していることを認めて、真面目に話を聞く体勢に入ったようだ。
「俺もこの状況は好ましくないと思っています。色々とざっくばらんに情報交換をさせていただけますか?」
4人はそこから、お互いの持つ情報を交換していった。


…なるほど、有意義だったな…

短時間ではあったが濃いミーティングの後、蓮は一つ息をついて椅子にもたれかかった。
やはり本社内に不穏な動きがある。そしてその発信源は今日のミーティングでほぼ特定できた。同時に、それに気付いて牽制する動きもあるようだ。会社の方針に背くような強引な動きがあること自体も問題だが、それに反対する動きが強いと、会社の内部がかき回されて分裂してしまう恐れがある。
今はまだ完全に表ざたになっている訳ではない。しかし、田所前社長が倒れたことで、水面下の動きが少しずつ表面に表れてきているようだ。

コンコン

思考にふけっていた蓮は、ノックの音で現実に戻ってきた。
「どうぞ」の声に入ってきたのは名目上は秘書として出向してきている社だ。

「ミーティング終わってるよな?仕入れの取引先の契約状況、言われた通り全部調べ上げた」
「ありがとうございます。いかがでしたか?」
「うん、やっぱりここ半年で急な契約解除やら新規契約やら、動きが激しいな。この間なんとなく聞いたら、半年前も田所さんは軽い脳梗塞で倒れてるんだ。幸いあっという間に復帰したらしいけど、動きが始まったタイミングがそこと合ってる」
「早急に関連した人間の洗い出しですねえ…この会社はヒズリグループの理念に忠実だと聞いていたんですけど」
「動かしてるのは人間だからな。常に理想を求めて仕事しろってのは凡人にはなかなか難しいよ」
社は蓮に書類を手渡すと、急に表情を緩めた。

「どうしました、社さん」
「いや……あの、疑って悪かったな、蓮」
「何の話です?」
「いやほら、最上さんのこと利用してるとか何とか言っちゃったけどさ。お前ちゃんと追いかける恋愛できるんだな」
「なんなんですか、急に」
「たまたま話聞いちゃってさ。最上さんの手料理食べてるんだって?お前は自分の部屋に彼女上げるなんてこと、しないと思ってた」
「いやそんな事…」
確かにここ数年、彼女どころか友人ですら自分の部屋に招くなどと言う事したことはなかったのだが、蓮は言葉を濁した。社の顔を見れば、下手な言動をすればいじられて遊ばれる状態だという事は過去の経験上疑いようがない。
社は勝手にうんうんと頷きながら話を進める。
「お前が心許してるって事だよな、それだけ。いや、こんな仕事してながら自分の食が滅茶苦茶なお前に、ちゃんとご飯を食べさせてくれる彼女ができるなんて…俺は嬉しいよ」
「俺のことどんな人間だと思ってるんですか」
蓮は思わず肩を落とす。自分は過去の彼女にそれほど気を許していなかったつもりもないのだが。

「ああでも、お前ちゃんと気をつけろよ」
蓮の言葉を全く聞いていない社は急に表情を改めた。
「何がですか?」
「付き合い始めたってだけで特にベテラン勢は眉をひそめてるんだからな。できちゃった婚とか、絶対ダメだからな!」
真面目に聞いていた蓮はがくりとうなだれた。
「そんな心配はご無用です!余計なお世話ですよ……」

大体俺と最上さんはそういう関係じゃない!

大声で反論したかった蓮ではあったが、自分が仕込んだことなだけに、当然その言葉は腹に飲み込んだのだった。


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