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さくりゃく

こんばんは!
やっと週末…でもこの週末はバタバタと動き回らなくてはいけなくて、なんだか少し間が空いてしまいました。

今日の更新は私にしては珍しく、成立後設定でお送りします。



都内某所にある撮影スタジオ。
夜もかなり更けた時間であっても、スタジオの中は明るくまだ活気があった。その明るい玄関から、しゃっきりと背筋を伸ばした1人の女性が出てくる。女性は軽い足どりで数段の階段を下りたが、玄関前の駐車場に停められた見慣れた車と、そこにもたれて立つ人影に気がつくと一瞬足を止め、それから小走りになってそちらへ駆け寄った。

「敦賀さん??お疲れ様です!」
「お疲れ様、キョーコ」
「どうしたんですか?今日はこちらに来るなんてこと…」
「うん、最後の仕事が急きょ延期になったから、会えるかなと思ってね」
蓮は駆け寄ってきたキョーコを引き寄せるとその腕の中に閉じ込めた。

「ちょ、ちょっと…まだ、人が来ますよ?」
「うん…少しだけ」
蓮はキョーコを抱きしめたまま、スタジオの玄関に自分の背中が向くようにくるりと体の向きを変えた。こうすれば大丈夫、と笑う蓮にキョーコは「もう!」と呆れた声を出したが、しばらくして蓮の胸におでこをつけたままそっと声をかける。
「何か、ありましたか?」
「……何もないよ?」

キョーコは内心でため息をついた。
自分でも不思議なくらい、蓮の感情の機微、特にマイナス方向のものは敏感に察知してしまう。今日は…不機嫌と言うより、なんとなく拗ねているような…?昨日の夜の電話では、特に何も感じなかったから、おそらく今日1日に何かあったということだろう。キョーコは自分と蓮の1日のスケジュールを思い出してみた。

「今日のお昼の番組で、私何か変なこと言いましたか?」
「…ううん、別にキョーコが何かした訳じゃない」

ほら、自分で何かあったと認めちゃった…

キョーコが何かした訳じゃない、と言いながら、自分の機嫌が損なわれている事をうっかり認めてしまう恋人に、キョーコは胸の奥をうずうずとかき回されるような感情を覚えた。でもここでくすりと笑ってしまったりすると、なおさら拗ねてしまうのが分かっているのでぐっと我慢する。

外に向かっては完璧な大人として振る舞い、紳士の態度を見せ、決して感情をむき出しにしない蓮が、自分には拗ねたりふてたり、少し子供っぽいのが可笑しいが、そんな姿を見られることがキョーコの喜びでもある。

さてそれでも、原因は?
キョーコは蓮の反応から、キョーコ自身の言動が理由ではなくても、ゲスト出演した昼の生放送番組が関係するのだと推理した。
「もしかして…私が紹介した共演の俳優さんのこと、ですか?」
「……」

沈黙は肯定。今日は正解にたどり着くのが早かった、とキョーコは自分に感心した。だいぶ蓮の思考パターンが読めるようになってきたみたいだ。

「蓮さん」
「うん?」
キョーコは蓮の腕の中で蓮にだけ聞こえている、ということを前提に呼び方を変えた。
「だってあれ、番宣のためのお友達つながりですよ?」

キョーコがゲストとして出演した番組は、毎日ゲストが次の友達を紹介していく長寿番組。最初は本当に友達でつながっていたのだろうが、キョーコは来月始まるドラマの主要人物であるために、呼ばれた。明日のゲストとして紹介した俳優も同じドラマの登場人物だ。実のところ、キョーコが誰を呼ぶのかを決めたわけではなかったし、俳優とは撮影ではよく会っているが、個人的な付き合いがある訳でもなかった。

