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Personal Engagement (1)


こんばんは!

ここのところー、なかなか更新頻度が上がりません…。
年度末が近いのでドタバタしておりますが、すみません、のんびりとお待ちいただければと思います。
(え、待ってない…?)

検討に時間がかかりましたが、今日の更新は ぼの様のリクエストです。

『蓮さんが社長でキョコちゃんが新入社員のお話』というリクエストをいただきました!ありがとうございます。

少し前まで書いていた「社外恋愛」もオフィスが舞台なので、話がかぶらないようにと思ったのですが、さてうまく行きますか?
とりあえず本日は少し短めですが、一発目行ってみます。
やや長いお話になりそうな気配です(いつものごとく見切り発車出発進行)





「おはようございます、いらっしゃいませ!」

コーヒーの香りの漂う中、店員の元気な挨拶が響く。
その店はごくありふれた、あちこちで見かけるチェーンのカフェであり、オフィス街に近い立地もあって朝の開店時刻直後から会社員とおぼしき人々が朝食を摂ったり新聞を読んだり、出勤前の時間を過ごしている。店のそばにはかなり大きな大学のキャンパスもあるため、店員は大学生のバイトが多く、店長の教育の賜物か、テキパキと働き笑顔で対応するため店の雰囲気は明るい。会話を交わすことはほとんどないものの、常連客と店員は顔見知りになっていた。

この店で朝のシフトに入っている女性店員の間では、常に話題に上る男性の常連客が1人いる。
その男性客は平日であれば週に3日は必ずここを訪れ、コーヒーを飲みながら新聞を読んで過ごす。訪れる時刻も出て行く時刻も大体いつも同じで、ネクタイを締めていることから会社勤めであると推測されていた。
それだけの特徴であれば、朝早い時間帯にこの店を訪れる客の半数近くは同じなので店員の話題になる事はないはずだが、その常連客にはとても大きな特徴があった。彼は金髪碧眼で、モデルかと思うほどの長身と整った顔立ちをしているのだ。

1年ほど前に初めて来店した際には店員たちは英語で話しかけなければいけないのかとおどおどしてしまったのだが、彼は流暢な日本語を操り、穏やかな笑顔を見せた。それ以来店員たちは彼を密かに"王子様"と呼んで観察している。

この数ヶ月、店員たちは"王子様"についてある賭けをしていた。
店員たちは"王子様"が来店すると、素早く2つあるレジカウンターの担当が誰かをチェックする。どちらかのレジに、バイト店員の最上キョーコと言う女性が入っているときに、賭けは行われるのだ。その賭けの内容とは、『"王子様"はどっちのレジに注文をしにいくか?』というもの。
賭けのきっかけは、"王子様"を気に入っている1人のバイト女性だった。彼女はなんとか"王子様"との接触を増やしたいと思ったのに、自分がレジに入っているときにもう1つのレジに最上キョーコがいると、"王子様"が自分のレジには来てくれない事が多いのに気がついたのだ。

しかし最近ではこの賭けが段々成り立たなくなってきていた。今朝も、来店した"王子様"は少々並んでいる人が多いにもかかわらず、キョーコが受け持っているカウンターの列の後ろについた。

「最近、一段と率が上がったよね」
コーヒーを淹れながらバイトの1人が隣の店員にぽそりと小声で話しかける。話しかけられた店員はカフェラテの紙コップに蓋をしながら答えた。
「ほんと、賭けが成り立たないったら」

その少し向こうでは、賭けの条件となっている最上キョーコが何も知らずに接客を続けている。そう、本人は同僚に賭けのネタに使われているとは知らないのだ。そして列は順調にさばけて行き、"王子様"がカウンターの前に立った。
「おはようございます、いらっしゃいませ」
「今日のコーヒーは何?」
「はい、本日はグアテマラブレンドになっております」
「じゃあ、それのMサイズを一つ」
「かしこまりました」
"王子様"が500円玉をトレイに置くと、キョーコはおつりとレシートを差し出した。左手を相手の手の下にそっと添える。

