SkipSkip Box

Personal Engagement (4)


こんばんはー!
暖かくてすごい風の強い1日でした。

そして、そのせいか、爆発的に目と鼻が反応を…。
辛い季節の始まりです。目が…。ぐすん。





おや、と思いながら蓮は部屋へと足を踏み入れた。
「君は…」
するとはじかれたように相手は椅子から立ち上がり、直立不動の姿勢で答える。
「はい!私、新入社員の最上キョーコと申します!」

キョーコはスーツのジャケットを脱ぎ、白いブラウスの袖を捲り上げた状態だった。座っていた椅子の隣にはエプロンがかかっているから、調理中はエプロンをつけていたのだろう。
「うん、入社式で会ったね、最上さんか。ここで何してたの?」
「はい、あの、メニューの検討をしておりました!」
蓮はキョーコのいる机までたどり着いていた。キョーコの目の前にはノートが広げられ、試作したものであろうか、惣菜の入った皿がいくつか置かれている。
「ああ、もしかして、社内コンペのかな?」
そういえば昼間、新人チームのメニューが決勝に残ったと聞いた気がする。
「はい」
キョーコは緊張した表情で、相変わらず真っ直ぐ立ったままだ。蓮はキョーコに座るように促すと、自分もキョーコと机をはさんで斜め前の椅子に腰を下ろした。
「1人でやってたの?」
「あ、いえ、先ほどまで他の人もいたんですけど、ある程度決まったのでレシピの記録を取っておこうかと」
キョーコはとりあえず腰を下ろしたのだが、まだ緊張しているのだろうか、背筋はぴっしりと伸ばされ、ぎくしゃくと答える。京都の店で見てたときよりだいぶ表情も固いな、と蓮は思わず笑みをこぼしてしまった。
「そんなに緊張しなくていいよ。リラックスリラックス」
「は、はい…」

蓮は相変わらずなキョーコを見て、緊張をほぐそうと話題を探した。
「最上さんは、関西出身?」
「え?はい、そうですけど…」
キョーコがなぜ?という顔をしたのを見て蓮は理由を語った。
「出汁の匂いが昆布主体だし、薄口醤油を使ってるよね」
蓮は厨房エリアの方をちらりと見て言った。京都で以前に会っているとか、入社式後に社員情報を見て確認したとか、そんな余計な事は言わない。
「わ、そこで分かっちゃうんですか。さすが社長ですね…」
キョーコは心底感心した顔でうんうんと頷いた。少し肩の力が抜けたようなので、蓮は会話を続行する。
「俺もどっちかといえば関西の出汁の方が好きなんだ。自分じゃ作れないけど」
「なかなか男性で出汁まで引く方も珍しいかもしれませんね…」
「そうかな?俺の父親は自分で鰹節削るよ?」
「え!それはすごいですね!!」

笑顔になったキョーコの顔を眺めながら、蓮は京都のカフェでのキョーコを思い出していた。そうそう、この笑顔。邪気のない笑顔を見ているとほっとするな。そんなことをぼんやり考える。

「それにしてもこんな時間まで1人で頑張るなんて…」
「あ、いえ!たまたま今日は私だけ残ってますけど、昨日はグループ全員でやってたんですよ」
「そうなの?グループは何人いるの?」
「5人です。今日金曜日なので、皆予定があって」
「ふふ、最上さんは暇だったんだ」
「そ、そうですよ…」

少し気まずそうにするキョーコに、蓮はふと思いついて聞いてみた。
「暇って、最上さんは恋人なんかはいないの?あ、もしかして遠距離とか?」
本当に何の気なしにした質問だったが、しかし戻ってきた反応は蓮の予想していたものと違った。キョーコはいきなり眉間に皺を寄せると、先ほどの笑みを全てかき消してむっつりとした顔になる。
「…恋人なんていませんし、今後この先ずっと、作りません」
蓮はキョーコからいきなり噴き出してきた黒々としたオーラに少し驚き気圧された。
「……なんだか頑なだね」
「恋愛ほど愚かな事はないと思ってますから」

もしかして、男に捨てられたとか、ひどい思いをしてきたのか?
天真爛漫な笑顔をいつも店では見せていたけど…分からないもんだな…

その瞬間、蓮の頭にある閃きが浮かんだ。思いつきに過ぎないそれを、蓮は瞬時にシミュレーションし可能性を検討する。それから、おもむろに口を開いた。
「恋人をずっと作らないってのは、本気?」
「もちろんです」
キョーコはまだ眉間に皺を寄せたまま即答する。
「好きな人ができたらどうするの?」
「そんな人いませんし、今後もこれっぽっちもあり得ません!」
「結婚は?」
「必要ないです!バリバリ働いて一人で生きてみせます。もちろん子供も要りません」