「そんなの知ってる…俺も出た事あるし」
「そうですよね……出たの、1回じゃないですよね」
蓮はキョーコの頭に顔をうずめて大きく息を吸った。それから、そっと長い時間をかけて今度は息を吐き出す。
「うん、だから、なんでもないよ」
自分に言い聞かせるような蓮の言葉に、キョーコはもう一度昼間の収録のことを思い出した。あの番組の中に、何か蓮の機嫌を損ねるような出来事があっただろうか?
司会者の大物芸人とドラマの話をからめた世間話をして、すぐに友達紹介に入った。番組アシスタントのアナウンサーから俳優に電話がつながれ、「今日もよろしくお願いします」と、少しだけ会話をして…

「うーーん…」
考え込んでいたのが思わず声に出てしまった。蓮はキョーコを抱きしめる腕を少し緩めて、キョーコの顔を覗き込んだ。
「だから、キョーコが考え込む事じゃないよ。何もない、ただ会いたくなっただけ…ねぇ、顔見せて?」
蓮の声が少し甘くなった。キョーコは蓮に甘えられるのにも少々弱い。恥ずかしく思いながらも蓮の胸から顔を上げて蓮の顔を見て……その瞬間、視界の端の方で動くものを捉えてしまった。

蓮にすっぽりと抱きしめられて思考の内側に入っていたため大分うっかりしていたが、ここは撮影スタジオの駐車場、しかも玄関のすぐ傍。キョーコの目に飛び込んできたのは、今日生放送のスタジオから電話で会話した、俳優その人だった。マネージャーと一緒のその男性は、駐車場に停めてある車に向かっている最中らしい。
思わずぎょっとしてキョーコがそちらを見ると、向こうも呆気に取られたようにこちらを見ていて…すぐに目を逸らして足早に通り過ぎていった。

キョーコはしばらく無言でそのまま固まっていたが、やがてゆっくりと蓮を見た。気がつけば、先ほどまで感じていた蓮の不機嫌さはすでに感じられない。いやむしろ、機嫌がいいのではないだろうか、今は。

「……もしかして、わざとですか」
ぼそりと呟かれた言葉に、蓮は笑顔で答える。
「なにが?」
「今、ばっちり見られたんですけど」
「そうだね…まあ、別に口外はされないだろう。大丈夫だよ」
「やっぱりわざとですか」
「なんで?だってキョーコだって拒否しなかったよ?そういう意味ではキョーコも共犯、て言えるんじゃない?」

やっぱり…

確かにあの共演俳優は、冗談だか本気だか分からない物言いでキョーコに好意を示してはいたけれど。
キョーコはそんなことを一言も蓮にこぼした事はなかったはずだ。今日の放送を蓮がずっと見ていたとしても…キョーコと相手のやり取りなんて、本当にほんの二言三言だ。そんな中にこめられた相手の好意を嗅ぎ取ったとでもいうのだろうか。

しかも、キョーコが蓮の機嫌を敏感に察知する事も、そこに気を取られると周囲への注意力が若干落ちる事も、すべて見越した上でこの目立つ場所での一連の行為だったとすると。
つまりはキョーコは蓮に、まんまと芝居でたばかられた事になる。

ああ、もう…悔しいなぁ!

とはいえ、蓮がキョーコへの独占欲からこんなことをしたことは間違いないだろう。

きっと、そんな蓮の気持ちに気がついたキョーコが少々甘く蓮を許してしまうことすら計算されているのだろうが。

まあ、いいかあ…

キョーコは蓮の胸にもう一度ポフンと顔を埋めた。
蓮は おや、と思う。少なくとも一言、いや二言三言は意見されると思っていたのに。

すると、しばらくしてがばりとキョーコが顔を上げる。

「過ぎたことは仕方ありませんけど…今度同じことしたら、もう蓮さんのこと、信じなくなるかもしれませんよ?」

その笑顔はキラキラしていて、キョーコの表現を借りるなら『エセ淑女笑顔』とでも言えるだろうか。蓮は素直に謝るしかなかった。

気が抜けない……

お互いにそっと心の中でぼやいたが、さて最終的に勝つのはどっちか。



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