「ありがとう」
"王子様"はいつも通りにっこりとキョーコに微笑みかけ、おつりを受け取ってコーヒーの受け取りカウンターへと進んでいった。
「ありがとうございました!」
キョーコはきっちりと笑顔でお辞儀をして見送ると、すぐに次の客の注文をとるため「おはようございます、いらっしゃいませ」と声をかけた。
2人の接触はこれだけだと言うのに、"王子様"はかなりの確率でキョーコのいるカウンターに並ぶのだ。個人的にキョーコに話しかけるわけでもないのに。

"王子様"にはもちろん、ちゃんと名前がある。彼はクオン・ヒズリという男だった。見た目の通り、純粋な日本人ではない。
クオンは窓側のカウンター席に腰を下ろすと、ブラックでコーヒーを飲みながら新聞を広げる。普段であればここで30分ほどを無言で過ごすのだが、この日はすぐにその時間を妨害される事となった。
スーツの胸ポケットで携帯が震えだしたため、クオンは新聞をカウンターテーブルに置くと携帯を取り出す。画面を見て少し驚いた顔になったが、ちょうど周りに他の客がいないのを見てその場で通話ボタンを押した。

「おはようございます、どうしました?」
『ああクオン、おはよう。まだ仕事前だな。今いいか?』
「はい、少しでしたら大丈夫ですが」
『そうか…ちょっと急なんだがな。4月から、こちらに戻って欲しい』
「は?4月って、もうひと月ないじゃないですか」
今は3月上旬だ。言いながら、クオンは何かあったのだと悟っていた。
『ああ、ちょっと緊急でな。田所が倒れたんで、あとを引き継いで欲しい』
「え?田所さんが?…って、ちょっと待ってください。引き継ぐって…!」
『明日には社をそっちにやる。細かい事は2人で打ち合わせてくれ。そっちの社長にも俺から一言伝えておく』
「そんな急に」
『すまんな、これから搭乗なんだ。あとは社に聞いてくれ。じゃあ』
電話は一方的に切れた。
クオンはしばらく渋い顔で携帯を見つめていたが、やがて諦めたように息を吐くと胸ポケットにそれをしまった。

父さんは相変わらず強引だな…次は何をさせるつもりなんだ?

電話の相手はクオンの父親、クー・ヒズリだった。クー・ヒズリは東京に拠点を構えるレストランチェーンを経営している。本人が敏感な舌とブラックホールのような胃袋の持ち主ということがプラスに働いているのだろうか、チェーンの傘下にある様々な飲食店はどこもかなり好調だ。全国展開もしているが、闇雲に店舗数を増やすような事をせず、その場所に必要とされる業態を検討しながらじわじわとその勢力を伸ばしている。

クーが『倒れた』と告げた田所とは、レストランチェーンの中で定食屋やうどん屋を展開している子会社の社長だった。クーの旧友でもあり、クオンも見知っている男だが、引き継ぐということはつまり、クオンが社長に就任することを意味する。
武者修行のために東京から離れた京都の企業で働いていたクオンにとって、これほど早い呼び出しはかなり想定外だった。クオンはまだ26歳。それなのに、いきなり社長として戻って、果たしてうまくいくのだろうか。

もう20年以上、クーと親子として過ごしてきているクオンは、自分の父親の行動パターンをいやというほど知っている。大体クオンに連絡が来る頃には全て決定事項になっていて、相談される事はないのだ。しかし、自分の息子の意志を聞かずに有無を言わさず何かを押し付ける事は珍しい。よほど、何か思うところがあるのだろう。もらえた情報は無いに等しいし、飛行機に乗るらしいのでしばらく電話は通じないだろう。とりあえずは明日来るという社を待つしかない。

自分で選んだ道とはいえ、執行猶予期間が思ったより短かったな…

とりあえずクオンは考えるのをやめ、またいつも通りに新聞を広げたのだった。

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