恋愛不要…確かにそう言い切れる精神状態なのかもしれない。この会社に来る前も来てからも、蓮が笑顔で話しかけた女性は、少しはにかんだような、照れたような、そんな表情を見せる事が多いのだが、キョーコは一切そんな感情を蓮に向けていない。それは入社式でもそうだったし、今もそうだ。もっとも、入社式のあとの懇親会でキョーコと一緒にいたロングヘアの女性も同じだった気がするが。

交渉してみる価値はあるかな…


蓮は考えをまとめて決意すると、机の上で両手を組んで口を開く。
「じゃあさ、そんな最上さんに提案なんだけど…俺と契約をしないか?」
途端にキョーコは厳しい表情をといて、きょとんとした顔で蓮を見つめた。
「契約…何の契約ですか?」
「仮面恋人契約」
「え?仮面…なんですって?」
困惑顔のキョーコに対して、蓮はあくまで笑顔のままだ。
「俺の恋人を演じて欲しいんだ。対外的に、ね」
「はあ?」
キョーコは幾分失礼な返事をしてしまったが、それにも気がつかないくらい、本気で驚いていた。言われた言葉を理解してみても、その意味が分からなくて尋ねる。
「な、何でそんなことを?」
蓮はにやりと笑うと、質問に答えずに聞き返した。
「さて、君の会社の社長が、入社1ヶ月もたたない新入社員の女の子に手をつけました。そんな社長、どう思う?」
「え…ええっ?」
思わずキョーコは少し嫌な顔をしてしまう。
「そう、なにそれ、て思うだろう。どんな奴なんだ?って、ちょっと人間性を疑うよね」
「は、はあ…」
確かにそう感じてしまったのでキョーコはなんとなく肯定の返事をした。

「ちょっとね、必要があって、そう思われたいんだ」
「えっ?思われたい?しゃ、社長がですか?」
「うん。だけど本当にそうするのはまずいだろう?俺にはそんな趣味もないし。だから、相手の了承のもと、他の人にそう思われるようにしたいかなと思ってね」
「相手って言うのが私ですか?」
「うん。恋愛しないって言うならちょうどいいかと思って。他に恋人がいたり好きな人がいる女性には頼めないから。どう?」

どう?と言われても。
キョーコは唖然としてしまった。自分が入社した会社の社長とはいえ会ったのは入社式のときだけ。そんな人に偶然会ったと思ったら(多分ここに来たのは偶然よね?)、恋人を演じる契約を結べというのだ。戸惑うなと言う方が無理だろう。本当に社員に手を出すのもどうかと思うけど、そういう契約を提案するのも十分おかしくはないだろうか。

蓮にとってはキョーコは個人的付き合いはないとしても知った顔。キョーコにとっては相手がバイト先の常連客だと言う事は分かっていないためほぼ初対面。ここに若干の温度差が生じていた。

「あの…」
キョーコはおずおずと蓮の顔を見る。
「ん?なに?」
「なんで、私なんですか?」
「んー、そうだね。ずっと相手を探していたわけではないんだ、実は。最上さんの顔を見て、恋愛観を聞いて、この案を思いついた、じゃダメかな?」
「そんなに、変な人だと思われる必要があるんですか?」
「うん、そう。しかも、早急に」
「他に手はないんですか?」
「今のところは」

にこにこと穏やかな笑みを浮かべる若社長は、キョーコの目にはおかしな人には見えない。むしろ理知的で大人で、切れ者のように見える。

よく天才と何とかは紙一重って言うけど、そういうことかしら?

キョーコはなんとか自分の中で蓮の人物像を作り上げて納得しようとしたが、いかんせん判断材料がなさ過ぎてそれは困難だった。蓮の外見が整いすぎというほど男前なのも、なおさら混乱に拍車をかける。


まだ混乱してるな…まあ無理もないか。我ながら無茶なこと言ってると思うしな

蓮自身は思いついた案をあれこれ検討して、割といい線を行くのではないかというところで落ち着いていた。
もともとキョーコの事を客の立場としては気に入っていたのだ。頭の回転も速そうだし恋人という名目で側においておくには悪くはない。そんなことを無意識に考えていたとは、自分でもはっきりとは気がついてはいなかったのだが。


関連記事

PageTop
 

コメントコメント


管理者にだけ表示を許可する
 

承認待ちコメント

このコメントは管理者の承認待ちです

| | 2017/02/13 (Mon) 21:49 [編集]